ジョナサン・スウィフト 「アイルランドにおける貧民の子女が、(略)」
今回は少しえぐい話になります。
時事ネタに関する怒りでエッセイを一つ書いたので、同じような動機で書かれている(と思う)作品で、気に入っているものを一つ扱う。長くて略してしまったが、以下がタイトルの全文だ。
「アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」
この「私案」を一言で言うと「貧民の赤ん坊を金持ちに食用として売る」というもの。普通の人は「悪ふざけが過ぎる」とか考えるだろう。しかし、作者は至極真面目かつ具体的に話をすすめる。
作者曰く、この提案を実行する事には以下のメリットがあるという事だ。
・旧教徒(カトリック?)の数を減らす
・貧民に財産を持たせられる
・子供の養育費の節約
・母親達は毎年8シリングの利益を手にする事が出来、二年目以降子供を育てる手間から開放される。
・子供の料理で居酒屋が繁盛する
・結婚を奨励する
作者の試算によると、一年間子供を養育するのにかかる費用が全部でおおよそ2シリング。富裕層がお祝い事の席で食べるご馳走が、子供一人で四皿作れると仮定すると売値はおよそ10シリング。差し引きで得られる利益が、上記の8シリング。乳幼児を一年養育する費用の4倍と考えれば、贅沢しなければ大人も一年は食べていける程度の金額なのだろう。
作者のこの提案を「狂っている」と思うだろうか。この作品が発表されたのは1729年で、今に比べれば人の命が大分安い事を鑑みてもかなり狂った提案だと思う。
こんな事を書いたのにももちろん理由はある。当時のアイルランドは、これを実行した方がマシなくらいにひどい状況だったかららしい。
wikiのアイルランド史でこの辺の時代の箇所を読むと、発表の十年後に二度の寒波に襲われた結果大飢饉が発生し、四十万人が死亡したとあった。イングランドに搾取されて貧困がとんでもない事になっていたのだろう。
私案に関する試算やメリットを書いた後に、作者は「これはアイルランドの為の案であって、他のどんな国のためのものでもない」、「その他の手段を自分に話さないで欲しい」と但し書きをしている。
ここでいう「その他の手段」の例として挙げられた案は、この作品で提案された私案に比べれば相当に穏健でまともなものだ。
作者がこんな事を書く理由は「長年にわたって無益で無駄で非現実的な考えを提案するのに疲れ切ってしまった」し、「その成功を願うのは全くもってあきらめている」からだという。
また、この私案に反対し、より良い提案をしようとする人に留意して欲しい点として、作者は以下の二点を挙げた。
・現に存在している、ただの無駄飯食いの十万人がいかにして食物と衣類を手にいれるのかという点
・王国中に人間の形をしたおよそ百万人の動物がいるという点
最初の方でも作者は、人間の子供は「地主に最適な食材となるだろう。彼らはすでに両親からおおいに搾り取っているのだから、子供に対する権利も一番持っていると言えよう。」などと皮肉のジャブを放っているが、終盤ともなると畳み掛けるような皮肉のラッシュが続く。
wikiの記事では、作者の真意を以下の二つだと書いていた。
・当時のアイルランドの窮状は救いがたい域にまで達しているということの反語的な嘆息
・救済の手を差し伸べられない当局への痛烈な皮肉
そういう事かと合点はいったが、同時に「作者が一番言いたいのはこんな事だろう」とも思った。
「貧民の肉を食らうなんて事は、富裕層が貧民に対していつもしている事じゃないか。それをほんの少し直接的にしただけでなぜ、残忍だとか残酷だなどと批判する? 富裕層にとっては普通の事じゃないか」
「人食いの化け物め」と直接的に非難するのではなく、非難したい相手のそういった所を分かりやすくする。うまいやり方だ。
青空文庫において無料で公開されているテキストであり、そう長い文章でもない。食人に関する直接的な描写も無いので、詳しい内容に興味を持った人は読んでみて欲しい。
筆者は怒りを感じたが、これから読むあなたは何を感じるのだろうか。
たしか、ここにもこれのパロディみたいなタイトルの作品があったような……。