聖杖物語 黒の剣編エピソード1第2章魔獣鬼(ダークホラー)
「いい?美琴ちゃんこの二人には絶対秘密ですよ。わかった?」
あたしが泣き止むのを待ってユキさんが、確認する。
「え?でも、バケモノの事は知ってるはずだし・・・」
「大丈夫!お姉さんにまかせて!」そう言ったユキさんは、2人の元に近づき服から何かの箱を取出して、マコとヒナに交互に箱から出る青い粉を降り掛けた。
「これでよし。」ユキさんがこちらに戻ってきて、
「2人共この暫くの記憶が失われたから、美琴ちゃんが黙っていれば知らずにすむわ。」
ーすごい。本当に魔法みたい。 -
「あの、あたしには?」
「どうします?虎牙先輩。その方が良いのでしょうか?」ユキさんが、虎牙兄に訊く。
ー虎牙兄?どうするんだろ。 -
「虎牙兄?あたしも記憶消して。そうしたら、何も見なかった事になるよ。」
虎牙兄は暫く考えた末。
「いや、だめだ。消さない事にする。」
ーえ?どうして?こんな怖い思いした事ずっと引きずるのは嫌なのに? -
虎牙兄が続けて言った。
「ヤツは美琴の事を知ってしまった。また何時美琴を襲ってくるか解らない。それにもう美琴は聖導士の資格を得てしまっている。オレ達と同じ守りし者の資格を。」
ーえ!?あたしまた襲われちゃうの?嫌だよ、もうこんなの。 -あたしは虎牙兄にさらに抱きつく。
「美琴。オレ達が必ず守る。だから、辛いだろうけど辛抱してくれ。」虎牙兄があたしを真っ直ぐ見つめてそう諭す。
「美琴ちゃん、約束するから。あなたを守ってみせるって。」ユキさんがあたしの肩を抱きながらそう言ってくれる。
「はい。虎牙兄ちゃんとユキ姉ちゃんを信じます。」
「あら、姉ちゃんって?」
「おいおい、久しく聞いてないぞ兄ちゃんなんて?」2人が同時にあたしを茶化す。
「ははは、じゃあ元の世界へ戻ろうか!」
そう言って虎牙兄は立ち上がる
ーえ?きゃあぁ。 -あたしを虎牙兄が抱きかかえた。
「ちょ、ちょっと虎牙兄!はずかしいよ。」
「なに言ってんだよ。腰抜けてる妹を抱きかかえるのが恥ずかしいもんか。」
「あたしが、恥ずかしいの!」
「あらあら、羨ましいですわ!」ユキさんが微笑みながら茶化してきた。
ーほんとに恥ずかしいって!虎牙兄!! -
「ふう。美味しいです。この紅茶。」
「ありがとうございます。美琴様。」
キラキラ煌めくアンティークな品物の並ぶ店内の椅子に座りながらお茶を戴く。
「それにしても虎牙兄がその・・・聖導士・・・いえ、獅騎導士さんだったなんて。全然知りませんでした。」ポツリと呟く。
「虎牙様はお父様お母様同様守りし者として、我々を魔獣鬼から守って下さっておられます。」
虎牙兄とユキさんがあたしを白猫堂に連れて来てくれた。
「で、虎牙兄は獅騎導士。ユキさんが聖導士って呼ばれる事は解りました。同じ守りし者でもどう違いがあるのですか?」
「ははは、それはですね。」取猫さんが、答えようとすると、
「獅騎導士はね、聖獣界の聖獣と契約する事で身体に属性のある光の鎧を身に纏い魔獣と同等の力を得る事が出来るの。聖導士はその獅騎導士を魔法力でサポートするのが役目なのよ。美琴ちゃん。」
ユキさんが説明してくれる。
「聖導士はあの鎧は着れないんですか?」
「んー、切れないって言うか。聖導士は魔法力を身体に秘めているけど獣力はないから契約出来ないんだ。」虎牙兄が教えてくれる。
「ふーん、そうなんだ。」あたしは、紅茶を飲みながら頷く。
「それにしても、美琴様にハープの力が宿っていたのには驚きました。お渡しできて良かったです。」取猫さんが言う。
「うん。このハープのおかげで二度も助けられました。でも、どうしてあたしの事ご存知だったのですか?」
「ははは、覚えておられないのは仕方ありませんな。まだ、美琴様が幼かった頃お会いしております。狼牙様と美久様とご一緒に・・・」そこまで取猫さんは言って口ごもる。その視線の先には難しい顔をした虎牙兄がいた。
「?」あたしが、怪訝な顔をしたのに気付いて取猫さんは、話題を変えてきた。
「それにしても学校にまでやつらの手が伸びて来るとは思いませんでした。これからいかがいたしましょうか?」
「その事については私たちで見張るしかないでしょうね、虎牙先輩。」
ユキさんが虎牙兄を見つめながら言う。
「そうだな、やつらの目的が美琴であることは確かだからな。」
ーどうしてあたしが狙われるのかな?そうだあの魔獣鬼が言ってた! -
「虎牙兄、ピンク水晶の巫女って何?」虎牙兄もユキさんも取猫さんも一瞬で強張った顔になる。あたしは続けて、
「あの魔獣鬼があたしがそのピンク水晶の巫女だって言ってたの。」3人が困惑した様に互いを見やっている。
「あのね、美琴ちゃん。ピンク水晶ってのはね、聖獣界の力を司っている物なの。その水晶は聖姫様って言う方が持っていたのだけど、悪い奴らに水晶を奪われそうになって・・・水晶を隠してしまわれたの。それがどこに有るかは・・・わからないけど・・・」
ーなにかユキさん歯切れの悪いしゃべり方だな。 -
「どこに有るかわからないのに、なぜあたしがピンク水晶の巫女って呼ばれたのかな?それに王が欲するって言ってた意味は?」
「それは、聖獣界を制するのに必要だからだよ美琴。」虎牙兄が答えてくれる。
「ピンク水晶は、聖獣界の力を司ってる。その水晶の力を我が物にすれば魔獣界と同様に聖獣界をも支配する事が出来て、おのずと人間界も全て思うがままにする事が適うって話だ。」
ーそ、それは大変な事なのでは・・・-
「そして、そのピンク水晶の隠された場所を知る鍵が・・・美琴なんだよ。」
ーええっ?あたしが?-
「あ、あたしが?あたしピンク水晶って始めて知ったし、そんなの何処にあるかなんて解んないよ。」
「わかってるよ、美琴。でも、やつらは美琴がピンク水晶と関係があると思っているんだ。やつらがそう思っている限り、必ずまた狙って来るに違いない。」
ーうそ、またあんなバケモノに襲われちゃうの?-あたしが半泣きなのを知ってユキさんが優しく言ってくれる。
「大丈夫!美琴ちゃんは私と虎牙先輩で守ってあげるから。」
「う、うん。」あたしは心細さで小声で返事するのがやっとだった。
「それで美琴ちゃん、私今日から美琴ちゃんの家に泊まり込む事にしました。」
「え?」
「24時間ガードしないといけないから。」
「え?ええっ?」
ーユキさんがずっと一緒?それはありがたいけど・・・虎牙兄共ずっと一緒って事よね・・・なんか複雑な気分・・・-
「宜しく、美事ちゃん。」
「う、うん。」 チラッ、あたしは虎牙兄を横目で見た。虎牙兄は困った様な何とも言えない顔であたしを見ていた。
<シャァーッ>
「ふうっ」シャワーで今日一日の汗を洗う。これでアレから3日経つ。目だった事もないまま今日も終わりそうだった。
ーさすがにマコもヒナもまだ学校に出られないみたいだし・・・明日にでもお見舞いに行こうかな?それにしても3日経っても何も起こらない。もう魔獣鬼は襲ってこないのかな?だったらいいのに。ユキさんあれからずっと家に居るし・・・虎牙兄とベタベタはしてないからいいけど・・・あたしはそっちのほうが気になるな・・・-
「そうだ。マコとヒナにクッキー焼いて持っていってあげよう。二人とも甘い物好きだし。」
ダイニングに入ろうとしたあたしの目にソファで横になっている虎牙兄にユキさんが・・・
ーうそ!キスしてる!!-
頭に何かで殴られた様なガーンって」感覚が走る。
ーや、やだ。涙が出てくる。-
「う、う、うえ。」涙がポロポロ流れ出す。あたしは堪らず二階の部屋に逃げ出した。
「美琴ちゃん?」後でユキさんの呼び止めるこえがした。あたしはベットに倒れ込んで泣きながら、
ーユキさんに。ユキさんに虎牙兄取られちゃった。大好きな虎牙兄ちゃん、あたしから奪われちゃったー
涙が後から後から湧き出してきて止まらない。
<コンッコンッ>ノックする音と共に、
「美琴ちゃん?」ユキさんの声がする。
「入ってこないで!」あたしは声を荒げて、そう言ってしまった。
「美琴ちゃん、話だけでも聞いてくれる?」
「・・・」あたしが黙っていると、
「誤解なの、虎牙先輩は悪くないの。私が眠っている先輩に悪戯してしまったのがいけなかったの。だから虎牙先輩を悪く思わないで。悪いのはみんな私だから謝りたかったの。ごめんなさい、美琴ちゃん。」ドアの向こうでユキさんが謝っている。
ーそうなんだ。虎牙兄、寝てたんだ・・・。でも・・・-
「私ね、確かに先輩の事・・・好きなんだと思う。でもね、先輩私に好きって言ってくれた事ないの。私、一生懸命アピールして来たけど・・・言ってくれないの。」ユキさんの声がだんだん泣き声に変わってくる。
ーえ?そうなの?二人は付き合ってるんじゃなかったの?どうして? -あたしはドア越に、
「ユキさん、入って。」半ベソのユキさんが入ってくる。
ーこんなユキさん始めてみた・・・-あたしはベットの隅を空けて座るように即した。
「・・・。」
「・・・。」あたし達は何を話していいか迷っていた。先にユキさんが話し出した。
「私ね、虎牙先輩にずっと憧れてきたの。初めて先輩に会ったのは大学に入った時、右も左も解らない私に凄く親切で優しかった。そして、ある日を境に憧れが信頼に変わったの。それが、聖導士としての目覚めだった。美琴ちゃん、私も魔獣鬼に襲われたの。あの日・・・。それを救ってくれたのが、先輩・・・。虎牙さんだったの。その日から私は先輩の力になろうとJMBに入ったの。」
「JMB?」
「ふふっ。私達が勤めている会社。本当は会社じゃないんだけどね。」ユキさんが少し気を取り戻したのか、何時もの微笑みを返してくれる。
「でも、先輩の力になりたくて、一緒に居たのは本当。近くに居れば居るほど先輩を好きになって、胸が熱くなって。でも、でも先輩に告白する勇気がなくて・・自分が情けなくなって、美琴ちゃんが羨ましくって・・・。ごめんなさい、美琴ちゃん。」
ー同じだ・・・。ユキさんもあたしと同じおもいだったんだ。-
「ユキ・・・さん・・・」あたしの目から涙がまたポロリと流れる。ユキさんが上を向いて声を詰まらせながら言う。
「あのね、美琴ちゃん。私もね、お父さんお母さんいないんだ。小さいときに居なくなったの。・・・初めて虎牙先輩に会った時、お兄さんって言うより頼りがいのあるお父さんって感じがしたの。えへ、虎牙先輩には、内緒だよ。」ぶわっ、あたしの涙腺は崩壊した。
ーそんな、そんな風に見えなかったよ。ユキさん今まで一人で生きてきたの?そんな過去があるように見えない・・・-ポロポロ涙が止まらない。あたしはユキさんに抱きついて謝った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。あたしも今まで変な意地張ってばかりで、ユキさんの事何にも知らないくせにひどいことばかりして・・・ごめんなさい。」ユキさんはそんなあたしを抱きしめてくれる。
「ううん。何も謝らなくていいの。いいのよ。美琴ちゃん。」
ーああ。あたしが間違っていた。ユキさんはあたしよりずっとずっと苦悩して生きてきたんだ。こんなに素晴しい人だったんだ。-
「あの、ユキさん?」
「はい。なんでしょう?」
「これから、ユキお姉ちゃんって、呼んでいいですか?」
「・・!・・」ユキさんが、身体をビクッと震わせ涙声で、でもとっても嬉しそうに、
「うん。うん!いいよ。美琴ちゃん!!」と、あたしをぎゅっと抱き包んでくれた。
<うわあぁぁぁぁっ>隣の部屋で獅道兄さんの泣き声がする。
ーあ。盗み聞きしてたな。イメージ崩れるからヤメロ!-
あたしは、心の中で毒づきながら思った・・・・。