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8 巨人と目覚めと提案

 

 だんだん、耳にしっかり人の声が入ってきた。それまでは、……皆がバスケットボールになってからは、プールの中に入ったみたいに人の声が濁って、遠くからの雑音にしか聞こえなかった。歩み寄るって、大切だね。でも、最近は耳どころか目も騒がしくて仕方ない。


 純を許した日から怒涛の日々が始まった。純が話したのか、机の上に手紙がどんどん置かれていったんだ。読むのも追いつかないし、どれが誰かからの手紙なのか、名前が書いてあるだけじゃわからない。ああ、もう! 純みたいにしてよ! 40人分の手紙なんて、しかも小さい文字で丁寧に書かれてちゃ(一部は思いは伝わるけど汚い)、こっちだって丁寧に読まなきゃだし大変だよ! ああ、面倒くさい。

 そういえば、うちのクラスって40人クラスだったよね。……一々確かめるのも、面倒くさいなー。




 「おはよう」


 合計してクラスの全員から手紙を貰った次の日、教室に入ってくるクラスメイト一人ひとりに挨拶をする。ちゃんと顔を見て、名前を呼びながら、笑いながら。不安を感じさせないようにって笑ったのに、来る人来る人皆、女子も男子関係なく泣いちゃった。「どうして泣いちゃうの?」って僕も泣きそうになりながら訊いたら、「安心したんだよ」って、純が泣いてる子の代わりに答えてくれた。答えを聞いてちょっと罪悪感を感じた。だって、担任の体育教師が、おいおいと大声で泣いて、朝のSHRどころか、一時間目の体育も潰れてしまったから。


「お前、許したのかよ。しかもクラス全員」

「うん。先生まで反省の手紙くれたし、もういいかなって。一人ひとり思い出すのも面倒だし」


 体育が教室で自習になったから、僕と同じ体育グループの西田と尾崎がこっちの教室にやって来た。話題は当然、僕がクラスの皆を許したこと。ところで西田。尾崎と純が面白いものを見る目で君を見てるんだけど。何かしたのか。


「まあ確かに、全員反省してるし、いいんじゃないか?」

「うん、そうだよね。僕も、さ、いい加減ダサいかなって。反省してる人をいつまでも怒ってるってさ……」


 さすがに怒りすぎた気もするんだよね。だって、同級生ならいざ知らず、大人を泣かせちゃったんだから。そう言ったら、西田に「凪人はやりすぎてなんかねぇ!」って、机を叩きながら言われた。その隣で尾崎も大きく頷いている。ね、西田、尾崎。純がすごくへこんじゃってるから、あまり言わないであげてよ。


「甘い、甘すぎる! 俺なら一生許さないな。何も悪いことしてねぇのにあんなことされて、ぜってえ許さねえ!」

「もうぐずぐず考えるのは止めたんだ!」


 今度は僕が机を叩いた。教室にいた他の男子の視線が僕へ集まり、空気が緊張でピリピリし始める。僕は、わざと、声の調子を上げた。


「わざわざこんなことに精神すり減らしたくない! 何もしてこないなら、僕だって気を緩めてもいいだろ!? 僕もう、疲れたー!」


 バンバンと机を叩きながら言って、机に伏せってみれば、上から「うげっ」と西田の気まずそうな声が降ってきた。


「……ごめん。お前にはお前の、考え方が、あるもんな。押し付けて、ごめん」

「うん。本当だよ」


 僕はゆっくり体を起こした。


「反省してるなら、いいけどさ」


 西田はぽかんと口を開けた後、吹き出して笑った。僕も笑った。机を叩いた手がヒリヒリする。

 僕らが笑っている横で考え込んでいた尾崎が顔を上げた。


「荒島、反省してたら・・・・・・、いいのか?」

「うん? まー、そうだね。何もしてもないなら、もういいかな」

「そうか。なら、提案がある」

「提案?」




 尾崎の提案を受け入れてから、僕の見る世界は見違えた。分かりやすく言おう。浮いたバスケットボールが消えた。ああ、人ってこんなに表情豊かなんだなぁ。少し面白いかも。


 そう、尾崎の提案っていうのは、「反省してたらいいのなら、バスケ部以外の人間は許してもいいのでは」ということだった。確かに、もともと僕と関わっていない生徒、教師もいる。そんな人から手紙を貰ったってしょうがないし、その人たちも書きにくいだろう。だから、いっそ皆許してもいいんじゃないかってことなんだ。


 でも、教室から出るたび、少し僕の気分は沈む。廊下にいる生徒一人ひとりが、僕を見て不安げになるから。やっぱり、やりすぎたんだ。


 どうすれば、僕が、一部を除いた全校生徒を許したこと、分かってもらえるのかな。

 

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