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7 巨人とたんぽぽとぐちゃぐちゃ

少し長めです。

 

 『俺は、俺達は、凪人の笑った顔が好きだ。こんなことを書くのは恥ずかしいが、本心だ。お前の笑顔は、人を幸せにしてくれる』


 僕は面食らってしまった。しかもなんと、まだ続きがある。


『女子が話していた。凪人はたんぽぽだ。ほんわかとして、そこに居て笑ってくれるだけで安心できる。嬉しくなる。あったかくなる。

 春のあたたかい風にのって、綿毛がいろんな場所に飛んで行って、そこでまた花を咲かせるたんぽぽ。お前はそんな奴だ。……女子が言ってたんだからな?

 お前が笑うと、みんなが笑顔になる』


 そんな奴だって言われても、僕は人間なんだけど。大体、僕ももう2mなのに。そんな大きなたんぽぽ嫌だよ。たんぽぽは道端で小さく、かわいく咲くから良いんだよ。


『だから、今の教室はとんでもないことになってる。どんよりとしてる。暗い。重苦しい。息が詰まるんだ。お前が笑わないのに、俺たちはもっと笑えない。前までのお前が飛ばしていたのが、人を笑顔にする綿毛だとすると、今のお前が垂れ流しているのは「毒素」だ。人の不安を煽って、増幅させる、毒素だ』


 毒素って、何だろう。この手紙を渡される前にした、あの歪んだ顔のことなのかな。誰がそんな顔させてるんだよ。自業自得だ。それとも、僕が気づかないうちにそんなことしてるのかな。

 あれ、またこれも2枚ある。


『俺達が悪いのは分かっている。だから笑ってくれ、とも、毒素を出すな、とも言わない。けど、教室ではもう少し楽にしてくれ。俺達はもう、お前に危害は加えない。

 自由に動いていい。好きな時に帰っていい。急いで教室に戻らなくていい。掃除も警戒しなくていい。俺たちは何もしない。

 俺たちが今までの凪人のことを思い出して、自分たちで考えて決めたんだ。噂なんて不確かな情報じゃなくて、自分達で見て、感じたものを元に考えた。結果、お前は悪くないと、何もしていないと、その考えに至った。お前に危害を加えようとする奴は俺らが止める。何もしない。させない。全力でお前を悪意から守るから。だからせめて、教室では楽にしててくれ』


「ははっ」


 自然と笑みがこぼれた。なんだか、必死に書いたのが伝わってきた。あんなに紙を使ってたのに、いくつも消した跡があったり、話はあんまりまとまってない感じが、必死だなってなんか分かって、嬉しくなった。

 もう一つ。自分達の頭で考えて、結論を出してくれていたことが嬉しかった。噂に惑わされたままじゃなかった。よかった。やっぱり、根はいい人達だよ、このクラス。

 あぁ、だからか。最近は机以外何もされてなかったのは。空気は重かったけど、原因は僕だったんだろうな。なんせ僕は、毒素を垂れ流しているらしいし。

 もしかして、最近僕に纏わりついてきた人達、みんな僕に謝ってたのかな? そうかもしれないな。だとしたらちょっと、悪いことしたなー。みんな、反省してくれたってことだもんね。


 僕は体を背もたれに預けて、大きく息を吐いた。全身の力が抜けた。

 じゃあ、僕はもう、教室で笑っても、いいのかな。



「--の声、とど--ないけど」


 少しがさついた、低い音が耳に入ってきた。すぐに、それが純のものだと気づいた。


「もし、--なら、--けど、頼みがある」


 だんだん、入ってくる声が鮮明になってくる。心臓がバクバクと僕の胸を叩く。それはもう、痛いほどに!


「許してくれるなら、笑ってくれないか」


 顔を上げた僕が見たのは憔悴した純の、全てを諦めたような顔だった。

 酷く疲れている様子だ。体は僕の前の席の椅子に体重を乗せ、脱力しているように見える。何が言いたいかというと、純は自分から僕に笑ってくれって言ったのに、見る気がないんだ。まぁ、僕に声が届いてないと思ってるんだろうけど。

 でも、久しぶりに見た純の顔がこんなんじゃ、僕、嫌だな。

 純、知ってる? 君が、皆が笑ってくれるから、僕も笑えるんだよ。


「純」


 純は大げさに肩を撥ねさせ、見開いた目に僕を映す。話しかけられるなんて、考えてもいなかったのかな。僕はドッキリが成功したような感じがして、思わす吹き出してしまった。それから息を大きく吸って、笑った。純が望む通り、出来てるか分からないけど、たんぽぽみたいに。


 純はポカンと口を開けて固まり、そのあと大きく息を吸ったから状況が飲み込めたのかと思ったら、顔を赤くして、ブワッと目から涙を溢れさせた。


「え、純!?」


 純は膝から崩れ落ちて、僕の机に腕と頭を乗せて泣いた。その衝撃で落ちそうになるビデオカメラを何とか救出して床に置く。純は時々鼻を啜りながら、肩を大きく動かして泣いていた。


「純?」


 純が僕の右腕を掴んだ。痛くはないけど、振り払うには少し難しい強さで。


「純」


 僕の右腕を掴む手を左手を重ねる。大丈夫だよって念を込めて。思いが伝わったかは分からないけれど、純が顔を上げた。僕は吹き出してしまった。だって、顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃなんだもん。


「純」

「……お前に呼ばれるのは、久しぶりだな。本当に、久しぶりだ」

「そうだね……誰が誰だかなんて分かんなかったし、第一、敵だと思ってたし」

「すまなかった! 何も出来なくて、お前を支えられなくて。……なのに、許してくれて、ありがとう」


 ぐちゃぐちゃな顔で純が笑った。だから僕も笑った。


「純はちゃんと謝った。反省してる。僕のために動いてくれた。だから許したんだよ。こちらこそ、今までごめんね。僕のために頑張ってくれて、ありがとう」


 純の目から涙がボロボロ落ちて、さっきよりもぐちゃぐちゃになってしまった。僕がハンカチを渡すと、それで目を抑えながら純は咽び泣き始めた。

 純、ごめんね。怖かったよね。でも、勇気出してくれて、ありがとう。

 

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