6 巨人と手紙と証拠
今日の五、六時間目は自習になった。出された課題を黙々と取り組んでいると、後ろで何か騒がしくなった。そんな気配がして首を回して見てみると、クラスメイトが何かを囲んで見ていた。多分、スマホでお笑いでも見てるんだろう。なんだよ、騒がしいな。
今日は一人で帰らないといけない。二人とも部活があるから。家に帰ったら、あの本を読もうかな。
いつものように掃除を終わらせ、いつものように帰りのSHRを行う。クラスメイトは急いで教室から出て行って、僕はのろのろと帰り支度をする。いつもの放課後が来る、はずだった。
一人のクラスメイトが、帰り支度もしないで机で何かを書いている。いつまでたっても教室から出ていかない。仕方ないな。僕も本でも読もう。
四時半になった。部活へ行く人たちの騒々しさがなくなって、少し離れた場所から統率のとれた掛け声が聞こえてくる。クラスメイトを見る。部活がないにしても、早く帰ってほしい。僕も帰れない。
彼は紙に何かを書いていた。それはもう、熱心に。そういえばさっきは清掃用具入れで何かしてたな。こいつ、何してるんだろう。あ、紙捨てた。
僕の視線に気が付いたのか、彼は顔を上げて僕のほうを見た。途端に、ビックリしたみたいに肩を撥ねさせて、また元の姿勢に戻った。少し前の僕も、あんな風に肩を撥ねさせてたのかな。あー嫌だ嫌だ。あ、また紙捨てた。
本が結構面白くて集中してたら、五時になったことを知らせる鐘が鳴った。しまった。いくら何でも居すぎたな。ふっと顔を上げると、目の前にバスケットボールがあった。例のクラスメイトだった。彼は静かに立っていて、何がしたいのかわからない。
「何?」
思ったより低い声が出た。
彼は背中に隠していたものを僕に差し出した。紙だった。
「 」
読めと言われている気がした。あー嫌だ。あいつのこともあるから嫌なんだよね。どっかに呼び出したって、声が聞こえないから無駄なのに。
「 」
これで彼がどっかに行ってくれたなら、僕はこれをすぐに捨てるのに。仕方ない。ここで読んであげるか。
『凪人、すまなかった。何もしなかった俺を許せとは言わない。が、言い訳をさせてくれ。
俺、見てたんだ。お前が榎本に告白されていたところ。そして、お前がそれを断ったとこも。だから俺、夏休み明けにお前をからかおうとしてたんだ。だけど、学校が始まったら様子がおかしいし、雰囲気が怖くて、お前に話しかけづらいし、俺、口下手だから事情を聴きだすのも難しいし、わけがわからないままお前はいじめられてるし、変に止めたら、今度は俺に来ると思って怖くて何も出来ねえし、ようやく何が原因なのか分かった時には、お前は近寄りがたくなってるし。
トラウマなんか関係なく、初めのころに助けておけばよかったと、後悔した。すまなかった。本当に、申し訳なかった』
端に小さく「江ノ島」って書かれてあった。じゃあ目の前にいるバスケットボールは、純なのか。悲しくなった。思い出さないようにしてたけれど、どうして助けてくれないんだろうって何度も思った。前半部分を読んで、どうして何も言ってくれなかったんだろうって怒りが沸いた。けど、納得した。
昔、いじめの話しになった時、僕と西田、尾崎はいじめはやめさせるって言ったのに、純だけは止めないって言ったんだ。西田がなんでだよって詰め寄ったら、小学生の頃、いじめられてる子を助けたら、今度は自分がいじめられた。助けた子も自分をいじめた。だからもう、関わりたくない。って言ったんだ。
気持ちはわかる。純はもう傷つきたくなかったんだ。わかってる。けど、見捨てられて辛かったんだ。純にそんなつもりはなくても、悲しかった。
純が手紙に手を伸ばして、紙を指で擦った。すると今見ていた紙の後ろから、もう一枚、紙が出てきた。こっちにも何か書かれてる。
『俺でできることはやった。榎本がお前の机に悪口を書いている映像、そのために作った鍵の複製の証拠。あまりできることは無かったが、ほかのバスケ部のマネージャーの証言が得られそうだ。活用してくれ』
僕がこれを読み終わったのを見計らって、純は僕の机にビデオカメラを置いた。それから、あいつがホームセンターのサービスコーナーで鍵を店員に渡している画像を引き延ばした写真を。
僕は思わず喉を鳴らしてしまった。これであいつに痛手を負わせられるかもしれない。自然と顔が歪んだ。
突然、目の前にもう一枚紙を出された。なんだ、最初に出しておけばいいのに。僕はそれを受け取り、中身を見る。
『俺は、俺たちは凪人の笑った顔が好きだ』




