4 巨人と1点と昔のはなし
それから私は、凪人の高校でのことを聞いた。いじめられていることを。また精神を病んでしまっていることを。部活も辞めさせられていたことを。凪人は何も悪くないのに、何なんだ。
「伊野波、連絡先を交換してくれ。もっと客観的な情報が欲しい」
「わかった……」
「それと、このことは秘密にして欲しい。あいつはどうも、こういうことは隠したがる節がある。心配させたくないんだろう」
「うん。LINEでいい?」
「ああ」
スマホを振って連絡先を交換する。凪人もそろそろ戻ってくるだろうとそれを隠す。
「一つ聞きたいんだが」
「なに?」
「あいつは、かなり根に持つタイプか?」
凪人から昔いじめられていたことは聞いていたらしいから、いじめていた子達のことを聞きたいのだと分かった。どうだったかな。
「内容による。基本、凪人自身がされたことを忘れてたりするし、謝れば許す。けど、いじめのことはかなり根に持っていると思う。声が聞こえないんだから、口で謝ったって許さない。今でも許してないっぽいよ。中学でも相手にしてなかったから」
尾崎が息を呑むのが分かった。肩をすくめたり、目をつむって唇を噛んでいた。尾崎からの言葉を待っていると、彼は険しく、縋るような目で見てきた。
「それでも、許された人はいないのか?」
「いるよ。でも方法は教えない。自分で考えてよって感じ」
「……可能性が有ると分かっただけ、どうにか頑張れる。ありがとう、また連絡する」
「分かったよ」
「尾崎ー! タオルと水、持ってきたよー!」
「おっしゃ荒島、かかってこい!」
「なんで今日、西田みたいになってるのさー」
まるで不良のような態度に戻った尾崎は凪人に試合を挑んだが、本気になった凪人を前に、一点も取れずに終わってしまった。
凪人は小学四年生の頃、入っていたミニバスケットクラブの中で、いじめられていた。原因は「背が大きいから」。くだらない。相談された私も、そんないじめはすぐに無くなると思っていたけれど、それは思った以上に加熱してしまった。
最初は練習を邪魔されただけだが、やがて転ばされたり、パスが頭めがけて飛んでくるなど、怪我をしそうな邪魔をされたり、理不尽に暴力を振るわれたという。先生に訴えても取り合ってくれなかったらしい。多分、事勿れ主義だったんだろう。
凪人がおかしくなったのはいじめられて四ヶ月、ちょうど今ぐらいの時期だった。
その年は最初で最後の凪人と別のクラスだったのだが、そのクラスの友達から、凪人が笑わなくなったと教えてもらったんだ。私の前では笑っていたから、隠したいんだと気づいた。
いじめがまだ続いていたのは知っていたから、大丈夫なのかと問えば、凪人は楽しいよと言った。私が初めて見た笑顔で。
「楽しいよ。あの人達何も言わないし、まあ、試合には出ないけど、代わりに遊んでるし。それにね、それにね、面白いんだよ?」
「アノ人たちの頭がバスケットボールになったんだよ」と凪人は言った。高身長故の威圧感で、人の不安を増幅させるような笑顔で言ったんだ。
事件が起こったのはその次の日。凪人が障害事件を起こした。人伝てに聞いたことだから詳しいことは分からないけれど、凪人は楽しそうに笑いながら、逃げ惑う、凪人をいじめていた生徒の頭を床に叩きつけていったそうだ。時々、不思議そうに「跳ねないなぁ」と、叩きつけた生徒の頭を掴んで言っていたらしい。担当の先生では止められなくて、他のクラブの先生に言われて、ようやく止めたらしい。凪人は悪びれる様子もなく、笑っていたそうだ。
優しい人ほど怒ると怖いと話題になったが、凪人のそれは、心が壊れたという方が正しいと、私は思う。
「私、また、凪人のこと、気づいてあげられなかった」
LINEで尾崎にされた質問を全て返した後、私はスマホの電源を落として、ベットに体を沈めた。




