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31 巨人といやしと毒素

 

 ——月――日、————市の住宅地付近の公園で、傷害事件が発生した。容疑者は未成年の少女(16) 同じ高校に通う少年(16)を殺害しようとし、その場に居合わせた別の少女(15)の腕をナイフで切った容疑がかけられている。ナイフは当日に購入したものとみられ、突発的な犯行と思われる――。




 「まさか、いくら小さい記事とはいえ、新聞に載るとはな」

「先輩、新聞読めるんですね。僕まだ嫌いですよ」

「これくらい読解できなきゃやってけねぇ仕事に就くつもりだからな」

「俺の家、新聞すら取ってねぇや」

「今の世の中、ネットとかテレビで事足りるからな」

「え。目、疲れないか?」

「ココアおいしいです」

「どーも」


 僕ら、まあ、僕、西田、尾崎、純の4人は、学校の帰りに香川先輩の店に集まってくつろいでいた。店内はあったかい。ココアもあったかい。

 さて、新聞の話になったわけだけど、新聞派は先輩、純。そうじゃない派が西田、尾崎、僕みたい。僕は、家は新聞取ってるけど、僕自身では読んでないんだよね。ていうか尾崎もなのか。なんか意外。


「あ?政伸お前、香川先輩と同じ、警官になるんじゃなかったのか?」

「ああ、そうだぞ? だから新聞は読んでる。が、それ以外にもメディアはいろいろ見てるし聞いてる」


 なんだ、尾崎は全部派か。

 警官という言葉に先輩が反応した。


「なんだ尾崎! お前も警察官になろうとしてんのか! 進学はどうするんだ? 大学か? それとも高卒でか?」

「は、はい、大学に行きます。父の意向で。国家公務員になれば安泰だから、と。父自身は地方公務員で、おまわりさんなんですけどね」

「ん゛ー、やっぱりそうだよな。俺はあんまり頭良くないから専門学校なんだが、大学出て国家のほうがいいよなぁ」

「一概にそうとも言えませんよ。即戦力になりうるのはそちらですし、別に、そこでも国家公務員試験は受けられるでしょう?」

「お前は俺のいい上司になってくれよ」

「何言ってるんですか香川先輩。頑張ってくださいよ」


 先輩と尾崎が話してる横で、西田と純がコーヒーを飲みながら、警察官のネガティブキャンペーンとかしてた。


「政伸、エリートになるってよ」

「汚職にまみれるのか」

「きっとあれだ。俺達の税金で、しゅ、酒池肉林? するんだぜ、キャバクラとか行ってよ」

「そこで情報漏えいだ。ドラマで見た」

「あぁ。女に誑かされてだ!」

「大して仕事もしないのに」

「部下には高圧的で、上司にはへこへこ媚びへつらうんだ。退職後もきっと安泰だぜ」

「俗に言う天下りだな」

「人生安泰じゃねぇか。いいねぇ、魅力がいっぱいだ。俺もなろうかな」

「俺も」

「なってみろや脳筋ども。俺が顎で使ってやる」


 あ、やっぱり尾崎がキレた。だろうな。西田も純も、悪ノリが過ぎるんだよなー。純は絶対西田に影響されてる。


「……尾崎。お前は、良い上司になれよ」

「香川先輩っ!?」


 あはは、先輩に心配されてやんの。


「先輩、ココアのおかわりください」

「おうよ。モンブランも食う? 金取るけど」

「お願いします」


 いろいろ怒る前に、先輩のココア飲めばいいのになー。



「……前から思ってたんだけどよ、2mの男がかわいいって、この社会、間違ってないか?」

「天使が般若になるような社会だぞ」

「何でもありだな、この社会」


 体育会系の男5人が、カフェでココアとかスイーツ食べてる時点でいろいろと闇が深いから。そう仕向けたのは僕だけど。

 

 般若で思い出した。


「ねぇ純、純」

「にゃに(何)?」


 純は食べていたタルトをコーヒーで流し込んで、僕の話を聞いてくれた。


「あの時、カメラ持って帰ってたじゃん。あれ、どうするつもりだったの?」

「あぁ」


 あのビデオカメラ自体は、一旦証拠として警察に預けられて、今は純の手元に帰って来たらしい。役に立ってよかったね。


「実は、もしもあいつが現れた時の証拠を取ろうとしてたんだ。結果、使わなかったが」

「すごいこと企んでたんだ。ありがと」

「ああ」


 純はあまり動かさない表情筋を動かして笑ってくれた。本当、友達思いの男だ。ただやっぱり、占いはあてにならないね。



「なあ荒島」

「はい、何ですか?」


 ホットココアとモンブランを届けに来てくれた先輩が話をふってきた。


「……この一連の事件のことなんだが、……このことはもう解決したろ? もうバスケ部も許したって聞いた」

「……」

「戻ったり、するか? バスケ部に」

「いいえ」

「即答かよ……」


 先輩は苦笑いを浮かべた。そりゃそうだよな。けど、今戻ったってしょうがないもんな。それでも先輩は僕を勧誘してくる。


「お前まだ一年生だろ? あと二年だけの付き合いじゃねぇか。進学にも有利になるし、やっとけよ」

「え? ……あぁ、そういえばまだ、話してなかったですね」


 だから先輩、この話をしてきたわけか。ありがたいよ。本当、いい人だ。僕、幸せ者だな。


「僕、来年からアメリカに移住するんですよ」

「えっ!?」

「お、おい凪人、俺達も聞いてないぞ!?」

「そうだっけ?」


 純と尾崎も頷いてる。じゃあこのことを知ってるの、僕とメグちゃんの家族だけか。もう何か月も前に決まってたのに、僕ったら。


「それは、留学か?」

「いえ、あそこに籍を置きます。母の仕事の都合なんですが、何年もやることになりそうなので。これは1年前から決まってました」

「は? そんな前からかよ」

「うん。いろいろな準備とかもあったけど、何より、妹が小学校を卒業するまでは待ってやろうってことで、この時期になってさ。あ、僕がいない間にメグちゃんに手ぇだしから、殺すからね皆」


 最近分かったことだけど、僕って結構、独占欲が強いらしい。今、多分、毒素出してる。


「お前に殺される前に、伊野波に殺されるわ」

「あのビンタは人を殺せる」


 2人の意見に純が何度も頷いていた。あ、先輩が引いてる……。僕の毒素よりメグちゃんの打撃≪ビンタ≫のほうが恐怖が上らしい。あれを食らったらどうなるんだろう。……うん、怖い。


「で、俺達に話さなかったのはなんでだよ」

「忘れてた!」

「かわいく言うんじゃねーよ。かわいいと気色悪いと似合ってるで色々変だ」

「あざといブルドックか」

「ブルドックに失礼だろ。あれはぶさ可愛いんだ」

「皆僕に失礼だよ」


 僕が膨れていると、制服のジャケットのポケットに入れていたスマホがバイブ音を鳴らした。なんだろ、あ、LINEだ。


「伊野波からか?」

「西田せいかーい。“部活が終わったから、いつもの公園ね”ってさ」

「は? なんで伊野波、部活行ってんの!?」

「一時的にマネージャーだって」


 僕はそう話しながら、帰りの支度をしていた。あ、モンブラン食べなきゃ。


「まったくお熱いことで。今を懸命に生きてる感じ、嫌いじゃないぜ」

「ありがとうございます」


 口の中でもさもさするモンブランを、甘いココアで流し込む。


「僕らが一緒に居られる時間は限られていて、もう残り少なくなっています。だから僕らは今のうちに、全力でイチャイチャするつもりです」


 財布を出して、会計を済ませる。


「じゃあ、俺らも全力で遊ぶしかねーじゃねーか」

「別にいいんだよ? エリート目指して勉強してても」

「うるせー」

「なれるかよ。俺の頭で」

「おい純、さりげなく俺を入れんな」


 純と西田の静かな漫才を3人で笑って、それから僕は玄関の扉に手をかけた。



「それじゃ、また明日ね!」










 夜の公園に、巨人が現れた。

 巨人は寒そうに手をすり合わせたり、手に息を吹きかけたりしていた。吸う息すら冷たいのか、首に巻いていたマフラーを鼻の上まで引き上げた。

 そこまで見ていて、立ち止まっていたからか体が冷えて、くしゃみが出た。その音で私の存在に気づいて、巨人は私の方に手を振ってきた。


「メグちゃん! 僕より遅いなんて驚いちゃったよ」

「ごめんね。寒すぎて途中でカイロとか買ってたんだ。はい、あげる」

「わっ! ありがとう、あったかーい!」


 相変わらず、この巨人は私の癒しだ。心がポカポカしてくる。

 巨人は微笑んでいる私に気づいて、照れたように笑い返してくれた。


 思い出したように、巨人はカイロをポケットにしまった後、自分のマフラーを私の首に巻いてくれた。すでに自分でも巻いているのにも関わらず。さっき私がくしゃみをしたからなのか。自分だって寒い癖に。

 巨人の気遣いに、ついに体までポカポカしだした私は、巨人のマフラーを外して、端っこを持って、縄跳びをするようにそれを投げて、巨人の首の後ろにマフラーを引っ掛けた。


「え、メグちゃん?」

「よっと」

「うわっ!?」


 引っ掛けたマフラーを自分の方に引き寄せた。その結果、だいぶ腰を曲げて、首を突き出した、巨人には少し厳しい格好になってしまった。


「メグちゃん……?」

「この前はお父さんたちに邪魔されたからさ」

「っ! メグちゃん……!」


 私の言葉に、巨人は期待に満ちた目をしていた。顔も赤くなってる。私は目を閉じた。

 まったく、男なら自分からして来いってんだ。ヘタレなんだから。


「……恵」


 な、名前呼びは心臓に来るものがある。顔に熱が集まったのが分かった。

 カイロで温められた手が頬に添えられた。鼓動が早まる。凪人の吐息が唇にかかる。ああ、時間が長い!


 自分から仕掛けたくせに恥ずかしくなって、私は握っているマフラーを、自分の口元に持って行った。


 

 これをもって、この作品を終わらせていただきます。

 ご閲覧いただき、ありがとうございました。

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