30 巨人と傷と心臓
「メグちゃん、すぐ退院なの?」
「うん。病気なわけじゃないし。もう傷は縫ってもらったし、血ももらった。午後には退院だって」
僕はあの事件の次の日、メグちゃんが運ばれた病院に来ていた。ベットの上には、少し顔色の悪いメグちゃんが座っていて、元気そうにしていた。それを見ていると胸が苦しくなった。
「まぁ、しばらくは安静にしとけってさ」
「そりゃそうだ。動いて、傷口が開いたりなんかしたら大変だもん」
「そうだよね」
笑ってたけど、傷のことを言ったら、右腕の上の方を、そっと触った。嫌なんだろうな。まだ、痛いんだろうな。でも、目を逸らすわけにはいかない。
「……メグちゃん。傷は、残るの?」
「……うん。くっきり残るっぽい。はーあ。本当あのひと、やってくれたよね」
気張ってる。本人は気にしないようにしてるけど、きっと鏡を見るたびに思い出す。あの時の恐怖を。痛みを。苦しみを。
「凪人……」
メグちゃんが僕の膝の上の手に触れた。僕の拳は力みすぎて白くなってた。それをほどくように、メグちゃんの手が僕の拳の隙間に指を入れてきた。外から来たばかりの僕のよりあたたかい手。どうしてだか、胸までじんわりあったかくなった。自然と手の力が抜けた。
「凪人。私、この傷を見るたびに思い出すと思うんだよね」
体がビクリと跳ねた。心臓がバクバクと鳴った。今まさに、考えてたことだから。責められるのかな。苦しくなって、頭を垂れた。でも、僕の手を握るメグちゃんの手はあたたかいまま。いやむしろ、力強くなっていて。不思議になって顔を上げた。
「凪人をあの人から守れたっていう、勇敢になれた、あの日を」
震えた。メグちゃんの強さに。傷のこと、責める方が普通なのに、メグちゃんはこの傷を、自分の強さに考えに変えた。たとえ僕を気遣ったとしても、どうして自分が勇敢になれた日、なんて言える? 空手をやってるからなのかな? 心まで強いなんて、ずるいよ。
「僕も」
「ん?」
「僕も、空手やったら、メグちゃんみたいに強くなれるかな?」
「なれるんじゃない? 空手は、武術は、精神も強くしてくれるから。おすすめだよ」
そう言ってメグちゃんは、僕の頬を撫でて、涙をぬぐってくれた。
メグちゃんは絶対、『男のくせに泣くな』なんて言わない。きっと、2人とも泣き虫だから。ほら、メグちゃん、もらい泣きしてる。なんだかおかしくって笑ったら、メグちゃんも笑い返してくれた。
「ね、凪人。泣き終わったら一旦、外に出てね。着替えるから」
「あ、手伝うよ」
「はぁっ!? バッ、何言って!」
「だって肩上がらないでしょ? だから」
「やだ! 男に裸見られたくないよ! お嫁にいけなくなるー!」
「僕のお嫁さんになればいいじゃない」
「っっ!?」
メグちゃんが顔を真っ赤にして動かなくなった。どうしたんだろう。……え、うそ、もしかして!?
「メグちゃん、僕のお嫁さんになるの嫌なの!?」
「え、いや、そんなわけは……じゃなくて! そんな、告白、てか、プロポーズみたいなの、さらっと言わないでよ!」
「よかったぁ。ふられたわけじゃなくって」
「え、あ、いや、だから、そうじゃなくって!」
慌てふためいているメグちゃんがかわいくて思わず笑ったら、思いっきり叩かれた。痛い!
「私をからかわないでよ!!」
「なんだよそれ! いつもはメグちゃんが僕をからかって遊んでるんじゃないか!」
「だ、だからってそんな話でからかわないでよ! 酷い!」
「? 僕、からかってるつもりないんだけど」
「はぁっ!? な、何言って……!」
「本気だよ。僕はメグちゃんをお嫁さんにほしいと思ってる」
まっずぐメグちゃんを見る。僕の気持ちが嘘じゃないことを分かってもらうため。
「凪人……」
「信じられないのは分かってる。まだ高校生だもん。この先のことなんか分からない。本当に結婚できるかだって。でも、信じてほしい。僕が本気で、君をお嫁さんにしたいことを」
今度は僕が、メグちゃんの、恵の手を握った。驚いたのか、恵は少し体を固くしたけれど、その手を握り返してくれた。伝わったのかな? だとしたら、嬉しいな。
「恵……」
「凪人……」
恵の目が赤く、うるんでいる。すごく、かわいい。
僕はその目に引き寄せられるように、恵の唇に、自分のを近づけた。
「俺はまだ認めてないぞ凪人君?」
「ヒィッ!!?」
心臓が恐怖で口から飛び出しそうだった。
「やだもうあなた。チューくらい許せばいいのに!」
「お、お父さん!? お母さん!?」
突然背後から現れたメグちゃんのお父さんとお母さんに、僕らは思わず顔を真っ赤にしてしまった。




