24 巨人と気配とおんぶ
「だはははは! なんだこれ! 政伸が泣いたの初めて見た!」
「とりあえず、追うぞ」
「おうおう、俺らも迷子になるしな!」
俺達は走り出してしまった尾崎と凪人を追いかける。西田は笑いすぎてまともに走れてない。ひーひー言うなサッカー部。走れ。
それよりも。
俺は曲がり角を左に入ると、走ったまま西田に言った。
「西田、気づいたか?」
「は? 何を?」
大声で言うなバカヤロウ。くそ、気づいてないのか。ずっと俺達を追っている殺気があったろ。とにかく、今は逃げねぇと……。
「あれ、2人は?」
「は?」
突然足を止めた西田のその発言に、思わず俺も足を止めて周りを見渡す。しかし、尾崎と凪人の姿は確認できなかった。
「……どこ行った?」
「嘘だろ!? 俺ら撒かれた!? 俺ら迷子!?」
早とちりな気もするが、確かにこのまま闇雲に進めば、このあたりの土地勘のない俺達ではいずれそうなるだろう。まずいな。
「仕方ない。戻ろう」
「戻れるのか?」
俺がスマホを見せれば、西田はあぁ、と納得したように声を漏らした。
マップのアプリを開く。
「戻ったら、2人で一斉に政伸と凪人に電話しようぜ。そしたら立ち止まんだろ」
「頭いいなお前」
「だろ? じゃ、行くか」
最後に降りた駅に向かって歩き出す。……まずいな。あいつ、俺らのほうについて来てやがる。どうにかできないのか? ……怖い。
俺が背後に気を取られていると、西田が立ち止まった。前を見れば、横断歩道の信号が赤色に光っていた。早く青になれ。逃げたい。
そわそわしていると、西田に「なぁ」と呼びかけられた。
「何だ?」
「凪人の彼女って、黒髪ポニーテールの空手少女、だったよな」
「そうらしいな」
「あの子じゃね?」
西田の指差す先を見ると、俺達とは反対の道に、黒髪で、ポニーテールで、道着らしきものを持った女の子が、左足を引きずりながらひょこひょこと歩いていた。
「っぽいな」
「よっしゃ! じゃああの子と一緒に公園に行こうぜ! 俺あったまいー!」
「な、ちょっと待てよ!」
西田決断すると共に信号が青になった。なんというタイミングの良さ。西田は走って女の子の所へ向かう。俺はそれを追いかける。
やがて女の子に追いつき、西田はその子の前に立って引き留めた。
「ちょっとストップ!」
「っ!? な、何?」
「なぁあんた、荒島凪人の彼女?」
「……だったら何? てか誰よあんたたち」
だー、くっそ! おもいっきし警戒してるじゃないか。西田の奴め。
「いきなりすまない。俺達は凪人の友達の江ノ島と西田だ。実は今日、凪人と公園でバスケしようとしてたんだが、道を知ってる凪人がどっかいっちまってな。……君、凪人の彼女だろ? 公園まで道案内してくれないか?」
「あ、凪人の友達ね。分かった。良いよ」
「ありがとう」
「ありがとな!」
何とか上手くいったな。これで公園への道のりの心配はしなくて済む。しかし、久しぶりに長めに喋ったな。……西田にも、気色悪いが褒められた。スルーしよう。気色悪い。
「すまないが、君の名前は?」
「え、きいてないの?」
「すまない、忘れた」
「俺も。ごめん」
「えー。……まぁいいよ。私は伊野波 恵。「さん」とかつけなくていいからね」
「分かった。改めて、俺は江ノ島 純」
「俺は西田。……名前は好きじゃないから、名字で呼んでくれ」
「? わかった」
ここで右の道に曲がっていく。ここでもう、凪人と尾崎の進んでいった道と正反対になった。あの二人についていかなくてよかった。
「足、大丈夫か?」
「え?」
「いや、引きずってるから」
「西田、気づいたのか? お前が?」
「純テメェ、俺の目を節穴だと思ってんのか?」
当たり前だろと言いながら、俺は伊野波の手からスクールバッグと道着を取り上げた。もちろん許可を取ってだ。
「んで、伊野波は足、どうしたんだよ」
「体育でひねった。最初は大丈夫だったんだけど、歩いてたらだんだん痛くなってきちゃって……」
「辛いならおんぶするぜ?」
「え!?」
西田の提案に驚く伊野波。当然だ。てかさっきから気持ち悪いな西田。変なものでも食ったか。
そう思っていたのだが、意外にも伊野波はその提案を飲んだ。
「遠慮したいけど、明日に響くの嫌だし、お願いしていい?」
「合点承知!」
合点承知って、意味が重複してるけどな。
西田は背負っていたリュックを前に持ってくると、片膝をついて、伊野波が乗りやすい姿勢をつくる。伊野波はおとなしくそれに乗って、おぶさった。
女子の鞄って、重いんだな。三脚とカメラとリュックとスクールバックと道着が俺の肩を壊しにかかってくる。ぐ、重い。こんな状態で、あの殺気から逃げられるのか?
「純ー、早くいくぞー」
「ぐっ、待てよ、重いんだよ」
「持たせてごめんね。あ、この道を左ね」
「りょーかい!」
早く来いよーと言いながら走り出す西田に、俺が殺気立ってしまった。覚悟しろ。バスケでボコボコにしてやる。




