21 巨人と朝会と繰り返し
8時45分。鐘が鳴り終わると、全体朝会が始まった。
正直言って、かったるいわ。校長のつまらなくて長い話。自分とは何ら関係ない奴らの表彰式。生徒指導の教師の威圧的な声。そんなものを聞くために学校に来てるわけじゃないのよ、私は。
ただ単位を取るためだけのつまらない生活。冷めた目を四方から受ける窮屈な日々。唯一の悦は、あいつの机や持ち物を傷つけること。
1か月前まで、私は部活の、学校のマドンナだったのに。悲劇のヒロインだったのに。今じゃ誰も話しかけてこなくなった。全部、全部あいつのせいで!
校長の、「これから寒くなるのでインフルエンザ対策を忘れずに云々(うんぬん)の長ったらしい話を座って聞いていた。そう思うなら体育館なんて1か所に、1000人近くの人間を押し込めるなって話よ。私のか弱い体じゃ、すぐインフルエンザになるんだから。
体調管理はしっかりしてください。と、校長の長い話が終わった。今日はこれだけ? なら早く返してよ。
『校長先生、ありがとうございました。次は、……荒島さんからのお話です』
「は?」
耳を疑った。その名前はまさに、私の人生をメチャクチャにしてくれた張本人の名前。何のつもりなの。何をしでかすつもりなの? まったくもって目障りだわ!
舞台袖からぬっと、大きな体が出てきた。さっきまでそこに居た校長よりずっと背が高くて、ガッシリしている。まさに巨人。手には2つに折りたたまれた白い紙。何をしゃべるつもりなのよ?
放送部によって、台の上にマイクスタンドが置かれる。ざわめきの中、マイクの電源を入れて、あいつは口を開いた。
『みなさん、おはようございます。1年の荒島凪人です。1か月ほど前まで、ある暴力事件の濡れ衣を着せられていた、その荒島です。その疑いは学校に警察を呼んで、皆さんの前で晴らさせていただいたわけですが、その節は三年生、二年生の方々には多大なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
なせ、今僕がここに立っているのかと言いますと、皆さんに謝罪をしたいからなのです』
謝罪という言葉に、ざわめきが大きくなる。「謝るべきはこっちなのに」「なんでだ? 荒島は悪くないのに」そんな声が、そこかしこから聞こえてきて、冷たい目が私に向けられる気配を感じた。
『僕は夏休みが明けて3週間。皆さんから受けた、いわれのない暴力、暴言、嘲笑に、ひどくストレスを感じ、精神病を患いました。信じてはいただけないでしょうが、友人二人と一人を除いて、皆さんの頭がバスケットボールに見えていました』
気色悪い! 何よその病気! あは、そっか、それは確かに病気だわ!
『ボールですから、表情も見えません。声も聞こえません。笑う声も暴言も嘲笑も聞こえません。だから僕は、大きく壊れずに済みました。ですが、それは同時に、皆さんからの謝罪の声も、まるで聞こえていなかったことにもなるのです。僕が謝りたいのはこのことです』
精神異常者の言葉なんて耳障りでしかない! 早く施設に行きなさいよ!
『ごめんなさい。皆さんの反省の言葉を無視しすぎて。特に一年生と、バスケ部の皆さん。本当にごめんなさい。
届いています。許しています。だからどうか、もう皆さん、謝らないでください。どうか、気に病まないでください。どうか、僕と、目を合わせてください。どうか、笑ってください』
ありがとうございました、とあいつは頭を下げた。何が、謝らないでください、よ! 気に病まないでください、よ! 自意識過剰にもほどがあるんじゃない!?
マイクの電源を切ろうとして、あいつはハッと、何かを思い出したような顔をした。一回深呼吸ををすると、あいつはうっとりと笑顔を作った。
『榎本さん。証拠はたくさんあるからね』
その一言だけ言って、あいつは舞台袖に入っていった。
我慢が、きかなかった。
「ふざけてんじゃないわよ!! あんたが私の人生メチャクチャにしたんでしょ! あんたが私をフるからいけなかったんじゃない! だからあんな目にあったくせに、あんたが悪い癖に!! なんで私が不幸にならなきゃいけないのよ! この犯罪者!!」
「はぁ、やっぱし人の目とマイクは緊張するなー。校長先生ってすごいんだね。あ、ねぇ、声、震えてなかった?」
「え、いや大丈夫だったけど……それよりいいの? 榎本さんがなんか、叫んでるけど……」
舞台袖。私たち放送部は荒島さんの度胸にすごく驚いていた。だって、穏やかに事を済ませようとしているもんだと思ってたから。なのに、最後にあの爆弾発言を落としたものだから、当然のように榎本さんが叫びだした。
金切り声は嫌い。声量は大きくていいけど、放送部にはいらない。うるさい。
「あー、やっぱり怒ったかー。うるさかったらごめんね?」
「え、あ、うん。……え? 聞こえてないの?」
荒島さんの発言に違和感を感じてそう問えば、彼はうん。と頷いた。
「僕、あいつの存在を拒絶してるから。何も聞こえないし、見えない。そこに存在しているかも分からない。本当、都合のいい脳してるよね、僕!」
そう自分を笑う荒島さんを見て、私は彼に対する認識を改めた。
彼は悪くない。けど、彼は狂ってる。
荒島さんが「でも」と口を開いた。
「もし、仮に、あいつが喚き散らしてでもいたら、僕と同じ思いをするだろうね」
彼の笑顔は、無邪気な少年そのものだった。
「大体、自意識過剰なんじゃい!? だーれもあんたのことなんか気にしちゃいないわよ! なのに朝会でこんな話をするなんて、頭おかしいんじゃないの!?」
「自意識過剰なのはお前の方だろ」
「はぁ?」
すぐ近くから、男子のせせり笑う声が聞こえてきた。その男子をきっかけに、私を嘲笑う声が広がっていく。
「一人だけ立ち上がっちゃって、なんかバカみたい」
「先に荒島の学校生活をメチャクチャにしたのは榎本の方だろ」
「マジ声うっぜぇ。キチガイじゃねえの?」
「大体さぁ、何であいつ、この子の学校来れんの? 私なら無理」
「そりゃ荒島の机を汚すためでしょ? アハハ」
「暴力受けたって嘘ついて、バスケ部騙して、荒島に怪我させて。こいつこそ詐欺罪で犯罪者じゃねぇの?」
「頭おっかしーよねー!」
「男とヤりすぎて頭イッちゃったんじゃないの?」
私を嘲笑う声が体育館を埋め尽くしていく。息がしづらい。
「な、何よ、何よ!!」
「うるせぇよ犯罪者」
「うるさい! 誰が犯罪者よ!」
『静かにしろ榎本。後で生徒指導室に来い』
「はぁ!?」
『これで朝会は終わります。起立、気をつけ、礼』
何よ、何よ何よ! どうして、どうしてこんなに美しい私が怒られなきゃいけないのよ。犯罪者扱いを受けなきゃいけないのよ! 不幸にならなきゃいけないのよ! ふざけないでよ!
「許さない……」
「あはは、あいつ、自分が怒っていい立場だと思ってるのかな?」




