17 巨人と相談と”もういいです”
「ま、つまりは、なんだぁ? お前は俺を完全に許している。俺はお前が怖くない。そういうことでいいんだな?」
「バッチリですね!」
香川が紙をひらひらさせる。二人は香川の自室でくつろいでいた。
「あー! 今日二番目に嬉しい事件でしたよ!」
「事件って。一番はなんだよ」
「彼女からLINEが来たことでーす」
「うぜー!」
「え、彼女ほしいんですか?」
「え、いや、……しばらくはいらねーや。女って怖い」
香川がちゃぶ台に突っ伏してしまった。荒島も笑えなかった。共に榎本の被害者だった。
「あ、今日は一緒に帰れないって送っとかないと」
荒島がスマホをいじり出す。香川はそこで思い出した。荒島が連絡し終えるのを待って尋ねる。
「そういえば荒島。お前の用事って何だったんだ?」
「え? ……あ! 忘れるところだった! 相談したかったんですよ」
「おい」
そうだった、そうだった、と荒島はリュックを漁り、透明なクリアファイルを取り出した。そのクリアファイルからさらに、一枚のルーズリーフが取り出された。
「何を相談したいんだよ」
「はい。実は僕、もういい加減にみんなのことを許そうと思うんです。思うというか、もう許しています」
「! ……そうか。理由を聞いていいか?」
「はい。僕は、まぁあいつに嵌められて、犯罪者扱いを受けたわけですが、その人たち全員をずっと、謝るまで許さないというのも、なかなか疲れるんですよ。ですから、反省してたら許そうということになりまして」
「なるほど」
「でも、僕が許してても、そのことが広まらなくて。皆、僕を見ると避けるんです。……自業自得ってことは分かっています。僕のほうから避けていたんですから。でも、僕が近づくと、皆、辛そうな顔をするんです」
「……辛いか、お前も」
「はい……」
荒島はズボンを強く握りしめた。感情がすぐ表に出ると書かれた香川だが、荒島も大概だなと感じていた。
「話を進めるが、つまりお前は、情報を広める方法を相談しに来たんだな」
「あ、いえ。それはどうにか出来そうなんです。今日はそのことを話し合ってきましたし。相談したいのは、話す内容なんです」
「話す内容ぉ? ……あぁ、なるほどな」
香川は荒島のしようとしていることに気づく。それがもたらす影響を考えたところで、香川の表情は暗くなる。
「大丈夫かよ。もうちょっと穏便には済ませられないのか?」
「だってこれが手っ取り早いじゃないですか」
ダメだこりゃと、香川は眉間を押さえた。今日で何個の幸せが逃げただろう。香川はため息を吐きながら、荒島に対して紙を寄越せとジェスチャーをした。荒島も「よろしくお願いします」とそれに応えた。
話す内容とやらが書かれた紙を受け取り、香川はそれを読み進める。そうするうちに、どうして自分が荒島に許されていないと感じていた理由が判明した。
「荒島。内容に関してはお前の伝えたいことがあるだろうし、俺にはよくわからねぇから何も言えねぇ。だが、これだけは言える」
「は、はい……」
「〝もういいです〟は絶対に使うな」
「え? ……え、何でですか!?」
これ以上幸せを逃がしてたまるかと、香川は大量に息を吸った。
「お前は、この”もういいです”って言葉にどんな意味を込めてるんだ」
「そりゃ、”もう謝らなくていいですよ。どうか気に病まないでください”って気持ちが最大級に込められてますけど」
「これに書いてある”もういいです”を全部それに書き換えろ」
「な、何でですかー!!」
荒島は訳がわからないと香川に噛みつく。眉を八の字にして、全力でアピールしている。阿川はまた一つ、幸せを逃した。
「あくまで俺の印象だがな、お前の”もういいです”には、”絶対許さねぇから、謝ってくんな。てか、俺に近づくな”って意味に聞こえんだよ」
「そ、そんな馬鹿な! 何をどう拗らせたら、そう聞こえるんですか!!」
「心を疑心暗鬼で拗らせたら、そう聞こえんだよ!」
「論破された!?」
どうしてなんだ、と信じられないものを見るように、荒島は抱えた頭の中から香川を見た。その本人は呆れていた。
「お前、考えてもみろよ。こっちは必死で許してもらおうとしている。だが、心のどこかで許してもらえないだろうとも思ってんだよ。不安なんだよ。自分のしでかしたことの大きさがわかってるからな。そこに一言。”もういいです” 。少なくとも俺は、見捨てられたかと思ったな」
香川が気だるそうにしゃべる前で、荒島は目を限界まで見開かせていた。




