15 巨人と混乱と疑問符
香川は何度目かのため息をつき、カウンター席の椅子に腰かけた。
「先輩、どうしたんですか? 疲れました?」
「んあ? あ、あぁ。そうだな」
だから早めに帰ってくれないかとの思いを込めた目を香川が向けるが、荒島はそれを無かったことのように、ココアを飲んで流した。意外と図太い神経してんなと思うと同時に、香川は確信した。
行動に出ようと前のめりになる。まるで、『勝負は攻めたもん勝ちだ』とばかりに。
「荒島。お前は、一体何しに来た」
荒島はカップに口をつけようとした顔で一度止まる。それからカップをテーブルの上に置き、姿勢を正した。真顔だった。
香川は自ら作り出した緊張感に冷や汗をかく。覚悟を決めたとはいえ、心臓がバクバクと暴れるのは止められなかった。香川の視線は荒島の口元に集中する。
長い沈黙が続いた後、荒島の口がおもむろに開いた。
「香川先輩。先輩は、僕が、怖いですか?」
荒島は香川を見定めるように見ている。香川には荒島の表情からも、瞳からも、何も読み取ることが出来なかった。
香川は体の芯が冷えた気がした。身震いした後、彼はこう思った。
俺は、戦況を見誤ったようだ。
一方荒島は、香川が身を固くしたのを見て落胆していた。目の前のココアから立ち上る、甘い香りを纏った湯気を見る。先ほどまで荒島を幸せにしていたそれは、今や胸やけを覚えさせるだけのものに変化していた。
「怖い、ですか……」
確認のためにもう一度言えば、香川は彼から目を逸らした。肯定の意味ととっていいだろう。
荒島は頭を抱えた。薄々感じてはいたが、まさか、ここまで酷いものなのか。密かに期待していたのに、と。
「僕、さっきまで先輩と話してて、これならイケるなって思ってたんですけどね……」
香川は、要領を得ないなと不思議な思いで荒島を見た。そしてぎょっとした。荒島が今にも泣きだしそうな、情けない笑みを浮かべていたからだ。
「どうして、伝わらないんでしょう。学校の人たちにも、先輩にも」
「??」
香川には荒島の言っていることが理解できなかった。荒島を凝視する。
「特に、香川先輩には、僕、直接言った気がするんですけどね……。なんですかね、この状況。想像をはるかに超えてますよ。悪い方向に。……僕は、結構、この騒ぎの中でも、先輩のこと好きなほうだったんですよ? でも、先輩は僕のこと、嫌いだったんですね」
荒島はテーブルの下で組んでいた手から目を香川に向ける。その瞳には悲しみからか、諦めからか、涙が浮かんでいる。
一方、香川は目の前が真っ暗になっていた。彼の理解範囲を、許容範囲を超えたのだ。香川は浅い呼吸を何度か繰り返し、最後に大きく息を吸って、今、頭の中でぐるぐるしている思いを、大声に乗せて吐き出した。
最初に出た音は、「ま」だった。
「待て待て待て待て待てっ!! なんだ、今のは! なんだ!? 俺は別に嫌ってなんかいない! むしろ、俺を嫌っているのはお前のほうだろう! 荒島!!」
「っえ……??」
叫んだ後も、香川は混乱していた。彼には荒島の言葉は予想外過ぎたのだ。罵られると思っていたのだ。いつか訴えられると思っていたのだ。嫌われていると思っていたのだ。だから香川は荒島が怖かった。
あの日から、嫌いという思いの代わりに、恐怖が香川の胸を支配していた。
荒島は香川の鬼気迫った叫び、表情に戦いた。荒島もまた、この予想外続きの展開に頭がいっぱいになっていた。
「ど、どうしてですか……?」
「え?」
彼らの会話はしばらく、疑問符の応酬と化していた。




