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13 巨人とココアとざわつき

 

 時間は少し遡る。


 放課後の学校近くの小さな喫茶店。その店には夕刊記事を広げている店主と、分厚い参考書にマーカーで線を入れる男子高校生の二人が居るだけだった。


 男子は疲れたようにため息をついた。勉強にも身が入らない様子だ。その男子はすでに進学先が決まっているため、そこまで気張って勉強する必要もないのだが、入学して内容が分からないなんて意味がない、と自身にそれを課していた。


 集中できないなら意味がないな、と男子は参考書を閉じた。アイスココアを飲み、その優しい甘い味に癒されていた。


 ふいに、男子は窓の外に目をやる。少し暗くなってきたなと、特に意味もなく向けたのだ。結果、男子は目を見開き、手に持っていたグラスを落としそうになる程、動揺することになる。


 男子は慌てたように店内の時計を見上げる。年代物の、少し古びたそれの針は、四時四十分を少し過ぎたあたりを指していた。男子は焦っていた。


「なんで、荒島、今日はこんなに遅いんだ……?」


 勘違いしないでいただきたい。彼は決して荒島のストーカーなどではない。単に、部活を引退してからこの喫茶店に入り浸るようになり、それで自然と、荒島の大体の帰る時間を知るようになっただけである。荒島はみなさんご存知のように背が高く、目立つ為、それが何ら不自然ではないことをお伝えしたい。


 男子はもう一度窓の外を見る。もしかしたら見間違いかもしれないとの期待を込めながら。しかし残念ながら、期待は大いに外れた。荒島は間違いなくそこに居たし、さらに言えば、荒島もこちらに顔を向けていたのだ。男子はまた顔を店内に戻し、心を落ち着けようと必死になった。帰る時間帯が違うことなんて今までにもあったし、この間はもっと遅かったじゃないか。何を今さら。それに目が合ったとして、何になる。荒島は俺のことをとても嫌っているのに。何かあるとは思えない。思いたくない。


 カランカランッと入店を報せる鈴が鳴る。音のなる方へ自然と顔が向き、それで男子は自分の努力が泡になったことを悟る。

 店内に入ってきたのは荒島だった。

 男子は弾かれるように椅子から立ち上がり、少し上擦ってしまった声で叫んだ。


「お、おおお前! 何しに来た!」

「何しにって、お茶をしに、ですけど……」


 あっけらかんとした表情で正論を返され、男子は我に返った後、弱弱しく椅子に腰を下ろした。


「すまん、普通、そうだよな」

「あはは、別にいいですよ。お久しぶりです、香川先輩」


 男子--香川は力なく頷いた。





「同席してもいいですか?」

「おいおい、何言ってんだよ。他に空席あるだろ。そこ行けよ」

「だって、先輩とお話ししたいんですもん」

「もんって、男がそんなの語尾に付けんなよ。巨人のくせに」


 荒島はあははと笑いながら香川の斜め前の席に着いた。それから店主にホットココアを注文した。


「外、寒くなってきてるんですよねー」


 荒島の発言を、香川はアイスココアを飲んで聞き流した。荒島はまた笑った。


「先輩はアイスココアですか。寒くないですか?」

「いや。冷たいのが好きだしな。勉強するなら糖分必要だと思ったし。これならすぐ飲める」

「え、勉強してたんですか? すみません、邪魔しましたよね」

「いや、いいんだ。どうせやる気出てなかったし、疲れてたしな」

「そうですか」


 沈黙が訪れた。香川はため息をついた後、またココアを飲む。それでも緊張が解けないでいた。

 香川は内心、困惑していた。なぜ、荒島は自分に話しかけてくるのだろう。困惑して受け答えも固くなっている。平常に戻ることが、今の彼には難しかった。


 ちらりと目だけを荒島に向ける。荒島は少し困ったような顔をしていた。沈黙が辛いのだろう。なんとか話題を作らなければと考えているのが、その表情から読み取れた。

 そこに救いの手が伸びる。店主がココアを持ってきたのだ。荒島は「ありがとうございます。いただきます」と店主に行った後、それを口に含んだ。香川は「あっ」と焦った声を漏らした。


「熱っ!?」

「入れたてだからな。気をつけろー」

「あ、はい」


 荒島は熱湯かと言わんばかりの熱いココアが入ったマグカップの持ち手を持ち、息を吹きかけて冷まそうとしていた。香川がグラスを振って、それの中に入った氷を鳴らす。


「……俺が、冷たいのが好きと言った理由、少し分かったろ?」

「! はい。しばらく飲めそうにないです」


 荒島は困ったように笑って、カップを机の上に戻した。


 しまった、荒島がここに居座る理由を与えてしまった、と香川は思った。

 何の目的で俺に近づいてきたか分からないし、どうしてそんなに俺に笑顔を向けるのか。そして、どうして俺は荒島に話しかけている。どうしてその笑顔に安心している。

 我に返った香川は、ついに恐怖さえ感じ始めていた。

 

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