10 巨人とじゃんけんと考察
「じゃんけん、ぽん!」
西田がじゃんけんの音頭をとる。出された手はグーが二つと、チョキが一つ。
「うわ、負けた」
「今回は純かー。じゃあ後で地理のプリント写させろよー」
「江ノ島、お前好きなお菓子とかあるか?」
「は? あー、カレーパン」
「それ奢るから、俺のプリントも書いてくれ」
「OK,OK。任せろ」
「ずりいぞ政伸!」
六時間目の地理。教師が人間ドックとかで授業が自習になった。今日は自習が多いな。教室では、スマホを持ち出していじる者、早めに終わらせてしまおうと黙々と取り組む者、そして俺達のように、一人が取り組み、後で答えを写そうとする者に分かれた。つまり、少々騒がしい。
俺の机からプリントを取り、自分の席へ戻ろうとした江ノ島が、ふと思い出したように言った。
「凪人、何考えてるんだろうな」
俯き気味で発せられた言葉は、それでも俺達の耳に入ってきた。西田はだらりと脱力して、頬杖を突いた。
「凪人のこともそーだけどよ、わっかんねーことばっかだぞ。……何が分かんねーのか分かんねーけど」
俺は額を机にぶつけそうになった。なんだそりゃと眼鏡を上げると、西田は「だってよー」と文句を垂れた。
「そもそもだぜ? なんで榎本は凪人を犯罪者にしようとしたんだ。すぐバレるのに。それに気になるのは、なんで凪人は嫌いな奴の声が聞こえなかったり、頭がバスケットボールに見えるんだ」
「まずは、まとめてみるか」
俺はルーズリーフを束から一枚取り出し、西田の言ったこと、俺の感じたことを箇条書きしていく。
・凪人はこれからどうするつもりなのか?
・榎本はなぜ、凪人を犯罪者にしようとした?
・どうやって、犯罪者にしようとした?
・凪人はなぜ、嫌いな人間の声が聞こえなかったり、頭がボールに見えたりする?
・凪人はなぜ、バスケ部員を許した?
追加して書いたメモに西田が「は?」と声を漏らした。驚くのも無理はない。
「これ、マジか?」
「マジっぽいぞ。さっき、荒島がバスケ部員に話しかけてるところを見た。だが、何を話していたのかは知らないし、顔をしかめていた。本当に許していたかは分からんな」
「戻る気は無さそうだな。よかった」
「そうだな。さて、これと一番目は荒島に直接訊くとして、他のことを考察するか。まずは、なぜ、凪人を犯罪者にしようとしたか、だ」
シャーペンをカチカチ鳴らし、芯を長く出す。
「榎本は荒島に告白をして、フラれた。その腹いせ、にしては過激だな。わざわざ怪我したようなペイントまでして。やりすぎだし、動機が納得いかんな」
「しかもあの後、榎本の奴、バスケ部三年の香川さんと付き合ってたぞ」
「確か最初に荒島に手を挙げた人だよな。なぜ? 荒島が好きじゃなかったのか?」
「心変わりしたってか? 自分を傷つけた奴を成敗してくれたヒーローだっつって」
ハハハッと嫌味な笑いを漏らした西田の後ろの席から、スマホをいじっている女子生徒の声が聞こえてきた。
「バイトの先輩にさ、男とっかえひっかえしてる人がいるんだよねー。しかも毎回相手に貢がせててさー」
「何それバブル? 完全にATM扱いじゃん」
「ねー。しかもさー、先輩、最高で一か月に六人も男入れ替えたんだよ? 一度に三人と付き合ったりさー。あれ完全にエンコーな気もするけど」
「ビッチじゃん。あ、たまにさ、彼氏はアクセサリーとかって言ってる女いるよねー」
「あ、まさにそんな感じ! 男できるたびに自慢してくんだけどさ、これ見て。ね、結構イケメンぞろいじゃん? 一部違うけど」
「絶対この人ATMでしょ。完全に男の敵だね。いいな~、顔が良いって。あはは」
……前の席に男子がいるのに、そんな大きな声で話す内容じゃないぞ。ビッチとか言うんだな、早乙女さん。だが、そんな女がいるっていうのは分かったな。クズだ。
西田がなあ、と俺に話しかけてきた。
「凪人ってよ、一年生でバスケ部のレギュラーになった、すごい奴だったよな」
「あ、あぁ。センスもあって、類まれな体格してるからな、あいつ」
「心は子供で純粋。だがスペックは高い。……自分で磨いて、アクセサリーにするにはもってこいじゃね?」
西田が空中に、(もしかしたら、頭の中に思い浮かべている人物に)汚いものを見る目を向けていた。西田の考えは俺も今抱いたものだ。子供は思い込みやすいからな。……偏見か。
「アクセサリーにしようとしていた男が自分を拒否した。それが許せなかったのか」
「フラれると思ってなかったんじゃないか? 榎本の奴、顔だけはいいからな」
榎本はアイドルにならないかとスカウトされる程、顔が良い。化粧なしでも目が大きいし、肌も美しい。キャラメル色の艶やかな髪は胸のあたりまでゆるくウェーブを描いている。特に唇は、俺のクラスメイト曰く、キスしたくなるような魅力を放っているらしい。顔の作りが良い分、反比例するように性格が悪い。あざといというか、なんというか。
「あの顔だからな。ちやほやされることはあっても、フラれることは無かっただろう。だから、手に入らないなら壊してしまおう、と」
「んな理由で凪人はバスケ部を辞めさせられたのかよ。クソアマが」
「……話題、変えるか」
今にも人を殺しそうな人相を浮かべる西田から手元の紙に目を移す。次は、「どうやって犯罪者にしようとしたか」だ。




