99話
フロウラの役所の地下室で、リドルさんは鍋で魔物除けのために、白い花を煮ていた。
匂いが強烈で、リドルさんはマスクをしている。リドルさんは俺に気づくと、上の部屋に行こうとジェスチャーで伝えてきた。
役所の一階の応接室を借りてくれていて、リドルさんが案内してくれた。
ジェリさんはリドルさんに言われて、地下室で鍋の火を見ている。以前はそんな仕事しなさそうな人に見えたが、「あれも、今は率先して雑務をやるようになった」とリドルさんが嬉しそうに話していた。
「それで、土の勇者の件は片が付いたのか?」
リドルさんは、廊下にいた役所の職員にお茶を頼みつつ、聞いてきた。
「ええ、一先ず俺がやることは終わりです。俺は駆除業者ですから、そもそもやることなんてないですしね」
「ただの駆除業者じゃあるまい。砂漠周辺地域を救い、湖を救い、連合国に有料道路を作る業者など、世界中どこを見渡してもおらん」
「いやいや、有料道路はまだ出来てませんよ」
「そうだったな。しかし、構想を思いついたのも、中央政府と土の勇者に働きかけたのもナオキ殿だ。一業者を遥かに逸脱していると思うがのぅ」
「そうですかねぇ。まぁ、そうしたほうが良いかと思って、やっただけです。それで、今日はなんの話ですかね?」
本題は土の勇者の話ではなさそうだ。
「なんの話もなにも、ローカストホッパー駆除についての報酬じゃ。忘れておるのか?」
そうだった。まだ、貰ってなかったんだ。
「そうでした。あの時、駆除したローカストホッパーの数は10万匹近くいたので、たとえ、1匹、銅貨1枚と考えても、金貨1000枚ですか?」
適当に数字を並べて、報酬を釣り上げてみる。あまりに安い報酬だと、また、アイルとベルサに何を言われるのかわからない。
「ほぅ、そんなんでいいのか?」
リドルさんは予想に反するリアクションをした。
「ローカストホッパー駆除と、駆除方法の確立、大型魔獣の討伐、キャンプ地の施設設営も含まれているが、金貨1000枚で良いと?少なく見積もっても、金貨5000枚はくだらないと思うがのぅ」
「5、5000枚!? でも、そうすると予想被害額より大きくなっちゃうんじゃ……」
「今後、被害を抑えられることを考えると妥当な金額だと思うがなぁ」
そうなのかな?
「とはいえ、現状、この国にはそれほどの予算がない。有料道路にも予算を回さなくてはいけない。ということで、騎士爵及び宝玉はもちろんのこと、武器や魔法書や魔道具など、こちらが出せるものは出すつもりだ」
「そ、そんなに!? ん?」
あれ?今、なにか見落としているような…。
「あ、騎士爵は辞退します」
「むぅ、やはりか。一応、理由を聞かせてくれるか?」
「いや、だって、爵位なんて取ったら、俺はこの国の所属になるんじゃありませんか?」
「この国に骨を埋める気はないと?」
「ええ、まだまだ世界を旅して回るつもりですから」
「あい、わかった。騎士爵については取り下げよう。国王は一目、ナオキ殿と会いたがっていたがな」
「そうですか? まぁ、縁がなかったということで、勘弁して下さい。武器や魔法書などについては、社員と決めてもいいですか?」
「もちろんだ。マーガレットさんには会ったか?」
「いえ、今社員たちがマーガレット邸にお邪魔している頃だと思いますが」
「まさか、地下室で会ったあの青い作業着を着た駆除業者が、これほどまでにルージニア連合国と関わるとは思いもよらなかった」
「俺も、フロウラに着いた当初はこんなことになるとは思ってもみなかったです」
当時は娼館に行くのが目的だった。結局、行けてないなぁ。
「いつまで、フロウラにはいられるのだ?」
「船の修理が終わってるなら、用事が済めば出港するつもりです」
「そうか。出港する日が決まったら、教えてくれ。飲もう」
「わかりました」
俺はリドルさんと出港前に飲む約束をして、役所の外に出る。
宿に帰る途中でセスとメルモから連絡があった。
セスは商人ギルドで大量の依頼が溜まっていると言い、メルモは冒険者ギルドのギルドマスターから、うちの社員のランクを上げるので試験をしに来てくれと言われたらしい。俺と試合をしたいという冒険者もいるそうだ。
とりあえず、宿の前で新人たちと合流したら、酔っ払ったアイルから連絡があった。
なんでも宴会が始まっているので来い、とのこと。
めんどくさいことになりそうなのは目に見えているが、アルフレッドさんからの手紙もあるので、新人たちを連れ行くことにした。
フロウラで一番大きな屋敷に、新人たちは驚いていた。屋敷は魔石等の明かりでライトアップされ、キレイだったからかもしれない。慌ててクリーナップをかけてくれ、と頼まれたので、かけてやった。
門を勝手に開けて、「お邪魔しまーす!」と入って行くと、「侵入者がいるなぁ」と人化している黒竜さんがワインの瓶とコップを三つ持って現れた。
「こっちだ。裏で宴会をしているところだ」
コップを受け取りながら、黒竜さんの後をついていくと、屋敷の裏では竜の姿のレッドドラゴンが眠っていた。
「だらしのない奴だ。まぁ、若いからな、仕方ないか」
と、黒竜さんは言っているが、レッドドラゴンは何百年か生きてるんじゃなかったか。
「あらあら、ようこそ。ナオキくん。それから、そちらは先輩にいじめられている新人さんたちね。どうぞ、こっちよ」
マーガレットさんは、そう言って青空宴会場に案内してくれた。
芝生の上にテーブルと椅子が並べられ、テーブルには豪華な食事が用意されていた。
「いじめてなんかないですよ。ちゃあんと、教えてるよな。私たちはぁ」
アイルはすでに出来上がっているらしい。よろけながら、おれに抱きついてきたので、思わず受け止めてしまった。
「……っかー。……」
しかも、そのまま寝やがった。相変わらずアイルのくせにいい匂いがする。腹がたったので、そこら辺の芝生に捨てておいた。
「新人。それ、踏んどけ」
「「い、いや……」」
「大丈夫だ。どうせ覚えてないから」
日頃の恨みを晴らしておいたほうが精神的にも良いかと思ったが、新人たちは踏まずにレッドドラゴンの側に移動させていた。まぁ、アイルならレッドドラゴンの下敷きになっても死にはしないだろう。
俺はアルフレッドさんの手紙をマーガレットさんに渡す。
「これ、アルフレッドさんからです」
「あら弟に会ったのね。酷い顔してたでしょ?」
「いえいえ、いい顔でしたよ。煮ても焼いても食えなさそうな方でしたけど」
「フフフフッ! 煮ても焼いても食えないって、それ良いわね。私も今度からそう言うことにするわ」
マーガレットさんは笑いながら手紙を取り出して読み、うんうんと頷いていた。
俺はその間に、テーブルのあたりを見回す。セスとメルモが黒竜さんの話を聞きながら、目の前の料理を口に運んでいる。ただ、ベルサがいない。
「ナオキくん、差し当たって有料道路の報酬なんだけどね」
「あ、ちょっと待って下さい。ベルサって今、どこにいます?」
「ああ、今、ばぁやと……。あ、来た」
マーガレットさんが指差したのは屋敷の中で、大量の本を抱えたベルサとばぁやがこちらに向かってくるところだった。
「おう、ナオキ。やっと来たか」
「なに、その本」
「いや、船の中はどうせ暇だろ? いい本はないかって聞いたら、こんなに面白そうな本があったんだ」
ベルサは学者の目になっていた。
「え? あの本、戴いて良いんですか?」
マーガレットさんに聞いた。
「ええ、もう私もばぁやも目がね。良かったら、持って行って」
「ありがとうございます」
その後、マーガレットさんとベルサを交えて、有料道路の報酬について話をした。
ルージニア連合国有料道路の企画立案者ということで、売上の3パーセントを提案された。
「売上って、罰金も含まれますか?」
「含まれないわね」
「だったら、罰金の全額の10パーセントでどうです?」
「フフフ、この計画はアルフレッドが考えたものじゃないのね?」
マーガレットさんは手紙を持ちながら笑った。どうやら手紙には俺が話した計画が書かれているらしい。
「すみません。冗談です。売上と言っても道路が出来てからの話ですよね。その頃に俺たちがどうなってるかわかりません」
「ええ、だから、商人ギルドを通して支払うつもりよ」
確かに、商人ギルドが銀行のような役割をしているので、振り込んでくれれば、違う場所の商人ギルドで受け取れる。
「いや、死んでいる可能性もあるので、今貰っておいたほうが良いように思うんだけど、ベルサはどう思う?」
俺なんか精霊に狙われたら、すぐに死ぬ可能性がある。現金を持ち歩くのは、船旅では危険だが、アイテム袋があるので、問題ないような気もする。
「企画立てただけでしょ? まぁ、交渉とかもあるけど。レッドドラゴンと黒龍さんの食事代と迷惑料、それから本の代金もあるんだから。報酬はもうすでに貰っているんじゃない?」
あ、そうか。竜たちは大食漢だし、本の代金って結構高いんだっけ。
「なら、それで」
「良いの?」
驚いたようにマーガレットさんが聞いた。
「ええ、うちの会計が言っているので、大丈夫です」
ベルサを勝手に会計ということにした。
「リドルさんの方はどうだったの?」
ベルサが俺に聞いた。
「宝玉と、武器、魔法書、魔道具だって。騎士の爵位は断っておいた」
「なんでよ!」
ベルサが急にイラッとしたように言う。
「いや、この国の所属になる気はないから、爵位はいらないでしょ?」
「爵位なんか売ってお金にすればいいじゃない!」
そうか、爵位って売れるのか! え、売っていいモノなの?
「基本的には売れないんじゃないかしら」
聞いていたマーガレットさんが言う。
「そうですよね」
「じゃあ、うちの父親が変なだけか」
ベルサの父親は爵位を売ったことがあるらしい。
「ちょっと待って、現金がないんじゃない?」
ベルサが思いついたように聞いた。
「いや、マルケスさんから貰った報酬があるんじゃ……」
「それは、船の修理代に消えるでしょ。それに家具も揃えないといけないし」
「そうなの!?」
現金がないと、旅の準備として食料や日用品が買えないってことか。
「宝石屋ってフロウラにはないんですか?」
「ないわね。王都に行けば、あると思うけど」
マーガレットさんが答えてくれる。
「ちょっと待てよ。セス!商人ギルドで仕事が溜まってるって言ってなかった?」
黒竜の話を聞いていたセスに声をかける。
「ええ、清掃と駆除、併せて45件です」
「そんなに、あるのかよ……」
「私が町でいっぱい宣伝しましたからねぇ」
本を置いて、腰を叩いていたばぁやが言う。
「じゃ、明日から仕事して現金をかき集めよう。足りなかったら、俺が王都まで走る」
「了解」
「社長!」
セスと一緒に黒竜さんの話を聞いていたメルモが俺を呼んだ。
「なんだ?」
「冒険者ギルドはどうしますか?」
「そんなもん放っておけ!」
「いいんですか?」
「あんまりしつこく言ってくるようだったら、アイルに行ってもらえばいいだろう」
「わかりましたー」
話がついたところで、宴会が始まり、眠っていたレッドドラゴンとアイルも起きだして、飲み明かした。
翌朝、俺はフロウラの浜辺でネコの魔物に踏まれて、起きた。
昨晩の記憶は途中からない。
「なぜ、俺はここにいるんだ?」