98話
湖までは休憩無しで一気に走った。
セスとメルモも、なんとかついてこれるくらいにまでなっている。
アデル湖の近くにあるニュート族の村で、セーラの母親であるセリーヌに小舟を一艘借り、対岸のセスの実家のある猫族の村に行く。
船は魔法陣で改造し、水流で進むようにした。いつものことなので、誰も驚かなくなった。船で昨日のバーベキューの余りを食べた。冷めてもおいしいご飯はありがたい。
猫族の村に着いた時には、昼を少し過ぎていた。今日はこの村で一泊する。
山と砂漠を越え、フロウラに行くと、どうしても一日は掛かりそうなので、無理しないことにした。
セスは実家に帰り、俺たちは宿で一泊。荒れ地にいた魔物を渡す代わりに、セリーヌに借りた船を返してくれる人を探した。
セリーヌは「返さなくて良い」と言っていたが、湖周辺に生きる者同士、もう少し交流があったほうが良いんじゃないかと思う。いいきっかけにしてくれそうな人はいないか、セスの母親に聞くと、「村長に言ってみてくれ」と言われた。
村で一番大きな船を持っている村長に、事情を説明。
「あんな小舟で対岸までは行けないにゃ~。でも、わかった。もし、会うことがあれば、聞いてみるにゃ~」
猫族らしい話し方が板についている。種族に対する偏見をしっかり武器にしたいらしい。そういう地元を盛り上げる方法もあるのか。
魔法陣を使ったからあまり時間はかからなかったが、普通の小舟でオールのみで対岸まで行くと数日掛かりそうだった。
村長は、「もし、何か交渉事があるときに、使わせてもらうにゃ~」と言ってくれた。
「ありがとうございますにゃ~」
俺も猫族に合わせた。
「最近は、村の者より、外から来たもののほうが『にゃ~』と言ってくれる。嘆かわしいことだにゃ~。『にゃ~にゃ~』言ったほうが、観光客が来ると思わんかにゃ~」
村長は愚痴をこぼしていた。アイデンティティは人それぞれだ。
その後、砂漠越えの用意を少しして、セスの実家に戻る。
夕飯はセスの実家でご馳走になった。
「兄ちゃんが会社で働くようになったら、ご飯が豪華になったんだよ!」
セスの妹のニケが嬉しそうに言っていた。
セスは困ったような顔で苦笑いをして、ニケの口をふさいでいた。
「いや、本当ですよ。泥棒にでもなっているんじゃないかと心配していたんですが、いい人たちと巡りあえて、本当に良かった。ありがとうございます。末永く、セスをこき使ってください」
セスの母親は、俺たちに頭を下げた。
そういえば、セスと初めて会った時は船荒らしだったな。母親っていうのはなんでも見通せるらしい。
「いえいえ、こちらこそ大事な息子さんをお預かりしているので、社員を大切に見守り、可能性のある分野で、どんどん成長していってもらいたいと考えております」
「おおぅ!社長っぽい!」
俺の言葉に、アイルとベルサが驚いていた。
前の世界にいた時、テレビで見たようなことを丸パクリしただけだ。
夕食には途中から、村長とその親戚たちも混ざり始め、結局宴会になってしまった。
翌朝、セスの家族に見送られながら、山の抜け道へと向かった。
魔物も多かったが、アイルとセスが率先して、倒していた。
「あんまり倒しすぎると……、なんでしたっけ? 社長」
メルモが抗議しようとして、失敗していた。生態系という言葉を忘れたらしい。
「生態系だろ? まぁ、この抜け道はちょっと魔物が多いからな。狩りすぎるくらいのほうが良いかもしれない」
探知スキルで、周辺を探ると真っ赤だった。それだけ魔物が多い。
商人は、よくこんな道を通るものだ。
「前に来た時より、多くなっているかもしれないな」
アイルが言った。気配でわかるのだろう。
解体は後にして、どんどん死体をアイテム袋の中に入れていく。
今回は混乱の鈴は使わなかった。混乱した魔物が、猫族の村に向かうとも限らないからだ。
その代わり、フロウラに着いたら、魔物除けの薬を撒いておくよう、リドルさんに言って、冒険者ギルドに依頼を出しておこう。
山の抜け道を通り、砂漠に出ると、俺たちは白い麻のローブを頭から被り、駆け抜ける。
柔らかい砂が、体力を奪うが、なるべく速く走って風呂にはいることを目標に、力を振り絞る。
ローカストホッパー駆除の際に、草原のキャンプ地に作った風呂に入る予定。元気もあり、食事もしっかりとったので、昼前には砂漠を抜けた。
全身砂まみれだ。ローブを着ても砂は風に舞い、身体のいたるところに入り込んでくる。
体力はそんなに減ってないつもりだが、疲労感が出てきてしまう。
草原の風呂はまだちゃんと残っていて、水にクリーナップをかけ、お湯にすれば、すぐに使えた。
大きな魔物の骨と、ローブで衝立を作って、一斉に入る。
魔物の気配はないし、誰かが来れば、裸で対応しよう。そのくらい汗と砂を洗い流したかったのだ。
前に作っておいた柑橘系の香りがする石鹸を使ったので、かなりサッパリした。風呂あがりに軽く食事をして、一気にフロウラまで走る。
汗をかいたため、全員会社のユニフォームである青いツナギ姿だ。一応、俺がクリーナップをかけているものの、臭いはなかなか取れないし、石鹸で洗って乾かすのが面倒だったようだ。俺は一人、その面倒なことをしてから、後を追った。
板に風魔法の魔法陣を描いて、ツナギを乾かせばいいだけだったからだ。替えの服、あんま持ってないし。それに本気で走れば、すぐ皆に追いついた。
何人もの商人や冒険者を通り過ぎたが、青いツナギの集団に驚いているものは少なく、手を振ってくるくらいだ。どういう集団だと思われてんだろ。
草原と森の魔物は完全にスルー。
夕方にはフロウラに着いていた。
久しぶりに泊まっていた宿に帰ってきたが、俺たちの部屋はそのままにしていてくれたらしい。
「ブラックス家の方々に言われておりますから」
お金を払おうとしたら、宿の主人に断られた。
夕飯を食べに食堂に行こうとした俺たちを、宿の主人が止めた。
「ナオキ様、リドル・ブラックス様が『戻ったら役所に来るように』とのことです。それから、マーガレット・フロウラ様も『戻ったら、屋敷に顔を出すように』とのことです」
リドルさんは、ローカストホッパーの報酬かな? マーガレットさんは有料道路の価格とか報酬についてだろうか?
「それから、コムロカンパニー様、商会ギルドからも『社員の誰かが帰ってきたら、ギルドに来るように』とのことです」
商人ギルド? なにかな?
「あとは、ナオキ様、アイル様、ベルサ様、セス様、メルモ様が冒険者ギルドからそれぞれ呼ばれています」
結局全員じゃないか。なんで個別に呼ばれてるんだ。
「よし! めんどくさいから、今日は飯食って寝ちゃおう! 用事は明日に回そう!」
そうは、いかなかった。
夕飯を食っている最中に、ダークエルフが宿に入ってきた。
確か、リドルさんの腹違いの弟さんでジェリとかいう名前だった人だ。
「おおっ! 帰られたか! そなたたちを何日も待っていたぞ! さあ、とりあえず役所に参りましょう!」
強引な人だ。
アイルが皿にあったパンを半分に切り、夕飯の肉野菜炒めや煮込み料理を全てはさんだ。
「はい、特製サンドイッチ。いってらっしゃい!」
「あ! ずるい! 俺だけ仕事させようとしているな! アイルとベルサはマーガレットさんの屋敷に、セスは商人ギルド、メルモは冒険者ギルドに行ってくれ!あとで、通信袋で報告な!」
俺はそう言いながら、特製サンドイッチ片手にジェリさんに連行された。
サンドイッチを食べながら、日が暮れかけたフロウラの町をジェリさんと、お供の人たちと歩く。最近、走ってばかりだったので、なるべくのんびり歩いて、フロウラの町並みを記憶することにした。ブラックス家の人たちは俺の歩調に合わせてくれた。
海が見える方まで来た時、通信袋に連絡があった。
『くそっ! やられた! 酔っ払ったレッドドラゴンが、呼びにきたんだ!』
『わかったわかった! マーガレットさんの屋敷に行くから、ここで魔法を使うな!』
アイルとベルサの悲鳴に近い声が聞こえた。
数分後。再び通信袋に連絡があった。
『社長。商人ギルドから迎えの馬車が来てるんですけど、乗って良いんですかね。こんな立派な馬車、見たことないんですけど』
セスの震える声が聞こえた。
数分後。再び通信袋に連絡があった。
『社長。冒険者ギルドのギルドマスターがいらっしゃってますけど!』
メルモの緊張した声が聞こえた。
俺はその全てに「うむ。健闘を祈る」とだけ返しておいた。
「お忙しいようですな」
ジェリさんが通信袋を持った俺に言う。
「いえ、いつものことですから」
俺はそう言いながら、役所に入った。