97話
俺とメルモがノームフィールドに着き、ノッキングヒルでの仕事を報告し、ノームフィールドにいた社員たちが、風車とポンプ作りについて報告してきた。
俺が作ろうと思っていた風車は、少しずつだが、水を汲み上げているという。ただ、そんなに汲み上げる量は多くはなく、当たり前だが、風が止めば、風車も止まる。
アシュレイさんは俺が描いた風車の設計図全てを試してみたいと言った。
手伝おうと思ったが、「これ以上手伝ってもらっても、給料を上げられない」と断られた。
「大丈夫よ。主人にも子どもたちにも、仕事がある。少しずつだけど、この村は潤っていくわ」
アシュレイさんはそう言って、ニッコリと微笑んだ。
当面の水も雨によって確保できたし、水や食料がなくなった場合、中央政府にサポートしてくれるよう、ガルシアさんがアルフレッドさんに頼んだという。俺たちのアフターサービスもここまでのようだ。
農園が焼け、精霊の加護を失っても、しっかりと立っているガルシアさんの姿は、以前よりもどっしりとしていて、安定感がある。
俺は社員全員に翌日の朝、ノームフィールドを発つことを告げた。
「そうだな」
「了解」
「OKっす」
「はい」
反対意見は出なかった。
ガルシアさんとアシュレイさん、それにシンシアにも明日発つことを告げた。
「そうかぁ、いやぁ、いろいろ世話になった」
「今夜の夕食は皆で食べましょ! ね!」
ガルシアさんとアシュレイさんは笑っていた。
農園を焼かれてたった数日だ。ノームフィールドから逃げ出した人たちもいる。
きっと、完全に気持ちが切り替わるには時間がかかるだろう。
それでも、二人は俺たちに辛い表情は見せず、道作りや風車作りをして、笑っている。
屈託なく笑う二人の顔を見て、改めて、俺はこの人たちが20年の歳月をかけて、作り上げた農園を潰したのだな、と実感した。
もちろん、誰かが止めなくてはいけないことだったし、間違ったことをしたとは思っていないが、神と邪神に勇者駆除を依頼された時は、こんなことになるとは思ってなかったし、覚悟が足りなかったな。
この依頼は、誰かの長年かけてきた努力や歴史を奪うことがあると心に留め、気持ちを引き締めた。
「シンシアはどうする? うちの会社に入るかい?」
「ううん。奴隷から解放してもらったのに、申し訳ないんだけど、私はここにいることにする。誘ってくれて、ありがとね」
「そうか、その方がいいな。もし、俺たちと連絡を取りたい時があったら、これを使ってくれ」
そう言って、俺は通信袋をシンシアに渡した。
「魔力を込めると、俺が持っている通信袋とつながって、遠く離れていても会話ができるんだ」
「へぇ~、すごいっ!」
シンシアは受け取った通信袋を見つめた。
「今後、シンシアと話したくなったら言ってくれ。通信袋を貸すから」
俺は社員たちに言う。
アイルやベルサは、仲良くなっていたようで頷いていた。
夕食は、ガルシアさんの子どもたちも含め、残っている村人や行商人たちも呼んで、盛大に宴が開かれた。
雨も止んでいたので、ガルシアさんの家の倉庫前で、バーベキューをした。 メルモがノッキングヒルからの帰りに狩っていた魔物がどんどん焼かれ、ブラッドベリーのジュースや倉庫に貯蔵されていたワインなどが振る舞われた。
日が落ちると篝火を立て、魔物の皮を敷き、車座になった。
「ナオキくん、礼を言うよ」
俺が一人で肉をかじっていると、ガルシアさんが隣に座って、俺のコップにワインを注いできた。
「いえいえ、礼など」
「いや、今しか言えなさそうだからね。言っておくよ。正直、この先どうなるかわからないしね」
ガルシアさんは相変わらず笑っていた。
「それでもだ。グール病にビクビクすることはなくなったし、誰かを疑ったりすることも、どこか後ろめたいような気持ちも、無くなった。農園も無くなったけどね」
俺は胸のあたりがチクッとした。
「精霊様の加護もないし、助言もない。自分で考えて、皆で相談して、決めていく。自分たちの意志を持って、自分たちの責任で、この先やっていく。だから、ナオキくんが悪く思うことはないよ」
「あれ、わかりますか?」
「ハハハ、ナオキくんは感情が顔に出るからなぁ」
俺はコップに口をつけ、後頭部を掻いた。
「仕事も用意してもらって、井戸も掘ってもらった。感謝こそすれ、恨むなんてことはない。気にせず、我が道を行ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
ガルシアさんは応援をしてくれているようだ。篝火の光がガルシアさんの頬を赤く照らす。酔っているのかもしれない。
「20年、農園を作り続けてわかったことがある」
「何ですか?」
「答えが出ないことは多く、失敗しても時間は待ってはくれない。歩き続けないと道はできないんだ」
「歩き続けろ、と?」
「歩き続けさえすれば、道はできるし、結果も付いてくる。そう、思ってた……」
ガルシアさんはワインの瓶を傾け、俺の持ったコップに注ぐ。
「でも、君に出会って変わったよ。間違った道を歩いていることもあるんだってね。時々立ち止まって、振り返ってみないと、自分のやっていることが見えなくなってしまうんだ。気づいた時には打ちのめされて、一歩踏み出すことも、立ち上がることも出来なくなる」
ガルシアさんは瓶を呷り、一口ワインを飲んだ。
「でもさ、周りにいる人たちが手をとって助けてくれるんだ」
確かに、残った村人や行商人たちはガルシアさんの力になろうとしていた。
「嬉しいんだけどさ。そのまま周りの人が歩き始めたら、立ち上がってもない自分は引き摺られてしまう。そんな時、妻のアシュレイがさ。『立ち上がれないなら、まずは頬を上げて笑ってみたら』って言うんだ。『楽しいから笑うんじゃなくて、笑っていると楽しくなる。楽しくなれば元気が出て、立ち上がれるようになる』ってね」
「笑って、立ち上がって、歩きはじめる、ですか」
「そうだ。子どもは皆そうだろ?」
確かにそうかもしれない。
「挑戦していれば失敗することもある。歩いていれば、転んだり、ウンコ踏んだりすることもあるだろ?」
「確かに」
「でも、笑っていれば、立ち上がれるし、歩くこともできるようになる。立ち止まっても良いんだ。また、歩き始めればいい。そうだ! 有料道路のエンブレムはそういうデザインにしようかな、ハハハ」
「いいですねぇ! 標語とかを作るのはどうです? 『ウンコ踏んでも気にするな』とか」
「いいねぇ!」
笑っていたほうがアイディアが出やすいのか、この後、ずっとアホみたいな標語やエンブレムのデザインを二人で出し合いながら、ワインを空けていった。
翌日、俺たちは笑ってガルシアさん一家と別れることが出来た。
ガルシアさん一家が、この先どんな道を作るのか楽しみだし、ガルシアさんも俺たちがこの先どうなるのか楽しみだ、と言っていた。
お互い失敗したら、時々、通信袋を使って連絡しあうことを約束し、手を振って別れた。