93話
倉庫のなかは、村人や行商人たちと話し合いをした時と、殆ど変わらず、木箱が積まれていた。
ただ俺が見た時と違うのは、椅子や机がちゃんと運び込まれていた。ガルシアさんが村人や行商人と話し合いになるかもしれないから、持ち込んだのだろう。
俺とガルシアさんと中央政府の爺さんは机を囲むように椅子に座り、御者の老人は入り口に立っていた。
「サブイ、疲れたら座っていいぞ」
爺さんが御者の老人に声をかける。
「はい」
サブイと呼ばれた御者の老人は短く返事をしただけだった。
「それで、だ。自己紹介をしておこう。土の勇者は知っているから、省くぞ。ワシの名はアルフレッド・フロウラ。ルージニア連合国、中央政府の副議長をやっている」
中央政府の副議長!?
しかもフロウラかよ!
「ってことはマーガレットさんは……?」
「姉だ」
なんという姉弟だ。
「ナオキです。ナオキ・コムロです。これでも清掃駆除会社コムロカンパニーの社長です」
俺も自己紹介をする。
「最近、よく耳にする名前だ。うちの姉に何を吹き込んだんだ、ナオキよ。うちの姉ばかりじゃない、娘婿の親父殿からも手紙が来た」
「誰ですかそれは?」
「リドル・ブラックスと言えばわかるか?」
あ~なんという一族だ、まったく。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。よくも土の勇者の農園を焼いてくれたな!」
アルフレッドさんが急に怒りだした。きっと何か裏があるに違いない。杖の一件で、俺はアルフレッドさんを疑うことにした。
「俺じゃないです。農園を焼いたのは竜たちです」
「竜どもに指示を出したのはお前だろう!?」
「なんのことだかさっぱりわかりません!」
知らぬ存ぜぬを貫く。俺はマーガレットさんには説明した。今さら、俺に怒って何かが変わるわけではない。だとしたら……。
「アルフレッドさん、あれはですね……、うちの農園で……」
ガルシアさんが説明しようとする。
「ガルシアさん、説明しなくても大丈夫です。アルフレッドさんにはたぶん伝わっています。大方、俺に罪悪感を植え付けて、仕事させようとしてるだけです」
アルフレッドさんはフンっと鼻を鳴らして、火傷をしていない左頬を上げて笑った。
「食えねぇ小僧だな。まぁ、いい。勇者、ガルシアよ。農園は残念だったな。だが、これから忙しくなる。有料の馬車の道についてはナオキから聞いたか?」
「ええ、聞きました。素晴らしい案だと思います」
「ああ、中央政府でもその話に乗ることにした。だがなぁ、ワシは失敗すると思う」
「どうしてですか!?」
ガルシアさんが驚いたように大声を出す。
俺は「良かった。大丈夫そうだ」と思った。
「まず、どうやって料金を徴収する気だ?」
「それは……」
ガルシアさんは黙ってしまった。
「商人ギルドで、登録制にすればいいんじゃないですか? 数字が書いてあるプレートでも渡して、入り口と出口で馬車の数字を控えて、後払いでも先払いでもさせればいい。払わなかったら、売上から何%か徴収しに行けばいい。商品が売れて金があるなら、商人も払うでしょう」
「だが、偽造される可能性もあるぞ」
「だったら、回数券でも発行したらどうです? まぁ、商人ギルドカードがあるんだし、どうにでもなるのでは?」
「うむ、しかし、入り口と出口はあるとして、横から勝手に入って来る輩が出てくるだろう?」
「出るでしょうね」
「そいつらはどうする?」
「勝手に入ってくる理由にもよるのではないですか? 急な患者が出たり、魔物から逃げるためだったり。正当な理由がある場合は不問でいいんじゃないですか?」
「ただ乗りはどうする? 冒険者でも雇って、捕まえてもらうのか? 中央政府の軍を出すのか?」
「いや、利用者に報告してもらえばいい。あとは、そうだなぁ、ただ乗りの利用者のための出口を作っておくとかですかね」
「ダッハハハハ、何だそりゃあ。不正を働く奴のために出口を作るだと?」
アルフレッドさんが笑い始めた。
「ええ、わざと、出やすそうな出口を作っておけば、そこから出るでしょう? しばらく進んだところで、町の衛兵さんかだれかが張っておけばいい。ガルシアさん、道の端にちょっとした段差とか溝とか作れます?」
「ああ、段差だけでいいなら作れるよ」
ガルシアさんが頷いた。
「ちょっとした段差でも、馬車の車輪は壊れますからね。誰もそういう道を行きたくはない。あとは丘を作ってトンネルを作るのも出来ますよね? 水路で見ました」
「できるけど、トンネルの場合、直すのに時間はかかるよ」
「トンネルはあんまり壊せないように頑丈に作ってください。それで、魔物の通り道なんかは大丈夫だと思うんです」
「なるほどなぁ、ハハハ」
ガルシアさんは笑っている。
「待て待て、ナオキよ。段差や溝を作ったとして、ただ乗りの奴らが減るとは思えんぞ」
「確かに、川の流れは低きに流れ、人の心もまた同じ、と言いますからねぇ。まぁ悪は蔓延ります。じゃあ、やっぱり出口で何か渡せばいいんじゃないですか?町や村のエンブレムのついた布でもいいし、なんでもいい。そのエンブレムを掲げて商売しているところは信用できるとか…でも、そうなると…」
「一般の道で来た商人たちが可哀想じゃないか?」
アルフレッドさんが言う。
「そこはやっぱり商人ギルドで、カードを見せて、距離と日数を見て、その町に来る前にどの町にいたのかを判断して、妥当ならエンブレムを渡し、早過ぎるようなら、料金を徴収すればいいんじゃないですかね」
「しかし、そうなると町の外で取引するようになるんじゃないですか?」
急に入り口近くに立っていた御者のサブイが口を開いた。
「あ、すみません。出すぎた真似を」
「いや、いい。サブイもこちらに来て座ってくれ」
すぐにサブイは謝ったが、アルフレッドが机の方に呼んだ。
「いや、サブイさんが仰った通り、たぶん、町の外で売り買いがされるようになる可能性がありますね……。ん~……」
俺がウンウン唸っている間にサブイが、椅子に座った。
「すいません」
恐縮してサブイが言う。
「いいんだ。サブイ、お前の意見が聞きたい。実はこのサブイは元強盗の首領をやっていた男なんだ」
アルフレッドが紹介した。言われてみると、そう見えてくるから不思議だ。
「なんだぁ! 早く言ってくださいよ! そういうことは!」
俺はそう言ってアイテム袋から、地図を取り出して、机に広げる。
「例えば、このノームフィールドと、中央政府の町を結ぶ道を作るとして、どこに強盗が現れると思います?」
俺はサブイに聞く。
「それは…荒れ地ですからね。どこでも」
「まぁ、どこでもでしょうね。たぶん、故障車とかのために、何キロか毎に休める場所を作ることになると思うんです」
「うむ、確かにそういうのは必要だな」
「で、自分が強盗なら、走っている馬車を狙うより、故障している馬車を狙うんじゃないかと思うんですが、どうですか?」
再び、俺はサブイに聞く。
「そうですね。止まっている馬車のほうが狙いやすいでしょうね」
「ん~……」
「なんだ?そういうところに衛兵を配置しろということか?」
「そうですね。巡回でもいいですし、それはそうした方がいいと思うんですが……。ん~……」
俺は天井を見上げた。
「なんだ? 何を悩んでいる」
アルフレッドが声を上げる。
「いや、だから、先ほど言っていた抜け道をそういうところに作っておけばいいんじゃないかと。それで、取引するためにどこかに集まると思うのですが、隠れて取引がしやすい場所を予め作っておくというのはどうですか? トンネル作りの達人もいることですし」
俺がガルシアさんを指しながら言う。
「つまり、衛兵を巡回させるにしろ配置するにしろ、隙を作っておけ、ということだな?」
アルフレッドが言う。
「そうです」
「それで、取引場所を見ておけば、誰が不正しているのかがわかると?」
「そうです」
「初めから罠を張っておくということだな?」
「まぁ、利用者には言えないですけどね」
「し、しかし、取引場所を一つだけにするとは……」
サブイが言った。
「やはり、取引場所は動いたりするんでしょうか?」
俺はサブイに聞いた。
「おそらく……、砂漠のキャラバンのような形になるのではないかと……」
「じゃあ、初めから幾つかキャラバンを作っておいて、連合国中を回らせるのはどうです?それで、ある程度、裏で取引している商人たちが儲けたら、財産の7割くらい没収して、また、裏取引している商人たちが儲けるのを待つ。で、また儲けたら、7割没収して、というのを繰り返すのが一番楽に中央政府が儲けられるんじゃないですか?」
「ナオキさん」
サブイが驚いたように俺を呼んだ。
「悪党ですね」
「そうですかね? 一応、これでも社長ですからね。いかに儲けるかを考えているだけですよ。まぁ、俺の話は、一業者の意見として聞き流してください。正直、俺は安心してるんです」
「安心だと?」
アルフレッドさんが聞いてきた。
「ええ、失敗を想定していない公共事業ってかなり危険だと思うんです。かと言って失敗を想定しすぎると儲からないと思いますし、バランスが大事です。たぶん、失敗を想定しているアルフレッドさんなら幾つも対策を立てられて、最も良い徴収方法を思いつくと思いますし、サブイさんの助言があれば現実的な強盗対策も出来ると思います。それにそもそも、ガルシアさん一家が土魔法で工事をするわけですから、人件費と日数を考えるだけでも破格です。ガルシアさんが死ななきゃ何度でも失敗できる。俺はうまくいくような気がしてますよ」
「それで、発案者のナオキは逃げるっていうのか!?」
アルフレッドが顔を歪めて聞いてきた。
「そうです。丸投げです。有料の道作りなんて、清掃駆除業者のやることじゃないです。それに次の仕事にも行かないといけない」
「ダッハハハ、なんて小僧がいやがる。まったく恐れいったよ。ナオキがそんなレベルじゃなきゃ、サブイに言って力ずくでも引き止めただろうがな」
レベル?
「そんなにですか?」
サブイがアルフレッドに聞いた。
「ああ、サブイの倍以上ある。鑑定スキルを持っているワシが言うんだ。間違いない」
嫌なスキルを持ってるなぁ。
「おい、そんなレベルなのに、なんで称号がないんだ?」
「事情があるんですよ」
「食えねぇ小僧だ。長く生きると変な奴に会うもんだな」
アルフレッドは笑った。
「じゃ、俺は風車とポンプのほうが心配なんで」
そう言って、俺は立ち上がり、倉庫を出て行った。