91話
ガルシアさん一家とうちの社員たちに、風車とポンプの仕組みを紙に描いて、説明した。皆、「何言ってんだ?」という顔をしていたので、自分一人で作ることにした。
俺は風車を作って回転をピストン運動に変えて、真空式の手押しポンプを上下させればいいと思っていたが、結果はダメだった。単純に水を汲み上げられず、水が途中で止まってしまったのだ。
実は風車とポンプは、アシュレイさんの工房やアイテム袋からどうにか素材を探し、4日ほどかけて作ったので、結構ショックだ。工作スキルがカンストして、思った通りに出来ても、失敗することはある。
俺がポンプや風車を作っている間に、貯水プールをガルシアさんと子どもたちが作ってくれていた。雨も降る予定なので、先にそちらを作っておいたほうがいいに決まっている。社員たちもそちらを手伝っている。
巨大な壺を地面に埋め、壺の口を中心に周囲をすり鉢状にする大工事だったが、ガルシアさん一家はほとんど土魔法で作った。4日でそれを12個、作っていた。
失敗して宿で落ち込んでいる俺にアシュレイさんは「人間誰しも失敗することはある。失敗が人を成長させるのよ」と、言ってくれた。
シンシアは「何度でも挑戦すればいいんだよ」と励ましてくれた。ちなみに、ガルシアさんは子どもたちを寝かせつけるために家にいる。
ベルサは「ナオキでも失敗することがあるんだなぁ」と酒を飲んでいた。
「ギャハハハ! 前世の知識でなんでも出来ると思ってたろ~、失敗してやんの~」
アイルは仕事終わりの酒を飲みながら爆笑していた。指をさして、身体をくの字にして笑うので、屈んだ拍子に谷間が強調される。笑って済ませてくれるなら、そっちの方がいい。
「うるせぇ! アイルのくせにビキニアーマー着やがって! 誰を挑発してんだ!」
「くせにってなんだ! ずっと私はビキニアーマーだろ! このー!」
アイルはそう言って頬をつねってきた。
「いたいたいたい! 酔っ払いめ!」
俺はアイルの頬をつねり返す。
「いたいたいたい! 社長の横暴だ!」
「ビキニアーマーは巨乳の特権だバカヤロー!」
「バカはナオキだ! 失敗しやがって! バカヤロー!」
「お前ら、元気が有り余っているなら、外でケンカでもしてこい!」
ベルサが文句を言っていた。
「表出ろ! 変人!」
アイルは外に出た。こういう励まし方をしてくれるのは正直ありがたいが、疲れている時はやめてほしい。
「社長と副社長のケンカだ! 新人、他の人に被害いかないように!」
ベルサが新人たちに指示を出す。
「「OKっす!」」
まったくこの会社はしっかり落ち込ませてもくれないようだ。コムロカンパニーの色はこういうことなのだろう。
俺は外に出て、アイルを追いかけた。
アイルは人外的な動きで、荒れ地の方へと空中を駆けていく。俺はそれを、全力で追いかける。
新人たちは、すぐについてこられなくなった。
「おい! 酔っぱらい! どこまで行く気だ!」
「ココらへんでいいか。まったく失敗してすぐに落ち込まれちゃ、雰囲気悪くなるだろ!」
アイルはアイテム袋から、木刀を取り出した。
「うるせぇな! だいたい、アイルとベルサは最近、酒を飲み過ぎなんだよ!」
「別にいいだろ! 仕事は終わったんだから! ここから先はアフターサービスだし、社員旅行だって途中だったんだから!」
そういや、社員旅行の最中だったか。悪いことしたなぁ。
「また、そうやって落ち込みやがって!」
アイルの木刀が俺の頭に振り下ろされる。
白刃取りで受け止め、横にそらす。
ズゴンッ!
それた木刀で地面にちょっとしたクレーターが出来た。
「なんちゅう力で、殴ってんだ!」
俺はアイルの腰を掴んでぶん投げる。
アイルは斜め上へと吹っ飛んでいった。空中で反転して、空気を蹴って俺へと剣撃を繰り出してくる。躱し反撃、受け流し放り投げ、を繰り返す。
新人たちも、ようやく追いつき、心配そうに俺たちを見ている。
地面には無数のクレーターが出来上がっていた。
俺もアイルも体力は有り余っていて、終わりどころがわからなくなってくる。
ポツッ。
頬に水滴が落ちるのを感じた。
アイルの汗か、と空を駆けるアイルを見たが、距離が遠すぎる。
真上を見ると、夜の空に星が見えなかった。
荒れ地の夜空は、砂漠と同じくらいに星が出ていてキレイなはずだが、今日は出ていない。
ポツッポツッポツポツポツ……。
地面にも水滴が、ドット柄のように落ちてきた。
「雨か」
神が報酬の約束を守ってくれたようだ。
アイルの剣撃も止まり、俺もいい汗をかいてしまって、出す拳も見つからない。
地面のドット柄がすっかり黒くなり、雨脚も強くなってきたので、俺たちは宿に帰ることにした。
「なんだ、もう帰ってきたのか?」
ベルサが聞いた。
「雨が降ってきたんでね」
「「雨!?」」
アシュレイさんとシンシアが、慌てて外に出た。
2人とも雨に打たれながら、笑っている。天からの恵みを味わっているようだ。
見れば、村人たちも、ガルシアさんも外に出て、空を見上げている。
「アシュレイ! 雨だ!」
ガルシアさんが、こちらに向かって走ってきた。
「あなた!」
アシュレイさんはガルシアさんの胸に飛び込んだ。
抱き合う二人を見ながら、シンシアは嬉しそうに笑った。
「雨は二年ぶりなんだよ」
シンシアが振り返って、俺たちに説明してくれた。
俺たちは雨の音を聞きながら、しばらく空を見上げていた。
落ち込んでいた気持ちはアイルと雨のおかげですっかり流されてしまい、俺は宿の中に入って、新しい風車とポンプを設計し直すことにした。
歯車式やネジ式、体積置換など、考えることは多かったが、材料を考えるとアレかなぁ。
「ナオキ」
ベルサが声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「前に話してくれた計画をやらないか?」
「計画?」
「ああ、道路公団はやるとしてさ、あの時、いろいろ計画を話してくれただろ?」
確かに、セスの実家で事後処理についての計画を話した時、道路公団以外にも案を出していた。
「ほら、種の団子のやつ」
「あ~!」
種の団子とは、泥団子の中にいろんな種と肥料を入れ、大量に作りバラ撒くという計画だ。
前の世界で、テレビか漫画で見た方法で、セスの妹が泥団子を作っているのを見て思い出したのだ。なにか作物が育てば儲けものじゃないか、というくらいで話していた計画をベルサは覚えていたようだ。
「外はどうせ雨で、作業はできないから、中で種の団子を作ろうよ」
「いいね。やろう!」
そういうことになった。
とりあえず、俺が種の団子を作る準備をする。
「あれ? アイル、ザザの実って残ってなかった?」
「あ、あるある! まだ残っているはずだ」
アイルはアイテム袋から、ザザの実を取り出した。
ザザの実はレッドドラゴンがいた山の近辺に生える実で、前に報酬として貰っていたものだ。
「種なら、私も持ってる。時間がある時に採取しているんだ」
ベルサはそう言って、自分の荷物から、鞄から袋を取り出した。
「さすが、植物を育てる魔物学者!」
「褒めてもいいけど、胴上げはするなよ」
胴上げにトラウマがあるようだ。
布を広げ、軒先の地面を掘って土を集め、雨水をバケツに溜める。
「肥料、いる?」
準備をしていると話を聞いていたシンシアが聞いてきた。
「あるの?」
「うん、たぶん乾燥している物しかないけどいい?」
「その方が助かる」
シンシアは「わかった」と頷いて、宿から出て行った。
「要するに、泥で団子を作って、その中に種や肥料を入れるってことだろ?」
ベルサが布の縁に座って、早くも腕まくりをしている。
「まぁ、そうだね。出来る?」
「出来る出来る! ほら、新人たちも手伝って!」
「よーし! やるぞー!」
ベルサとアイルがやる気を出している。新人たちも腕まくりをして、前掛けをしている。
本当は土の量などを均一にしたりしたほうがいいのだろうが、楽しい方が続けられるだろうと思って、適当にやらせてみることにする。
シンシアが一抱えほどある、肥料の袋を持ってきた。肥料は小さな魔物の糞を乾燥させたものだそうで、ガルシアさんの家から盗んできたそうだ。すでにガルシアさんもアシュレイさんも家に帰って寝ている。
「明日、理由を話せばいいから」
シンシアは言っていた。
食堂脇の廊下はすっかり種の団子製造場所と化していた。
全員が種の団子を作り始め、どんどん出来上がっていく。
「ところで、どうして団子にする必要があるの?」
シンシアが聞いた。
「魔物に種を食べられないようにさ」
「なるほどね」
「それに、種が雨に流されないようにとか、肥料もちゃんと入っているから、しっかり育つだろ?」
「ふーん、確かに。こんなちょっとしたことなのに、どうして今まで考えつかなかったんだろう」
「そういうことってあるよな。思いついても忘れちゃうとか……。あ! そうだ! 忘れないうちに、新しい風車とポンプの設計図描いておこう!」
俺はそう言うと、手をクリーナップでキレイにして食堂のテーブルの席に着き、アイテム袋から紙と木炭を出して、新しい風車とポンプの設計図を描き始めた。
「相変わらず、自由だよなぁ」
ベルサが言う。
「いつもこんな感じ?」
シンシアが聞いてきた。
「大体いつも思いつきで行動してる。思いつきで会社も起こしたんだと思うよ」
アイルが説明している。
「大変ね」
「「うん」」
聞こえてますけどー!
アイルとベルサは、聞こえるように言っている。
まぁ、実際思いつきだから反論はしない。
それよりも、今は風車とポンプだ。
アイテム袋とアシュレイさんの工房にある素材を使って、まったく違うポンプを考える。
考えていたのは大きな魔物の胃袋を使ったポンプだ。
魔物の胃袋と二つの弁で構成する。胃袋をスポイト代わりに水を吸い込み、圧力をかけて、吐き出させるというタイプのポンプだ。
このタイプにした理由は、魔物の胃袋は大きく丈夫なので、破れ難いだろうし、単純に素材がそれしかなかったというだけだ。歯車とかも考えたが、作るのがめんどくさい。
圧力をかける時に結構力が必要なはずなので、風車もちょっと変わったものにしようと思う。
樽の外側を膠か樹脂などで固め、縦に割り、ズラす。サボニウス型とか言うやつだ。
前の世界で大地震があった際、風力発電について調べていたら見た風車の形だ。変わった風車だったから覚えていた。
「まーた、変なものを作ろうとしているな?」
団子を丸めながら、ベルサが覗いてきた。
「おいおい汚れるから、こっち入ってくるなよ」
「また失敗して落ち込まなきゃいいけど」
そう言ってベルサは種の団子製造場所へと帰っていった。
「失敗しても、面白いほうがいいだろ?」
保険として、設計図は幾つか描いておくつもりだ。
「とかなんとか言いながら、失敗した時のために幾つか設計図は描くんだろ?」
バレてーる。
「俺たちがいる間は無理でも、職人さんが来たら出来ることも増えるだろ?」
「果てさて、職人はいつ来るのであろうか?」
アイルが変な声でおどけている。
「あ、そうだ。僕らっていつまでこの村に滞在するんですか?」
セスが重要な事を聞いてきた。
「そうだよな。やることはやったしね」
アイルが胸を張った。
「中央政府の役人が来て、ガルシアさんが仕事を受けるまでじゃないか」
そこまでは面倒を見ようと思っていた。
「あと井戸と?」
「井戸は水源まで掘ったので、どうにかなると思う。お母さんが、ナオキさんの失敗した風車とポンプを見て、やる気になってるし」
「そうなの? でもなぁ……」
「その設計図の風車とポンプを作りたいんだろ?」
ベルサが痛いところを突いてくる。
「そうだね。せめて、これだけでも試しに作ってもいい?」
「社長! アデル湖の運河建設を止めてくれるよう嘆願しに行かないといけないんじゃ!」
メルモが重大なことを思い出させてくれた。
「やべぇ、そうでした。皆、手分けしてやろう!」
「さ、忙しい社長のことは放っておいて、私たちは種の団子作りに励みましょう!」
アイルが社員たちに指示を出し、社員たちはそれに従う。
「な、なんという疎外感! 俺が社長なのに! よーし! 全部やってやるんだ! くそー!」
その後、中央政府の役人が来るまでの間にやっておくこと、ヒルレイクの王都からやってくる調査員が来た場合、などを考えながら、「やることリスト」を作った。
明け方、雨の切れ間に、種の団子をシンシアと社員たちと一緒に農園の方に撒きに行くと、南の道なき道から馬車がやってくるのが見えた。どうやら中央政府の役人のようだ。
「くそっ! なんだよ! 早いよ!」