89話
セスとともに水路の上流へと向かい、昨日の川との分岐点に着いた。
振る舞いに関してなるべく普通を心がけたものの、セスには「変です」と言われたので、「なるようにしかならん、死ぬ時は死ぬ」と諦めた。
ただ、作業中に復活のミサンガを作って保険をかけておく。
作業と言っても、魔道具の杖から石つぶてを出して、岩と岩の間を埋めていくだけだ。地面に突き刺して、魔力を送り込むだけなので、杖が身体のどこかに触れていればいい。
石つぶてで岩の隙間を埋める作業をセスに任せてみたが、早々に魔力切れを起こしていた。魔力回復シロップを飲ませ、突風の板で池を作りに行かせた。
すでに池は半分以上出来上がっているので大丈夫だろうと思ったら、すぐにフラフラで帰ってきて、魔力回復シロップを飲んでいた。
仕方がないのでスコップを渡し、手作業で池を作らせることにした。
岩の前に小石の山が出来上がり、復活のミサンガを手首に巻いた時には、昼が過ぎ、夕方近くになっていた。
セスの様子を見に行くと、キレイな丸い池がほぼ出来上がっていた。几帳面さがでている。
ただ、ずっと池に入っていたのかと思うと、見ているこっちが寒くなってしまう。
「おーい! 大丈夫かー!?」
手を振ってセスに呼びかけた。
「もうすぐ、終わりなんで、やっちゃいます!」
手を振って返事をしてきたので、大丈夫そうではある。
池を仕上げたセスのために、焚き火を用意して待つことにした。池から上がってきたセスはブルっと身体を震わせて、身体の水を飛ばしこちらにやってきた。
「水の中での作業は寒くないのか?」
「このくらいの温度ならなんとか……。水の中は湖で慣れてますし」
「寒さ耐性がついているんじゃないか?」
「アデル湖周辺にいる獣人なら、誰でもこのくらいの水温は我慢できますよ」
恐るべき種族だ。
とはいえ、低体温症とかになっても面倒なので、少し焚き火で温まってから帰ることに。
服も突風の板を使って乾かす。
その間、魔物の毛皮をセスに渡しておいた。
セスは筋肉がついたせいで、体育座りをしているのに毛皮が似合う歴戦の冒険者のようだ。
傍から見れば、俺が小間使いで、セスが主人のように見えるだろう。
「社長、早く帰らないと、アイルさんたちが怒りませんかね?」
肝は小さいようだ。
焚き火を見ながらぼーっとしていると、空はオレンジ色へといつの間に変わっていた。
『ナオキ! 黒竜さんたちが宿に来てるよ。あと、ガルシアさんも用があるって』
突然、アイルの声が通信袋から聞こえた。
「あ、悪い。今帰る」
立ち上がり、伸びをする。ついでに身体のチェック。異常はなし。
「帰るか」
「はい」
腹も減ったので、軽く走って帰る。
セスは全速力だったらしく、汗をかいていた。
宿の食堂では、うちの女性陣と人化した竜たちが酒盛りを始めていた。
「おおっ我らの社長殿が帰ったか」
レッドドラゴンはすっかり出来上がっているようだ。
「おかえり、川は止められた?」
ベルサが聞いてきた。
「うん止まった。井戸はどう?」
「井戸が深くて、なかなか水を汲み上げるのが大変なんだ」
「じゃあ、ポンプ作るか。あれ? ガルシアさんは? 帰っちゃった?」
周りを見てもガルシアさんの姿はない。というよりも、うちの社員と竜たち以外の人がいない。
外も静かだった気がする。
「うん。いつでもいいから家に寄ってくれってさ」
「じゃ、ちょっと行ってくるか。まだ、道路公団の話してないんだよね?」
「してないよ。ナオキが説明したほうがいいと思って」
そう言いながら、ベルサは肉に手を伸ばしている。すぐに飯がなくなりそうだ。メルモは前掛けをして、竜たちのお酌をしている。
厨房の方を見ても誰もいない。テーブルに並んでいる食事はメルモの料理だろうか。
「わかった。セス、俺の分の飯を確保しておいてくれ」
「OKっす」
「我々がいるからな。食事は残っていないかもしれん」
「なぁに、足りなければ我輩が荒れ地で狩ってくるさ」
酔っ払ったレッドドラゴンと黒竜が酒瓶を片手に笑っている。
「心配しなくても量だけはある」
アイルがアイテム袋を叩きながら言う。最初に作ったアイテム袋で、魔力量的に俺とアイルしか使えない。
お金も食料も魔物の毛皮も会社の財産らしいものは、全てあの中。俺が持っているのは、もっと簡易的なものだ。
「行ってくる」
「「「「いってらっしゃい」」」」
社員たちから見送られて、宿の外に出た。
西の空に日が落ちて、村の家々には明かりが灯る時分だが、チラホラとしか明かりは見えない。
農園が潰れた昨日の今日で、行商人も村人も大半が逃げ出したようだ。
ガルシアさんの家の扉を叩くとすぐに奥さんが出てきて、「主人は倉庫にいます」と案内された。
倉庫では、木箱が机代わりに並べられ、村人や行商人が15人ほど集まっていた。
ガルシアさんとシンシアが奥に座っているが、表情は暗い。
ガルシアさんは責任追及でもされていたのかな。
「こんばんは~」
入ってきた俺に、全員の視線が来る。
「ナオキくん! ちょうど君の話をシンシアがしていたところだ」
ガルシアさんが手を広げて迎えてくれた。
「俺の? 何の話?」
「いや、グール病の治療の話を……。ここにいる人たち以外、村にいるとまたグール病になると思って、逃げ出していっちゃったんだ。治療法があるからって言ったんだけど、農園も焼かれちゃったしね。止められなかった」
「そうですか」
「あんたはどうしてオラたちを助けてくださったんだ?」
村人の一人が俺に聞いてきた。
「いや、どうしてって言われても……、仕事の一つだったってだけです」
「神の使いか? 精霊の使いか?」
「それとも、邪神の使いか? あの竜たちを呼んだのはあんたたちじゃないか? 何か袋に向かってしゃべっていたという奴がいたんだ」
大体合っているけど、本当のことを言うと、まずいことになりそうだ。
「そう言われてもなぁ……。まぁ、普通の業者ですよ。たまたま、治療法の予測が当たったというだけで。それより、皆さんはどうして村に残ったんですか?」
話題を強引に変え、村人や行商人に聞いてみた。
「オラたちはガルシアさんに助けられたことがある者ばかりだ。恩人を見捨てて出て行くことなんか出来ねぇ」
「おめぇは行くところがねぇから残っただけだべ?」
「あんだとっ!」
「まぁまぁ……。実際、この村にどのくらいの人が残ってるんですかね?」
「ここにいる人たちと、その家族。あと教会の牧師とシスターたちくらいだね」
シンシアが答えた。
「そうですか」
俺はわざとらしく、考えるフリをして注目をあつめる。
「なにかまずいことでも?」
「いや、せっかく残った人たちに儲け話があるのですが、聞いてくれませんか?」
「「「儲け話?」」」
ガルシアさんも含めた、倉庫にいる全員がポカン顔をしていた。
俺は机代わりの木箱の上にルージニア連合国の地図を広げて話し始めた。別に地図なんかなくても話せるが、あったほうがイメージしやすいだろう。
「有料の馬車の道!?」
俺の話を聞いて行商人が驚きの声を上げた。
「そうです!」
「そんな道、誰が通るんだ?」
村人の一人が俺に聞く。
「誰でも通りますよ。作るのはガルシアさんです。皆さん日頃使っているから、その利便性に気がついていないんじゃないですか?この村の周辺の道は非常に歩きやすい。ガルシアさんが土魔法で作られたんですよね?」
「そ、そうだ。なるべく行商人たちに、楽をしてもらいたくて」
ガルシアさんが答える。
「今度はフィーホースが走りやすい道を作ってくれませんか? 全速力が出せるくらいの」
行商人たちが「全速力」という言葉に反応して「そんなことができたら……」「でも……ガルシアさんなら」などと静かに声を上げて、地図を凝視している。さすがに商人たちは道の価値に気づき始めたようだ。
「ナオキくんの頼みだ。オラが出来ることなら、なんだってやるが……」
「良かった。それを聞いて安心しました」
「でも、誰がそんなものにお金を出すっていうんだ?」
「中央政府です」
「中央政府!?」
「ええ、実はすでに話を通していて、数日中に中央政府から視察の人が来ると思うんですよ」
「そ、そうなのか」
村人や行商人たちも「中央政府?」「連合国の中央政府か?」などとざわついている。
「ええ。あ、ヒルレイクの王様にバレるとまずいですかね? 勝手に農園潰れたからって仕事を変えたりしちゃ」
「いや、それは……、どうだろうな」
「ちなみに、農園が潰れたことが王様の耳に入るのはいつ頃ですかね?」
近くにいた行商人に聞いてみた。
「一番早く逃げ出した奴が、昨日だから……、そいつが王都に向かっているとすれば、明日か明後日には、王都に着くと思う。それから、どのくらいで王様の耳に入るのかはわからないね」
2、3日か。
「王都からも事実確認のために役人が来ますよね?」
「だろうなぁ」
役人が来るまで、最速でも4日。役人が王都に報告しに帰って6日。ガルシアさんを呼び出して、王都に着くのに往復で4日かかるから、10日くらいあるなぁ。逃げたのは昨日だから、残り9日。
「そうなると、見舞金を送ってくるのか、それとも、ガルシアさんが王都に呼び出されて責任を取らされるのか、どちらだと思いますか?」
ガルシアさんに聞く。
「どうだろう、責任を取らされると言っても、アデル湖の運河を作ってからだと思うけど」
そういえば、そういう計画もあったな。それも潰しておかないと。
「運河を作ると湖が無くなっちゃうんで、やめてくださいね」
「っ! わかった」
ガルシアさんは何度も頷いた。
「で、皆さんに儲け話なんですけど、農園が焼けて、丘も無くなったじゃないですか。非常に放牧に適している土地になったと思いませんか?」
俺の言葉に行商人たちが目を見開いた。
「なるほど、フィーホースか!」
「馬車を作る職人もだな!」
「初めに、良い木材が採れる西側諸国まで道を作ってもらおう!」
行商人たちから意見が飛び出す。
「いや、待ってくれ。有料と言っていたが、どうやって徴収するんだ?」
村人が待ったをかける。
「中央政府が絡んでいるんだ。やると言ったら、商人ギルドも協力するさ」
行商人が答える。
「この村には水だってないんだ」
「水に関しては、今、うちの会社で井戸を掘ってるんですよ」
「そんな……、あんたはこうなることを予測して……。皆、待てよ! こんなどこの誰ともわからない奴のいうことを聞くのか?」
村人の一人が言った。当然の意見だ。
「わからない奴じゃない。オラたちをグール病から守ってくれた人だ」
行商人が反論する。
「グール病から守ったのはロメオ牧師の働きあってのことです」
「ああ、そうだな!」
村人たちが頷いた。
「ロメオ牧師の記念碑を建てるのはどうですか?」
「それはいい! ぜひ建てよう!」
俺の提案に村人たちが乗ってくれる。
「どこに建てる?」
「道の側が良いよな!」
行商人と村人たちが頭をつき合わせて、地図を見ながら、思い思いの意見をいう。
ただ、村の若者だけ、まだ納得していないようだった。
「騙されている気がする?」
シンシアが若者に話しかけている声が聞こえた。
「そうなんだ。シンシアからも言ってくれ」
「疑う気持ちは大事よ。でも、あのナオキって人は皆の病気を治した。私もあなたも助けられた。結果を出しているの。もちろんこれからも結果を出すとは限らない。けど、さっきまで、どんよりしていた空気が変わったでしょ。皆に未来の希望を見せたのよ。村の人も行商の人も、農園が無くなってどうしようかって時に、私たちのために井戸を作って、仕事まで取ってきてくれたみたい。本当かどうかはわからないけど、少しくらい待ってみてもいいんじゃない?」
「シンシア……」
「疑うなら、勇者である父さんも疑ってよね。またグール病みたいなことが起こったら大変だから」
「そんな……」
「いや、まったくその通りだ! オラのせいで亡くなっていった者たちは多い!」
ガルシアさんが急に声を上げた。
「見たいものしか見ず、見たくないものを見ようとしなかった! この罪は重い! この先、オラは亡くなっていった者たちのためにも身を粉にして働く! きっと間違えることもあるだろうし、皆に助けてもらわないとならなくなる! どうか……、どうか、オラに力を貸してください!」
ガルシアさんはその場にいる全員に深々と頭を下げた。
「何言ってんだ! 当たり前だろ!」
「そのために村に残ったんだ!」
「ノームフィールドの底力を見せてやりましょうよ!」
村人や行商人たち、口々に声を上げた。
地図の置いてある木箱の周りにガルシアさんとシンシア、村の若者も含めた全員が集まり、道や馬車に関するアイディアを出す。
「初めに南に道を通して中央政府の視察団に来てもらおう!」
「待て待て、じゃ、ここの荒れ地はどうするんだ?」
「魔物かぁ……、道が荒らされる」
「荒らされたら、すぐに直せばいいことだ。更地にするだけならうちの子供達でも出来る」
「なら、まずはガルシアさんの土魔法講習から始めるか?」
「そうだ、人材も確保しないとなぁ」
倉庫の夜は賑やかに更けていく。
俺はそっと戸を開けて、外に出る。
出たところでガルシアさんの奥さんに会った。
心配していたのかな。
「大丈夫そうです」
「ありがとう!」
「また明日井戸掘りに来ますから」
「ええ、また明日」
俺は奥さんに手を振って、宿へと帰った。