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駆除人  作者: 花黒子
~土の勇者と戯れる駆除業者~
84/502

84話

 少年は渡り廊下から、外に出ようとしていた。

「おーい! ちょっと手伝ってくれぇ!」

 俺は、少年の背中に向かって声をかける。

「え!?」

 少年は目を見開き、俺の方を振り向き、農園の方から上っている煙を指差した。


「大丈夫! 勇者様がなんとかしてくれるよ! それより、住民たちの命も大事だ。きっと勇者様なら、村の人達を助けろっておっしゃるだろ?」

 少年はうつむいて、手で服の裾をギュッと掴んだ。

「ロメオ牧師が何か掴んでいたらしいんだ。一緒にグール病に関する資料を探してくれないか? まだ、皆が安全だとは限らないからな」

 俺は少年の手を取り、そのまま渡り廊下を通って、別館の方へと向かう。


 少年は戸惑いながらも、俺についてきた。

 危ない。少年がガルシアさんのところに行って、魔力でも回復されたら堪ったもんじゃない。

 慌ただしく動くシスター達を他所に、ロメオ牧師の部屋へと向かう。

 部屋のドアには鍵がかかっておらず、すんなりと入ることが出来た。以前お邪魔した時と変わらず、お世辞にもキレイとは言い難い部屋だった。机やベッドの上にはメモ代わりの質の悪い紙が積み重なり、魔石が床に散らばっていた。


「文字は読めるかい?」

 俺が少年に聞くとコクリと頷いた。

「ここ最近に書かれたメモを探してくれ。どうやら死ぬ前にグール病の原因を発見していたらしいんだ」

 俺の言葉に少年は息を呑み、散らばるメモを見回した。


 俺は机を中心に漁り、少年はベッドや床に落ちているメモを必死に探した。

 俺が探しているのはメモではなくノートだ。机のメモを漁るうちに、紐で縛ってあるノートが出てきた。紐を解きパラパラとめくっていくと、目当ての文章が出てきた。


「『シスタークラレンスの頭痛は治まったようだが、病気は治ったのだろうか』あった! これだ!」

 俺はノートを音読。少年は顔中に汗をにじませて、俺を見上げた。

「『昼、ナオキという人物がシンシアの手紙を持って来訪。自分の仮説を語るうちに、解剖の必要性を感じてしまった。人に会ったためか頭痛が消える。……シスタークラレンスのグール化。非常に残念だ。そして、ついに禁忌を犯してしまった。ナオキ氏はすでに真相を知っているようだ。いったい彼は何者なのか?』ただの駆除業者なんだけどな」

 俺は少年に笑ってみせた。少年は苦笑いで服の裾を手が白くなるほど強く握っている。感情を出すのが下手なのか。人間ならこうするだろ、という偽物のリアクションに見える。


「それよりもロメオ牧師は自分がグール病に罹っていることを知っていたのかな? 『ナオキ氏はすでに対応策としてマスクを広めようとしていた。仮説通りなら有効だ。さらに薬まで開発するという。薬を作るまで村を任された。村の人達に説明しないと。ガルシアさんに言って、すぐに魔石の粉の使用を止めないと。時間がないが、あまり眠くない』」

 この時に、吸魔剤を使っていたら、救えたかもしれない。悔やまれる。


「『ガルシアさんに説明しに行くも、魔石の粉の使用を止めてはくれないようだ。魔法陣を描いて、風による被害を止めないといけないのだという。グール病の原因だ、と言っても取り合ってくれなかった。子どもたちの頭痛も治ったなどと言っていた。ナオキ氏の部下という人たちが協力してくれるも、なかなか村人が治療を受け入れてくれない。……資料を整理していくうちにあることに気づく。グール病に罹った人は、グール化する前に魔力切れによる頭痛を発症するが、グール化する直前の数日は頭痛が治り、記憶も鮮明になり、食事を取らない安定期に入るようだ……。僕は……昨日から眠ってもいないし、何も食べていない……子どもたちは?……』ここで、ノートは途切れている。君は見ていたのだろう? 子どもたちは食事をしていたかい?」

 少年は虚空を見つめたまま、首を横に振った。


 窓の外を見ると、南の空が赤く燃えていた。

 いつの間にか、外から勇者と竜たちの戦闘の音が消えている。

『ナオキ! 勇者の治療は完了した!』

 アイルの声が胸ポケットの通信袋から聞こえた。

「了解。竜たちに引き続き頼むと言ってくれ」

『OK!』

 通信袋から魔力を切る。


「竜たち!? お前! 何者だ!?」

 少年が叫ぶ。ついに装うのをやめたか。

「その質問はそっくりそのまま、お返しするよ。お前はアイルとベルサの治療を受けてないだろ? 頭痛がないようだね。安定期に入っているなら急がなくちゃ、今すぐ治療をしよう」

 そう言って、俺はベルサから受け取った吸魔剤を取り出し、少年に近づけた。

「やめろ!」

 少年が吸魔剤を払いのけ、中身が飛び散る。

 赤い吸魔剤が数滴、少年の腕にかかった。


 ジュワッ。


 少年の腕から白い煙が立ち上り、肌が溶け、その下から透明な膜が現れた。

「おかしいね。この吸魔剤は魔力を奪うだけだ。肌が溶けるような効果はない。身体が魔力で出来ているようなモノでないかぎりね。そうだろ? 土の精霊?」

 少年こと土の精霊は、後ろに飛びのき、ドアごと部屋の外に飛び出した。

 廊下に出た土の精霊は白い煙を撒き散らしながら、渡り廊下へ向かって走りだす。

「え!? なんで!? なんで逃げるんだ? 意味ないだろ!?」

 一瞬、戸惑いながらも俺は土の精霊を全速力で追いかけた。

 逃げたところで、罪がなくなるわけではないし、神に見つかるんじゃないのか?

「逃げても無駄だ!」

 逃げるだけ無駄だと思う反面、ただ、あの神だからなぁ、という思いは拭えない。

「止まれ! 止まらんと……」

 ん~撃つものはないけど!

 なんだ、俺はいつから警官に!? くそっ! 精霊はアホみたいに速い!

 俺はレッドドラゴンの背に乗った時に使った、突風が出る木の板を取り出し魔力を込める。

「うぉらぁ!」

 身体が吹き飛ばされ、渡り廊下から外に出た土の精霊に、なんとか追いつく。

 そこは墓地だ。

「見ろ! いったい何人が農園の犠牲になった!?」

 俺は墓地に向かって手を広げ、土の精霊に聞こえるように言う。

「お前に何がわかる!?」

 俺の言葉にようやく立ち止まった土の精霊が振り向いた。

 顔は年老いた小人族のように丸くシワだらけで、少年だった面影はない。

「わからねぇな! 湖から水を奪い、村人をグールに変えてるのに、平気で綿畑を作る輩のことなんかわからねぇよ! 加護を与えた奴だけが幸せなら、それでいいか? 加護を与えた勇者の子どもたちがグールになっても知らないってのか?」

 土の精霊は、怒りの形相でこちらを見ると、白い煙を吐きながら飛び上がった。

 煙は農園の上空へと伸びていく。

「くそっ! なんだっつーんだよ!」

 俺は別館の屋根に飛び上がり、煙が行く方へと跳んだ。


 農園では今も二頭の竜たちが綿畑の端の方を焼いている。

 焼かれた農園の真ん中にある丘の上ではガルシアさんが寝かされ、アイルがこちらを向いて、手を振っていた。

 白い煙は天高く飛んでいる。

「アイルー!! 逃ーげろーーー!!!!」

 俺は通信袋に魔力を込めて、叫ぶ。

 白い煙が丘の上へと墜落していった。

 アイルは目を見開き、丘を転がるように逃げ出した。

 俺は通信袋に込めている魔力をさらに上げ、違う相手を呼び出す。

 

 土の精霊はガルシアさんの側に立ち、優しく頭をなでていた。

「はぁはぁ、勇者は死んでねぇだろ? 満足か?」

 最後にガルシアさんに会いたかっただけか? そうだと良いんだけど。


「努力は必ず報われねばならん」


 精霊が口を開く。

 なんだ? そのアイドルみたいな論法は?

 ああ、そうか。精霊にとって勇者はアイドルか。

「知らねぇよ。報われない努力なんかいくらでもあるだろ?」

「ガルシアがこの20年努力してきた姿を我は見てきた」

「見てもらいたくてやってるわけじゃないことだってあるだろ?」


 害虫駆除も清掃も、別に誰かに褒められたくてやってるわけではない。マイナスをゼロに戻しているだけだ。生み出すようなものもない。

 努力してるなんか思ったこともない。仕事だからだ。


「5年前ようやく努力が実を結んだんだ。お前にそれを奪う権利があるというのか?」

「だから、努力の方向が間違ってたんだろ? その方向を正してやるのが精霊の役割なんじゃないのかよ。このままアデル湖の水位が下がっていったら、どうなる?このまま農園を続けていたら、ノームフィールドの村人はどうなる? 努力を認めろというのなら、このロメオ牧師の努力も認めてくれよ」

 そう言って持ってきてしまったロメオ牧師のノートを見せる。

「そんな者の努力など、ガルシアに比べれば」

「努力に大きいとか、小さいとかあるのか?」

「何を言っても無駄らしいな。仕方がない」

 土の精霊はそう言うと地面に身を沈めていった。


 丘全体が揺れ始めた。

「なんだ? おいおいおい!」

 ガルシアの服を掴んで、丘の麓まで転がり落ちた。


「ぐぅううあああああ!!!!」

 見上げれば、巨大な人型のゴーレムが大きな口を開けて威嚇していた。

「反則だろ、そりゃあ!」

 竜たちがゴーレムの頭の周りを飛び回っているが、やけに小さく見える。


 俺は防御結界の魔法陣を張った。

 振り下ろされるゴーレムの拳はいとも容易く、俺の魔法陣を破壊する。意識を失ったガルシアさんを俺は防風林の森へとぶん投げた。

 ぶん投げた先にはアイルが待ち構えている。


 ズゴンッ!


 アイルが受け取ったのを見た瞬間、俺の上に大きな土の拳が振り下ろされた。腕でガードはしたものの、両腕ともポッキリ折れた。

 次に空を見上げた時、なんで死んでいないかわからないくらいだ。きっと、レベルとツナギの耐性のおかげだろう。足は太ももまで、地面に埋まっている。あまりに非現実的すぎて、笑ってしまう。アドレナリンのせいか痛みがまだ来ない。


 ただ、もう一度食らったら、確実に死ぬ。

 思いっきり空気を肺に入れる。


「土の精霊よ! お前は周辺地域の環境を破壊し、村人を魔物化させたことを無視し、それよりも勇者の努力を優先させるんだな!?」

「善き人間の努力こそ認められなければならん! それが世界の法則よ!!」

 土の精霊は大きな口を開け言い放った。

 飛び回る竜たちを払いのけ、拳を振りかぶる。


「神よ。聞こえた?」


 胸ポケットに入っている通信袋に言った。

『ああ、コムロ氏。バッチリ自供したな。大丈夫だ、そんな世界の法則は、ない! 土の精霊はクビだ!』

 突如、巨大なゴーレムが力を失い、崩壊するようにボロボロと地面に土を落としていく。


「貴様ぁ! 神の小間使いかぁ! 己ぇ神めぇ!! 許さん! 許さんぞぉおおおおお!!」

 落ちていった土が逆再生するようにゴーレムへと返っていき、黒く変色した。

「貴様を殺し、村を破壊すれば、また元通りだぁ! 何度でも農園を復活させればいい! 今度は我も協力する! さぁ、死の恐怖に震えろぉ! 神の小間使いよぉおおお!!」

 巨大なゴーレムの顔が俺の鼻先まで近づく。

 真っ黒なゴーレムの両腕が広げられる。そのまま手を打たれでもしたら、俺は両側からペチャンコに潰されてしまう。


 両腕は折れて使えない。

 防御結界も張れない。

 足は埋まって抜けない。


「神様、ちょっと俺ピンチなんだけど」

『あら? もう、悪魔化しちゃった? ちょっと早かったな!』

「いや、早かったな、じゃなくて!」


「死ぃねぇ!」

 黒い巨大な手の平が、左右両側から迫ってくる。

「待って待って待って! ウソでしょウソでしょ! ああああああっ! ………あ?」

 来ると思っていた衝撃がない。


 ボフッ。


 代わりに、正面から突風がやってきた。

 片目を開けて見ると、邪神が黒いゴーレムの頭を地面に叩きつけていた。


「ニャハハハハハー! 呼ばれて飛び出て邪神登場!」

「邪神?」

 俺は折れた腕を下げ、両足を地面に埋もれさせたまま、邪神に話しかけた。

「コムロ氏、何だその格好は? 相変わらずアバンギャルドすぎるなぁ。時代はコムロ氏についていけてないぞ!」

「とにかく助かった。ありがとうございます。邪神様」

「いやぁ、これが新しい悪魔かぁ……。デカいな。まぁいいか。こいつ前は何をやってたんだ?」

 話も聞かずに邪神は来たのか。

「土の精霊だった奴です」

「そうかぁ。なら、世界樹でも育てさせるかな。よし、そうしよう! ところで、コムロ氏、この通信袋とかいう魔道具、超便利なんだけど! マジで空間の精霊とかザマァ! これなら南半球でも連絡取り合える」

 邪神は俺に近づきながら、通信袋を見せた。

 俺が作ったやつではなく、神のお手製らしい。


「それは神の作った通信袋みたいですね」

「え? なに? コムロ氏の作った魔道具じゃないの?」

「なんだったら、俺が作りましょうか? ただ、今俺、両腕折れちゃってて、何も出来ないんですが……」

「え? コムロ氏、両腕折れてるの!? ギャハハハハ! なにそれー! ちょーウケる! どうやってケツ拭くんだよ! どういうギャグなんだよ! アホだ、アホすぎる~~~」

 邪神は何が面白いのか、のたうち回って笑い始めた。

「ちなみに、両足も地面に埋まってて動けないんですが……」

「ヒ~ヒヒヒ~!! やめろ~これ以上やめてくれ~~~、笑い殺す気か~~~!!!」

 邪神はゴロゴロと転がり始めた。


「うぐ、ぐぐぐ」

 地面に叩きつけられたゴーレムが意識を取り戻したように頭を持ち上げた。

「貴様、何者だ。神ばかりでなく、邪神とも………まさか魔王か?」

「俺は、勇者でもなく魔王でもない。ましてや、善人でもなければ、悪人でもない。駆除会社の業者だ。依頼はこなす。アフターサービスは充実している。勇者じゃなくなったガルシアさんのことは心配するな。すでに仕事も取ってきてある」

「何だと!?」


『社長、こちら教会! とりあえず、ここにいる人たちの治療は済みました!』

 通信袋からセスの声がする。

「了解。そしたら、水路の上流に行って水を塞き止めてくれ。湖に水が流れるように。メルモ! 井戸掘りのための人員を確保してくれ! 土魔法が使える人がいい。勇者の子どもたちにも聞いてみてくれ」

『『OKっす!』』


「いったい、お前は、いや、お前らはなんだというのだ!? 業者って何だ? 駆除会社?」

 ゴーレムの大きな口から低音の声が悔しそうに響く。

「会社ってのは集団だ。人の群れだ。群れの怖さを痛いほど知っているのは俺たち駆除業者だ。業者を、舐めるなよ! お前が破壊したものなんか、すぐに元に戻してやるよ!」

 人の命以外はな!

「くっくっく、恐ろしい奴らがいたもんだ」



「あー笑った! あぶねー笑死するところだったー! じゃあ、コムロ氏、またな。次のギャグも期待してる。よっ!」

 そう言うと邪神は、黒いゴーレムをヒョイっと持ち上げ南の空に向かって、ぶん投げた。

 ゴーレムは信じられないスピードで南の空にすっ飛んでいった。

「なんか困ったことが出てきたら、連絡するわ」

「え? そっちが連絡するんですか?」

「うん、もうぬるぬる相撲は勘弁だからな。じゃ」

 邪神は、「やぁ!」という掛け声とともに、ゴーレムと同じくらいのスピードで南の空へと飛んでいってしまった。



「はぁ、終わったぁ」

 俺は魔力を操作して、通信袋に魔力を込めた。

「アイル、すまん。ちょっと助けて」

『お、おう。わかった。大丈夫か?』

「大丈夫か、どうかは俺の肛門に聞いてくれ。ちょっとこのままじゃ、ケツも拭けない」

『わ、わかった』

「急いでね。急いで」

『う、うん』

「ヤバイ! どうしよう! 今さらになって、いろんなところがすげー痛い! どうしよう漏れる!」


 俺だって結構頑張って土の精霊を退治したのに、両腕が折れて地面に埋まり、その上漏らす寸前だ。これじゃああまりに情けない。


 まぁ、でもいいか。仕事はしたから。


「空が青いなぁ!」

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駆除業者じゃなくて何でも屋じゃん
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