83話
「父さん! グール病は治るわ!」
呆然としていた俺の耳に、シンシアの声が聞こえてきた。
シンシアがガルシアさんに、両手を広げ自分の身体を見せるように説明している。
停まっていた俺の思考が動き出した。
今はロメオ牧師の意志を継いで、村人を治療するのが先決だ。
『ナオキ! 子どもたちと奥さんは全員、無事だ! これから回復薬を吸わせる』
通信袋からベルサの声がする。
「了解。新人たちは?」
『村人を教会に集めている。ロメオ牧師の指示だ。「頭痛がするという人より、頭痛がしなくなったという人のほうが危ない」って言っていた』
「わかった」
きっと頭痛の症状と、グール化するまでの法則を見つけたのだろう。
教会に行って、ノートを確認しないと。村人より先に、ガルシアさんの子どもたちの方に治療に行ったのは、より危険だったからか。だとしたら、一番ヤバイのは、子どもたちと一緒に生活をしてきた人。つまり、目の前にいるガルシアさんだ。
「ガルシアさん!」
「オラは、オラは……、いったい……」
混乱している。
突然、いなくなった娘から、グール病が治ると言われ、グールを殺してきた自分に罪悪感が押し寄せてきたか?
「ガルシアさん! しっかりしてください! これから魔力をできるだけ使って……」
「オラは……、オラは……」
くそっ! ダメだ! 聞いてない!
ガルシアさんの魔力を枯渇させ、魔力切れを起こして貰わないと治療ができない。
実際、勇者の魔力量がどのくらいなのかわからないが、きっと精霊の加護がついているくらいだから、相当多いだろう。
今ある吸魔剤で足りるかどうかもわからない。自分で魔力を使ってもらいたい。
しょうがない計画を前倒しにしよう。
俺は少しガルシアさんと離れて通信袋に魔力を流した。
「レッドドラゴン! 今すぐ来てくれ!」
『んぐっ! もう良いのか!?』
朝飯を食べていたらしい。
「土の勇者が止めに入ると思うが、殺さずに魔力切れを狙ってくれ!」
『了解した! 他に要望は?』
「派手にやってくれ!」
『ああ、わかった!』
通信袋を切った。
「ガルシアさん! ガルシアさん!」
俺は肩を揺すって呼びかける。
「ナオキくん、オラの農園はやっぱり……」
「いいですか! ガルシアさん、いまから竜たちがガルシアさんの農園を焼きに来ます。止められるのはガルシアさんだけだ!」
「竜?」
「俺たちは、村人の病気を治します! 農園は頼みます! キレイな奥さんと子どもたちを守って!」
「ぅうわかった!」
ガルシアさんは頷いて、農園に向かって走った。
置いていったガルシアさんのサーベルをアイテム袋に入れ、ロメオ牧師の遺体を抱える。
「シンシア、俺たちは教会だ」
シンシアは唇をぐっと噛みしめて頷き、俺についてきた。
強い女性だ。涙一つ流さない。
まだ、現実に感情が追いついていないのか、それとも、ロメオ牧師が死んだことを受け入れてないのか。
『僕はシンシアから見れば弟みたいなもんですよ。俺も姉みたいに思ってました』
ロメオ牧師の言葉を思い出す。近しい人の死ほど、現実感はない。
教会には行商人も、村人も大勢集まっていた。
皆、俺の腕に抱えられているロメオ牧師を見て、道を開け、口を閉じていた。
「シンシア!」
子どもの一声で、全員が俺の後ろにいるシンシアに気がついた。
「皆、落ち着いて、中に入って!大丈夫!グール病は治るわ!私が治ったように!」
シンシアの声に村人たちが頷き合い、俺たちの後ろから教会に入ってきた。
教会の中では、セスとメルモが症状によって、患者を分けていた。
「以前、頭痛がしたけど、最近頭痛がしなくなったという人は、一番先に治療をします!」
「頭痛という方はこちらにお並びください! あ、社長!」
メルモが俺に気づいたようだ。
「おう、続けてくれ! すぐに治療の準備をする」
俺は近くにいた僧侶の服を着たシスターにロメオ牧師を「頼めるか?」と言う。
「ええ、もちろんです!」
シスターは涙を浮かべながら、周囲にいるシスターたちを呼び、ロメオ牧師の遺体を奥へと運んでいった。
「ついていくか?」
「ううん。私も治療する」
シンシアは、固い表情で答えた。強い女性だ。
木の椅子を6つ並べ、その椅子に加熱の魔法陣を描いていく。
椅子の分だけ並べ終わったら、吸魔剤の瓶をあるだけ置いて温める。
吸魔剤を使い果たした頃には子どもたちの治療も終わっているだろう。
シスターたちに言って、小瓶とフォラビットの腸か何か細い管を用意してもらう。魔物の素材だろうと使えるものは何でも使う。手先の器用な村人や行商人にも手伝ってもらって、吸引器を作った。
「俺も手伝うよ」
ガルシアさん家の子どもだという少年が手伝ってくれた。以前、教会に来た時、俺をずっと見ていた子だ。
「あの姉ちゃんたちのおかげで、すっかり俺は良くなったんだ」
「助かるよ」
俺は少年の背中を叩いた。
吸魔剤が温まったら、危険そうな患者から順番に吸魔剤の湯気を吸ってもらった。
「大丈夫。心配しないで。私もやったから」
シンシアは胸を叩いた。患者たちもシンシアを信じ、大きく息を吸って頷いている。これ以上、グールになってはいけない。
ベンチに寝かせた患者達は、胸からパリンッと魔石が割れる音をさせながら、口からエクトプラズムのように赤い煙を吐いていく。
窓枠に風の魔法陣を描いて、煙を外に出した。
血を吐き出す人もいて、「わっ!」と周囲で見ていた人が怯えていた。
「大丈夫! 私も血を吐いたけど、見て! この通りピンピンしてる!」
シンシアは間髪入れずに、皆を安心させた。
メルモとセスに指示を出し、急いで回復薬を温め血を吐いた人にはそちらを吸わせる。吸魔剤が無くなった頃、ベルサに通信袋で連絡を取る。
「そっちはどうだ?」
『ああ、大丈夫そうだ。さっき慌ててガルシアさんが……』
グゥォオオオオオオオオッ!
ギィイイイアアアアアアアッ!
教会の窓が振動するほどの咆哮が二つ聞こえた。
竜たちが到着したようだ。
「農園とガルシアさんは竜たちに任せたんだ」
『そうだったのか』
「教会のほうに吸魔剤を持ってきて。足りなくなった」
『OK!』
「アイル、ガルシアさんが魔力切れで倒れたら即行で治療に入ってくれるか?」
『了解! 竜たちか。そんなに経ってないはずだけど久しぶりな気がするな』
見えないがアイルが笑っているような気がする。
通信袋を切って、周囲を見回すと。教会の中の村人たちはすっかり竜たちに怯えてしまっている。
「心配しないでください。土の勇者であるガルシアさんが必ず守ってくれます!なんだったら、防御結界の魔法陣を描きますから。もしこちらに来ても、うちの社員が相手をします!」
村人たちを落ち着かせるために言う。
「社長! 竜なんてまだ僕らには無理ですよ!」
セスが声を落として、こちらに抗議する。
「ああ、心配するな。アイルとベルサに対応してもらう。あの二人は『竜の守り人』だからな」
「「え!!」」
セスとメルモが同時に驚いた。言っていたはずだが、信じていなかったのか。
「あれって、そういう意味だったの……」
「竜を守るって意味じゃないんですか?」
そういや、そうだったな。
「まぁ、大丈夫だ」
俺はベルサが到着するまで、ずっと先ほど手伝ってくれたガルシアさん家の少年を観察していた。
少年は心配そうに窓の外をチラチラと気にしながら見ていた。
アイルとベルサが治療後、すぐに子どもを外に出すとは思えない。すっかり治ったとはいえ、魔力切れを強制的に受けた身体で、この短時間にピンピンしているというのもおかしい。
勇者であるガルシアさんがグールになっていない理由が、もし精霊の加護であるなら、俺が動くのはガルシアさんの治療が終わったあとだ。
ドシンッドシンッ……。
勇者と二頭の竜の戦闘の音が激しくなるにつれ、少年は額に汗を浮かべている。
「ああ、確かにすっとした」
治療が終わった患者がシスターたちに連れられて、別館の方で休むようだ。
ベルサが教会の扉を開けて入ってきた。
村人たちに「あんた大丈夫か?」と聞かれている。
「ああ、大丈夫だよ。もっと盛り上がんないかぎり、こっちには来ないから」
「「え?」」
ベルサの言葉に、村人たちは何を言っているのか、一瞬わからないようだった。
「まぁ、大丈夫だってことですよ」
俺がフォローしておく。
「そっちはどうだった?」
「アイルが倉庫でうずうずしてるよ」
ベルサが笑いながら、俺に吸魔剤が入ったアイテム袋を渡してくる。
いつもはアイルに持たせているやつだ。
「足りるかな?」
「ああ、こっちはほとんど使わなかったから樽ごと残ってる」
「ほとんど?」
「奥さんにね。大人だからなのか、勇者の妻だからなのか。ちょっと使った」
「そうか。とりあえず手伝ってくれ」
俺は治療に専念するふりをして、ベルサに確認する。
「あの窓辺にいる少年は倉庫で見たか?」
「ん?」
ベルサが顔を上げて見る。
「いや。なんだ? 何者だ? まさか……」
「あんまり見るな」
ベルサは下を向いて、治療に集中するふりをした。
「農園が燃えています!」
患者を別館に連れて行っていたシスターが叫ぶ。そこにいた全員が農園の方角にある窓を見た。
確かに白い煙が上がっているのが見えた。
行商人たちは青ざめ、村人も呆然としている。
あの少年は脂汗をかいて、別館の方へと走りだした。
「ベルサ、ちょっとここを任せていいか?」
「ああ、わかった」
俺は探知スキルを展開し、そっと見つからないように少年を追いかけた。