8話
朝、目が覚めるとセーラがドアの前に立って、俺を見ていた。
「おはよ」
「おはようございます。ナオキ様」
「寝れた?」
「はい。……あの、質問してもよろしいでしょうか?」
「なに?」
「ナオキ様は女性に興味が無い方でいらっしゃいますか?」
「はぁあ!? なんでそうなるんだ?」
眠い目をこすりながら言う。
「いえ、あの……、昨夜、夜伽がなかったものですから、その、そういう方なのかと……」
セーラは服の裾をギュッと掴んで顔を赤くした。
自立もしていない、自由も知らない、コミュニケーションもままならない女子と、どうやって性行為するんだよ。性欲処理のためだけで襲ったら、俺は罪の意識にさいなまれて、今後の人生ずっと引きずるよ。
呆れていたら、裾を掴んでいる手がどんどん白くなっていく。力を込めて握りすぎだ!
そうか。勇気を振り絞って聞いてみたんだな。
「あ、そうか。奴隷だからそういうことしてもいいんだっけ。忘れてた。でも、まぁいいや、そういうのは。好きでもない女としても虚しいし」
なぜ!? どうして主人の俺が奴隷に気を遣わないといけないんだ!? マジで異世界、しんどい!
「虚しいですか…?」
セーラが目を丸くして固まっている。
適当な返しだったか!?
でも、前世の有名になった後に掌返しをくらっていた人たちは、だいたい異性交遊で失敗していた。たとえ今は奴隷でも、後で訴えられるかもしれないと思うと、人生を賭けた性行為なんてしたくはないよ!
ちょっとヤバい奴だと思われたかもしれない。そのくらいでちょうどいいのか。
「ああ……まぁ、今度試してみるか? 体の相性はいいかもしれないし、やったら好きになるかもしれないもんな」
面倒くさいとか気持ち悪いと思われて、距離感を離しておいた方がいい場合がある。ヤバい奴でもわけわかるヤバい奴の方がいい。
「ナオキ様は変わってらっしゃいますね」
「そうか? 慣れてくれ」
おじさんは朝から、空気を読まないといけないから大変だよ。
「わかりました」
便所に行こうとドアを開けようとしたら、セーラがドアを開けてくれた。
ドアの向こうにはバルザックが控えていた。
「おはようございます。ナオキ様」
「おはよう。早いな」
「お客様が見えております」
「え? 客? だれ?」
「冒険者ギルドの受付をやられているアイリーン様です」
「マジで? デートは3日後のはずなんだけどな」
階段を降りると、カミーラと受付嬢がハーブティーを飲んでいた。
「あ、ナオキ。起きてきたわね」
「おはよう、カミーラ」
カミーラは目の下にクマを作っていた。
昨日は徹夜だったのかな?
「おはようございます、ナオキさん」
「おはよう。デートは3日後じゃなかった?」
「別件でお話がありまして、早朝から押しかけてしまいました」
「そう。とりあえず、膀胱が破裂しそうなんで、便所行ってから聞くわ」
便所から帰ってくると、何故か空気が張り詰めていた。
カミーラはムスッとして不機嫌そうにしており、セーラは能面のように顔を固めたまま直立不動で壁際に立ちじっとアイリーンの方を見て、アイリーンはオドオドと2人の様子を窺いながらハーブティーに口をつけていた。
「なに?どうしたの?」
ハーブティーのおかわりを淹れているバルザックに聞いた。
「わかりませんが、どうやらナオキ様とアイリーン様がデートすると聞いて、機嫌がよろしくないようです」
「あ、内緒だったっけ?まぁ、でもデートぐらいするよね?」
これこそ健全な交際です。
「私にはわかりかねます」
「そうかぁ。とりあえず誤解を解いておいたほうがいいかな」
居間に入っていくと、全員の視線がこちらに集まってきた。
「で、ギルドの受付嬢のアイリーンさんが俺に何か? デートは3日後だというのにプランで頭がいっぱいになっちゃったかな? ただ俺がこの町に詳しくないから、適当に案内してくれるだけでいいんだよ。ただそれだけだよ。別に手をつないだり、腕を組んで恋人みたいにしてくれって言うんじゃなくてね」
いっぱいいっぱいになりながら、言い訳するように言った。こちらはアイリーンを傷つけないように説明するだけで精いっぱいだ。
「あ、そのことじゃなくて」
「そのことじゃないのね。じゃあ何かな?」
「ベスパホネットのことで」
「ああ、あの蜂の魔物のことね」
「はい、カミーラさんに、虫除けの薬を作って頂いて、これから討伐に行くんですけど」
「頑張ってください」
「ナオキさんにも来ていただけないかと」
「俺に? なんで?」
「実は……」
ベスパホネットはBランク以上のパーティーで討伐する魔物らしいのだが、現在この町にいる冒険者はCランクまでのパーティーしかいないらしい。
そこで、最下位のGランクながらレベルの高い俺に白羽の矢が立ったという。
そもそも、ランクがある事自体知らなかったし、あんな大きいスズメバチを相手になんかできないと断ったが、アイリーンは尚も誘ってくる。
日頃、マスマスカルの駆除やゴーストテイラーの駆除など、駆除系に強い俺なら今回も大丈夫だというのである。
「ちなみに今のレベルはいくつですか?」
「さ、さあ?」
「ナオキ様のレベルはちょうど60です!」
セーラが大声で口を挟んできた。
「セ、セーラ?」
「私は鑑定スキルを持っておりますので、間違いはございません!」
この前、57だったはずだが、また上がったのかと、確認してみると確かに冒険者カードの裏には60の文字が書かれていた。
いや、そういうことじゃなくて!
「ろく! じゅう!?」
カミーラの目が血走っている。
「いいですか! ナオキさん。300年前に魔王を倒した勇者がレベル55だと記録されています。現在でもレベル50以上の冒険者はAランクとされているんです」
「でも、それは戦闘系のスキルを身につけた人なんじゃありませんか?俺は基本的に探知スキルとか調合スキルにポイントを割り振っているので……」
「ナオキ様のステータスは、体力312、腕力223、丈夫さ198と、裸でベスパホネットと戦っても負けることはないかと思います! ちなみに早さ190、賢さ不明です!」
「セーラ! ちょっと黙って!」
「いいじゃありませんか。ナオキ様には魔法陣があるわけですし」
バルザックが何気なく言う。
「ま! ほう!? じん!?」
カミーラが立ち上がって、俺に掴みかかろうとしている。
「バルザックも黙れ」
まったくうちの奴隷たちの口はどんだけ軽いんだ。誰か教育についてディスカッションしないか!
「この町でベスパホネットを倒せるのはナオキさんだけです。どうかこの町を救ってください!報酬はギルドと役所が共同で出資しますし、もしあれでしたら……、デートの際に特別サービスも致します、から……」
後半は聞き取りづらかったが、アイリーンは俺の手を掴んでうるうるした目で見つめてきた。サービス内容を教えてくれよ!
「はい、じゃあ、やります」
半ばやけくそだ。
「ありがとうございます! では!」
アイリーンはそう言うと、俺用に虫除けの薬を一ビン置いて、ギルドへ帰っていった。
「ナオキ!」
「はい!」
「いろいろ聞くことがあるんだけど!」
カミーラは俺の肩を万力のように掴み、迫ってきた。