78話
フロウラの町は相変わらず、平和だった。
冒険者たちは補助金が出たのか、昼間から居酒屋で飲んでいる。教会へのデモもしばし休憩といったところだろうか。
ローカストホッパー駆除の際、顔を知られたのか、それとも泥酔した時に何かあったのか、「おう! 社長じゃねぇか! 飲んでいけよ!」と、居酒屋の店主も客も声をかけてくれる。
適当に、酔っぱらいたちをあしらって、町外れに向かった。
奴隷商の一軒家。奴隷など見たくないとでも言われているのか、結構不便なところに建てられていた。馬小屋では、砂漠で暴れていたフィーホースが飼葉を食べている。
奴隷商の商人ことターバンが馬小屋で、他のフィーホースにブラッシングしている。意外にちゃんと世話をしているようだ。
「ようっ!」
「あれ? 社長さんじゃないっすか? 今日は奴隷でも買いにきましたか?」
冗談めかしてターバンが聞いた。
「ああ、ちょっと奴隷を買いに来た」
「え!? 本当に買ってくれるんですか?」
「うん、金も貰ってきたから、急いで用意してもらえるか?」
財布袋を見せると、目が変わった。
「わ、わかりました!」
ターバンはブラシを放り投げて、家に入っていった。
俺も続いて入ると、すぐに奥から奴隷商の親方らしき太った男が腹を揺らしながら、バインダーに挟まったリストを持ってやってきた。
「どもども。いつもうちのバカがお世話になっているようで」
「いえいえ」
奴隷商だからか、結構な縦社会だ。
「どのような奴隷をお探しですか? こちらに簡単なプロフィールなどを用意しておりますが」
「いやいや、あの……、シンシアって娘をお願いします」
「シンシア?」
「ええ、ノームフィールドという村の出身だと思うのですが」
「は、はぁ……、何か、その娘と関わりが……?」
「別に、買い戻しに来たとかそういうんじゃないんですよ。ただ、ちょっとね」
説明すると長くなるし、もしかしたら金額を釣り上げてくるかもしれないので、あまり情報は出さないようにする。
「社長、こちらです」
ターバンが親方との間に割って入り、一室に通してくれる。ターバンと親方は何か話し「任せてください」などと言っている。
「それでは、ごゆっくり」
不満げにそれだけ言って、奴隷商の親方は奥へと下がっていった。
「シンシアということですけど、あの娘、今はちょっと病を患っていまして」
「そうか。まだ死んだり、腐った肉食べたりしてないか?」
「へ? まぁ、そうですね」
「なら買い取る。今すぐ連れて来てくれ」
「いやしかし、後から品質に文句を言ったりとか……」
「しないよ。大丈夫だ。早くしてくれ。いくらだ?」
できるだけ、早めに治療をしたほうがいいし、奴隷商人相手だと、ぼったくられるんじゃないかと思って商談は急いでしまう。
「いくらと言われましても……、こちらとしても買い手がつかないと思っていたものですから」
「あ、だったら金貨1枚で良いか?」
「金貨!? いや、さすがに金貨1枚というのは……」
ターバンの目が泳ぎ始めた。金貨1枚でも出し過ぎだったか?
「じゃ、金貨1枚に銀貨3枚。これ以上は出せない!」
「社長もう一声!」
「なら金貨1枚に銀貨5枚。これ以上出すとうちの社員に怒られる!」
「ん~まぁ、良いでしょう! その代わり、後からクレーム来ても受け付けませんからね!」
ターバンはケタケタと笑いながら部屋を出て行った。大丈夫か。奴隷商からすれば、値段も付かなかった奴隷が破格で買い取られるわけだから、笑いが止まらないのだろう。足下を見られたか。
ベルサたちへの言い訳を考えながらしばらく待ったがなかなか帰ってこない。廊下の様子を見ようとドアを開けると、シンシアがターバンに肩を支えられ、歩いてくるところだった。アイテム袋から回復薬を取り出し、俺がシンシアを受け取る。
「契約書とかを用意してくれ」
「はい! わかりました!」
ターバンが奥に駆けて行った。
「大丈夫か?」
「旦那が、私を買ってくれるんだね」
「ああ、その病気も治してやる。俺が渡したシロップは飲まなかったのか?」
「なんだか、勿体無くて。同じ部屋の子にあげちゃった」
「そうか。あれを飲んでいたら危なかったかもしれない。とりあえず、これを飲め」
俺はシンシアを抱きかかえて回復薬を飲ませた。
「あぁ、少し楽になった」
「頭が痛いのはしょうがない。魔力切れを起こしているからな」
俺が笑うと、ちゃんとシンシアも笑みで返してきた。これなら、まだ大丈夫そうだ。
「契約書です!」
ターバンが持ってきたので、サインをして金を渡す。
「じゃ、連れて帰るから」
俺はシンシアをお姫様抱っこで抱えて、奴隷商の家を出る。
「毎度ありがとうございます!」
ターバンの声を聞きながら、宿へと向かう。
「旦那?名前は?」
「ああ、言ってなかったか。ナオキだ。ナオキ・コムロ」
「シンシアです」
「ああ、知ってる。とりあえず宿で、病気を治そう」
「ナオキ様に救われた身ですから、何でも致します」
なんだろうか、このシンシアの薄幸感は。
ボロボロではないがシンプルな白い服のせいで、妙にいけないことをしている気分になる。
「敬語じゃなくていいぞ。なんか俺がいたいけな少女を拐かして、変な気分になっちゃうから」
「え?でも、目的はそっちじゃないんですか?」
「違うよ。ちょっと手伝ってもらいたいだけだ」
「夜の方を?」
「いや、だから違うってば」
シンシアは俺の腕の中でクスクス笑っている。
これだけ軽口が叩けるのだ。大丈夫だろう。
「ちょっとスピード出すぞ」
「え?わっ!ちょっと、旦那ごめんってば!ちょっとー!」
宿に着くと、店番をしていた従業員に「ブラックス家の執事さんがお見えになりましたよ」と言われ、手紙を渡された。
ローカストホッパー駆除の報酬の用意が出来たようだ。
一先ず、宿にもう一人泊まることを伝え、代金を払おうとしたら、止められた。
「いえいえ、部屋は好きに使ってくださって結構です。こちらとしましても、コムロカンパニーさんに泊まっていただけるのは利益につながりますから」
いったい、俺たちが何をしたというのだろうか。まぁ、でも代金いらないっていうんだから、いいか。
「助かります」
「ごゆっくり」
部屋に行く俺たちを、店員がニヤニヤしながら、声をかける。
そ、そういうんじゃないんだからねっ! という心の声は聞こえない。
「ちょっと寝ててくれ。すぐに薬作るから」
部屋に入り、シンシアをベッドで寝かす。
アイテム袋から、石ころのような吸魔草を取り出し、鍋に入れる。
机に加熱の魔法陣を描き、水を入れて鍋で煮ること10分。部屋に赤い湯気が充満してきた。
俺はなんともないが、シンシアはちょっと辛そうだ。
慢性的な魔力切れに加え、さらに吸魔剤によって魔力を吸われるのだから、ある程度身体に負担はかかる。お年寄りや、子供に使うときは段階的に治療していったほうが良いのかもしれない。
少しだけ、窓を開け空気を入れ替える。
煮立った真っ赤な吸魔剤を小さい瓶に入れる。
酸素マスクのようなものはなかったので、小さな壺の底を割って代用。ベッドの脇に回復薬を置いて始める。
「よし! じゃあ、ちょっと辛いかもしれないけど、治療を開始する」
窓を閉め、シンシアの目を見て言った。
「お願いします!」
シンシアは特に怖がらなかった。すでに治療法はないと諦めているのか。
「怖くないのか?」
「ええ、たぶんうまくいくような気がして。でしょ?」
「うん」
意外に肚が据わってる。
机をベッドの脇に持って行き、瓶を温めた。
瓶の中の吸魔剤が沸騰し、フォラビットの腸で代用した管を通り、底の割れた小壺から赤い湯気が出る。
シンシアはその湯気を思いっきり吸った。
「すぅ……、ゴホッ……」
幾度か咽たが、次第に慣れていきしばらく吸い続けた。
シンシアの胸からパリンッと魔石が割れる音がしたかと思うと、何度も割れる音がする。人間の体から出る音とは思えない。口から小壺を外すと、口からエクトプラズムのような煙を吐き出した。
窓を開けると、外に煙が拡散し消えた。
一度、吸魔剤を魔法陣から外し、今度は回復薬を温める。呼吸器系にも効くことは、実証済みだ。咳き込むシンシアの口からは多少血が出たが、回復薬の湯気を吸わせると落ち着いたようだった。
3回ほど繰り返すと、シンシアの胸から魔石が割れる音がしなくなった。
「どうだ?」
「うん、胸にあったしこりみたいなものが取れた気がする」
シンシアの額の汗を拭いてやる。
「ちょっと休んだ方がいい」
「うん、ちょっと疲れた」
シンシアは目をつぶって大きく息をし始めた。これで回復するといいが、また再発するかもしれない。今は待つしかないか。
水と回復薬を机において、俺は部屋を出た。
宿の店員に声をかけ、何かあったらシンシアに回復薬を飲ませるよう頼んで外に出る。
通信袋で、ベルサたちに連絡し、吸魔剤での治療がうまくいったことを伝えた。
「何か副作用がなければ、大丈夫そうだ」
『了解。こちらも吸魔剤を作り次第、ノームフィールドに行って治療を始める』
「頼みます~」
通信袋を切り、高台の教会跡地に向かおうとしたところで、レッドドラゴンたちから連絡が来た。
どうやら竜の姿で町には入れないので、小舟で迎えに来てほしいとのこと。港の方まで行くと、船の修繕を頼んでいる船大工たちと会った。
ローカストホッパーを駆除するときに、一緒にポンプを作ってくれた人たちなので顔見知り。 ちょっと小舟を貸してほしいと頼むと、快くボートサイズの小舟を貸してくれた。
「ちょっと魔法陣描いていいかな?」
「ええ、どうぞ。それ、もう殆ど使ってないんで」
水魔法の魔法陣を船尾に描き、そのまま海に出る。船大工たちは半笑いで、呆然とこちらを見ていた。やはりどこに行っても同じようなリアクションをされるらしい。
海に出てすぐ探知スキルに反応があった。
大きな赤い竜と更に大きな黒の竜が空高く旋回している。小舟から手を振ると竜たちはこちらを見つけたようだ。
竜たちが近づいてくるだけで風圧で波が起こり、小舟が大きく揺れた。
二頭とも空中で人化の魔法を使い、二人になって乗り込んできた。
「いやぁ、そんなに経ってないはずだけど、なんだか久しぶりな気がするなぁ」
「ハハ、俺もだ。すみませんね。黒竜さんまで」
「いやいや、ナオキ殿の頼みだ。どこへなりとも行くさ」
「しっかし、二人ともすごい格好をしてますね」
レッドドラゴンは赤い鎧の騎士の格好をしており、黒竜さんは真っ黒なスーツで決めている。シャツもネクタイも全て黒だ。
「どういう格好をすれば良いのか、わからなくてね。お主に教えてもらえばよかった」
「我輩も久しぶりでな。町で揃えようかと思う」
シンシアを買うために、アイルが持たせてくれたお金がまだ余っているので、服くらい買ってあげようかと思う。
船を反転させ、港に戻った。
「あ、そうだ。これから神に報告に行くんですけど、一緒に行きます?」
「神? 神ってあの神様か?」
「そう。会ったことあります?」
「あるわけなかろう!」
「我輩もない。というか、いるのか?」
「精霊もいるんだし、いるんじゃないですかね。だいたい、転移者の俺がいるんだし。まぁ、普通の兄ちゃんですよ。ちょっと精霊に舐められてるけど。行きますか?」
「「行く」」
そういうことになった。