74話
「ここまでくるのに、20年かかりました、ハハハ」
土の勇者ことガルシアが、綿畑を見ながら、しみじみと言う。
「水路が完成して、ようやく軌道に乗ったのが5年前」
水路とは村の中心を流れる川のことだ。
「あの水路はガルシアさんが作ったんですか?」
「ええ、ここらへん一帯は荒れ地だったからね。そりゃ酷いもんだったよ、ハハハ」
「なぜ綿花にしたんです? ああ、いや荒れ地なら、別の植物でも良かったんじゃないかと思って」
「単純さ。服が欲しかった」
「服なんて……」
「着られればいい。オラもそう思ってたんだけどねぇ。初めて奴隷の子を買った時に思ったですねぇ。人は見た目で差別されるんだってね。オラはそれまで全然奴隷と接点がないような場所で育ったから、どうしてもそれがね……」
奴隷はボロ布のような服しか着せてもらえないのが普通だった、と寂しそうに説明してくれた。
「それが、身なりの良い服を着せただけで、人の目は変わった。まるで、魔法ですよ。安く身なりの良い服が買えるようになれば、せめてボロ布ではない服を着られるようになれば、奴隷の扱いも変わるかなぁって思ってね」
それで、綿花か。
「ゴートシップじゃダメだったんですか?」
メルモの実家のように羊の魔物であるゴートシップの毛でも良かったのではないか、と思ったのだ。
「荒れ地だったんで、エサ代だけで大変です。それに国王も綿花だったら、買い取ってくれると約束してくれてね」
この農園は半分国営かな?
「土地は国王から頂いたので、お金はかからなかったんだけど、そこからは大変。一向に芽が出ないんです、ハハハ。あの時は本当にまいったなぁ」
笑い声の中に、苦労が垣間見えた。
「それで、どうにもならないので、冒険者やりながら、各地を回って、どうやったら植物が育つのか勉強しましたよ。それで帰ってきて、試しての繰り返しで。ほら、農園の周りの森も、木を一本一本、苗木を植えていったんだ。もともと、農園なんかやったことなかったもんだから、防風林なんて知らなかった、ハハハ。そこからだもん時間かかるわけだ、ハハハ」
ガルシアさんは麦わら帽子を上げて、額の汗を拭った。
「何度も諦めて、勇者の力もあるし冒険者で食っていこうと思ったけど、魔王のいない時代の勇者なんて、人の仕事奪うだけで必要とされないでしょう。やっぱりこの荒れ地に戻って来ちゃったんです。でも、いろんなところに行ったお陰で、妻には会えたし、奴隷の子どもたちにも会えた。村も大きくなってねぇ、奴隷から解放した子どもたちが手伝ってくれてるんですよぉ」
嬉しそうである。
「オラは運がいいんですよ。土の精霊様の加護がなくちゃ、水路も出来なかったし、農園もこんなに広げることは出来なかった。いやぁ、つくづく土の勇者で良かったと思ってます」
確かに、普通水路を作るだけでも何年もかかる。
これだけ農園を広げるのに、相当な時間がいるだろう。
ただ、土魔法なら、それが容易にできる。
はぁ~全くもって、言い難い。
綿花を育てるのも、しっかりとした理由がある。
とはいえ、切り出さなければならない。
「あの…西のアデル湖なんですけど…水位が下がってるのは知ってます?」
「ああっ!知ってるよ。最近知ったんだ。国の役人が言うには運河を作って、海の魚を持ってきて、養殖するんだってさ。オラも運河作りを依頼された。2年後までには作るんじゃないかなぁ」
「いや、その水位が下がってる、つまり湖の水量が減ってるのは、もしかしたら、ここに水路を引いたからなのかもしれなくて」
「え!?いや…でも、そんな簡単なことじゃないんじゃないかな?雨が降ってないとか、ほら湖の西の山からの雪解け水が減ったとか」
確かにそれは十分に考えられる。
だからこそ調査が必要なのだ。
「もちろんです。だからこそ、調査が必要です」
「うん、調査が必要なのはわかったけども、ナオキ君は駆除会社の人でしょう。調査もやってるの?」
「ええ、駆除するには徹底的な調査が必要です。その上で駆除するべきかどうかを判断しなくてはいけません」
「駆除するって、この綿花を駆除する気か!? 君は!」
笑っていたガルシアが初めて、怒りを露わにした。
「駆除対象は、ガルシアさん、勇者であるあなたです」
「……ハハハ、何の冗談だ? 勇者を駆除? オラは土の精霊の加護を持っているんだよ?そのオラを駆除なんかできるわけないじゃない?」
「ハハハ、ハハハ、そうですよね。勇者を駆除するなんて馬鹿げてますよね。すみません、悪い冗談です」
「そうだよなぁ。ハハハァ~きょ、今日はもう帰ってくれるかい?」
「あ、はい。すみません。長々とお邪魔してしまって」
「ハハ」
ガルシアは乾いた笑いをして、俺を出口まで見張るように送った。
途中で、倉庫から、赤髪の中年女性が出てきて綿畑で働く子どもたちに「もうすぐ、授業ですよー!」と呼んでいた。
ガルシアの奥さんだろう。
「あら、お客さん?」
「ああ、どうも。お邪魔しました」
「今度、ゆっくり夕飯でも食べましょう」
「はぁ、ありがとうございます!」
俺は気まずい空気のなか、愛想笑いをして答えた。
「あなた、後で子どもたちの算学を見てやってね」
「ああ、わかったよ。アシュレイ」
奥さんは、「それじゃ」と言って、家に向かった。
綿畑の子どもたちも家の方に向かっている。
皆、仕立ての良さそうなシャツを着ていた。
俺はガルシアの睨むような視線に見送られながら、農園を後にした。
『こちら、ベルサ。到着した。農園の土も採取したよー』
ベルサから通信袋で連絡が来たのは、夕方近くになってからだった。
その時、俺は宿で、ふて寝をしていた。
「村の宿にいる」
『なんて宿?』
「一軒しかないからすぐわかるよ」
『はーい』
通信袋から魔力を切り、俺はベッドから起き上がった。
「それでも、やっぱり誰かが止めなくちゃならないんだ」
たとえ嫌われようと、対立しようと、湖の周りの住人たちが死んでからでは遅い。
では、この村の人達はどうする? 勇者の家の子どもたちはどうなる?
勇者を駆除すると言っても、ただ、勇者から土の精霊の加護を外せばいいということではない。
その後のほうが重要だ。
「こちとら、アフターサービスも充実したコムロカンパニーだからな!」
ガチャ
「1人で何言ってんの?」
ベルサが到着した。
魔石灯の明かりの下、ベルサは白い布に、瓶に入った農園の土を広げていた。
「どうやって土を手に入れた?」
「誰もいなかったから、ちょっと綿畑に入って拝借してきたんだ」
ベルサは事も無げに言った。
もう一枚、白い布を広げ、違う瓶に入った土を広げた。
「ん~、明らかに多いね」
「何が?」
「魔石の砂が」
「こっちは農園の土、こっちは来る途中で採取した荒れ地の土なんだけど、農園の土には魔石の砂の含有量が多い。そうしたほうが、発育が良いのかな?」
「その砂に、魔法は付与できる?」
「こんな小さい砂に魔法なんか付与できないでしょ」
「でも、それで魔法陣を描けばいいんじゃない?」
「あの農園全体に?」
「うん、まぁ、エリアを分けて描いてもいいけど」
「でも、どんな魔法陣を描くの? 大体、普通の人は魔法陣なんか描けないよ。魔法が付与された魔道具だって珍しいんだから。うちの会社がおかしいんだよ。こんなに魔道具使ってるなんて。あっても国に一つとかじゃない? それだって国宝にされてる物が殆どで人の目に何か触れないし」
「でも、勇者なら、国の宝を見れるんじゃない?」
「そうだなぁ……、でも、どんな魔法の魔法陣?」
「強化とか? 成長促進?」
「そんなの、あるのかなぁ……。まぁ、いいや、お腹すいた」
「じゃ、飯食べよう」
食堂に降りていくと、美味しそうな肉の焼ける匂いがした。
食堂には昼見た行商人たちも多く混んでいた。
「おーい! こっちだぁ!」
ノームフィールドに連れて来てもらった行商人のおっさんが「夜に宿で飲もう」という約束を覚えてくれていたようで、食堂の一角を取っておいてくれたようだ。
「なんだ?女連れか?」
『社長!』
ちょうどその時、通信袋から、セスの声がした。
「あ、セスから連絡だ。ベルサ、食べ物とお酒頼んでおいて」
「わかった」
俺は食堂から出て、入口の方に行ってから、通信袋に魔力を込めた。
「どうした? 見つかったか?」
『はい。水量が減った川を見つけて、分岐点まで行きました』
「おう、じゃ、その分岐した川を辿って……」
『ええ辿ってみたら、村に着いたんですけど』
「あ、本当? その村、真ん中に川が流れてて、川の両端に家が並んでる?」
『はい』
「三角屋根の教会とかも見えない?」
『ああ、見えます』
「その村、一軒しか宿がないんだけど、そこに俺とベ……」
『なんだ!? あの人!! 社長、何か変な人が!!!』
カンカンカンカン、カンカンカンカン
突然、外からけたたましい鐘の音が聞こえた。
俺はすぐに探知スキルを発動させ、入り口のドアを開き外に踊りでた。
「グールだぁ! グールが出たぞー!!」
川向うから、村人が大声を張り上げていた。