71話
セスは寝ているので、セスの実家に行くのは明日にして、村で魔石灯の明かりが点いている家を訪ねることにした。
はじめに訪ねたところが村で唯一の宿だったらしく、大部屋を借りる。
何しにと聞かれたので、社員旅行と調査を兼ねた旅行だと答えた。
「他に誰も泊まってないからゆっくりしてってくれ」
猫耳のおじさんは顔を手の甲でこすりながら言った。眠いのかな?
料金は5人で銀貨2枚。
朝食も夕食もつくという。そんなんでやっていけるのか、心配になってくる。
部屋は、クリーナップをしなくても十分に綺麗だったし、シーツも汚れていない。
「聞いていた通りだった」
ベルサが頷いていた。
「この宿のこと聞いてたのか?」
「ああ、冒険者の間では、安いことで有名らしい。ほとんど釣りのための宿なんだって」
「俺ら以外客がいないってことは、時期じゃないのかな?」
「湖に時期とかあるのか?」
「あるだろう。水温だって変わるんだから」
「そうだな」
セスとメルモを寝かせ、俺たちもベッドに潜り込む。
旅の疲れが出たのか、ものの数秒でアイルが鼾を立て始めた。
その鼾を聞きながら、俺も意識を手放した。
翌朝、何か小さい者が近づいてくる音で目が覚めた。
探知スキルで見るとはっきりと小型の人であることがわかる。
隣のベッドで寝ているアイルも気づいたのか、剣を引き寄せていた。
ただ、宿の階段を駆け上がる音はどう考えても子どもだ。
バンッ!
部屋のドアが開き、子どもが走ってセスのベッドの上に飛び乗った。
「兄ちゃん!」
「ん? ああ、ニケ……、え!? ニケ? お前何やってんだ!?」
セスは子どもをニケと呼び、持ち上げた。
全員が起き上がり、伸びをしたりしている。
「あ、すいません! 起こしちゃいましたね。うちの妹です。ニケ、挨拶しろ」
「おはようございます! ニケです!」
ニケは床に降り立ち、挨拶をした。
「はよー」
「おはよごじゃいます」
「うおっ! 可愛いな!」
「おざーっす!」
それぞれがニケに反応する。
セスは周囲を見回し、窓の外を見て、自分が故郷に帰ってきたことを知ったようだった。
「いつ着いたんですか?」
「深夜かな」
セスの問に俺は答えながら、あくびをした。
「ニケ、お前はなんで、兄ちゃんが来たことがわかったんだ?」
「え? 匂い?」
「黒猫族は鼻がいいんだな。おれ、ちょっと顔洗ってくる」
俺がそう言って、タオル代わりの布を持って部屋を出た。
「井戸はこちらでございまする」
ニケが俺の前に出て、案内してくれる。
「ニケ! 失礼のないように! その人、偉い人だからな!」
後ろからセスが、慌てて追いかけてくる。
その後ろから、女性陣もぞろぞろとついてきた。
井戸で顔を洗い、宿で朝食を食べることに。
井戸まで案内したニケは「母ちゃんに兄ちゃんが帰ってきたこと言ってくる!」と、すっ飛んでいってしまった。兄と同じように足は速いようだ。
朝食は小魚を焼いたものとサラダ、いつもの固いパンだった。
セスは微妙な顔をしていたが、俺たちは十分美味しかった。
食後にボーナスをセスとメルモに渡し、セスの家に挨拶しに行く。
メルモは「いいんですか?」などと言いながら、しっかり自分の荷物の奥深くに入れていた。フロウラに戻った時に実家に送るそうだ。
アイルとベルサは必要な時に、財布袋から抜くと言っていた。
村でムッキムキになってしまったセスを先頭に歩いたら、村人たちがキレイな二度見をして驚いていた。
「なんか、お土産買った?」
俺は社長なのに、何も買ってなかったので、ベルサにこっそり聞いた。
「アイルが何か買ってたような……」
「団子? まんじゅう?」
アイルに聞く。
「ん? いや、パンを焼いたのに、ハチミツをかけたお菓子だ。いいだろ?」
ハチミツラスクか。意外にしっかりしている。
「さすが教育係は違うな!」
褒めるとアイルは胸を張った。今はツナギではなく、ビキニアーマーなので、目のやり場に困る。
アイルの胸に村の男達の視線が集まっているなか、セスの実家に到着。
土壁で丸っこい屋根の家だった。
「ただいまー!」
セスが入り口を開けて、声をかける。
「あらあら、おかえり! ちょっと見ない間にたくましくなっちゃって、まぁまぁまぁ、ようこそおいでくださいました」
黒猫の獣人がエプロンで手を拭きながら、出てきた。
「こちら、会社の人たち。皆さん、うちの母親です」
「どうも、お世話になっております!」
「「「「どうも、お世話しております」」」」
互いに挨拶をしていると、先ほどのニケと小さくなったセスのような男の子が現れた。
男の子は母親の足から、顔だけ出して、こちらに「こんちゃ」と挨拶していた。
「これ、美味しいやつです」
アイルがセスの母親にお菓子を渡した。
セスはセスで、団子のようなものを買っていたらしく、妹たちに渡していた。
「とりあえず、中に入ってお茶でもいかがですか?」
俺たちは居間に通されて、テーブルを囲むように絨毯の上に座った。
お茶を用意している間に、セスが母親にボーナスを渡したらしく、台所から悲鳴が聞こえた。
「社長様! この度は、うちの息子を雇っていただき、本当にありがとうございます! 末永く、よろしくお願い致します!」
台所からジャンピング土下座をして出てきた。猫の獣人は身軽だ。
「いえいえ、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
「追い出してから、すぐに帰ってきたものですから、追い返そうかと思ったのですが…それで、うちの息子は何をやっているんですかね?」
少し前に追い出した息子が大金を持って帰ってきて、心配になっているのかもしれない。
「うちは駆除会社でして、家の中の害虫や、砂漠で大量発生した虫なんかを駆除しています。息子さんにはいずれ船長をやってもらうつもりです」
「く、駆除? こう言っちゃなんですけど、そんなに儲かるんですか?」
「あー……っとそうですねぇ、儲かるときは儲かります」
「ライバル業社もいませんから」
「あとは、冒険者としても稼げますしね」
「すでに息子さんはDランクの冒険者ですよ」
とりあえず、皆フォローはしてくれるようだ。
「ええっ!?」
母親は目を丸くして、頭を掻いている息子を見て、バシバシと背中や腕を叩いていた。
「アイルさんに鍛えてもらったんだ」
セスは恥ずかしそうに母親に説明した。
「本当にありがとうございます!」
母親は何度も頭を床につけ、お礼を言った。
お茶をいただいているうちに、アイルがニケとセスの弟を可愛がり始めた。
そこにベルサとメルモも加わり、手遊びを教えたりしている。
母親は、セスが昔どれだけバカだったかを語りたがった。
セスは「やめろよ」と言いながら、顔を赤くしている。
「本当バカでねぇ。それでも、漁師として生きていければいいと思ったんですけど」
「なんかあったんですか?」
「湖の水が減っちゃって、魚も減ってねぇ。ちょっと厳しくなったもんですから、外の世界見てこいって追いだしたんです。海の方で仕事が見つかれば、いいなぁって。うちの小舟じゃ、どっちにしろ稼ぎはたかが知れてますから」
セスは「そうだったのか!」という顔をしている。
「そんなに水が減ったんですか?」
「ええ、見ます?」
そう言って、セスとセスの母親は俺を外へ案内してくれた。
確かに、砂浜や、桟橋の柱には水面の位置が下がった跡がついていた。
女性陣と子どもたちも外に出てきて、湖に入りキャッキャキャッキャ遊んでいる。
「うわぁ、この水ベトベトするぅ。ナオキ、クリーナップかけて~」
ベルサが湖から上がってきた。
俺はクリーナップをかける前に、ベルサの身体についた水を触って確かめた。
「もともと、塩気があった湖なんだけど、塩気が多くなっちゃってね。前までいた魚も、今はいなくなってるヤツも多いんですよ」
塩害か。水不足なのかな?
山の反対側では、砂漠に雨が降って大変だったけど、こちらでは雨が降っていないのだろうか。
「それでも、こんど勇者様が運河を作ってくれるらしくてね。海の魚を養殖するって漁師ギルドが言ってるんです」
母親は遊んでいる子どもたちを見ながら、言った。湖の漁師もいろいろ大変だなぁ。
「勇者って最近現れたんですか?」
一応、社員旅行とはいえ、土の勇者の調査も兼ねているので、聞いておく。
「ええ。この前来て、魔物を退治していってくれました。私も知らなかったんですけど、東の荒れ地に住んでるんですってね。5、6年前から、ようやく農園が軌道に乗り始めたんですって。同じ湖の側に住んでいても、対岸のことはさっぱり知らなかったから」
見えない対岸を見ながら母親は感心していた。
「荒れ地まで、遠いですか?」
「対岸から1日か2日ですかね。何か気になることでも?」
「ああ、いえ……」
「駆除しに行こうかと思って」とは言えない。
俺が走れば、夕飯までに行って帰ってこれるかな。
「アイルたちは遊んでる?」
「ん? どっか行くのか?」
「ちょっと勇者に会ってこようかな、と思って」
「ああ、そういえばそういう予定だったな」
社員旅行しか頭になかったようだ。
「俺1人でもいいよ」
駆除しなくても済みそうだし。
「そうか。ちょっと村も見て回りたいんだ。なんかあったら連絡してくれ」
「了解。セス、悪いんだけど、船出してくれる?対岸まででいいから送ってくれない?」
「ああ、はい、わかりました」
俺はセスの家の舟を借り、セスと一緒に対岸に向かった。
帆掛け舟だったが帆は張らず、船体に水流の魔法陣を描いて進む。
舵はセスに任せる。
村人たちはどうやって動いているのかわからないようで、湖の浜辺に集まり、こちらを見ていた。
「普通、対岸にはあんまり行かないのか?」
セスに声をかける。
「ほとんど行かないですね。ニュート族ってトカゲの獣人の村があって、縄張り意識が強いんですよね。僕らが行くと、攻撃されることもあります」
「今、行って大丈夫か?」
「社長なら大丈夫ですよ。蹴散らしてください」
あんまり、無用な争いは避けたいんだけどな。
「近くになったら言ってくれ。なるべく争いたくないし、船を傷つけたくないだろ?」
「それはそうですね」
アイルの影響なのか、やたらと好戦的になられても困る。話題を変えよう。
「湖の水が減ったのって、最近か」
「ええっと、5年前くらいから徐々にって感じですかね」
ん? 勇者の農園が軌道に乗り始めたのも同じくらいじゃなかった?
いや、まぁ、勝手に因果関係を考えて、思い込むのは危険だ。
とはいえ、すごく嫌な予感がする。
前の世界にいた時に、よく似たような事例を聞いたことがある気がする。
もし、農園で育てている植物が……、いや、良くない考えは止めておこう。
自然と船のスピードが上がる。
「しゃ、社長?」
誰もいない対岸に着くと、セスに湖に流れ込んでくる川の中で急に水量が減った川がないか、探るように伝えた。
「重要な事なんですね?」
「そうだ。とても重要だ。ただ、無理はするな。ヤバそうだったら、アイルやベルサを呼べ」
「はい、わかりました」
船に乗っている途中から、妙に真面目になってしまった俺を見て、セスは空気を察してくれたようだ。
俺は、背の低い植物しか生えてない荒れ地を走った。
割りと本気で。
鳥の魔物や、トカゲの魔物の側を通りぬけていった。
石ころだらけで、まさに荒れ地だった。
しばらく走っていると、前方に森が見えた。
森の木々を躱しながら、走った。
森はすぐに終わった。
眼前に勇者の農園が広がっていた。
それは丘の向こうまで続いているようだ。
「コットンか……」
一面の綿畑。
悪い予感が的中してしまった。
通信袋に魔力を込める。
「悪い、皆、旅行は終わりだ。勇者を駆除する」