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駆除人  作者: 花黒子
~駆除業者の日常~
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7話

 ギルドで事情を説明し、ベスパホネットの群れが西の屋敷に現れたことを伝えると、ギルド職員たちが大騒ぎになった。

 ベスパホネットは強い魔物なのだそうで、討伐できるのは上位ランクの冒険者パーティーだけだという。


 ただ、上位ランクのパーティーは王都に行っているため、呼び戻さなくてはならず、さらに住民に近づかないように屋敷への道は立ち入り禁止にしないと、と受付嬢が怯えていた。


 周りで聞いていた冒険者達は、墓地の管理人の爺さんが1週間以上前から行方不明になっており、原因はベスパホネットではないか、と噂していた。

 奴隷の2人に関しては、すでに誰のものでもなく、見つけた俺のものということだった。


 なにそれ、どういうこと? それって生存権とか人格権とかない人間を世話しろってこと?

 真面目に仕事をして休暇にスキルを実験していただけなのに、人の命と人生を背負わないといけないの? そんな責任を背負う覚悟なんかできていない。


「じゃ、2人とも奴隷から解放するね」と言うと、「それだけは勘弁して下さい」とすがりついてきた。


 元奴隷では職につくのが難しく生きていけないので、奴隷であるほうがマシなのだとか。

 うわぁ、どうしよう。いよいよめんどくさい。責任なんか取らずに楽して生きていたいのに、このままだといろんなものを背負わされそうだ。


「なら、2人の仕事を見つけて、衣食住が問題なく生活できるようになれば解放するからそのつもりで」

 とりあえずエルフの薬屋に帰ることにした。


 痩せた爺さんと女の奴隷を連れて帰ってきた俺に、カミーラは「何をしたんだ!?」と怒っていたが、事情を説明すると納得してくれた。


 ゲッコー族の女奴隷についてはカミーラに丸投げしようとしたが、鍼治療のための針を渡してきて、高純度の回復薬に針をつけてから刺していけば自然と治るはずだと返された。


 2人にスープとパンを出してくれただけ、ありがたいと思おう。

 急に爺さんのほうが食べている手を止め、俺の名前を聞いてきた。


「コムロ・ナオキだ。コムロが姓で、ナオキが名前だ」と答えるとカミーラが「姓があるのか!?」と驚いていた。


 そういえば、本名を言ってなかったかもしれない。

 爺さんの方はバルザックで、ゲッコー族の女の方がセーラという名前だと自己紹介してくれた。


「これから、よろしくお願いします」

「そう言われてもなぁ。奴隷なんて初めてだから、勝手がよくわからないんだ。ふんわりやっていくつもりだから、あんまり期待しないでくれ」


 そして、あんまり深刻な目で俺を見ないでくれ。誰にも気にせず、鼻をほじったり、屁をこけないじゃないか。どんな憧れの目で見られても、俺はそんなに立派な人間じゃないぞ。


 食べ終わった2人を俺の部屋に連れていって、さっさとセーラを鍼治療する。早速、高純度の回復薬を作り針を浸した。

 2人とも呆気にとられたように作業を見つめていたが、俺としてはカミーラのメモ通りにやっているだけだ。立っていられると気が散るので、ベッドに座らせた。


 2人の寝床をどうしようか、などと考えながら、浸した針をセーラの肩や腕に刺していく。

 刺したところから、みるみるうちに治っていった。気持ちいいくらいに、薬が浸透していくのがわかる。こういうところは異世界のいいところか。


「一生お側で仕えさせて頂きます!」


 全身治ったセーラは俺に土下座をして宣言していた。勘弁してくれ。


「いや、だから仕事と生活が…」

「できないなら、この場で殺してください」

 よほど辛い人生を歩んできたのだろう。奴隷だもんな。そりゃそうか。

 

「んー、わかったわかった。今はきっとそういう気分なんだろう。側で仕えてくれていいよ。ただ、あんまりそういう堅苦しいのは好きじゃないので二度とやらないように。もっとフランクに接してくれ」

「承知しました」

「バルザックもな」

「フランクに、ですな。OK!」


 バルザックの方は親指を立ててかなりフランクだ。

 人生経験が重ねているからか、柔軟に対応してくれる。ありがたい。肩の荷が少し軽くなった気がする。

 セーラの方はバルザックを睨んでいる。


「ご主人様、処罰を!」

「いやいや、このくらいでもいいから、セーラも真似するように」

「承知いた…お、OK!」

 セーラも親指を立てて答えた。


「で、だ。飯は食ったから、2人の着るものと寝床だな」

「我々はこのままでも構いません! 寝るところも外の軒下でも」

「それではご主人様がバカにされてしまいますぞ」

 セーラとバルザックがそれぞれの意見を言う。


「いや、まぁ、バカにされても俺は気にしないし、軒下で寝かせるつもりはない。ただ、この家で使ってない部屋はないので、違う場所に住んでもらうことになると思う」

「そ、そんな! それでは奴隷の意味が」

「そこら辺もふんわりやっていこう。必要になったら家を借りるつもりだ。その前にお前たちの働く場所が見つかるかもしれないしね。ということで先に服を買いに行こう!」


 2人にクリーナップの魔法をかけ、身体を清潔にしてから、外に出た。


 古着屋で店員に見繕ってもらい、上下で3着ずつ、下着を一週間分買い与えた。

 ちなみにブラジャーはこの世界にはないので、厚手の肌着だ。


 奴隷二人を放っておいたらバルザックが、周囲を見回して商品に手を伸ばしていた。もしかして盗むつもりじゃねぇだろうな。


「欲しいものがあれば、言ってくれ」

 俺が声をかけると、バルザックは珍しい者でも見るように俺の顔をじっと見つめた。

 もしかしたら、過去の主人から盗みを強要されていたのか。自分が罪を犯すよりも、自分の奴隷に犯罪をさせるなんて辛すぎる。いくら甲斐性がないからって、貧弱な俺の精神力を舐めないで欲しい。胃腸薬の世話にはなりたくない。


「ならば、この頭巾を……」

 俺の心の声が聞こえたのか、バルザックは何事もなかったかのように、毛糸の帽子を手に取った。


「バルザック!」


 セーラに怒られている。


「いいんだよ、セーラ。気に入ったのならそれを買おう、バルザック。セーラはいいのか? じゃ、そのリボンを貰おう」


 そう言って、頭巾と棚にあったリボンを追加で買った。

 バルザックは最近、頭の毛が抜けてきているらしく、頭巾をとても喜んでいた。


 セーラはリボンをどうしていいかわからず、オドオドしていたので、金色の短い髪を束ねて結んでやった。顔を真赤にしていたが、嬉しそうにしていたので良しとする。そんなことを気にかけてくれる人がいなかったのか。


 寝床についてはギルドの宿屋で寝てもらうことにした。


 バルザックはすんなり受け入れてくれたが、セーラはどうしても俺の側を離れたくないと目に涙を溜めて言う。


 ギルドの方もベスパホネットの鑑定や現場検証で忙しそうにしていたので、とりあえずバルザックだけ個室を取って、明日の朝、エルフの薬屋に来てもらうことにする。


 腹減った時などで使うかもしれないと20ノットをバルザックに渡そうとすると、さすがにバルザックが「ここまでしていただいたご主人様は過去におりません。あの奴隷は甘やかされていると思われ、ひいてはご主人様がバカにされてしまいます」と断ってきた。


「バカにされても俺は気にしない。それよりバルザックの腹の方が心配だ」と無理やり新しく買った服のポケットに銀貨1枚(10ノット)ねじ込んでやった。

 バルザックは外まで俺達を見送り、道路の角を曲がるまでずっと頭を下げていた。


 生活が安定してきて、この世界にも慣れたと思ったけど、そんなことはなかった。人間関係については、前の世界の常識がことごとくぶち壊されている。

 

 途中の古着屋で、セーラの寝床用にフォラビットの毛皮と、屋台で3人分の飯を買って帰った。

 晩御飯は肉野菜炒めとナンみたいなパンと、ワインを一本だ。

 セーラは食事に関しては何も言わず黙ってついてきた。でてきたものはなんでも食べるということだろうか。食べたいものはないのか聞いてみたが、黙って首を振るばかり。奴隷とのコミュニケーションは非常に困難を伴う。


 エルフの薬屋に着くと、ちょうどカミーラが店じまいをするところだった。


「虫除けの薬が大量に必要になったみたいなんだ」

 すでに老婆ではなくなっているカミーラは俺から晩飯を一人分受け取りながら言って、自室の調合室に籠りに行った。

 虫除けの薬ってベスパホネット用だろうな。


 俺達も自室に戻り、テーブルに2人分の食事を並べた。


「ご主人様、これはいったいどういうことですか? 主人と奴隷が一緒のテーブルでご飯を食べるなんて聞いたことありません」

「じゃあ、一緒に食卓を囲んだ初めての主人と奴隷だな。さあ、腹も減ったろ、食おう!」

 セーラはまだ、直立不動で動かない。


「セーラ、椅子に座って。これは命令だ」

「承知いたし……、OK!」

 セーラはゆっくりと椅子に座った。

「頂きます!」と言ったもののセーラは食べ始めない。


「一緒に食べたほうが美味しいんだ。頼むから食べてくれ」

 もうすでに懇願に近い。奴隷と生活するって、こんなに大変なのか。


「ですが、ご主人様!」

「そのご主人様ってのも止めてくれ! 違うお店を思い出しちゃうから。ナオキでいい」

「しかし! それでは……」


 呼び方はナオキ様ということで落ち着いた。

 晩飯は腹が減ったせいで動けなくなるような奴隷は要らない、と言ったらすごい勢いで食べ始めた。


 体調管理も大事な仕事の一つだと言い聞かせると、喉をつまらせながら泣きじゃくっていた。

 晩飯も食べ終わり、先ほど買ったフォラビットの毛皮を床に敷いた。


「ナオキ様、これは?」

「セーラの寝床だよ」

「お待ちください! 私はナオキ様の側を離れないと言いましたが、このような待遇を望んだわけではなくてですね。そもそも奴隷とご主人様が同じ部屋で寝るなど……」

「セーラ! ちょっともうめんどくさい! いいか! 俺はこの世界のことを何にも知らないし、奴隷とご主人様の関係も知らない。正直どうでもいい! でもな、今お前は俺の奴隷だろ! 黙って俺の言うことを聞け! わかったな!」

「……わかりました」

「よしっ! じゃ寝ろ!」

「……はい」


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― 新着の感想 ―
[一言] お…OK!ってその場でやれるお嬢さん可愛い!!!
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