69話
奴隷商の家はキレイに清掃されていた。
「意外だと思いました?」
ターバンが振り返って聞いてきた。
「いや、やることがないから、奴隷に掃除でもさせてるんだろ?」
「その通り。自分の居場所をキレイにすることで、自然と自分もキレイになろうと思うんです。身だしなみや、品はなかなか身につきませんからね。ちょっとでも高く売るためのコツです」
「へぇ~、それ、お前が考えたの?」
「……いえ、うちの旦那の受け売りです」
「そうだと思ったよ」
ターバンは奥の扉を開けて、俺を部屋の中に入れた。
部屋は大きく、床には絨毯が敷かれ、奴隷たちはそこで雑魚寝するようだ。今は座っておしゃべりでもしていたらしい。
奴隷が10人いることは部屋に入る前に、探知スキルで確認した。
「社長が、奴隷たちを傷つけたり、逃したりすることはないと思いますが、そうなった場合、弁償はしてもらいますからね」
「ああ、わかった」
「あ、それから、回復薬とかを勝手に使っても、金は払いませんよ」
「わかってるよ!」
「それじゃ」
なぜかニヤニヤしながらターバンは扉を閉めた。
「こんちは。覚えてるかな? 草原であった人もいると思うけど」
何人かは覚えてくれているようで、頷いていた。
「実は聞きたいことがあってきたんだ。土の勇者について知ってる人はいないか?」
女奴隷たちは、お互いを見合わせて、困ったような顔をした。唐突すぎたか。
「ああ、すまん。ちょっと今は酒臭いかもしれないけど、酔っ払って意味のわからないことを聞いてるんじゃなくて、真面目な仕事の話なんだ」
女奴隷たちは振り返り、寝転がっている1人の女奴隷を見た。彼女がなにか知っているらしい。
よく見れば馬車の中で頭痛がすると言っていた女奴隷だった。気が付いたのか目を覚まし、こちらを向いた。
「やあ、まだ頭痛は治らない?」
「え? ああ、あんた、どうしたんだ?」
頭を押さえながら、起き上がる女奴隷の背中を支えてやった。
「そうだ、いいものがある。ちょっとこれを舐めてみてくれないか?」
そう言って、俺は魔力が回復するシロップを取り出して、女奴隷の手の甲に一滴垂らした。
「大丈夫だ。少し苦いけど毒じゃない」
俺は毒ではないことを教えるために、自分でシロップを飲んだ。苦味が口いっぱいに広がって、渋い顔になる。
「味は酷いかもしれないけど、よく効くよ」
恐る恐る女奴隷はシロップを舐めた。渋い顔を一瞬して、しばらくすると目を見開いて俺の顔を見た。
「治った」
「なら良かった。原因はこれか?」
俺は女奴隷の首輪を見た。
特に魔力を吸収するような仕様にはなっていなかった。
服も普通の服だ。アクセサリーの類もしていない。
「魔力切れを起こしていたみたいだ。何か心当たりはあるか?」
女奴隷は首を振る。
「わからない。でも、私が住んでいたところでは時々、私みたいになる人がいた」
そういう体質なのか? その土地特有の病なのかもしれない。風土病は公害なんかもあるから原因を突き止めるのは大変だ。
「どこに住んでたんだ?」
「土の勇者の農園」
敵の本陣かよ。
「そこから逃げ出したのか?」
女奴隷は首を振って否定した。
「逃げ出したんじゃない。自分で、奴隷商に買ってもらったんだ。病気になったら働けないからね。それに……」
下を向いて、どんどん声が小さくなっていく。言いにくいことか。
「それに?」
「私の病気が進むと、グールになるって……」
「なんだそりゃ? そういう噂があったって話か?」
女奴隷はコクンと頷いた。
「まぁ、噂はいいや。どんなところなんだ? 勇者の農園って、場所はわかる?」
俺は、地図を取り出して広げた。
「砂漠の山の向こうに湖があって、更にその向こうに川があって、川を越えたら、大きな農園がある。たぶん、ここらへんだと思うけど……」
女奴隷は地図に指差して、教えてくれた。
セスの実家のある湖から、結構離れているらしい。
「子どもたちが多くて、勇者様の家の近くには新しい村もあるんだ。勇者様は土の精霊の加護があるから、キレイな道もすぐに作ってしまうんだ」
キレイな道があるのだから、流通も整っているのだろう。行くのに、苦労はしなさそうだ。
「子どもたちってのは?」
「農園で働いている奴隷の子たち。仕事が終われば、勇者の奥さんが勉強も教えてくれるんだ。私もその1人で、その中でも年が上だった」
奴隷の子どもに勉強を教えるのか。
「勇者は優しいんだな」
「うん、とても優しい。私も病気がなければ…」
いよいよ、勇者駆除が難しくなった。
その後、いろいろと聞いてみたが、勇者は子どもたちに暴力を振るうようなことはなく、新しい村の発展にも協力的で、教会からも旅の冒険者からも信頼されているようだ。
農園もうまくいっているらしい。
転生者とか転移者じゃないか、と疑ってしまう。
「勇者がどこの生まれか、知ってるかい?」
「いや、知らない。けど、王国の中だと思う。あ、この国の隣の国ね」
「そうか。ありがとう。これ、頭痛くなったら、使ってくれ」
聞きたいことは聞けたので、魔力回復のシロップを渡して帰ることにする。
「いいの!?」
「うん、話をしてくれたお礼だ」
「ありがと。お兄さんは勇者様の農園に行くの?」
立ち上がった俺に、女奴隷が聞いてきた。
「そうだな。一応、一回は行ってみないとな」
「だったら、これ、子どもたちに届けてくれない?」
女奴隷は渡したばかりのシロップを俺に差し出した。
自分が治るよりも勇者の農園にいる子どもたちを優先するか。いい娘に育ちすぎてないか。
「ああ、いいけど。また作ればいいから、それは持っておいていいぞ。手紙か何かあれば、届けようか?」
「え? いいの? でも……」
ああ、そうだった。奴隷だから、何も持ってないのか。
アイテム袋から羊皮紙とペンを取り出して、女奴隷に渡す。
「字は書けるのか?」
「うん、習ったから」
優秀だな。セスやメルモは字を書けるだろうか。
羊皮紙には自分の名前も、届け先の名前もしっかりと書けている。
「シンシアというのか?」
「そう。シンシアです。買っていただけますか?」
シンシアは微笑んで首を傾げながら、俺に聞いた。カワイ子ぶっている。
「金があればな」
俺は手紙を受け取って、そのままアイテム袋に入れた。
「帰ってくる?」
シンシアが俺に聞いた。
「ああ、船がフロウラの町にあるんだ。帰ってくるよ。帰ってきたら、またここに寄る。どんな様子だったか、教えてやる。返事があれば返事も貰ってくる」
「ありがとうございます!」
シンシアは頭を下げてお礼を言った。
さっきまで、「あんた」とか言って、頭を押さえていたのに、すごい変わりようだ。
扉を開けて、ターバンを呼び、帰ることにした。
ちょうど奴隷商の旦那が帰ってくる頃だったらしく、「タイミングが良かったですね」とターバンは俺に言っていた。
宿に帰って飯を食べようと、食堂に行くとアイルとベルサが『旅のしおり』を作っていた。
セスとメルモは不満そうに、2人の前で豪華な料理を食べている。
「どうしたんだ?」
「ランクが上がったのでお祝いをしてくれてたんですが、飽きちゃったらしいんです」
メルモが悲しげに言う。
「へぇ、何ランクになったんだ?」
「Dランクですよ! 冒険者ギルドで会ったじゃないですか!」
セスが怒りだした。
「ああ、そうだったか。あ、そういや、お前、娼館には行ったのか?」
「行きませんよ!」
「なんでだよ!? バカか? 俺にも酒頂戴」
俺がアイルに酒を要求すると、今気づいたというように、顔を上げた。
「お、帰ってきたのか。いや、宿がさぁ……」
アイルは俺に酒を渡して、すぐにベルサと一緒に旅について、話し合う。
「ずっとこの調子なんですよぉ!」
メルモは不満爆発といった感じだ。
「ちょっと待て! セスよ、俺、金渡したのに、娼館行かずに何やってたんだよ?」
「いや、だから、ランク上げの試験を」
「バカ野郎! 試験より娼館行けよ! 何考えてんだ、お前は!?」
「え~! なんで怒られてるんですか?」
「試験なんて、なんの役にも立たないだろ! そんなことより女の尻を追いかけろ!」
俺はアイルに渡された酒をがぶ飲みしながら言った。
「Dランクの冒険者になれたんですよ!」
「そうですよ! 僕らはいっぱしの冒険者になりましたよ!」
2人は俺に抗議した。
「よし! お前ら、今日はとことん説教してやる。いいか、この会社で、冒険者のランクなんてなぁ、クソの役にも立たねぇんだよ! そんなことより、自分の思ったこと、やりたいことができるかどうかだ!」
冒険者の価値観のままだと、駆除業者として成長できない。
俺の説教は、酒が回るほどに熱を帯び、酔いつぶれるまで続いたようだ。
定かでないのは途中から記憶にないからだ。
翌日、なぜか俺は浜辺で寝ていた。久しぶりに飲み過ぎたらしい。着ていたツナギも肩にかかっている。パンツはずぶ濡れだ。
野良猫に耳を舐められながら起きると、すっかり日は上っていた。ひとまず海で身体を洗って、パンツに入っていた小魚を猫にあげた。
一応、日も出ているので、酒臭いツナギを着て宿へと戻った。
ほとんど記憶にないことを新人2人に伝えると、本気でムッとされた。
あとで、甘いものでも奢ってやろう。
日頃、酒など飲まないから、飲んだ時は盛大に迷惑をかけてしまう。
飲み過ぎないように注意する、とアイルとベルサに言うと、アイルが部屋の窓を開けた。
「まず、謝ってから、『もうお酒は飲みません!』と町中に向かって宣言するように」
俺は酔っ払って何をしたのだろう。
「すみませんでした! もうお酒は飲みません!」
フロウラの町に俺の声が響いた。
北に向けて旅に出る朝の出来事である。