67話
4日目の夕方に、迎えの馬車が到着し、残っていた冒険者たちを乗せていく。
うちの会社の連中は馬車に乗らず、ダラダラと後ろからついていく事にした。
走って帰ろうかと思ったが、自分たちだけ早く帰ると、町の人から「何かあったのか?」「どうして、お前たちだけ早く帰ってきたんだ?」など問い質されたら答えようがない。冒険者たちと一緒に帰った方がいい。
新人たちはアイルから言われて馬車には乗せてもらえず、教官役のアイルも乗らなかった。
ベルサも冒険者たちで混んでいる馬車に乗るよりは、歩いて行ったほうが気が楽だと思ったらしい。そうなると俺だけ乗るわけにもいかない。
馬車のスピードは、我が社の基準では激遅なので、アイルは新人たちを連れて、何度も森のなかに入って魔物を狩っていた。
ベルサは相変わらず、小さな魔物の観察。俺は木の実や薬草などの採取をしている。
森のなかに入ってしまえば気兼ねなくアイテム袋を使うことができるので、荷物の重量が増えるということもない。
日が暮れれば、馬車の方に皆戻ってくるということもなく、完全に自由行動だった。
「夜行性の虫の魔物がいるんだ! 面白い~」
よだれを垂らさんばかりの勢いのベルサは、魔石灯のランプを持って森に行く。
「暗闇に紛れる練習にちょうどいい」
アイルは、新人たちを夜の森に置き去りにして訓練をしていた。
冒険者一行を乗せた馬車は停車。森の空き地でキャンプをしている。度々、森から新人たちの悲鳴が聞こえてきた。なんにでも新鮮に驚く気持ちは大事だ。
俺だけはキャンプの近くにいたが、ほとんど回復薬作りや魔力を回復させる不味いシロップを作ったりして、のん気に仕事を続けた。
うちの新人たちの真似をして夜の森に入った冒険者の一部が、死にかけて戻ってきたので、作ったばかりの回復薬を売りつける。
ベルサたちにまた何か言われそうなので、売値はかなり釣り上げてみたがすぐに売れた。何屋なのか問われたら、駆除業者と答える自信がなくなってきた。
金がない冒険者たちは今回の報酬で払うと言い、女冒険者の中には「一晩どうだ?」と言う者までいる。冒険者は、身体が資本だ。熟練の冒険者で大人同士だとそういう交渉もあるのか。
そういえば色々あって忘れていたが、娼館では何もせず終いで元教会でも神たちに邪魔をされていたので「一晩どうって、どうしてやろうか?」などとウンウン唸っていたら「いや、やっぱりちゃんと払います!」と金貨を置いて逃げ出してしまった。
変態の名が広まっていたのが良くなかったのか。
いいんだ! フロウラに帰ったら絶対大人の社交場に行くんだ!
朝になると、アイルが新人2人を引きずって戻ってきた。
「どうした?」
「ちょっとやり過ぎた」
馬車は出発している。
新人2人には回復薬を浴びせかけ、俺とアイルが背負って運ぶ。俺はメルモを背負うことを主張したが、認められなかった。
「あー、面白かった!」
ベルサは、森から全身泥だらけで出てきたと思ったら、ずーっと、虫の魔物について語り始めた。
小さな蟻の魔物がいたらしく、その魔物が引っ越ししていて、その様子を見ていたらしい。蟻の魔物と言えば、シマントというのがいたがそれとは別種だという。
蟻の魔物と一緒に、引っ越しについていく魔物もいるらしい。
「やっぱり小さい魔物のほうがしたたかで、面白いんだよぅ!」
ベルサは感動していたが、もう少しその感動を教えて欲しい。
そのうちベルサが歩きながら眠り始めたので、その場で休憩。
離れていく馬車を見送る。俺たちは、こんなに協調性がなくて大丈夫だろうか。
「町に着くまでに追いつけばいいだろう」
「そうだな」
アイルの言葉に「初めからそうすればよかった」と思った。人間誰しも生きていくペースが違う。
昼ごろに起きだしたうちの社員で、1人だけおかしい奴がいた。
「社長! 服が縮みました!」
セスが叫びながら、あたふたとそこら辺を駆け回っている。服が縮んだわけではなく、セスの筋肉量が急激に増したため、ピッチピチになってしまっていた。
「たった、一晩でムッキムキになってしまうなんて、どういうことだ?」
「正しい肉体トレーニングと、豊富な食事。それから獣人特有の性質が合わさった結果だ。見た目から急激な変化のように見えるが、このぐらいの筋肉量はあっておかしくなかった。今のセスは正しい姿になったとも言える」
よくよくセスに聞いてみると、親戚の漁師たちは皆、今の姿のようにムッキムキなのだそうだ。しかも、いくら回復薬を飲んでも膝が痛いという。
「成長痛だ」
アイルは覚えがあるらしい。
「成長痛って!」
確か19歳だろ!? 背は伸びるのか?
「セスはまだ10代だからな、伸びしろはある」
クーべニアにいた頃とは比べ物にならないくらい筋肉がついているアイルに言われると説得力がある。
「メルモ! メルモは大丈夫だろうな!?」
メルモの肉体の変化は世界の損失なので、聞いてみた。
「そんな変わらないですね。ちょっと痩せたぐらいです」
あまり変わっていないようだ。
「メルモはちょっと不思議だ。着ているものによって、気性に差が出る。アーマーを着た時は、魔物に突っ込んでいってしまい危なかしいが、ツナギの時は冷静だ。自分に合う服を探させようと思ってる」
衣装によって性格が変わるなんて、役者みたいだ。
「ただ、血を見ると、いつも奇声を上げて戦う。羊族はあまり好戦的じゃないと思っていたが、メルモは違うらしい」
「血を見ると、どうしても興奮しちゃうんですよねぇ」
親戚に吸血鬼でも混じっているのではないだろうか。
だいぶ馬車と離されてしまったので、走って追いつく。
新人たちも、そんなに辛そうではなかった。
これもアイルの訓練のおかげだ。
フロウラの町に着いたのは翌朝だった。
町人たちはローカストホッパーを駆除した者たちを歓迎してくれた。
馬車の荷台で眠っていた冒険者たちも外に出て、手を振ったりしている。ちゃんと仕事をして、褒め称えられるって、すごく健全だ。
俺たちは、馬車の後ろにいて、町人たちの相手は新人たちに任せた。セスはムッキムキだし、メルモはナイスバディなので、すぐに人集りができる。
「宿に帰ってるぞー」
アイルが新人たちに言って、俺たちは馬車の後についていく。
馬役所で待っていたリドルに報告。リドルは今回の件を、報告書にまとめて、王都に持っていくと言っていた。
その際は、俺たちを王都に呼ぶと言っていたが、断っておいた。
報酬は後日、執事に宿へ持ってきてもらうことに。あんまり長く役所にいすぎると、なにか手伝わされそうな気配を感じたので、とっとと宿に帰ることにした。
「今後は、報酬と船の修繕を待ちつつ、勇者の情報を集めることにしよう」
「そうだな」
アイルとベルサと話しながら、宿に帰った。
セスとメルモはまだ、帰ってきてない。町人に飯でも食べさせてもらっているのだろう。
部屋は男女で分かれているので俺は1人、部屋を開けると何故かベッドに、娼館で出会ったミリア嬢とアマンダ嬢が座ってこちらを見ていた。
「……え?」
とりあえず、開けたドアを閉め、廊下や周囲を確認。これは会社を潰そうとしている誰かの美人局的な策略なのか、それとも娼婦たちがお金を稼いできた男をターゲットにした営業なのか。頭の中をいくつかの予想が駆け巡る。
「どした?」
隣の部屋を開けようとしているアイルが様子のおかしい俺に聞いてきた。
「いや……なんでもない!」
「それならいいけど、飯食べるなら、一緒にいく?」
「いやぁ……、俺、まだ腹減ってないから、後で1人で行くわ」
「あ、そう……。なんか、おか」
「おかしくないよ! うん、おかしくない! ゆっくり休もうな!」
俺は急いでドアを開け、すぐに閉めた。
施錠の魔法陣をしっかりとドアに描き、ついでに消音の魔法陣も描く。
ベッドに座っている2人の方を振り返り、最大級の笑顔を炸裂させる。
「お嬢様方、いかが致しましたか?」




