64話
雨の音に起こされて、テントの外に出ると、アイルがバーベキューをしていた。
昨夜から降り続けている雨は、ゆっくりと北上し、砂漠にも降っているようだ。
我々、コムロカンパニーのキャンプ地周辺は、結界魔法の魔法陣によって、雨の影響を受けない。以前、アリスフェイで、アイルと旅をしていた時、野宿の度に使っていた魔法陣だ。
外は、強い雨が降っているというのに、ここだけ休日のようなのんびりとした空気が流れている。
「おはよ、何焼いてるんだ?」
「砂漠にいたトカゲ?」
疑問で返されても……。アイルは自分が焼いているものの正体がわからないらしい。
「たぶん、デザートサラマンダーだよ」
ローカストホッパーを観察しているベルサが答える。
デザートサラマンダーってなんだ? と思っていると、ベルサが地面に描いて教えてくれた。アイルも「そう、これこれ」と言っていた。
砂漠に住むサンショウウオのようなものらしい。
「で、うまいの?」
「ん? いや、今焼いて、ナオキに食べさせようと思って」
「俺は毒味か」
「大丈夫。結構、美味しそうだから」
「『そう』ってなんだよ。『そう』って」
とはいえ、食べたら美味かった。肉も分厚いのに柔らかいし、食べ応えもあり、ほとんど臭みもない。
「これ、美味しいよ」
「そうか。新人たちがアホみたいに獲ってきたから、後で冒険者たちが来たら食べさせよう」
「アイルさん! また、砂漠のトカゲ獲ってきました」
ずぶ濡れのセスとメルモが、牛くらいのサイズのデザートサラマンダーを運んでキャンプ地に入ってきた。
「おう、そのまま解体してみろ」
アイルが新人たちに指示を出した。
「こんなデカいの?」
「な。余ってしょうがないだろ」
アイルは肉を焼かないと余って仕方がないらしい。
「ん、んまっ!」
ベルサは横から手を出して、つまみ食いしている。新人たちにクリーナップをかけて、解体風景を見守った。
アイルが教えたのか、2人とも矢鱈と手際がいい。
「うちの会社は、のどかだなぁ」
「まぁ、やる時にやることやってればいいんじゃないの? うん、うまいっ!」
焼いた本人が美味しければ、文句はない。
「どうせ、雨止まないよなぁ……」
ということで、俺は風呂を作ることにした。
「何してんの?」
「風呂作ってんの」
「え? 本当に吸魔草の実験すんの?」
「しないよ。冒険者たちが、雨に濡れてやってくるだろ? 癒やしが必要だと思ってね」
「ああ、そうか。そういうサービスか。あ、今回の仕事いくらにしたんだ?」
「あ、やべっ! 言ってなかったな」
「「っざけんなよー!」」
アイルとベルサから、マジなツッコミが入った。社長が一番やってはいけないミスだったか。
「金貨……100枚くらいにするかぁ」
「駄目だ! 金貨300枚は貰わないと! 大体船の修繕費だってあるんだからさ」
「そうだそうだ! 金貨1000枚の損害を止めるんだから、半額と言わないまでも、もっと貰ったほうがいい」
女性陣2人の方がお金に関してしっかりしているので、リドルさんとの交渉を任せることにした。「普通は社長がやるもんだけどね」と2人に怒られた。
風呂は適当に穴を掘って固めて、雨水を入れて、温められるように魔法陣を設置して出来上がった。
男女で分かれて入れるように、布を張って仕切りを作った。
正直、こんなことをしていて大丈夫か、とも思ったが、吸魔草を煮て作った吸魔汁は大樽に3つも出来上がっていたし、燻煙式の罠も30個ほど作ったし、やることと言えば、空を見て雲の切れ間を確認することぐらいだ。
新人の2人に風呂の加減を確かめさせると、「気持ちいいです」「力が抜けていきます」とのこと。リラックスできるなら十分だろう。
冒険者たちが着いたのは、夜中だった。
外は土砂降りで、皆、疲労困憊といった様子だ。社員総出で、テントを張るのを手伝った。
テントは使われていなかったのかかび臭かったので、クリーナップをかけておく。
馬車の中で項垂れている冒険者たちは、そのまま風呂に突っ込んでおいた。腹が減っている冒険者たちには、デザートサラマンダーの肉と、メルモが作った野菜スープを出した。
大型のテントにギュウギュウに詰められた冒険者たちは美味そうに肉を食べていた。
馬車は続々と到着する。
僧侶たちとリドルさん、ブラックス家の人たちも到着した。
テントが足りなさそうなので、うちの会社のキャンプ地も使わせた。
雨風が入ってこないキャンプ地に、「どうなっているのか?」と疑問を持ちながら入ってきたリドルさんは、俺の顔を見て頷いていた。
リドルさんは、ベルサから仮説を聞き、俺と駆除に関する打ち合わせをした。
「なるほど、納得した! それ以外考えられん!」
仮説に納得してくれたようだ。
探知スキルを持っている冒険者と砂漠の魔物を倒す精鋭、僧侶、ポンプ隊を4人一隊にし、計10隊を雨上がりの砂漠に展開させる。ポンプ隊は、ブラックス家の面々や、役所の職員、うちの社員などが務めることにした。
砂漠にWの形で包囲網を張り、ローカストホッパーの群れを追い込み、最終的に俺とアイルが吸魔剤でとどめを刺すことになった。もちろん、動きが遅くなったローカストホッパーはなるべく踏み潰すことにする。
それでも包囲網を抜けてくる群れに関しては、草原近くで待機している冒険者たちが魔法を放つなり、潰すなりして、対応することになった。
また、燻煙式の吸魔剤は、砂漠の各所に設置することを提案。吸魔剤が外に漏れないように、魔力で結界魔法陣を砂漠に描くことにする。
吸魔剤も魔力の魔法陣も、だいたい効果は2、3時間で切れるので、設置したら放置しておけばいいだろう。
地図を見ながら、各所に設置するというと、リドルさんは「は?」と言う顔をしていたが、「ナオキ殿が言うのだから、できるのでしょうな」と頷いていた。
リドルさんが、冒険者たちが休憩しているテントに行き、吸魔剤を俺とアイルしか使えないと伝えると、「俺たちも使う」と言う冒険者もいる。人それぞれレベル差などではなく、自分の実力を計っているのだろう。冒険者らしい。
ベルサが、その冒険者に吸魔剤を一滴垂らすと、魔力切れを起こし倒れた。
「えー少なくとも、この薬で魔力切れを起こさず、3時間以上動けることが最低条件です」
ベルサが冒険者たちに聞こえるように大きな声で宣言。何人か試していたが、全員、倒れていた。
次の日もずっと雨だった。
朝方、うちの新人たちが再び砂漠でデザートサラマンダーを狩ってきて、見てきた現在の砂漠の様子を地図に描き、更新していく。
すでに、何本か川が出来上がっているらしい。
新人たちについていった冒険者たちは、息を切らせて死にそうになっている者が多い。バーベキューするのに邪魔だったのでアイルが風呂に放り込んでいた。
地図は冒険者テントの全員が見える位置に張りだした。
雨雲の切れ間が見えたのは、翌日の昼頃だった。
俺が森に走っていき、晴れていることを確認。
数時間後に晴れることをリドルに告げ、一斉にローカストホッパー駆除の準備が始まった。
全員身体に深緑色の駆除剤をかけ、マスクをしてテントに集まる。すべて打ち合わせ通りだ。
冒険者の精鋭も、ラングレーがうちの新人たちについてこれた者で固めたようだ。
僧侶たちには回復薬を渡して、ポンプを扱う人たちには、昨日、使い方のレクチャーをしてある。
うちの社員は全員青いツナギ姿で、胸ポケットには通信袋。繋がることも確認済み。
いよいよ大型駆除作戦が始まる。否が応でも、緊張するし鼓動の音が大きく聞こえた。
台に上ったリドルが声を張り上げる。
「ローカストホッパーは歴史上何度も、我々を襲い、被害をもたらしてきた! 此度の作戦は、砂漠周辺の国々に希望をもたらすものだ! 全員、地図は頭に入れてあると思う。もはやワシが言うことなどない! 各自健闘を祈る! ナオキ殿!」
急に振られて、俺は台に上らされた。
「えーーーーー……、皆様、おつかれさまでございます! 注意事項としましては、鉄砲水に気をつけることと、赤い煙が見えたら、吸魔剤ですので逃げてください。あとは無理しないように、限界だなと思ったらキャンプ地であるここに戻ってきてください。また、なにかしら緊急を要することがあれば、うちの社員、青いツナギを着ている連中に声をかけてください。それでは、皆様、よろしくお願いします!」
「これより、『砂漠の悪魔』駆除作戦を開始する! 各自持ち場に就き、合図を待て!」
リドルの宣言を以って、駆除作戦が開始された。
外に出ると雨が小雨になり、日の光が雲の隙間から見え始めている。
草原に降っていた雨が止むとブラックス家の執事と思われる人が、ドンッ!と太鼓を叩いた。
叫び声が上がり、4人一隊になった10隊が一斉に砂漠に向け走りだした。
アイルを筆頭に社員たちも持ち場に就き、ローカストホッパーを待つ。
俺は小雨が降る砂漠を走り、燻煙式の吸魔剤を仕掛けていく。砂漠各所に赤い煙が8つ上った。
仕掛け終わって、自分の持ち場に就く。
10分後、未だローカストホッパーの群れは確認できない。
「これで、全然大発生なんかしなかったら、どうするんだろうな」
俺の言葉を打ち砕くように、探知スキルに一匹、更に一匹と、ローカストホッパーが見え始めた。
「来たぞー!!!!!」
前衛に行った冒険者の精鋭が大声で知らせた。
すぐに、ローカストホッパーの群れが北の空を埋め尽くす。
「さ、駆除開始だ」