63話
ベルサはマスクと手袋をして、鍋の温めた液体を瓶の中に入れた。
「だから、この鍋の石は何なんだよ!」
瓶のお湯を俺の手の甲に垂らしてきた。
「あっつい!」
熱いだけで、特に変わった様子はない。
「なに!?」
「やっぱりな。ナオキには効かない」
「おい、人に毒をかけるなよ」
「毒には違いないけど、まぁ、効かないんだからいいじゃないか? あとで、どのくらいの分量で効き始めるのか、実験してもいいけど。砂漠に風呂を作って入るか?」
「なんの話だよ!」
「まぁ、こっちに来たまえ」
ベルサから魔法陣に閉じ込めたローカストホッパーを、一匹捕まえた。
瓶の液体を捕まえた個体にかけると、何かが砕けた音がしてエクトプラズムのように赤い煙が口から出てきた。そのままピクリとも動かず絶命。こんな液体を、何も知らない俺にかけたのか。
「おいおい! ヤバイ薬なんじゃないの!?」
うちの社員は、なんていうものを開発してるんだ!
そして、なぜ俺に効かない!?
俺はついに人として、何か違う道へ入ってしまっただろうか?
そんな心当たりは……、一個あるなぁ。だからって、パンティ被ったくらいで……。
「ほらこれ」
眉間にしわを寄せ深刻な顔をしている俺に、ベルサがお湯の中に入っていたのと同じ石を見せてきた。
「触ってみろ」
ベルサは手袋をしているのに、俺は素手だ。
まぁ、いいか。いくら俺がものを知らないからと言って殺しはしないだろ。
石を触ってみる。
ぷにゅっ
なぁにぃ、これ~!
固いグミみたいな触感がする。とても、揉み心地が良さそうだ。
「なぁに。なんなのこれ?」
「多肉植物だよ。私は吸魔草と名付けた。今朝、アイルたちが朝練の最中に砂漠の鉄砲水の跡地で見つけたんだ。今、もっと採りに行ってもらってる」
「吸魔ってことは……」
「そう、この多肉植物は魔力を吸い取る。どんな小さな魔物でも、身体の中に小さな魔石を持っている。だからこそ、小さな魔物にとって吸魔草は脅威と言える。身体の中の魔石から魔力を吸い取られて破壊されると魔物は死ぬからね」
「つまり、この死んだローカストホッパーは吸魔草の汁をかけたから、身体の中の魔石から魔力を吸い取られ過ぎて魔石が砕け、さっきの赤い煙を吐いたってこと?」
「そうだ。あの煙は魔石が魔素に変換されて、空気中に霧散していったんだ」
「うん、よくわかった。それをなぜ俺にかける!!!」
怒り爆発の表情で俺はベルサを睨む。仁王像を完璧に再現できたはずだ。
「ローカストホッパーにとっては致死量だけど、ナオキにとってはなんてことなかっただろ?」
「なかったけどもだ……」
「レベルが高くて魔力量が多いと、ほとんど効かないみたいなんだ。さっきもアイルは大丈夫だったけど、セスやメルモは『頭痛がする』って魔力切れを起こしかけていたし。たぶん私も、あんまりかけられると魔力切れを起こしかねない」
「じゃ、これは……」
「そう! ナオキとアイル専用の対ローカストホッパー駆除剤ってことだ」
「ん? 待てよ、ベルサ! さっき、風呂に入れて実験しようっていうのは、この吸魔草の汁の風呂に俺を入れようって話だったのか!?」
「そう!」
満面の笑みでベルサが返事をした。
「『そう!』じゃないっ! 俺を魔力切れにさせて何が楽しい!?」
「ナオキにどのくらいの魔力が貯蔵されているのか、調べられるだろ……」
こめかみを拳で挟んでやった。
「いたいたいたいたい、こめかみをグリグリしないで……。あ、アイルたちが帰ってきた」
アイルたちが吸魔草を採取して戻ってきたので、一旦、昼飯にする。
職長のサンドイッチは皆に好評で、「ゲロウマ!」との評価だった。
食べながら、俺が町でやってきたことと、これからのことを話す。
「じゃ、冒険者と僧侶たちが来るのか?」
食べながらでもアイルは質問してくる。仕事の話はいつでも、どんなことでも話せるようにした方が楽だ。
「そう」
「仲悪そうだったけど、大丈夫か?」
「というか、ブラックス家の当主って、この国で国王の次に偉い人なんじゃ……」
「え!? そうなの?」
「俺は、隣の国だからよくは知りませんけど、ブラックス家は知ってますよ」
ルージニアは連合国なので、国が複数あり、国王はそれぞれ知事のような役割をしているらしい。その中で、ブラックス家は副知事のような存在だと、俺はこの時ようやく理解した。
「リドルさんって偉い人だったんだなぁ」
「社長、失礼なことしてませんよね!?」
「え~知らなかったんだから、しょうがないよ」
飯用意させたり、いろいろ手配させたりしてたけど。
「実家と縁を切らないといけないかも……」
落ち込むメルモにベルサが肩を叩く。
「問題ない。いざとなったら、ナオキが力ずくで納得させるから」
なんで俺が、そんな乱暴者にならないといけないんだ。
「大丈夫だ。町を幾つか破壊すれば、向こうも納得するさ」
「違いない」
ベルサとアイルが頷きあっているが、意味がわからない。
「町を破壊なんかしないよ!」
「「え!? しないの?」」
驚きの表情を浮かべるアイルとベルサ。何を期待してるんだ、まったく。ふざけてる2人を置いて、話を続ける。
「それから、たぶん、リドルさんは優しいから、大丈夫だ。それよりも大発生の原因はわかったのか?」
「ハッハッハッハー……、仮説は立てたよ」
ベルサが指を一本立てて言った。
今一瞬、笑って誤魔化そうとしたろ?
「仮説って?」
ベルサは再び、ローカストホッパーを捕らえている魔法陣に俺たちを呼び、実験を始める。
魔法陣の中に、よく西部劇の映画で見た、風に吹かれてコロコロと転がっていく、丸い枯れた植物が置いてあった。
「これは、エアープラントと言って、砂漠によくある根を持たない植物だ。雨が降るとローカストホッパーたちはこういうところに避難する」
そう言って、ベルサはじょうろで人工的に雨を降らせる。
ローカストホッパーたちはエアープラントと呼ばれる植物の間に入っていった。
「そうすると、このエアープラントのなかがローカストホッパーたちで混み合うわけだ。混むとどういう気持ちになる? 例えば、好きな料理屋に行ったけど、混んでて隣の客とぶつかったりしながら料理を食べると、どうなる?」
「苛々する?」
「そう。ローカストホッパーたちもストレスを感じる。ストレスを感じたまま交尾をすると……。ちょっと、この個体を見てくれるか?」
ベルサが指差したローカストホッパーの腹が、他よりも異様に大きくなっていた。
「これは……?」
「卵が大きくなる。しかも親が混乱状態に近いため、その影響もあるんじゃないかと思う。まだ、孵化もしてないから定かじゃないけどね。雨が続けば続くほど、こういう個体が増えるんじゃないかと思う。砂漠だから、そんなに雨は降らない。だから数年に一度の割合で大発生するんじゃないか?」
俺にはベルサのいうことが、筋が通ってるように思えた。
ただ、何かが引っかかる。
「あれ? さっき見せてくれた吸魔草って、鉄砲水でできた川の跡地に生えるんだよな」
「そうだ」
「ちょっと見てくれ」
俺は、リドルさんに頼んでいた砂漠の地図の写しを広げた。
砂漠に時々できる川の位置も描き込んであり、それは草原地帯の近くを横断するように記されていた。
「時々できる川に、吸魔草が生えるとして、ここにローカストホッパーは近づかないんじゃないか?むしろ近づけないんじゃ?」
つまり吸魔草の群生地がローカストホッパーを止める役割を果たしていたのではないか、と思ったわけだ。だとしたら、採取したらまずいんじゃ……。
「それも考えたんだけど、雨の量が多いと、吸魔草も根こそぎ持っていかれるんじゃないか、と思う」
「私たちが見つけたのは、涸れた川の底に生えている吸魔草だ。初めは石にしか見えなかったけどな」
アイルが見つけたのか。普段はバトルジャンキーのようなことしか考えていないのかと思うが、やるべき仕事はちゃんとやるようだ。いや、それが普通の駆除業者なんだけれど。
「つまり、普段は近づけない川の跡地だけど、鉄砲水によって吸魔草が流されれば、渡ることが出来てしまう。そういういろんな偶然が重なって、ローカストホッパーは大発生し、被害をもたらすんじゃないかと思うんだ」
「なるほど。俺にはその仮説が正しいように思える」
「まだ、確定してないことだらけだから、なんとも言えないけどね」
「いや、さすがだな。ベルサは」
「もっと褒めても差し支えないぞ」
ベルサが照れながら言う。
「よーし!」
俺はベルサを、空へとぶん投げて、「うちの魔物学者は世界一!」と胴上げをした。3階ぐらいまでは飛ばしただろうか。
「あー、死ぬかと思った」
ベルサは地面を踏みしめながら言った。
俺は、見ていた社員たちからボコボコにされた。ちょっと褒めただけだ。
「セスもメルモも強くなったじゃないか」
セスとメルモの武器の扱い方も様になっていた。
思わず、新人たちの成長を垣間見ることが出来た。
「胴上げは二度とやめてくださいね!」
「心臓に悪いですよ」
昼食後の昼寝をして、吸魔草を煮て殺虫剤を作り。
俺は昨晩寝ていなかったせいで、社員たちよりだいぶ寝過ごした。
なんで起こさなかったか聞いたら「寝ぼけて胴上げされたら、敵いませんからね」と、セスが警戒していた。
「大丈夫だ。俺は仕事でそんなに褒めないから」
日が落ちるころには空が雨雲に覆われ始めた。
まだ、冒険者たちも僧侶たちも来る気配はない。
やはり、1日半はかかるようだ。
「勝負は、雨上がりだな」
俺がつぶやいて寝ようとすると「まだ寝る気かよ!」とアイルにツッコまれた。