62話
冒険者ギルドの窓から黄色い魔石灯の明かりが地面を照らしている。
強風で看板が揺れ嫌な音を立てているが、それよりもギルドの中のほうが騒がしかった。
俺が入っていっても誰も気がつかない。
売店のおばちゃんと冒険者たちが言い争い、冒険者たちが逃げ場所について、論争を繰り広げている。
「非常時なんだからまけろよ!」
「ふざけんじゃないよ!逃げ出す冒険者なんかに売る物なんかないよ!」
「ドサクサで値上げしてんじゃねぇよ!」
「適正価格だよ! 嫌なら、あんたらも魔物に立ち向かいな!」
「海はこの時化だ! 船は無理だろ!」
「だったら東の山越えだ!」
「あそこの関所は、冒険者に厳しいだろ!?」
「そんなこと言ってられる状況か? 同じ連合国なんだから通してもらうぜ」
「威勢で乗り切られるならいいんだけどな」
「なんだと!」
冒険者たちがお互いの胸ぐらをつかむ。元気が有り余っているのか。
その横で、酒を呷る冒険者。
「飲まなきゃやってらんねぇよ!」
争いに巻き込まれて、酒瓶が宙を舞う。
「何しやがる!」
胸ぐらをつかみ合っている片方を酔っ払いが殴り、吹っ飛んでいった先で、また喧嘩を始める。
「手前! どういう状況かわかってんのか!? コラァ!」
「やっちまえー!」
「お前の相手は俺だ!」
大乱闘が始まった。
ギルドマスターのラングレーは、乱闘が始まっても気にする様子もなく、職員たちとカウンターの奥で話し合っている。
俺は乱闘を避けながら、カウンターの奥まで行った。
「冒険者さんたちは元気ですね?」
俺に声をかけられて、ラングレーが振り向いた。
「あ? ああ! ……すまん、まだ砂漠にいく奴らは用意出来てないんだ」
「この様子じゃ、そうでしょうね」
「お前さん、駆除会社の社長さんなんだって?」
そういや、ラングレーには言ってなかったか。
「そうです。ブラックス家の人が勧誘しに来ませんでした?」
「来たよ。ああいう大物が来ると、そんだけデカい山なんだとビビっちまって逆に、な。腐っても冒険者だからな、ヤバイ臭いには敏感なのさ。一寸先は闇ってことが嫌というほど身についてやがる」
貴族ってのは面倒だな。
「精鋭だけでもいいんで、なんとか10人ほど集められないですかね?」
ポンプの数は13。4人一隊だとしても、13人は欲しい。
「強いヤツのほうが、頑固だからな。見てみろ、乱闘が起こってるってのに、強い奴らほど平然としてやがる」
確かに、ギルド内の冒険者の中で、乱闘に加わってない奴らがいた。
酒を飲んでブツブツと何か言ってる者、鞄の中身を確認して地図を見ている者、乱闘の真っ只なかでワインをテイスティングしている者、女の尻を追いかけている者など様々だ。
「ああやって平然としながら、どうやって生き残るか考えてんのさ」
「一番強い人はどの人ですか?」
「まぁ、あそこで、『一寸先は闇』ってブツブツ言ってるフードの女だろうな」
「ちょっと俺が煽ってみますんで、あと上手いことやってもらっていいっすか?」
「煽るったって……」
「これでも、俺Fランクの冒険者なんで」
そう言って、冒険者カードを見せた。
「きゅ……きゅうじゅう!?」
あ、やべ。レベル隠すの忘れてた。
「誤表記です。忘れてください。テーブル代は後で弁償します」
カウンターから飛び出し、一瞬でフードを被った女の前まで行った。
特定の視線を集めたことを感じる。
女はテーブルの酒が入ったコップを見ながら「一寸先は闇」と言い続けている。
パンッ!
俺が、裏拳でテーブルを砕く。
テーブルの素材の木がコップごと四散する。
冒険者たちの殴りあう手が一瞬止まり、こちらに視線が向けられる。
「その通り! 一寸先は闇だ! だけど、裏を返せば、どんな闇の中にだって一筋の光はあるってことだろ? 冒険ってのは、その光を手探りでも探すことだと思ってたよ。はっ! 冒険者は、なるのも簡単なら、辞めるのも簡単なんだな! 俺はFランクだけどよぅ、腕っ節なら自信はあるんだ! 俺は砂漠に行くぜ! せいぜい生き延びて、冒険ごっこでもやってろよ!」
俺は静まり返るギルドのなかを、歩いて出て行った。
内心はヒヤヒヤだ。
俺が出た瞬間、「なぁんだあいつは!」「クソガキがぁ!」「やっちまえー!」などの怒号が飛ぶのが聞こえてきた。
「黙れ! お前ら! Fランクの小僧にあんな事言われて悔しかったらなぁ、お前らも砂漠に行ってみろ! 小さい虫にビビって何が冒険者だ! 文句を言っていいのは砂漠に行くヤツだけだぁ!」
ラングレーの声が聞こえてくる。
「だったら、やってやんよー!!」
「俺もだ! ふざけんじゃねぇ!」
「たかだかFランクの小僧に吠えさせてんじゃねぇ!俺だって行ってやるよ!」
冒険者たちの声が聞こえる。
これでなんとかなったかな。
良かった。
「あれ? 旦那?」
目の前に、ターバンを巻いた奴隷商が、幌付き馬車を止めていた。
「おお、お前、何やってんだ?」
「いや、役所の職長に呼ばれて……」
幌の中から、太った職長が現れた。
「ああ、お疲れ様です。社長さん。リドル様が、もし、社長さんの方がうまくいってたら、『冒険者の気が変わらない内に砂漠に運んでしまえ』って言われて。中に食料も積んでおきました。後から、倉庫に眠っていたテントが入った便も来ますよ」
「リドルさんは流石だな。仕事が速い」
「どうです? うまくいきました?」
「どうだろ? やれるだけやったよ。後やることは一つだ」
俺はギルドの入り口前の地面に正座した。
「行くぞぉ! 野郎どもぉ!」
ラングレーの声がして、ギルドの扉が開いた。
武器や荷物を抱えた冒険者たちがぞろぞろと出てくるなか、俺は声を張り上げた。
「先程は失礼しました! 準備の方は調っております! この馬車にお乗りください!」
土下座で説明した。
冒険者たちは、「くそっ! ラングレーとグルかよ!」「やられたぜ!」「顔覚えておくからな!」などと言いながらも、馬車に乗り込んでいった。
「なかなか、いい煽り方だったな」
ラングレーが肩を叩いてきた。
「いやいや、昔誰かが言ってた言葉を借りただけですよ」
実際、前の世界のアーティストが言っていたセリフを借りただけだった。
「ま、煽りすぎて、皆行くことになっちまったけどな」
「馬車と食料足りないっすよ」
「何とかするだろ? 冒険者だからな。あ、それから、お前さん、強い奴らから目ぇつけられてるぞ」
「え?」
「あんなテーブルの壊し方したんだから、当たり前だ。ちょっと割るくらいにしとけば良かったな」
馬車に乗り込む冒険者たちのなかで、俺の横を通り過ぎる時に「終わったら手合わせを」「どこに隠れてやがった」「強い奴の側が一番安全だってね」などの声をかけてくる奴らがいた。
大体が、乱闘騒ぎで平然としていた奴らだ。
「俺終わったら、逃げますから」
俺はラングレーに言った。
「ブラックス卿が逃さないだろ?気の毒にな」
ラングレーは俺の肩を2度叩いた。
「さあ、雨が降る前に出ちまうぞ!」
ラングレーの言葉で冒険者たちを乗せた馬車が出発する。
その間に第2便も到着した。
走るものも含め冒険者たちが移動を始める。
役所に帰り、冒険者たちが移動を始めたことをリドルに話すと、笑っていた。
「どんな魔法を使ったんだ? まぁ、ナオキ殿なら、やるとは思ってたけどな!」
一仕事を終えて、地下室で、薬を作るのを手伝った。
殺虫剤とまではいかないが、動きを鈍らせて潰していけばいいのだ。
職員たちの頑張りもあって、どんどん出来上がっていった。
一階では、他の職員たちがマスクを作ってくれている。
砂漠に行く人数が増えたので、マスクも大量に必要になった。
リドルは、ちょいちょい職員たちに疲れたら休むようにと言ってくれていた。
俺も、休憩中に回復薬を作ってしまう。
手伝いに来た僧侶たちは、俺の手際についてこれず、あ然として見守っていた。
大樽にして8樽の薬と、大量の回復薬が出来あがった。
「我々も出発しよう!」
リドルが外套を着ながら言う。
外に出ると、すでに夜が明けていたことを知る。雨も降り始めていた。
馬車に樽を積んでいると、ベルサから連絡が来た。
『ナオキ、ローカストホッパーを殺せる植物が見つかったぞ』
「なんだって!」
『ただ、たぶんナオキとアイルしか使えない』
「わかった! そっちに戻ったら聞かせてくれ」
通信袋を切り、樽を積み込んでしまう。
職員たちからマスクを受け取り、アイテム袋に仕舞う。
後で、風魔法の魔法陣をメルモに縫ってもらおう。
「ナオキ殿! 出発するぞ!」
リドルが幌の中から言う。
「はい! 俺走っていきますから、先行ってください!」
「わかった! 出発だ!」
馬車は樽と僧侶たちを積み込んで、出発した。
俺は、職長にサンドイッチを5人前作ってくれるように頼み、出来上がるまで、立ったまま眠る。サンドイッチはうちの社員にも食べさせたかったのだ。
職員たちも、ベンチや自分の席などで眠っている。
サンドイッチが出来上がると、アイテム袋に入れ、お礼を言って、役所を飛び出した。
すぐに、リドルが乗った馬車を追い越し、冒険者たちにも軽く挨拶をして、通り過ぎて行った。
昼前にはキャンプに着いた。
見たところ誰もいない。
アイルたちは朝の訓練かな?
焚き火に鍋がかけられていた。
中を見ると、お湯の中にたくさんの石があった。
「お、おかえり」
テントの中からベルサが現れた。
「なにこれ?」
俺が鍋のなかを指して聞くとベルサがニンマリと笑った。