54話
「スゴいな! バインバインだな」
ベルサが試着室から出てきたメルモの胸を見ながら言った。女性でも目がいってしまう胸と言うのがある。
新人の女の子はメルモと呼ぶことになった。
厚着をしていたので、気付かなかったが、メルモの身体がちょっとやばかった。
背は小さいのに、どこのグラビアアイドルだ、というくらい出るところは出て、引っ込むところは引っ込むというナイスバディだ。特に胸がやばい。ボインという次元を超えている。
ベルサが言ったように、まさに「バインバイン」と言った擬音が聞こえてきそうだ。
俺としては、その時点で雇ってよかったな、と思っていたわけだが、メルモは裁縫スキルも料理スキルも持ってるという。
早くもうちの会社にコックが二人も入ってしまった。
「うちに来てくれてありがとう!」
思わずメルモの手を握ると、ベルサに「社長のセクハラだ」と言われてしまった。
「でも、料理スキルなんて、普通に生きてれば、自然と身につくものじゃないですか?」
メルモにそう言われて、俺とベルサは言葉に詰まった。
どうやら、我々3人は普通ではないらしい。
古着屋で涼しそうな、ふわふわした服を買ったメルモは恥ずかしそうに猫背で歩いた。
ピッタリした服ではないので、あまり胸は目立たないのだが、メルモにとってはコンプレックスらしく、なるべく紙袋を抱えて胸を隠したりしている。
「何を贅沢なことをしているんだ。世の男どもに魅せつけてやればいいんだ!」
ベルサはそう言ったが、メルモは目をつぶって、首を横に振った。
反物屋で、厚手の青い布を買い、宿に帰った。
女性陣の部屋と、男性陣の部屋とで分けるため、3人部屋と2人部屋を取りなおした。
荷物を移動させる時に、俺の持っているイヤダニの瓶を見て、メルモが「これなんですか?」と聞いてきた。
「ダニの魔物だ。俺はイヤダニと呼んでる。このダニの嫌がる花を探してるんだけど、もし知ってたら教えて」
「知りません。会社ではこういう魔物を駆除するのですか?」
「そうだね。あとはバグローチとか、マスマスカルとか……」
「あとは、ワイバーンに、スノウフォックス、ゾンビもだな」
ベルサが、横から口を挟んでくる。
「え? ワイバーンって、亜竜種のですか?」
「そうだ。私も話でしか聞いてないが、鈴を一つ持ってワイバーンの巣に潜っていったそうだ」
「っ……!!??」
メルモは声も出ないほど驚いて、俺を凝視してきた。
「先に言っとくけど、うちの社長はかなりおかしい。いちいち驚いていると疲れるから、慣れたほうがいいぞ」
「わかりました」
慣れてくれることを、心から願っている。もうチラシ配りは面倒だ。
「とはいえ、メルモには基本的に裏方やベルサのサポートのほうを担当してもらいたい」
「え!? じゃあ、虫系の魔物の相手をするわけじゃないんですか?」
メルモが不満気に言う。何を期待しているのか。
「いや、来たいというなら、来てもいいけど。女子は虫とか嫌いなんじゃないのか?」
「私は大丈夫です!」
「そうか……なら、いいんだけどな」
「私、結構人が気持ち悪いって言うのが好きで。だから、この会社の募集見て、これだ! と思ったんですけど」
「だったら、私がやってるマスマスカルの解剖とかも大丈夫か?」
ベルサはメルモを試していた。
「解剖ですか!? いいんですか!」
メルモの目が輝いている。
「うちの会社としては、これ以上ないくらいの適性だな……」
ただ、ちょっとアレだな。
「ナオキ! こいつはやる女だ! きっちり教えてやるからな!」
「はい! お願いします! 楽しみです!」
虫好き、解剖好きの女性従業員が増えたようだ。逆に嫌がられたら、もっと大変だった。
メルモには早速、従業員全員分のツナギを作ってもらう。
俺がツナギを脱ぎ、ハーパンTシャツ姿になる。
ツナギを見せながら、型紙を作り、アイテム袋の中の浸けこんでいた魔糸を使って縫ってもらう。魔糸を使うのに、特に理由はなく、やたら余っていたからだ。
「魔糸が腐るってわけじゃないと思うんだけど、せっかくあるから使ってくれ」
「丈夫そうなんで使えると思います」
メルモは巻き尺や裁ちバサミなどの裁縫道具を持っていて、作業も早い。
「うちの実家はゴートシップを飼っている牧場だったから、こういうのは小さい頃からやってたんです」
「ふ~ん、なんでまた、このフロウラの町に?」
作業を手伝いながら、俺が聞く。
ベルサは採寸されながら、両手を水平に上げたまま、じっとしている。
「なかなか最近、羊毛は売れなくて、実家の牧場も厳しいんですよね。私は次女なんで、姉と弟達に任せて、街に出てみようって思ったんです。街に行けばいろんなものが見れるだろうって。田舎の牧場にはなんにもないですから。それに、あのまま実家にいたら、近くの牧場の青年と結婚させられると思って。ありがちな理由ですよ」
そんな普通の子が、どうして気持ち悪いものに興味があるのか、社長としては逆に怖いわけだが。
「なんでまた、気持ち悪いものが好きなんだ?」
ベルサが直球の質問をする。
「昔、ポイズンスパイダーを飼って、噛まれて死にかけたことがあったんですけど、あんな小さい虫の魔物に殺されるなんて思わないじゃないですか? 小さいくせにやるな! って思って。それからですね。虫系の魔物を好きになったのは。グロいのが好きなのは、実家で飼っているゴートシップの出産を見続けたせいだと思うんですよね。ブリュンって出ると『やった!』って気になるっていうか。それで、誰かが血を吹き出してるのとか見ると、『やった!』って思っちゃうんですよね」
病気だ! それは!
とんだサイコパスを雇ってしまった。
「でも、そういうこと言うと友達が遠くへ行ってしまうんですよね」
「大丈夫だ。ここの会社はおかしな奴らだらけだから、そのくらい受け入れてくれるさ」
ベルサが先輩っぽいことを言う。
「良かった!」
良くはねぇけどな!
喋ってはいてもメルモの手は止まらず、作業は進む。
仕事ができるならいいか。
ベルサとマスマスカルの眼球の話で盛り上がれる新人なんか、探したっていなさそうだ。
ツナギはきっちり、ベルサの分と自分の分を作っていた。
破けそうなところは生地を二重にしたりと、なかなか芸は細かい。
「でも、社長のはスゴいですね。この縫い目どうやってるんだろう?」
「その辺もいずれ、教えるよ」
まさか、電動ミシンというものがあってだな、などと今の段階では説明できない。
説明するとしても、アイルとセスが帰ってきてからだ。
先延ばしにしていてもしょうがないし、『勇者駆除』の件も近々、話さなくてはいけない。
「ま、もう少し、慣れてからでいいか」
「ん?」
ベルサが俺のひとりごとに反応した。
「こっちの話だ」
「これはきっと、また超弩級の秘密が明かされるかもしれない。新人、心臓鍛えとけ!」
「はい!」
すっかり、ベルサとメルモは先輩・後輩の関係性ができている。
ベルサは家に篭って研究していたから、コミュニケーション能力がないかと思ったが、意外にあることがわかった。
「意外に、ちゃんと面倒見るんだな」
「あ? ああ、ナオキと一緒にいると、自分をよく見せようとか、どう思われるとか考えるのが馬鹿らしくなるからな」
「なんだ、それ関係あんのか?」
「どうせ、わけわかんないことに巻き込まれるんだから、せめて自分の好き勝手に楽しんだほうがいいぞ、新人!」
「はい! わかりました!」
わかっちゃうのかよ!
「普通、巨大な魔物がいる島に上陸したり、街中のゾンビを殲滅しながら昼寝したりしないだろ!?」
「なんですか!? その話?」
「うちの社長、頭おかしいんだよ。想像の斜め上から攻撃してくるんだ」
全くもって心外である。
その後、アイルたちが帰ってくるまで、ベルサは俺への愚痴をメルモに話し続けた。