53話
「10代後半の獣人で……、おい! どうした!?」
造船所に向かっている途中、侵入者の特徴を言っていた衛兵が、造船所を見て叫んだ。俺からすれば「お前がどうした?」という気持ちだ。
見れば、造船所の周囲に人が集まっていて、騒ぎになっている。
衛兵たちから「そっちに行ったぞー!」「向こうだ!」「逃げられると思うなよ!」などの怒声が聞こえ、野次馬から悲鳴も上がっていた。
案内してくれた衛兵はすぐに造船所へと走っていった。
俺は探知スキルで、造船所の中を覗くと青い光が上へ下へと逃げていくのが見える。捕まえたと思った侵入者を逃がしたのだろう。
出入り口は衛兵の部隊で封鎖。侵入者を造船所から一歩も出さないようにしているようだ。
事情を話した衛兵は「少々お待ち下さい」と苦笑い。
造船所の中では、黒い猫耳の青年が縦横無尽に駆け回り、衛兵から逃げていた。獣人だからか筋肉のバネがいい。
「いい動きだ」
服は汚れていて、ズボンの膝は破れ、膝小僧が見えている。靴も左の靴底が破れかけているようだ。
「あの青年は苦労してんだなぁ」
「見えるんですか?」
衛兵が聞いてきた。
「見えるだろ? 服がボロボロだ。どっか遠くから旅でもしてきたのか?」
俺の言葉に、衛兵は目を見開く。
「手伝おう」
アイルが人をかき分けて造船所の中に入っていって、猫耳の青年の顔に回し蹴りをお見舞いした。
あれは以前、俺も食らったことがあるが、ダメージは少ないものの、顔が歪んだ気になる。
青年は反対側の壁までふっとばされて、倒れた。
「あーあれは精神的にやられるからなぁ」
衛兵の1人が青年の近くに駆け寄って、隣の衛兵に「隊長! 瀕死です!」と、叫んだ。
「え?」
俺とベルサも人をかき分け、造船所の中に入る。
「おいーアイルぅ、やり過ぎるなよー」
侵入者とはいえ、死んだ場合、俺の監督責任を問われそうだ。
「いや、ナオキ以外は本気出さないよ。軽く当てたつもりだったんだけど」
アイルは後頭部を掻きながら、苦笑い。てへぺろの使いどころを間違えている。
俺の時は本気だったのか! という怒りは後で晴らすとして、とりあえず倒れた青年の下に駆け寄った。
「あっちゃー、ベッコリいってますな」
ベルサが青年の顔を見て言った。
猫耳の青年の顔は、アイルのかかと型に頬骨が折れてしまっている。
俺は青年の口の中に手を突っ込んで、骨の位置をゴリッと治し、回復薬を顔にかけた。
青年の顔はキレイに治り、息も脈もちゃんとある。
ひとまず、死ななくてよかった。
「うわぁ、よだれが……、ベルサ、ハンカチ貸して」
「やだよ」
会話をする俺たちを見て、近くの衛兵たちが引いている。
「なにか?」
「あ、いや。事情聴取をしますが、同席しますか?」
衛兵の隊長が聞いてきた。
「ああ、そうですね。一応被害者ですもんね。ちなみに、何か被害ってあったんですか?」
「被害というか、船内が荒らされているようですが……」
「いや、そもそも船内は荒れていたんで、なんとも言えないですが。それに、盗まれて困るようなものも……、船には置いてないっすねぇ」
俺はアイテム袋を確認しながら言う。
船の修理も木材が届くまで、とりあえず、船を固定しているだけの状態だったらしい。
造船所の工員が朝方、近くを通った時、物音がするから「何かいるのか」と確認したら、猫耳の青年がいたという。
「そもそも壊れていた船が、それ以上壊れたというわけではないなら、侵入されたってだけですかね?」
「そう、なりますね。とりあえず、こいつを起こしましょう」
衛兵の隊長は青年の身体を揺すって、起こした。
青年は目を見開き、周囲を見回して、がっくりとうなだれた。
造船所の作業部屋の一室を借りて、事情聴取をすることになった。
すでに野次馬は去り、衛兵たちも隊長と、もう一人を残し、街に帰っていった。
造船所も普段の作業に戻っているようだ。
「名前は?」
「セス」
「年は?」
「19」
「出身地と種族は?」
「アデル湖の猫族の村・キャットパイロット。種族は黒猫族の獣人」
衛兵の隊長が青年に素性を聞いていく。
「どうして、船に侵入した?」
「お、おれは漁師になりたかったんだ」
「それで、船に侵入したのか?」
「港の漁師たちに雇ってくれるよう頼んだんだけど、『今、水竜が出る時期だから、漁はやらねぇ、田舎に帰れ!』って言われた。だから、大きい船なら雇ってくれるかもしれないと思って、船を探して、この造船所で、あの帆船を見つけた。待ってれば、持ち主がやってくると思って、それで、中で待つことにした」
青年は訥々と語った。嘘はついてなさそうだ。
「なんで、漁師になりたかったんだ?」
俺が横から質問する。
「親父はアデル湖でも有名な漁師だった。でも、5年前に病気になって、そのまま、死んじまった。俺が継ごうとしたんだけど、すぐには継げなくて、親父の船を貸し出すことになった。俺はおじさんのところで修行して、一年前に一人前になって、船を返してくれと言ったんだけど、返してくれなくて、貸した奴は船と一緒にどこかへ消えちまった。たぶん、嵐の日に漁に出かけて、沈んだんだと思う」
青年は何度も涙をこらえながら、悔しそうに語った。
「フロウラに来たのは、どうして?」
「船もないし、アデル湖の魚も減ってきてるから。港町に来れば稼げると思って」
「そうか。でも勝手に人の船に乗り込むのはいけないことだ。それから衛兵から逃げるのも良くない」
衛兵の隊長が諭すように言う。
「すみませんでした。衛兵に捕まると犯罪奴隷にされると思って」
「どうですか? 被害もないことですし、不問ということでは」
衛兵が俺に聞く。
「セスと言ったね?」
「うん」
「操舵のスキルは持ってるか? 料理でもいい」
「操舵スキルは持ってる……、持ってます。そこまでレベルは高くありませんが、おじさんのところで修行したから。料理は、魚料理くらいなら」
「よし、じゃ、うちで雇おう」
「え!? 俺、漁師になれるんですか?」
「いや、船長だな。うちの社員は誰も船を動かせないんだ。船が直ったら、船員を集めて船長をしてくれ」
「せ、船長!!?? 俺が……!!!」
「稼ぐためにこの街まで来たんだろ?」
「は、はい! よ……よろしくお願いします!」
セスは立ち上がり、頭を下げた。
衛兵の2人はあ然として、見ている。
衛兵たちは釈然としない様子で帰っていった。犯人をスカウトされたら、働き損だろう。
「差し当たって、セスにはレベルを上げて、操舵スキルをカンストさせてもらおう。船が直るのにも時間が掛かるしね。アイル! セスを連れて、冒険者ギルドに行ってきてくれ」
そう言って俺はアイルに金貨を2枚ほど渡す。
「冒険者ギルドで、冒険者にして、そこら辺の森でレベルを上げさせればいいんだな」
「そういうこと。それだけあれば、装備も揃えられるだろ? 腹減ってたら、なんか食わせてやってくれ」
「わかった。よし、行くぞ!」
「は、はい!」
アイルとセスが走っていった。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。ああ見えてアイルは冒険者ギルドの教官だったからな。新人教育に向いてるはずだ」
「ふーん。で、私たちは何するの?」
「営業と、殺鼠剤作りだな。セスにも作らせよう。早くレベルが上がるからな。あとは船員募集だ」
ひとまず、商人ギルドで船員を募集することにした。
船員は正社員ではなく、その時その時の契約社員でも構わないだろう。
不安は船長が若すぎることか。まぁ、操舵の技術が上がれば、人がついていくだろう。
「でも、さすがに航海士は必要かなぁ」
などと、独り言を言いながら、商人ギルドに入って行くと、職員のお姉さんに呼び止められた。
「入社希望の子が来てますよ。面接をしてください」
「え!? 本当ですか?」
人が入ってくるときってのは、一気にやってくるものだ。
商人ギルドのお姉さんに案内されて、ギルドの中のカフェに連れて行かれた。
カフェには、くるりとした角の生えた獣人の女の子が待っていた。
いかにも田舎からやって来ましたというような、素朴な顔とウールの服を着ていた。
非常に暑そうだ。汗をダラダラと流している。そりゃそうだ。こんな南の街で、ウールの服を着ているのだから。
「あ、メルモッチ・ゼファソンです。よ、よろしくお願いします」
「わかったわかった。雇うから、とりあえず、服を買いに行こう、な!」
「はい、ありがとうございますぅ……」
軽く意識を飛ばしかけている。
「猫と羊か。どうなることやら」
ベルサがボソリと呟いた。