52話
町中でチラシを配ってから、3日目。
「依頼人、入社希望者、共に来ませんなぁ」
商人ギルド職員のおじさんが気の毒そうに言う。
3日待ち続けて、希望者は0人。チラシ配りも効果はなかった。
「そうですか。わかりました」
「気を落とさずに」
「ええ、まだ三日目ですもんね」
「諦めなければ、きっと道は開けます」
職員のおじさんの優しさに、涙が出そうになる。
「諦めが肝心とも言うよな」
「宿は延長しておいたよ。金が続けばいいけど」
アイルとベルサが声をかけてくる。
社長に向かって、なんてこと言うんだ!
「二人とも、営業はどうしたんだ?」
俺が商人ギルドで、依頼人や入社希望者を待っている間、二人には営業をかけてもらっていた。
「とってきたよ。金持ちの婆さんと知り合いになったんだ。倉庫を整理したいから掃除してくれってさ」
「私も、教会から仕事とってきたよ。マスマスカルが天井裏にいるんだってさ。あと、回復薬の塗り薬にも興味あるみたい」
二人とも妙に仕事が出来て、ちょっと腹立つ。
「じゃ、とりあえず、近い方から行こう」
金持ちの婆さんの家は遠かったので、先に教会に行った。
今日は、デモをやっている冒険者はいない。
教会の中では、老人や、けが人が列をなしている。
僧侶たちが、奥の部屋で治療を施しているのだそうだ。
治療費はお布施という形で、いくらでも構わないらしいが、だいたい銀貨1枚らしい。
「金の匂いがしたから調べたんだ」とベルサが説明してくれた。
回復薬の塗り薬の交渉はベルサに任せることにした。
若い僧侶に案内されて、屋根裏部屋に向かう。
天井が屋根の形に、三角になっていて、使われなくなったベンチや、家具の他に、壊れたメイスなどもあった。
聞いてみると、冒険者ギルドに所属している僧侶もいるそうで、海や森で魔物を狩ってくるのだという。
デモとかやってるし、冒険者と教会は仲が悪いのかと思っていたが。
「あれは一部だけですよ。そもそも冒険者のパーティーに回復役がいないと一気に生存率が下がりますからね」
確かにそうですね、と頷く。
すでに探知スキルには、10匹ほどマスマスカルの赤い光が見えているので、
「早速ですが、作業を始めても?」
「どうぞ。ここにあるものは壊しても大丈夫ですから、少し乱暴に駆除してもらっても構いません」
「ありがとうございます」
そう言って、俺とアイルは作業を開始した。
ベルサは下の階で、いまだ交渉を続けている。
作業と言っても、ベタベタ罠を部屋の隅に仕掛けるだけだ。
あとは、音を出して奥から追い立てれば、難なく罠にかかっていく。
計12匹のマスマスカルを捕獲。
探知スキルでも確認したが、一匹も残っていない。
いるとすれば、外に出ている個体くらいだろう。
巣らしき場所には殺鼠団子を仕掛けて終了。
マスマスカル一匹に付き、銅貨5枚と考えて、12匹なので銀貨6枚になる計算だが、業者価格として、半額の銀貨3枚にさせてもらった。
初仕事なので、そんなものだろう。
と、思っていたら、ベルサが回復薬の塗り薬を金貨2枚で売りつけていたので、金貨2枚と銀貨3枚を僧侶から渡された。
「今後とも宜しくお願いします」
年をとった僧侶に言われ、恐縮してしまった。
ベルサにどんな交渉をしたのか聞いてみたが「効果を見せてやっただけ」とのこと。
「商売間違えたかなぁ」
ひとまず、僧侶には、薬屋として登録してないので、回復薬を売ったことは内緒にしてもらった。
次はアイルが知りあったという金持ちの婆さんの家に向かう。何の事はない、街で一番大きな家だった。
大きな庭に、大きな屋敷があり、部屋数も多そうだ。
ただ、使用人を何人も雇っているわけではなく、婆さんと年寄りのメイドの二人暮らしだという。
時々、庭師や客人が来るので、その都度、冒険者ギルドに清掃の仕事を頼むのだとか。
婆さんは、街中で剣技を披露しながら宣伝しているアイルを見て、頼んでくれたらしい。
うちの従業員は何をしているのやら。
「ばぁやが、風邪を引いてしまってね。なかなか倉庫を片付けられないのよ」
ばぁやと呼ばれたメイドは、ゲホゲホと咳をしている。
死ぬんじゃないか、と心配になるが、本人は「年をとると、咳くらい出ますからゲホゲホ」と言って、去っていった。
とりあえず、倉庫に案内された。
倉のような建物で、中には絵画などの美術品や、骨董品が所狭しと置かれている。
薄らとホコリが積もっている。
「では、作業を始めますので、家の方で待っていてください」
婆さんを家に帰し、3人共マスクをつけて作業開始。
窓を開けて、俺がクリーナップでキレイにしていく。
アイルとベルサは、濡れた雑巾で骨董品の壺や銅像を拭いたり、入口近くに溜まったホコリを外に箒で掃いたりしている。
「クリーナップをかけても、ホコリは舞うんだな」
ベルサがそう言って、窓から入る日光に当たった小さなホコリを指差す。
天井から降ってきてるのかもしれない。
壁や天井にもクリーナップをかけ、ホコリを払う。
日の光にもホコリの量が少なくなった。
ベルサの言葉に思いついたことがあったので、ばぁやを呼んでもらった。
上級の回復薬を鍋で沸かし、湯気を吸い込んでもらった。
「あ、あ、ん、んん」
「どうですかね?」
「あー、あー、うん、良くなった気がする」
呼吸器系の風邪にはこういう方法がいいのかもしれない。
その後、昼飯をごちそうになり、倉庫の窓を閉めて、仕事は終了。
「銀貨3枚でいい」と言ったが、婆さんは「ばぁやも治してもらったんだから、受け取ってくれ」と、金貨2枚を握らせてきた。
「会社頑張ってね。応援してるわ」
めちゃくちゃいいおばあ様じゃないか。
午前中だけで、金貨4枚銀貨3枚の売上だ。
ただ、その内訳は、ほとんど薬代や治療費だ。
「これでは、いかんな」
全然、清掃や駆除で稼げてないじゃないか。
まぁ、いいか。そもそも、勇者とかが現れたら、駆除すればいいだけだし。
「あ、そうだ。会社の名前ってどうしてるんだ?」
宿に帰ってる途中、ベルサが唐突に聞いてきた。
「コムロカンパニーにしてるけど」
『バグズバスター』や『カンパニー・コムロ』なども考えたが、濁点が多すぎる点や監督っぽいとかの理由により『コムロカンパニー』ということにしている。
看板には㋙のマークを付けるつもりだ。
「ダサいけど、簡単だからいいか」
「なんで、そんなこと聞くんだ?」
「いや、回復薬のビンに会社名を入れておいた方が、宣伝になるだろ」
「なるほどな……それ、絶対薬屋だと思われるだろ!」
早いところ、薬屋の申請もしておかないと、捕まりそうだ。
「魔物に噛まれた時用の薬として、サービスにすればいいんじゃないか?」
「そうだ!アフターサービスも充実している会社ということにすればいいのだ。そして、その分、お金取ればいい!」
「なぜ、そう、法の抜け穴を探そうとするんだ!」
「だって、申請とかめんどくさいだろ」
「めんどくさい!」
「まぁ、怒られてからでも遅くないさ。社長!」
怒られるときは俺が捕まる時じゃないか?
宿に帰ると、街の衛兵が待っていた。
「ナオキ・コムロさんですか?」
「はい、そうです。まだ、そんなに悪いことはしていないはずですが……」
「「私たちは社長の言うことを聞いていただけです」」
アイルとベルサは声を揃えて即行で裏切った。
街の衛兵が俺を訪ねてくるなんて、一体何が……?
教会で回復薬を売った件か? まさか、ばぁやが死んだか? いや、さすがに早過ぎるだろ!? あ、もしかして、先日パンティを履いてうろうろしていた件か?
「あれは、なんと言いますか、出来心でして。まったく自分でも気づいていなくですね……、えーっと……」
「あの何か勘違いしているようですが、船を所有してますよね?」
「え!? ああ、はい! 今、造船所で修理していますが、何かありましたか?」
「ええ、その船に侵入した者がいるんですよ」
「侵入者ですか?」
まったく予想もしていない方向からの出来事に、しばし、俺は思考停止。考えないってことも大事だ。