51話
すっかりフロウラの街で「ヘンタイ」の名をほしいままにした俺は、朝から商人ギルドに向かっていた。
どうやら、昨日、パンティを履いて街を迷いながら宿に帰ったため、各所で噂されていたようだ。
俺の顔を見て驚いている人には、積極的に挨拶をしていく。
「おはようございます!」
「お、おはよう、ございます…」
元気のいいヘンタイほど怖いものはないだろう。
これから会社をやっていくなら、目立ってなんぼだ。
せっかくなので、顔を覚えてもらって会社の宣伝に使わせてもらおう。
人生、なんでもプラスに考えていかないとやってられない。
ちなみに、パンティはアイテム袋の奥深くで醸造しておくことにした。
昨夜、宿に帰ってきたベルサとアイルに俺が会社を起こそうとしていることを話すと、なんの会社にするのか、聞かれた。
「清掃・駆除業社だよ」
「「あ~あ!」」
二人は納得していた。
むしろ、他の仕事は出来ないと思うんだけど。
最終的な目的は違うんだけど、まだ話さないことにした。
「で、副社長はどっち?」
「え?」
「私は研究員だから、副社長はアイルなんじゃないか?」
「そうかぁ」
二人とも会社に入る気でいる。
実際、人手は欲しい。
「いいの? それぞれやることとかないの?」
「別にナオキの会社に入ってても出来るだろ? だいたい、ナオキの傍にいたほうが強くなれるしな」
「私も、1人でいると、またカビの生えたパンを齧ることになりそうだから、会社員になったほうが、都合がいい」
「じゃ、お願いします」
その後、給料に関して交渉し、一月基本給は金貨一枚で、あとは出来高ということになった。そんなに稼げるのか知らないけど、いざとなったら回復薬を売って銀行にでも借りよう。
そこから、商人ギルドに登録し、仕事と従業員を募集する計画を立てた。
街行く俺に驚いている人から商人ギルドの場所を聞くと、すぐに教えてもらえた。営業スマイルで迫る「ヘンタイ」の質問には皆、答えてくれる。
商人ギルドは世界中にいくつかあり派閥があると、商人ギルドで順番待ちをしている太った商人が得意げに話していた。こういう知識だけあっても忖度ばかりをしていて商売はできない人は多い。
とりあえず、俺の後ろ盾は神と邪神なので、どこでも変わらない。
新規に起業したいと、ギルドの職員に告げると、書類を渡される。
「この用紙に、『どういう業種なのか』『従業員数』『店の場所、もしくは営業形態』を書いて、保証人を連れてきてください。保証人はフロウラの街で商人をやっている人なら誰でもいいです」
申請するのには、銀貨2枚必要だという。
ユニフォームのツナギも従業員の分も仕立屋に頼んでおきたいし、出費はかさむが、アイテム袋には金貨が500枚ほどあるから、まったく問題はない。結構金持ちのはずなのに、金貨というファンタジックな通貨によって現実味が薄れるんだよな。
「先に従業員の募集をしてもいいですか?」
ギルド職員のお姉さんに聞いてみると構わないというので、従業員募集の張り紙を書いて提出した。
「清掃・害虫駆除、ですか?」
「ええ、まぁ、魔物の駆除も行ってますが」
「それは冒険者の仕事では?」
「討伐ではなく、駆除ですから。家や地下道なんかに出る弱い魔物の駆除などが主な仕事です」
「はぁ、なるほど……わかりました」
訝しげながらも受け取ってもらえた。出しさえすれば、こちらのものだろう。
さて、フロウラの街で知っている商人といえば、あそこしかない。
「あ、薬師さん昨日はどうも。あれから、アマンダもすっかり癒えて。誰にします今日は?」
昨日の娼館の番頭さんが店に入った途端、声をかけてくれる。
「今日は、ちょっと折り入ってお話があるのですが……」
俺は、清掃・駆除業社を起業することを話し、保証人になってくれないかとお願いした。
「はい。えーっと……、いいですけど、薬屋さんじゃないんですか?」
「薬学は片手間でして」
「片手間ですか……! 片手間の方が稼げるんじゃありませんか?」
「そうですかね?」
「ちなみに、あの回復薬はご自身で作ってらっしゃるんですか?」
「ええ、そうですね」
「もしよろしければ、いくつか、ご融通していただければ、いくらでも保証人になりますよ」
一瞬、番頭さんが商人の目になった。
「いいですけど……どのくらい必要ですか?」
「2、3本ほど……」
「じゃ、5本置いときますね」
「えっ!? いいんですか?」
「ええ、やっぱり回復薬って高いんですかね?」
「高いでしょうね」
そういえば、自分で作れるので薬屋なんか行ってなかったが、エルフの薬屋では上級の回復薬はやたらと高かったイメージがある。
すでに俺の中ではゾンビ用の駆除薬となっていたわけだが。
5本も置いたらまずいかな?
「まぁ、薬屋は申請がめんどくさいですけどね。もし回復薬を売るならタイミング見ながら、冒険者ギルドの方が高く買い取ってくれるかもしれません」
「なるほど、勉強になります」
「とにかく、清掃業社というのをやるんですよね?」
「ええ、清掃・駆除業社です」
「駆除というのは……?」
「マスマスカルや、バグローチなんか家で出るじゃないですか。そういうのをまとめて駆除するという、まぁ、初心者の冒険者がやっているようなことです。うちだと、冒険者より安くやりますよ、という感じですかね」
「なるほど、わかりました。おーい!ちょっと出かけてくる~!」
「は~い!」
奥から娼婦たちの声がした。
娼館の番頭さんを連れて、商人ギルドに戻る。町には顔馴染みだらけのようだったが、番頭さんからは声をかけない。
「結婚しているお客さんが、自分を誰か知っていたら都合が悪いですからね。見て見ぬふりをしておくのも客商売です」
番頭さんは、娼婦たちへのお土産として菓子パンを屋台で買っていた。気が回る人だ。
商人ギルドで番頭さんはサラサラと保証人の欄に名前を書き、「頑張ってください」と言って、とっとと娼館に帰っていった。
その後、ギルドのお姉さんに再び説明を受ける。
「これが、商人証明書になります」
お姉さんは、一枚のペラい紙を渡してきた。
「これがあれば、このヴァージニア大陸のどこででも、商売が出来ます」
なんと便利な紙だ。
「営業形態は派遣ということですが、事務所というか本部はどちらになりますか?」
携帯電話がないので、仕事が終わったら、報告に行く場所が必要になってくる。
その報告に行く場所について、聞いているらしい。
「船があります。今は造船所で修復中ですが、その間は俺が泊まっている宿になりますね」
「わかりました。業務に使う道具等はどうしているんですかね?」
「このアイ……。いや、船の船室を倉庫代わりにしています」
「なるほど」
あぶねっ! アイテム袋は確かアーティファクト級の道具なので、あまり人に見せないように、と前にアイルが言っていた。
「従業員は今のところ、3人で、これから増やしていくということですね」
「そうです」
「なかなか同業者はいない業種なので、がんばってくださいね」
「ありがとうございます!」
商人ギルドの年会費は金貨5枚らしいので、とりあえず2年分払うと、お姉さんは驚いていた。
商人証明書をアイテム袋に仕舞い、アイルとベルサがいる造船所に向かう。
二人には修理の進捗状況を見に行ってもらっていた。
二人に合流。造船所の工員に話を聞くと「3週間ほどかかるらしい」という。
「船で移動するんだから、船乗りも必要だよな」
「長旅になるなら、料理人は必須だ」
「ユニフォームも出来れば作りたい。裁縫が得意な人間がいると助かるんだよなぁ」
とにかく早いところ、人手が必要だ。情報収集も含めると、3人では手が回らなくなる。
冒険者ギルドにも従業員募集の張り紙を貼らせてもらった。
わら半紙のような紙でチラシを作り、町行く人に配ったりもした。
もちろん駆除業者なんてよくわからない仕事なので説明しないといけない。その上、「冒険者じゃないか!」「冒険者の仕事を安く受けるってバカなんじゃないか!」と悪態付きで断られる始末。それでも笑って、よかったら来てくださいと言っておく。表情筋がおかしくなりそうだ。
アイルもベルサも協力的で、二人の意外な一面を見た気がした。
「二人ともありがとな」
「当たり前だ、我々の給料がかかってるんだから」
「お金は裏切らないからな。金だ! 金!」
目が金貨にしている人を初めて見た。
ただの守銭奴だっただけかもしれない。