『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』18話「ただいま! 放送中!」
アグリッパに使役された魔物の群れは、そのままにもしておけず、学内のダンジョンへと移送された。
「それくらいなら大丈夫です」
「我らのダンジョンで魔物の群れを町中に放つことはないのでござるよ」
シェムとダイトキはダンジョンを作って魔物たちを運んだ。
「アイルさん、説明お願いしていいっすか?」
俺は通信袋でアイルさんに聞いた。
『ああ、セーラがな……、勇者を引退する前に魔王を引退した。土の悪魔の力が弱まってね。砂漠のダンジョンを整理している』
「コムロカンパニーは世界経済会議に参加していたんじゃ……?」
『始めだけだ。それにうちの唯一の社訓として「国には関わるな」というものがある』
「そんな……、これだけ……」
多くの国と関わっておきながら、そんな事があるのだろうか。
『うちの会社は面倒事に関わりすぎてしまった。とはいえ、ちょっと読みが甘かったなぁ』
「セーラさんですか? いや、魔物を飛ばす場所を間違えた?」
『いや、学生の成長が思っていた以上に早い。やはり場は大事なのかもな』
「あ! アグリッパさんはアイルさんの魔力を受け流したんですかね?」
『ああ、しかも、使役スキルに変えてね。いや、統率スキルなのかな』
ポリポリと髪をかきあげるような音が聞こえてきた。
『なんにせよ、私の魔力とアグリッパの魔力の性質が似ていたから起こったことだ。アグリッパには、常にこれくらい従えられるように鍛えておけと言っておいてくれ』
「いや……、無理じゃ……」
『人間、なせばなるさ。それじゃ』
アイルさんはそう言って暴風音とともに通信袋を切った。
当の本人が最も戸惑っていた。
「俺は一体どうなっちまったんだ……?」
オルトロスのポチを撫でながら、アグリッパは岩に腰を掛けて、王都に帰る学生たちを見送っていた。このまま冒険者として依頼に向かうつもりだったらしいが、それも一旦休止。心配してか、発破をかけるつもりなのか、ドーゴエとゴーレムたちは残っている。
「アイルさんは、その力を常に出せるようにしておけとのことです」
「無理だろ!?」
深刻な表情のアグリッパが、ようやく笑った。
「俺の行動は正しかったのか?」
「ああ、それは聞きませんでした。でも、セーラさんのダンジョンにいた魔物の整理をするために送ってきたらしいです」
「なんて、はた迷惑な……」
ドーゴエも酷すぎて笑っていた。
「いや、全部ここで駆除して土に耕そうとしていたんじゃないかと思う」
アグリッパの予想は正しいだろう。
「そこまで考えるのか?」
「そこまで考えるのがコムロカンパニーさ」
そこで俺達はなぜか空を見上げた。コムロカンパニーのおかしさに対して目を逸らしてしまう。
「なんか、すみません」
自然と謝罪してしまった。
「いや、いい。帰ろう」
「帰るまでが野外研修だ」
アグリッパもドーゴエも疲れ切って、総合学院へと帰っていった。
王都アリスポートは世界経済会議の後片付けで、ゴミを満載した荷馬車がそこら中を走っていた。そのおかげか通りにはゴミが全く落ちていない。
野外研修から帰ってきた最後の学生として、アグリッパが事務局に報告。全員無事に帰ってきた。ただ、若干、数体のぬいぐるみと木製ゴーレムことウッドドールが増えただけ。
歴史学と幻惑魔法の授業は、ウッドドールに取り憑いた者たちの記憶を残すというので、録音機材を貸し出した。もちろん、そこから記録書にしていくのだそうだ。
「失くなっている物がないか、ちゃんと調べておいてくれ。傭兵の国じゃ、自分の物と他人の物の区別が付いていない!」
ドーゴエが学生たちに呼びかけていた。
世界経済会議で部屋を貸していた学生たちもいたが、重要なものは常に持ち歩いているし、出席していたのは各国の首脳陣なのでそれほど汚されることもなかったという。ただし、新入生が使っていた地下の部屋は、各国の衛兵のたまり場になっていたらしく、タバコの匂いや酒のシミなどが広がっていたのだとか。それも掃除夫たちが一斉に片付けてしまい、樺の香りがする霧を発生させていた。
「護衛の仕事はストレスが溜まるんだろう」
「いや、経済会議なんかで騒ぎを起こせば、交渉が不利になることくらいわかってるからどこの国も滅多な騒ぎは起こさないさ」
「じゃあ、衛兵たちは退屈と戦っていたのか?」
「たぶんな」
玄関ホールでアグリッパとドーゴエの話を聞いていたら、魔族の学生たちからの視線を感じた。柱の陰や階段上から覗き込むようにアグリッパを見ている。
「コウジ、これ、どうすりゃいいんだ?」
荒野で魔物の大群を従えてしまったアグリッパは、自分の実力以上の現象が起こっていた。
「いつでもあの使役スキルを発揮できるようにするしかないんじゃないですか」
「隠密スキルを取ったほうがいいか?」
「別にそれは関係がないのでは? ドーゴエさんはどっちも持ってますか?」
「使役も隠密も持っているが、アグリッパは見せつけちまったからな。どうしようもない。しばらくはこのまま魔族の味方になっておくことだ。そのうちボロが出たら、自然と離れていくさ」
「そうだといいんだけどな……」
二人は裏庭へと向かい、ドーゴエは自分の鍛冶場へ、アグリッパはダンジョンへと向かった。
俺は自室へと戻り、ラジオの準備を始めた。
「で、結局なんだったの?」
ウインクが聞いてきた。トレントたちの大発生のことだろう。
「コムロカンパニーの事業だよ。アグリッパさんは巻き込まれただけ」
「俺たちもなんか巻き込まれているみたいだぜ。ラジオショップを貸しただろ?」
「そう言えばそうだったな。壊されてた?」
「いや、魔改造されたみたい。ジルが調理器具は揃ってるし、水も井戸から汲まなくて良くなってるって言ってたから」
ミストが話を聞いたらしい。
「後で見に行こう。文句は言っておくよ。現状復帰が原則だ。それより、野外研修の総括をしておこう。皆、なにがなんだかわからないまま学校に戻ってきてるだろ?」
「そうだな」
4人とも同じ思いだった。
ラジオ局に向かい、すぐにオープニングの音楽を流してマイクの前に座った。いつの間にか、4本のマイクが揃っている。ミストとウインクが魔道具の授業で作ったのか。
俺は台本を書いてすぐにウインクに渡す。
ミストがミキサーを操作して、音楽が止まった。
「総合学院ラジオ局です。最初に言っておくことがあります。ただいま!」
ウインクの言葉が王都中に広がり、窓の外が一瞬ざわついた。遠くから「おかえり!」という歓声が聞こえた。
「我々学生たちは、アリスポートが世界経済会議中に野外研修に向かっていました。そこで多くの気付きを得て、塔を発見し、数々の経験をしてきました。もし、王都で学生や職員を心配してくださった方々がいらっしゃいましたら、ご安心ください。本日、誰ひとり欠けることなく全員がこの総合学院に帰還しました」
「ただ、最後、何があったのかよくわからないまま帰還した学生たちに向けて、ラジオ局の局長コウジ・コムロより報告がございます」
ミストに振られ、俺は台本を書く手を止めて、グイルに台本を渡した。
「コウジです。皆様、お疲れ様でございました。報告といたしましては、最終日の魔物の大発生は、コムロカンパニーによる南半球にあるダンジョン内の清掃であることがわかりました。我々が対処するようなものでもなかったということです。ただし、この一件によって大きな気付きを得ました。最高学年のアグリッパ・アグニスタさんが、巨大な魔力の斬撃を一瞬で使役スキルに……、いや、もしかしたら魔物への愛を含んだ魔力へと変換しました。それによって、魔物がアグリッパさんに忠誠を誓うような行動に出たのだろうと予測できます。これは我々がスキルポイントを使って取得しているスキル以上の何かと言わざるを得ません。これを本人の特性、才能と言ってしまえばそれまでですが、神々が分類できていない職能として分けることも可能かと思います」
「つまりそれは魔力の性質を変換するスピードが速いということか?」
台本を読んでいたグイルが聞いてきた。
「そう。魔力の性質変化もちゃんとあるけど、ちょっとこの現象は別なんじゃないかな。まだ、わからないことが多いんだけど」
「魔力の性質変化って例えば?」
ウインクが聞いてきた。おそらく魔法について詳しくない人にも伝わるように聞いてくれたのだろう。
「水を氷に変えるのも性質変化さ。だから、魔力の状態を変化させる現象はだいたい性質変化かな」
「でも、それなら今でも、どこでも見られるんじゃない? わざわざ、別の言い方をしなくてもいいのではないかしら?」
ミストの言っていることは正しい。
「うん。まぁ、そうなんだけど、そこに俺達がいつの間にか植え付けられている思い込みがあると思うんだよ」
「なにそれ?」
「魔力って、量が多い者ほど魔法が上手い。いや、強いでもいいけど……」
「あぁ……、確かにね」
「でも、現実的に考えて、魔力量が多いほうが強いだろ? 実際、冒険者ギルドでも測るしさ。現にコウジは魔力量が多いから強いんじゃないのか」
「でも、俺は去年まで属性魔法を使えなかったよ」
「いや……、まぁ、そうだけど。でも戦闘力だけなら、2年連続で体育祭優勝しているわけだから、言い訳ができないんじゃない?」
「戦闘力と言うか、俺は魔物を狩っている量が違うからね。しかも、自分の魔力を放出するような戦い方はなるべくしていないと思う。つまり適切なタイミングで、適切な量を分配するほうが実は強さには直結すると思うんだよ。ほら、グイルが皆を分けて、トレントたちと向き合わせたろ?」
「魔力の運用の巧さってことか」
「ああ、それもある。で、今回アグリッパさんがやったのは、他人の魔力を瞬時に変換したわけだ」
「なるほど、今まで量でしか測っていなかったけど、別の軸があるってことよね?」
「そうそう。魔体術は、魔力運用の技術体系だし、魔力の変換率に至っては全然測っていなかったんじゃないかってこと」
「「「……」」」
「あれ? 台本はもう書いてないか?」
「とっくにもう台本から離れているよ。それより、俺は蓄魔器まで作ったのに、まるで知らなかったのかと気付かされた気分だ」
「私も、そんな視点で見てなかったわ。前提を覆されたっていうか……。つまり、別に魔力量が少なくても、魔力の変換率が高い人がいるってことよね? もしくは運用に特化した人とか」
「じゃあ、魔力の量って単純に何度も魔法の練習ができる程度なの?」
「いや、それこそが結構重要だったりするんだと思うよ。塔の周りでウッドドールやクイーニィを見てきただろ?」
「なに? どういうこと?」
ウインクがポカン顔で聞いてきた。台本から離れて、普通の質問だ。
「死者の魔力量が……、現世での行いに? いや、記憶? あ!」
ミストは気付いたようだ。
「ミスト、わかったのか。俺にもさっぱりわからないけど……?」
グイルは気づいていない。やはり難しいのか。
「そうか。死者たちを見ていて、変わらない事に気づかなかったか」
「そりゃ、そうだろ? 死んでいるんだから成長なんて……あっ!」
「それが死者の特性でしょ……!?」
「裏を返せば生者の特性は成長すること。つまり変わることじゃないか?」
俺は3人に言った。
「コウジが言っているのは、これまで世間で言われてきた魔力という概念のレイヤーを一段上げて、相転移を起こすようなことよ。死霊術師として、確かにそれはできると思うし、学生を職業と考えれば、職能、つまり学生としての才能は価値観を変革することにあると思うわ」
「俺達はラジオ局に入って、十分価値観はぶっ壊れたと思っていたんだけど……?」
「そうよ。社会に出たら、価値観なんて変えざるを得ないようなことはいくらでもあるでしょ? 国も違えば、習慣だって違うんだから」
ウインクは船で色んな場所に行っているからよくわかっているのかも知れない。
「ぶっ壊れたなら、再構築しないとな。それに自分個人の価値観を作り上げるにはいい時期だと思うんだよ」
「コウジ、あなた蓄魔器まで作って、まだ変えようとしているの?」
ミストは呆れながらも笑みを浮かべていた。
「蓄魔器を作って変わったのは社会の方さ。俺達はそれほど変わっていない。でも、俺達は駅伝もやったし、野外研修でも見た。明らかに魔力量だけではない力があるってことをさ。しかも、それはどのギルドでも測れちゃいない。だろ?」
「変革の力か?」
「そう。変革を、いや些細な変化でもいい。ちゃんと観測しよう。それこそが生者の特性で、学生の職能だろ?」
「そんな奴、聞いたことねぇよ」
「本当にね」
グイルもミストも笑いながら、台本に書き足していた。
「私も同意するわ。本日、これよりラジオ局は、聞いているあなたの些細な変化を、小さな成長を応援します!」
ウインクがそう宣言してエンディング曲を流した。




