『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』16話「野外研修最終作戦」
魔物使いが、ミズバエやトレントを操っているのならコムロカンパニー級の実力者だ。いや、むしろこんなことをするのはコムロカンパニーか勇者一行くらいしかいない。
「試されているな」
「コウジ! これはなんだ?」
アグリッパが声をかけてきた。
「たぶん、野外研修の終わりに試験をしてくれているようです」
「なんだ、そりゃあ?」
「俺にもわかりません」
話している内に、ドーゴエやシェム、ダイトキも集まってきた。
「あれは環境ごと変える魔物の軍勢じゃない?」
「サポートに回るでござる」
二人とも空飛ぶ箒に乗っている。
「やりますか?」
「最後に面倒なことをやるの?」
ヒライとマジコもやってきた。自然と特待十生は集まるものらしい。
「コウジ、武器は何にする? お前が主力だ」
ゲンローさんが武器を大量に抱えてやってきた。
「ええ? 俺ですか?」
「他にいないだろ? 魔女たち、コウジの武器が壊れたら、すぐに変えてやってくれるか?」
ローブルームに乗った魔女たちにドーゴエが指示を出していた。
「はい、これ殺虫剤ね。枯葉剤はどうする?」
マフシュが俺に聞いてきた。
「いや、マフシュさんの枯葉剤は止めておきます」
「どういう意味!?」
「今後、10年も荒れ地じゃ困るってことよ。こっちは防衛に徹しているから、暴れてきて」
レビィさんがマフシュの枯葉剤を鞄にしまっていた。この学校には本当に危険毒物を作る人がいる。
「こぼれた魔物は俺たちが狩る。自由にやってくれ」
「リュージ! 少し手伝え!」
こういう時は最上級生のアグリッパとドーゴエが仕切るものらしい。
『さあ! 初夏香る昼日中、突如現れた魔物の軍勢に総合学院はどう立ち向かうのか!?野外研修、最終試験の開幕です!』
ウインクたちは勝手にラジオを続けている。
手に付いた汗ですべらないように、荒れ地の砂を握って手のひらに馴染ませた。
「ハンマー借ります!」
「おう。持ってけ!」
ゲンローに大槌を借りて、飛んでいるミズバエに向けて氷魔法を付与した攻撃を繰り出す。
パキンッ!
ミズバエの群れが凍りつき、腹に溜めた水分ごと地面に転がった。
スパパパ……。
シェムが棒の先に魔力で作ったトゲで、ミズバエの腹を突き刺していた。魔物たちの動きはダイトキが時魔法で遅くしている。
それでも、続々と森からトレントと虫系の魔物が飛び出してくる。
フォン、フォン、フォン……。
火炎魔法をまとわせた大槌で、トレントの幹を削り取っていく。吹っ飛ばすより、倒した方が敵にとっても障害物になるだろう。
そこまで考えて俺もようやく気づいた。
わざわざコムロカンパニーが俺たちの野外研修を手伝ってくれるとして、こんな魔物で攻撃してくるか。目的がおそらく違う。ミズバエが荒れ地に水を運び、トレントが枝葉を運んでいるとすればどうだろう。虫系の魔物は、トレントの残骸を分解して、土を残していく。
「土だ。シェムさん! ダイトキさん! これ荒れ地の土壌改善の実験です!」
「はあ!?」
「あ、え!?」
「俺たちの攻撃力を使って、適当に荒れ地の地面を掘り返し、ついでに魔物の死骸も拡散させているんだと思います」
「なるほど! とはならないでござるよ!」
「どうしてわざわざそんなことを?」
「野外研修なら、無料で俺たちが動くと思っている大人たちの罠でしょう」
「そんな狡猾な大人がいるわけがないでしょ!?」
「第一そんな面倒なことをする必要があるのでござるか?」
「そもそも土を作るって面倒なんですよ。砂漠じゃ、砂を土にするってけっこう大変なんで……。それに大規模に魔物を殺したりすると事件になるじゃないですか。でも総合学院の野外研修なら、勝手に学生たちも動くし、言い訳する必要もない」
「誰かが荒れ地を畑にしたいってこと?」
「そういうことです。しかも龍脈の上ですから、魔素を多く含んだ野菜が育ちます」
「魔法使いの魔力を回復させる食べ物を作ろうとしているのでござるか? 魔法使いギルドができたのは、昨日ではないか? そんな早く計画を立てて実行に移すような組織があるわけ……?」
「思考から実行するスピードが早い組織は、残念ながらあります」
俺たち3人の頭にはコムロカンパニーが思い浮かんでいる。
「ん~、これ殺虫剤とか使わずに荒れ地にばら撒いて成長剤を使ったほうがいいんじゃない?」
「たぶん。そして我々、ダンジョン管理者は現実で学ぶチャンスでござるよ。ここまでの人為的な環境変化を観測できるのはなかなかない」
ダイトキの鼻息が荒くなっていた。
ボフゥ!
風魔法を纏わせた大槌で、目の前のトレントを森へと吹っ飛ばす。場を一度、振り出しに戻す。
「じゃあ、とりあえず、戦術を変えますか」
「頼むでござる」
「私たちの仕事は拡散ね。言われてみれば確かに、魔物が弱い」
おそらく南半球の魔物なので弱いはずはないと思うが、ダンジョン塔での戦いでレベルが上っているのだろう。
ミズバエとトレントの対応を二人に任せて、俺は一旦学生たちが待機しているところまで戻る。
「おそらくこれはコムロカンパニーの作戦です。荒れ地の土を改善するために、ミズバエやトレントを送り込んでいると見られます」
「そんな……。どうしてわざわざそんなことを?」
「たぶん畑を作って、魔法使いに向けた魔力回復シロップを作るためでしょうね」
「いや、魔法使いギルドができたのはほんの数日前だぞ。そんなはず……」
ドーゴエもアグリッパも戸惑っている。
「あの会社だけは、それくらいやるねぇ……」
散々、魔族領でコムロカンパニーを見てきたマジコだけは呆れていた。
「検証も実験もしていないのに!?」
マフシュも引いていた。
「だから、たぶん、ここが丁度いい実験場だったんでしょう。俺たち総合学院の学生が踏み荒らしてますし、不測の事態は排除してますから」
「言われてみると、そうだけど……」
「早い者勝ちの実験場に、最も早く乗り込んできたと考えると、なくはないわね」
「実行速度が凄まじいな」
ミストもグイルも森から出てくるトレントを呆然と見ていた。
「ということで、作戦を変えます。荒れ地の隅々までトレントを走らせましょう。そこで、燃やすなり、倒すなりしていく感じで」
「じゃあ、毒は使わないほうがいいの?」
マフシュは毒を補充しようと薬研を用意していたようだ。
「成長剤に切り替えましょう」
「そんな成長剤なんて使ったらアルラウネが出現しない?」
塔の魔女たちが箒を片手に俺を見た。
「アルラウネやドルイド程度なら、ダンジョン塔でたくさん倒していたじゃないですか」
「確かにそうね。でも、本当に野外研修の最終試験みたいじゃない?」
「これくらいなら倒せないとアリスポートの総合学院じゃ、やっていけないってことか?」
魔力を使ってこなかった戦士科の学生たちも集まってきた。
「いいだろう! 我々はやる! ヒライ、いけるよな?」
貴族連合の長が前に出て、剣を抜いた。
「ええ、やりましょう。日頃、ダンジョンに潜っているんですから……」
ヒライは準備運動を始めた。
「よーし、武器に関しては俺たちが用意する! 存分に使ってくれ。体育祭の前哨戦だと思えば、大したことはない」
ゲンローと鍛冶屋連合が学生たちに武器を配り始めた。
「散らばればいいんだな!?」
「ローブルーム部隊が送っていくよ。回復薬も持たせてあげて!」
「で、あれば、我々僧侶科も行きます! いつも僧侶科は蚊帳の外じゃ実戦経験が積めませんから!」
「新入生は出れる者だけ出てくれ。実力不足を悟って引くも勇気。体育祭では、このレベルではないと思ってくれ」
「ほら、保存食も受け取って! いつまでかかるかわからないんだから!」
アグリッパとレビィが学生たちに声をかけていた。
「学校にいる間は、何でも用意してくれる人たちがいましたけど、一歩外に出れば、すべて自分で用意するんですからね! これはいい経験になるわ」
ソフィー先生たち、教師陣も協力を始めていた。
「悪いけど、皆、小型ラジオを持っていってくれ。魔物が集まっている場所を知らせるから!」
俺も小型のラジオを並べて、各グループの長たちに渡した。
「別に無視してもいいし、その都度、自分たちで判断してくれればいいから」
「だったら、ローブルーム部隊に通信袋を渡すわ。あなた達が荒れ地の目になるのよ」
「アラクネも協力して!」
「了解」
アーリム先生とマジコが低く飛ぶ箒の魔法使い部隊に通信袋を渡していた。
「チャンネルは!?」
「ウインク!」
「了解。全部私が実況するわ!」
アンテナバルーンが空を飛ぶ。
「そろそろ限界だ! リュージ、一声頼む!」
前線を見ていたドーゴエが大声を上げた。
ガォアアアアッ!
森に向かったリュージが吠え、空気が震える。ミズバエが落下し、トレントたちが一瞬足を止めた。
その間に、シェムとダイトキが拠点に戻ってきた。
『用意はいいな! 総合学院! 野外研修最終作戦、完遂するぞ!』
ラジオから、ウインクの声が聞こえた。
去年と違い、ウインクが一人で、空飛ぶ箒に乗りラジオを放送している。
「グイル、ミスト、俺たちは分配だよ」
「はぁ?」
「え? なに?」
「俺たちでトレントを荒れ地の奥地まで引っ張る。バングルーガー先生も協力して下さい。幻惑魔法で、挑発できませんか?」
「そりゃ、できなくはないが……」
「それお札にできませんか?」
「できる……。というか、幻惑魔法の魔法陣票なら用意してあるけど……?」
「ください!」
「わかった。魔法陣は危険なので、取り扱いには十分に……」
「注意が必要なんですね?」
ありがたく挑発魔法の魔法陣票束を受け取った。
「クイーニィさん!」
「俺も協力するのか?」
雪男のぬいぐるみになったクイーニィがどすどすと音を立ててやってきた。
「何をする気だ?」
「俺たちも協力するぞ。なにかできないか?」
ドーゴエとともに、留学生のガルポたちエルフもやってきた。
「じゃあ、この札を持って荒れ地の各地にトレントを引っ張ってください」
魔法陣票を一人ずつに配った。
「お前なぁ、言うのは簡単だけどよ……」
「おい、このラジオ局長は無茶しか言わないのか?」
「無茶しか言わんです。すんません」
ドーゴエたちにグイルが謝っていた。
「じゃあ、上から降ってくるトレントに気をつけて。よろしくお願いします!」
「上からぁ!?」
「何を言っているんだ!?」
声を聞きながら、俺はトレントの群れの中に突っ込んでいった。
とりあえず、群れを割っていく。土の中に剣を突っ込んで、地面を魔力で掴み、持ち上げる。
ズボボボボッ!
ちょっとした小山でトレントの移動先が分かれていく。
リーン!
不意に森の中から、鈴の音が聞こえてきた。俺は咄嗟に手を叩いていた。




