『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』12話「塔の正体とは」
夜空には星が瞬き、心地よい風が吹いていた。古い石造りの塔は円柱型で近づくと見上げるほど大きかった。
塔の敷地と荒れ地には植生で境界が分かれている。塔の敷地の中は鬱蒼とした雑草だらけだが、荒れ地側はほとんど植物がなく、あったとしても背の低い草だけだ。
ミストが塔の近くにテントを張り直してくれていた。学生のキャラバン隊も続々と近くに拠点を置いている。
「ゴーレムが入る前に調査すると言って空を飛んでいたら、うっかり敷地内に入って出てこられなくなったみたいね」
「空は境界がわからないからな」
塔の前では、閉じ込められたことのあるバングルーガー先生が魔力を使う方法をどうにか教えようとしていた。魔力を消費することで敷地内から出られるらしい。
「要するに、その魔力を集める魔法陣が敷地内全体に張り巡らされていると考えていいんだろ?」
「たぶんね。でも、魔法陣がどこに仕掛けられているのかはわからないんだって。地中だとしてもかなり深い場所だってバングルーガー先生は言っていたわ」
「二年いた人に言われると、確かだろうな」
「入るの?」
「入らなきゃわからないというのが、前時代の人たちだろうね。私たちは境界の縁沿いを調べてからにしよう」
ウタさんが、調査作戦を組み立ててしまう。考古学者として長く活動をしているから、すでに地中になにかを見つけたのかもしれない。
爺ちゃんと婆ちゃんは「日が暮れたから、業務終了」と、夕飯を作っているエリザベスさんとレビィのところに走っていっていた。元気だ。お酒を作っているのだとか。そんなことを孫の野外研修中にするなんて……。後で、ラジオのロゴを入れて、売ろうと思う。
「調査って他の学生たちも参加できないですか?」
「魔法使いは辞めたほうがいいんじゃない? たぶん、知識がある方が混乱する類の呪いだと思うから」
「そうなんですか? じゃあ、ほとんど魔法を使わない戦士科の学生だったらどうです?」
「それならいいと思う。というか、魔体術も使えない学生とかいると手伝ってほしいくらい」
ラジオ局が即座に号令をかける。
ほどなく魔力操作をサボっていた学生たちが、今こそ自分たちの活躍の場だと思って、テントの前にずらりと並んでいた。
「閉じ込められちゃった魔女たちを救うのに、俺達の力が必要なんだろ?」
「だったらやってやろうじゃないか! 俺達だって学生だ」
「ん~、いや、そうでもないんだけど、ほら、ここで調査をやっておくと、今後、もしこういう仕事があったら、何ができるかわかるでしょ?」
ウタさんがはっきり言ってしまう。真実が鋭利な刃物になることがある。
「あ、はい……」
「ということで、ピッケルを受け取ってください。周辺調査なので、無闇に塔に入らないように。植生が違うのでわかりやすいかと思います」
「お、おう。わかりました」
「ピッケルは地面に刺していくだけで、結構です。もし、突き刺して抜けても、そのままにしておいてください」
「魔力が使えない者のミスくらいは許容してくれるということか?」
「違います。地中の魔力の流れを見る作業ですので、皆さんは気にしなくていいです」
「今どき、魔力を使わないで戦士をやるということ自体、レアリティは高いので、ちゃんと自分の強みを考えて行動をお願いしますね」
ウタさんは先輩でもあるし、ズバズバ言うので若干戦士たちのテンションが低くなっている。ちょうどよくウインクが合流してきたので、事情を説明したら笑いながら「よし」と言って、前に出ていた。
「はい、チャンスターイム! はっきり言えば、皆さん戦士のくせに、使えないレッテルを貼られていたと思うんですよ。このまま卒業してコロシアムに出ても、勝てる見込みはありませんしね。でしたら、冒険者として、もしくは武力を扱える現場で働けるように調査業務をきっちりできるかどうか、ミスをしてもちゃんと記録できるかどうかが重要になってくるかと思います。その前に道具を扱えるかどうかも、自分で確認していきましょう。魔石灯もありますし、道具が扱えるだけで、一気に仕事の幅は広がりますし、案件次第では報酬も跳ね上がりますから。此度の案件、己の可能性を広げる挑戦と捉え、完遂するぞー!」
「おおっ!」
なぜか盛り上げてから、調査に向かってもらっていた。魔力を使えなくても魔道具を扱えるなら、全く別の依頼も受けられるようになるだろう。
魔石灯の明かりが左右に向かっていく。
「コウジは戦士の刺したピッケルの先から魔力を出して……」
「反響する魔力を拾っていくと?」
「そのとおり。たぶん、これ本体は魔法陣とか呪いとかじゃない気がするんだよね」
「どういうことですか?」
俺は靴と靴下を脱いで裸足になった。この方が魔力を探りやすい。ウタさんも裸足になっていた。ウタさんは左へ、俺は右へ行き、塔の反対側で合流することにした。
戦士科の学生たちがピッケルを等間隔に刺してくれているので、そこに魔力を流して、ピッケルの先から同心円状に地中に何があるのか探っていく。
「ああっ!? なんじゃ、こりゃ!?」
「ほらね?」
ウタさんが俺の方を向いて、魔石ランプを振っていた。
地中には巨大な岩が塔を中心にして張り巡らされている。俺はこれと似たようなものを見たことがある。
「これ、世界樹の化石じゃないっすか?」
俺は次のピッケルに向かいながら、通信袋でウタさんに聞いた。
『塔の形状からしてそうだと思ってたんだよね。で、かなり長い間、地中に埋まっていたけど、水害や地盤の沈降で表に出てきて、風化していた。それを見つけた魔術師が化石をくり抜いたりして住める塔を作ったんじゃないかと思う』
「なるほど。元々世界樹なら、建築スキルもそこまでいらないのか。でも、1000年前に赤道に壁ができて龍脈の流れが変わったと?」
地中を流れる魔力の大動脈を龍脈と呼ぶ。
『そう。だから、10数年前まで注目もされなかった。その幻惑魔術師の先生が閉じ込められるまで、誰も気に留めてなかったんだと思う』
そんな事あるのか。結構大きな塔に見えるけど、地中の中はもっと大きい。塔は世界樹の化石からすれば、ホールのケーキにロウソクを立てた程度だ。
「ウタさん。これ、大鉱脈なんじゃないですか?」
『たぶんね。化石とは言え、世界樹だからかなり魔力を溜め込んでいると思う。龍脈上が荒れ地になっていることを考えると、相当じゃない? というか、よく幻惑魔術師の先生は出られたね。魔力を捨てることで、世界樹の呪縛から逃れたってことでしょ?』
「枯れ葉扱いってことですかね」
『そうかも……。というか、この塔の境界って世界樹の幹があった場所じゃない?』
「あ……、本当だ」
ピッケルの先から地中を探っている間に、答えが見つかってしまった。
「世界樹だった記憶が魔力と結びついてしまっているということですか?」
『そうかもね……。考古学の領域ではなく、古生物、古植物学の領域ね。今の人間からすると呪いやまじないに見えるというだけで』
「でも、これ破壊したり発掘しちゃうと、魔力が吹き出してきちゃうんですよね?」
『そうね。北極みたいに、ダンジョンでも作るしかないんじゃない?』
「誰が管理するんです?」
『さあ? コウジやりなよ』
「嫌ですよ。面倒臭い。マジコさんやりませんかね? 魔道具の聖地みたいにして」
『ああ、それ父が止めそう』
魔族領に学校を作ることが、大統領の悲願だ。
その後、何も決まらないままピッケルを回収して、世界樹の化石であることが判明した。
「どうしたらいいんですかね?」
「さあ? とりあえず、中に閉じ込められている魔女を助けたら?」
俺は正面に戻り、境界に土魔法で壁を作った。もしかしたら、はじめて土魔法を使ったかもしれない。地面の土を引っ張り上げただけだが。
「教えてもらったばかりの門の魔法を使って……」
土の壁に魔力の門を作り出し、鍵の魔法で開けてみると憔悴した魔女たちが座り込んでいた。
「お疲れ様です。出られますよ」
「ええ!? なんで?」
「土地の記憶と魔力が結び付いていただけですから」
「そんな……!?」
わけがわからないながらも魔女たちが出てきて、魔導連合に合流していた。
「で、結局何がわかったんだ?」
「言われたことだけやっていたがそれでよかったのか?」
手伝ってくれた戦士たちが聞いてきた。
「いいんですよ。まず、あの塔ですが、世界樹の化石でできています。地下にはもっと巨大な幹や根の化石が埋まっていて、おそらく魔石の産地になると思います。大手柄だと思ってください」
「「「おおっ!!!」」」
「ただ、こんなところがあると、魔物が集まってきてしまうのは当然です。ダンジョンのような魔力を消費する施設を作り、運用していくのが一番安全だと思うのですが、なにか案はありませんか?」
急に魔力を消費する案はないかと聞かれても困るだろう。特に俺も期待していなかった。
「低空飛行船の発着場にできないか?」
「俺達みたいな魔力操作の苦手な奴らが魔道具を使う訓練場にできないか?」
「その場合、魔物が集まってきてもらったほうが訓練になるんだけど……」
戦士たちもいろいろ考えてくれていたようだ。
「それはいいかもしれないですね。ちょっとラジオで呼びかけてみます」
「おいおい! ちょっと待ってくれ!」
鍛冶屋連合が遠くから声をかけてきた。
「木製のゴーレムを作っちゃったぞ!」
ゲンローの背後には、木製のゴーレムことウッドドールが付いてきていた。
「どうして!? 木製のゴーレムのほうがいいでしょ!?」
ソフィー先生は自分のぬいぐるみの中にいるクイーニィをウッドドールに乗り移るように抗議している。
「悪いな。ソフィー、この綿の身体がどうにも心地よくてなぁ。どれだけ殴られても効かないし、誰も壊そうなんて思わないだろ? 便利でならないよ」
「やっぱり燃やしてしまおうかしら……」
ソフィー先生が火炎魔法を詠唱し始めたので、慌てて学生たちが止めていた。
「魔力の補給基地ができたってことだろ?」
ドーゴエもゴーレムたちと一緒にやってきた。ゴーレムたちは俺が作った土の門から入ったり、出たりし始めた。問題はなさそうだ。
「天然の障壁があるなら、門の魔法陣を描いて固定してしまえばいい。バングルーガー先生、塔には時魔法がかかっているのかい?」
「ああ、そのはずだったんだけど、世界樹の化石と言われるとな……。でも、二年も生きながらえるほどの保存食はあったぞ」
「先生、もしかして死んでませんよね?」
ミストが聞いていた。自分が死んだことに気づかないでいる死霊の魔物はいるらしい。
「死んでいないはずだよ。調べるかい? 回復薬をかけてもらっても構わない」
「いえ、失礼しました。でも、化石の塔に保存食があるなんて……」
「せっかく、塔に入れるようになったんだから調べてみよう」
アグリッパが明るく門を指さした。
「いや、ちょっと待て! 危険だ!」
「そう! 危ない!」
「幻術が発動するわ!」
バングルーガー先生と閉じ込められた魔女たちが叫んだが、ドーゴエとアグリッパが門から入った。
グォオオオオン!
次の瞬間、塔の敷地内に大量の魔物が現れた。
「攻撃範囲は腕の範囲だと思ってくれ! 関節は全く意味をなさない!」
バングルーガー先生が説明したが、よくわからなかった。
ドーゴエとアグリッパはゴーレムとポチを下がらせ、幻術の魔物に対処している。
ドゴンッ。
ドーゴエのハンマーで飛んできた幻術の魔物が、境界の壁にぶつかって消えた。ただ、すぐに上から同じ魔物が降ってくる。
「上等だぜ!」
ドーゴエが咆えた。
「きりがないな! 魔力を消費し尽くしたら消えるのか!?」
アグリッパは幻術の魔物を斬り伏せながら、バングルーガー先生に聞いていた。
「塔に逃げてくれ! なにもないが安全圏ではある! 塔よりも大きな魔物は出てこないから」
「無茶苦茶だ……」
「先生、魔物がなにか落としたぞ!」
「それが保存食だ。持っておいたほうがいいかもしれん!」
先輩たちが必死で幻術の魔物と戦っているのを見ながら、俺はずっと考え込んでいた。
「どう見てもダンジョンよね?」
いつの間にか、隣にシェムとダイトキが立って、先輩たちと幻術の魔物を見ていた。
「そうなんですよ。ということは、ダンジョンって境界を作れればできるということですかね?」
「そうね」
「アイテムは時間の制約を受けないということでござるか。魔力で生み出しているのに、有機物とは……。いや、鬱蒼と生えている草は、ドロップアイテムのためでござるか?」
「ああ、なるほど……。上手い設計かもしれませんね」
トキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんが夕飯を持ってきていた。
「時の勇者は面白いことを考えるものだ。自分を鍛えるためのダンジョンでござる」
「ほら、今のうちに食べておきな。こんな外から観戦できるダンジョンなんてあんまりないから」
たぶん世界的に見ても、ない。
「あの魔物はかつていた魔物なのかな?」
「世界樹が枯れる前の魔物を呼び出しているのかもしれないね。でも、腕が触手のようにもなっているよ」
「召喚魔法の罠ではないということでござるか? もう少しゆっくり戦ってくれれば観察ができるものを。もどかしい」
シェムとダイトキが、羨ましそうに見ていた。
「あれは、たぶん、幻術と組み合わさっているのさ。あの二人、恐怖の幻術にかけられているから、予想外の動きを繰り出されているだけだね」
「それを攻略するから強くなるのでござる」
婆ちゃんと爺ちゃんが解説してくれた。
「よくわかるね」
「伊達にいろんなものを見ていないのでござる」
「コウジ、千里眼の魔法を使えるなら、ダンジョンコアの場所を割り出せるのではないか?」
シャルロッテ婆ちゃんに言われて、千里眼の魔法を使うと、世界樹の切り株の中心にあった。つまり、地中深くにある。
「ああ、あるね。でも、掘るのが大変だと思うよ。シェムさん、操作盤みたいなものってあるんですよね?」
「え? ダンジョンコアがあるならあるんじゃない? しかもこんなモンスターまで出てくるんだから」
千里眼でその操作盤も見つけられないか探ってみたが、そもそも今の操作盤と違うようで見つからなかった。ダンジョンコアは見つけられるのに。
「魔物が降ってきたということは、やっぱり塔の上かな……」
「おい、これはどういう状況だ?」
「大丈夫なの? 実況していい?」
ラジオ局メンバーも集まってきたので、俺はミストと一緒に説明を試みた。二人が理解できるかわからないけど。
「世にも珍しい野外ダンジョン!?」
「ダンジョンにしたほうがいい場所には、すでにダンジョンがあったということだろ? しかもちゃんと簡単には出られないダンジョンだったと」
「いや、まぁ、別に出られるんじゃない?」
俺は鍵の魔法で門を開けた。
「出ますか!?」
「いや、もうちょっとやっていく!」
「俺もだ! 経験値がちゃんと入っているのかも調べておくぞ!」
二人とも、笑っている。自分の恐怖に打ち勝つことを楽しめるタイプの戦士なら楽しいのだろう。
「こんなダンジョンがあったとは……。想像力の未踏領域をこじ開けられた気分だわ」
「召喚術と幻術を組み合わせると……。魔法は無限でござるな」
シェムもダイトキも世界樹の化石に塔を建てた者に打ちひしがれていた。
「これ見世物にしてはどうかな? 新しいコロシアムにもできるだろ?」
「恐怖の想像力次第で、いかようにも魔物が変わるとしたら、魔物学者泣かせでござるよ」
シャルロッテ婆ちゃんもトキオリ爺ちゃんも暢気だ。
「ミスト、ウッドドールに土地の霊魂を入れる実験はできるか?」
ゲンローと鍛冶屋連合が待っていた。
「ええ。もちろんです。『野外研修』で皆好き勝手やっているので、こっちも進めてしまいましょう」
「その前に、このクイーニィを出してもらえないかしら?」
ソフィー先生がぬいぐるみを引っ張りながらミストに懇願していた。
そこにマジコが雪男のぬいぐるみを持ってやってきた。
「これ昔、私が使っていた実験用のぬいぐるみ。ボロボロだけど、たぶんこれならクイーニィも気にいるんじゃない?」
「いいのか?」
「その代わり、実験には付き合ってもらうけどね」
早速、クイーニィの霊の引っ越し作業が始まった。
「じゃあ、ちょっとウインクも手伝って」
「あ、うん。なにするの? あ、祭壇作るのね」
目の前では先輩たちが異形のモンスターたちと戦い、横を見れば、死霊術の実験が始まっている。
「ええ……。ちょっと何が起こっているのかわからなくなってきました」
グイルは実況を諦めている。
「ウッドドールに魔力の補充を頼む」
「はい」
俺はとりあえず、言われたことに対処することにしよう。
「このウッドドールに私の回復薬を使ったらどうなるのかな?」
さらにマフシュが回復薬を持ってやってくる。
「これ以上、何をするつもりですか?」
「なんでもやっていいのが『野外研修』でしょ?」
「そうだけど!」
夜が更けて、月が高く上がってきた。
「夜食、食えよ!」
「歯、磨けよ!」
どこからともなく、職員たちの声が聞こえる。
ここは何をやっても受け入れてくれる学校だ。




