『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』11話「その道がどんな道なのか歩めばわかる」
門と鍵の魔法についてクイーニィに教わっていたら、トキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんは笑っていた。我が家の祖父母は、俺を魔法の権化のように思っているらしい。学校で攻撃魔法や幻惑魔法を学んでいると言うと、「そんなバカな」と笑い転げていた。
「俺にも難しいことはあるんだよ」
「それはないのでござる」
「コウジが構造を理解できていないだけで、自分で門と鍵を作ってみればすぐだよ」
「ええ?」
クイーニィは俺を見て、ちょっと引いていた。
「いや、魔法陣とかわからないから教えてほしいです」
「教えるけど……。それが塔に使われているかどうかわからんぞ」
「いいですよ」
とにかく俺は、魔法における鍵の構造をクイーニィに教えてもらった。魔法陣までちゃんとノートに書き取る。魔法使いクイーニィの特別講義のようで、学生たちも数人集まっていた。ぬいぐるみの持ち主であるソフィー先生は腕を組んで憤慨しているが、野外研修は自己学習が基本なので、何を誰から学ぶかは自由だ。
たとえ、教えるのがぬいぐるみに取り憑いた魔法使いだとしても。
俺からすると門と鍵の魔法は変形型魔力操作のようなものだった。これに性質変化などを合わせて使うと、一気に難しくなるがそんなこともないらしい。
「属性を合わせないといけないということもないんですか?」
「そんなことできるのか?」
水属性の魔法を魔力の膜で閉じ込め、氷魔法で固定しないと鍵が開かないなんてこともできるだろう。応用編は作っていないらしい。
「できますけど……。まぁ、そこまでしなくていいのか」
ぬいぐるみのクイーニィは俺を見てやはり引いていたが、すぐに学生に囲まれていた。
「鍵魔法を使えるようになれば、機密文書を取り扱う場所に配属されるのでは?」
「古い開けない魔法書も開けるんですよね?」
「精神魔法の解錠に使えるということはありませんか?」
とりあえず、まだまだ学びたい学生たちに任せて、俺はゴーレム用の木材調達に向かう。
荒れ地から離れ、ルートを逆走し森に入る。
なぜかトキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんが着いてきた。
「どうしたのさ。きっと学生たちは爺ちゃんたちを待っていると思うけど?」
「いや、大丈夫でござる。どうせ、教科書に残してあることくらいしか教えられない」
「そう。私たちの人生は本として残っているからね。それより、これからコウジがやろうとしていることのほうが大変だ」
「え? 別に大したことをするつもりはないけど?」
「いや、たぶんするのでござる。おそらく我々からすると、あの幻惑魔術師の塔と呼ばれる場所は未来の魔法技術が詰まっている」
「コウジにとっては過去だけどね。私たち1000年後の未来を生きているけど、800年前や600年前のことは歴史書で知るしかない。きっとあの塔も歴史書と同じさ」
「なるほど……」
爺ちゃんたちは時代を飛んでしまっていて、途中の魔法使いたちが残した思考の軌跡を知りたいのだな。そして、それが今は失われてしまっている可能性が高い。少なくとも現代の魔法技術者であるバングルーガー先生は2年も閉じ込められるような事態になっている。
「でも、俺は塔に入れないから、ゴーレムを作って死霊を呼び出し、ゴーレムから話を聞いて資料作成をするつもりなんだけど……」
「だろうね。でも、もっと簡単なのは、コウジが塔周辺を丸ごと魔力の流れを分析して、時魔法で閉じ込め、行き来を自由にすることじゃないか?」
「なにそれ? そんな難しいこと言っても無理だよ」
「大丈夫さ。トキオリは腐っても元時の勇者だよ。時魔法を使うのは問題ない。私も空間魔法で飛ばすくらいはわけないし、ダンジョンを作る学生だっているんだろ?」
「塔を丸ごとダンジョン化しろって話? でも、塔自体がダンジョンだったら、崩壊するよ。ダンジョン内にダンジョンコアが2つあると、空間がぐにゃぐにゃになるんだ。あれはけっこう大変だよ。え? もしかして、それをやれってこと?」
「いや、流石にそんなことを孫にさせられないよ」
「分析してみろって話でござる」
祖父母が何をいいたいのかさっぱりわからん。
「なに? 探知スキルを取れって言ってるの?」
「そうではない。もっと馴染みがあるだろ?」
「なに? あ……。ソナー? 魔力を放って、魔力の流れを探れって話?」
「そう。そして、魔力の流れを盗めば、塔に向かう魔力が切れる……」
改めて我が家はおかしなことを考える人間ばかりだ。
「それは……、確かにやってみないことにはわからないけどさ。なんか変な古代兵器とか起こしたりしないかな?」
「大丈夫でござる。そんなものがあったら、もっとゴーレムが普及している」
「そうかなぁ。でも魔法使いを一人二年も閉じ込めるような塔だよ。なんか罠を仕掛けているわけでしょ?」
「そう。それを無理やり解除できるのはコウジだけ」
「そんなことないよ。婆ちゃんたちだってできるだろ?」
「シャルロッテがそんな繊細な真似ができるわけないのでござる」
「コムロカンパニーの者たちも力でどうにかしようとするだろう? 勇者一行は勇者選抜大会の準備で忙しい。となれば、コウジしかいないよ」
「いいや、そんなことはない。考古学一家がいるよ」
「あ! 来るのかい?」
シャルロッテ婆ちゃんが言った時、空からウタさんが落ちてきた。
「噂してた?」
「ええ。あんまり呼びたくはなかったんですけどね」
「今回は私だけよ。ラジオで聞いて、飛んできただけ」
ウタさんは周囲の砂埃を箒で払って、森の匂いがする香水をつけていた。
「なんです? その匂いは」
「カモフラージュのためにね」
「なるほど。また、3日もお風呂に入っていなかったわけではないんですね」
「それもある。髪がゴワゴワだわ。それより、資料ゴーレム計画ってのは進んでいるの?」
「死霊をゴーレムへ計画です」
「どっちでもいいわ。死霊術師がいることでそんな歴史へのアプローチがあるだなんて、ちょっと嫉妬している」
ウタさんは、一国の王家で大統領家でもあるから他人を妬むようなことをしないはずだが、歴史的な企画には思うところがあるらしい。
「トキオリさんもそこまでは時代を遡れないのですか?」
「無尽蔵にあるコウジとは違うのでござる」
「そうですか。まぁ、でも、歴史は死者に聞くのが一番早いのかもしれないわね」
ウタさんはやり方を覚えて、他の地域でも試すつもりのようだ。
「おーい。コウジー! 木材を乾燥させ……るんだろ。こんにちは……」
アグリッパがポチを連れて森まで来ていた。木材の乾燥を鍛冶屋連合に頼まれたのだろう。うちの祖父母とウタさんという有名人がいたから戸惑っているのかもしれない。
「お邪魔ですか?」
「いや、むしろ爺ちゃんたちが勝手に野外研修に参加している感じなので気にしないでください。俺が木を切っていくので、アグリッパさんたちは燃やさない程度に乾燥をお願いします」
「わかった。木が割れないのか?」
「割れないのでござる」
トキオリ爺ちゃんが時魔法を使ってゆっくり乾燥させるのだろう。
とりあえず、ウタさんと一緒に木材を切っていく。間伐を考えてなるべく間隔を開けて切っていたら、ウタさんが「お利口さんね」と嫌味っぽく言っていた。
「これをしなかったからウッドエルフが滅びたかもしれないじゃないですか」
「確かに、ゼロか百かで決めるとなんでも途中が蔑ろになるからね。極端な記録しか残らなくなる。だから後の世の人は、その間に何があったのか知りたくもなるわ」
「割合と配分が大事ってことなんですかね?」
「ああ、そうなのかも……。コウジ、それをやるの?」
「なんですか?」
「いや、ラジオで知識を広げて、蓄魔器で魔力を広げているでしょ?」
ウタさんに言われて、はじめて自分がやっていることが抽象化できた気がした。
「俺、世間的には広げたい人間なんですかね?」
「傍から見ているとそうなんじゃない? そんなつもりはなかった?」
「ラジオが好きなだけですし……、蓄魔器はできるかなぁと思って……」
「じゃあ、なにかを広げるのが得意なんだよ。気づいていなかっただけで」
「そうなんですかね。広げる……」
急に能力を自覚すると戸惑う。魔力の刃渡りを広げて、木を伐採。倒れる木々をまとめて縄で縛り上げる。
「皆伐しないようにね」
「はい」
木材を乾燥させて、すぐに鍛冶屋連合のもとへ持っていく。
「じゃあ、これで頼みます」
「おう、任された。すでに先行隊が塔の周辺で調査拠点を作っているぞ」
「了解です」
「私はマジコに会ってくる」
「はい」
ウタさんがマジコのもとへ向かったので、俺はラジオ局の拠点へ。アグリッパと爺ちゃんたちも付いてきた。
「ラジオ、出ます?」
「いや、出ないけど……。ウタ先輩となんか変な話をしてなかったか?」
「ああ、俺は広げる系の能力を持っているかもしれないって話ですかね?」
「広げる系?」
アグリッパが訝しげな顔をしている中、先行隊に付いていっていたグイルが戻ってきた。
「グイル、どうだった?」
「拠点部隊が早速テントを張っていた。持っていった荷物を置いて帰ってきたよ。それより、こんにちは。どうしたんですか?」
グイルはうちの爺ちゃんと婆ちゃんに緊張していた。
「また、コウジがなにかやらかす雰囲気があるから、ちょっと観察をね」
「おそらく王都にいるより野外研修をしていたほうが、学生にとっても職員にとっても良かったのでござる」
「そうですか……。どういうこと?」
「俺に聞かれてもわからない。当事者だからさ。とりあえず、昼の放送をしよう。アグリッパさんもラジオ、出てくださいよ。どうせ先行隊について行っても、魔女たちしかいないでしょ?」
「ああ、いいけど……。何を喋ろと言うんだ?」
「野外研修で変わったこととかですかね」
「変わったこと!?」
アグリッパは首をひねっていたけど、ラジオの即席ブースに連れて行った。シャルロッテ婆ちゃんがお茶を入れてくれて、お菓子まで持ってきてくれたので、出ないわけにもいかないのだろう。
「ということで、やってまいりましたお昼のバカ話」
俺はラジオのスイッチを押すなりすぐに放送を始めた。
「ライブ放送でやっています。この数日の野外研修で、自己認識が進んだことってありますか?」
「突如の質問だね。今日はアグリッパさんも来ているんで、コウジの暴走を止めつつ、アグリッパさんにも聞いていきましょう」
グイルはちゃんと司会もできる。俺達もすでに3年目だ。
「いや、俺の前にコウジが答えてくれよ。さっき、ウタ先輩が森の方まで来ていて、木を切りながら話していただろ?」
「ああ、そうですね。あの、何が得意なのかを聞かれたときに、自分では答えられなかったんですけど、どうやら世間的には広げることが得意な人間だと思われているらしいことがわかったんですよ」
「ああ、たしかにな。ラジオもそうだし、蓄魔器も広げているようなものだな」
グイルも納得している。
「これは言われてみれば、そうかも知れないけど、俺自身はウタさんに言われるまで気づかなかった」
「でも、俺からすると、大抵の事は、コウジは得意だと思うぞ。コツを掴むのが上手いんだ」
「いや、先輩の俺から見ると、魔力の運用が恐ろしく上手いと思っていたな。まさか、蓄魔器を作るとは思っていなかったけど」
アグリッパさんも話し始めた。
「魔力は子供の頃から、魔力操作と性質変化はさんざんやらされていて、気づいたら使えないと死ぬような場所に放り込まれていたんで。環境要因で得意にならざるを得なかったことと、自分が好きで得意になったことって違うのかもしれないですよね? 例えば、グイルは商売の才能は環境要因だろ?」
「そうだな。でも、駅伝に出たときに気づいたのは、体力や気力を制御することとかペースを守ることだ。俺はよく金の勘定をしていたから、数値化することが得意だったんだと思う。アグリッパさんもそういう能力ってあるんじゃないですか?」
「ああ、俺は……、そうだなぁ。剣術に関しては環境要因だろうな。軍人一家だしさ。でも、今回の野外研修でわかったのは、大して知らない魔物や大量の魔物が苦手だってことだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。あのぅ……、この前荒野で夜中に魔物を倒しまくって気付いたんだけど、倒していい魔物なのかどうかで迷うんだよな。それに俺は、魔物使いの一面があるだろ? だからか、自分に理由をつけないと立ち止まってしまったりしていたんだ」
「結構、衝撃ですね! ということは、冒険者として活動もされてますけど、もしかして魔物学者よりだったということですか?」
「それはそうだと思う。効率を考えても、大量の魔物と対峙したときに、倒して終わらせるより、仲間にして増やしたほうが楽だろ?」
「楽というか、そんなことはできないんですよ」
「そうなんだけど、幻惑魔法なんかを見ていると、できそうな余地がある気がするんだよな」
「魔物使いとしてのレベルが上がってるんじゃないですか?」
「魔物愛護団体を立ち上げたりして?」
「いや、そこまではない。人に害のある魔物だらけだからなぁ。でも、今は魔族でも人化の魔法を使う者がいるように、俺が魔物化の魔法を会得できれば、今までとは別の魔物の関係性を構築できるかもしれないとは思っているよ」
「それは、すげぇ話だ! 目からウロコですよ。俺も竜と暮らしていましたけど、竜化の魔法を会得しようとは思いませんでしたから」
「変化の魔法は確かにあるはずなので、それ、ブルー・オーシャンかもしれませんね」
「アグニスタ家としては完全に道を外れてしまったから、実家の敷居を跨げなくなっちまったけど……」
「いや、魔物使いとしては正道だと思いますよ。自分の道を見つけたのなら、誰に何を言われても歩くしかないじゃないですか」
「そう言われると、心強いよ。コウジも、これを続けたほうがいいんじゃないか?」
「ラジオですか? 一応、続けるつもりはありますけど……」
「いや、なんというか、全く別の価値観を認めていくっていうかさ。もちろん、悪辣な奴も狡猾な奴もいるけど、その価値観自体があることは認めるだろ? 前の校長とかさ」
「ああ、価値観があるのはわかりますけど、自分とは違うと思ってますよ。どう選択していくのか場合分けもあると思いますし」
「そうか。たぶん、場合で分けなくても、いつの間にか歩いているところが自分の道なんだろう。この学校に7年いて気づいたよ」
アグリッパはちゃんと自分の道を見つけたのか。
「それ野外研修が大きかったですか?」
「一番は学校生活だな。冒険者をやりながら、皆受け入れてくれていたから。あと駅伝が終わって、俺は北極大陸に行っただろ? それも結構自分の中では大きかったな。ここまでやっていいんだと思える研究者が多かったから。だったら、自分も、アリスポートで家柄がどうとか言っている場合ではないと思えたんだ。家族は家族の人生があるし、親父には親父の人生がある。俺は俺の人生の道がある。それが茨の道であろうと、舗装された石道であろうと、歩かないといけないしさ」
「自分を認識して、他の道は諦めてしまったということですか?」
「そうかもしれない。家を追い出されても生きていくしかないし、術は教えられたし、先人もいるからなぁ。踏み出す一歩があるなら、それを続けていくしかないんじゃないか。あとから、それが道だったという場合もあるだろうし」
「なんかバカ話が深い話になっちゃいましたね。ちょっと俺も考えないといけなくなったかもしれません」
「いや、俺もだ。でも、それを野外研修でやりたかったんだよな?」
「そう! これが野外研修の正攻法です」
俺たちは、暑い日差しの中で熱めのお茶を飲みながら、話に夢中になっていた。
塔に魔女数名が閉じ込められたと聞いたのは、ラジオが終わって日が落ちる寸前のことだった。




