『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』10話「表の目的と裏の成果」
「確かに、歴代にいた時の勇者の中には幻惑魔術師がいたのでござる」
トキオリ爺ちゃんが語り始めた。
「幻惑魔法と時魔法は近しいのですか?」
バングルーガー先生が、夜食を食べながら身を乗り出して聞いていた。
荒れ地の夜空には星空が瞬いていた。
大きな焚き火を囲み、学生たちは寄り集まってハンモックや寝袋で寝ている。日射病を避けるため、昼はそれほど進まなかったが、夕方から一気に塔に近づいた。
「もう近くだ」
バングルーガー先生は、塔の位置を地図に書いていた。
魔物も大型の魔物が出てきた。ただ、リュージが雄叫びを上げると、一斉に逃げ出している。実力差がありすぎるのか。
「それで、自分の中の常識が通じないとかあったか?」
目の前のグイルが聞いてきた。ラジオ放送中だ。つまりラジオ野外研修深夜便の最中に、話すネタもなくなってきただけ。
「それなんだけど、すごく初歩的な話で申し訳ないんだけど……」
「なんだ? コウジはもう見つけたのか?」
「ああ、俺は人間の生活を知りたくてこの学校に入ってきただろ?」
「あ、もうそれを言っちゃうんだよな」
「だって、知ってるんだろ? 俺がナオキ・コムロの子どもってことは。聞いている人たちはさ」
「まぁ、駅伝の主催でもあるんだからしっているか。それで? 非常識な生まれのコウジはなんの常識が壊れたんだ?」
「非常識側から言わせてもらうと……、あのさ、移動ってめちゃくちゃ時間がかかるんだな」
そういうと、グイルは笑い始めた。
「そう! そうなんだよ! ようやく気づいたか! いいか? そんな簡単に魔法使いでもないのに空なんて飛べないんだぞ」
「そう! それも魔法使いなら飛べるっていうのはどこから来たんだ?」
「え? それは……」
「なんか、聞いた話によると、空飛ぶ箒は親父が作ったとか。それまでの魔法使いはなににまたがっていたんだ? ペガサス?」
「ちょっと待て。ペガサスはいるのか?」
「いや、知らない。グリフォンとかは乗るのに高いだろ? ペガサスはどこにいるのかわからないけど、もっと安く乗せてくれるのかと思って」
「ペガサスの希少価値が高いんだから、グリフォンよりは高いだろ?」
「そうか。いや、とにかく移動にこんな時間がかかってたら大変だなと思って」
「そうだぞ。大変だぞ。実際、馬車だって王都に毎日来ているけど、遠くの荷物は何日もかけてくるんだからな」
「そうなんだよ。野外研修をしながら、もっと空飛ぶ箒を使えばいいのにって思ったんだけど、あるにはあるけどほとんどの人が使ってないんだよな」
「落ちたら死ぬからじゃないか?」
「そう。魔法使いでも使ってない人が多い。だったらもっと安全な低く飛ぶような箒があれば売れるってことか?」
「魔力があるやつなら買うんじゃないかな。でもそれなら別に箒じゃなくてもいいぞ」
「靴は意外と操作性が難しい。箒は竹がしなるから、曲がりやすいんだよ。先が広がっているから、風の影響も少ない」
「ああ、そういう事情で箒だったのか。じゃあ、箒でいいのかもな。低く飛ぶ箒、作るのか?」
「配達業が変わるかな?」
「確実に変わるね。屋根の修理なんかも多くなるかな?」
「どういうこと?」
「急いでいる配達員は平気で壁を上って行くだろうからさ」
「なるほどね。それくらいの制限でいいんだ」
「できるのか?」
「できるけど、安全対策をしたほうがいいよな」
そこで、ぬいぐるみのクイーニィが、テントの中に入ってきた。攻撃魔法のソフィー先生の寝床から抜け出してきたらしい。
「兜が大事だぞ」
「クイーニィが来た。ソフィー先生の就寝のお供として連れてきたぬいぐるみだったんだけど、荒れ地で古い魔法使いに乗っ取られたんだよな」
「その乗っ取ったのがクイーニィだ」
「おう。よろしくな。なんだ? これ、二人で誰と話している?」
「ラジオね。世界中に発信されているから、言っちゃいけないことは言うなよ」
「例えば、女子がぬいぐるみに元彼の名前をつけている理由についてとかか?」
「ああ、それは絶対に駄目だ。死んでいるからと言って一々闇に触れると燃やされるぞ」
「それは良くないな」
「で、なんだって?」
「兜を作ったほうがいいといったんだ。俺は首の骨を折って死んだからな」
頭蓋骨を守るというのはたしかに正しいのかもしれない。
「そう言えば、学校で柔らかい防御魔法ってないことになってる?」
「あるのか!?」
「いや、性質変化で……」
クイーニィを柔らかい防御魔法で押しつぶした。
「何をする!? なんか柔らかいものに押しつぶされているが……? 幻惑魔法か?」
「いや、防御魔法を性質変化で柔らかくしただけ。これ、水魔法とかでもできるんだろうな。ヘルメットにこういう魔法陣を仕込めばいいんじゃないか」
「なるほど、な……。でも、そもそも水は柔らかいだろ?」
「むしろ固くすればいいのか。洞窟スライムのヘルメットにしてもいいな。低く飛ぶ箒にはそういう製品も一緒に売るってことか」
「コウジ、お前、また製品と売る方法を一緒に開発したんじゃないか?」
グイルに言われて、たった一つのアイディアがとんでもないことになることを思い出した。
「よし、今のなし」
「そりゃあ、無理だろう」
「まぁ、でも、そんな低く飛ぶ箒なんて、今はないしな」
「でも、できるんだろ? しかも需要もある。言わなきゃいいのに。とりあえず野外研修の間に配って試乗してもらえば」
「そうするかぁ」
「バカ話から、また製品開発をしてしまったな」
夜が更けていく。
「そんなことより、クイーニィが生きていた頃の話を教えて」
「おう。いいぞ。俺はかなり世の中を見てきたからな。脳がないからほとんど記憶はしていないけど」
「だめぐるみじゃないか」
「そんな、人を綿の飛び出たぬいぐるみみたいに言うなよ」
翌朝、竹材を持った学生たちが、俺達のテント周りに集まっていた。
「やります。やりますよ」
「どうやって制限するのよ?」
アーリム先生は、「やれるものならやってみなさい」と言っていた。
「ああ、親父は失敗しないけど、俺は何度も失敗するからね」
空飛ぶ箒の魔法陣ぐらい何度か描いたことがある。世界樹では、すぐ折れるからだ。そのうちに、低くしか飛べない箒の魔法陣くらいは出てくる。簡単だ。浮遊魔法の魔法陣を崩せばいい。
「竹箒の作り方は、俺が教えますねぇ」
グイルは、俺の隣で竹箒の作り方をレクチャーしていた。野外研修なので、お金は取らないし、高く飛ばないから、皆遊び感覚でどんどんスピードを上げていた。
雑貨や食事の配達もすべて低く飛ぶ箒で行う学生まで現れた。魔法使い学科で、正直、何をやればいいのかわからなかったが、野外研修に参加して配達に向いているのかもしれないと思い始めていたという。
低い箒・ローブルーム配達業として起業することを相談された。
「いいんじゃないですか? 魔法陣を教えるんで、人を集めてもいいですし」
「そうだな」
「ヘルメットはしてくださいよ」
「わかった」
空に興味のなかった学生たちも、ローブルームを乗りこなしているところを見ると、良かったのかもしれない。
「それで、マジコさんとアーリム先生は何をしているの?」
「たぶん、これ制約の魔法陣なのよ」
アーリム先生は俺が書いた低く飛ぶ浮遊魔法の魔法陣と普通の浮遊魔法の魔法陣と見比べて、マジコと一緒に違いを書き出している。
「どういうことですか?」
「今まで魔法を出し続けていた魔道具が、制御可能になるってこと。コウジ、あなたとんでもないことをしているよ」
「え? なんで? 便利になるってこと?」
「そうだね。便利になりすぎてこの世から職業が消えるかもしれない」
「そんな……」
「いや、十分にあり得る話だよ。制約があるってことは指標を作ってグラフにできるってことだからね。水の量を調整できたら、農業では有効だし、火力の調整が鍛冶場では重要でしょ?」
マジコが魔法陣を書き取りながら、制限魔法陣について語り始めた。頭の良い奴らは考えていることがヤバい。
いつの間にか俺が昔間違えて覚えていたミスを価値のあるものに変えてしまう。これも職能のうちの一つだろうな。
「ミスを覚えておくというのも一つの職能か……」
「何言ってんの?」
ウインクが昼飯を持ってきてくれた。
「ありがとう。いや、いろんな職能があると思ってさ」
俺はフィールドボアの肉野菜丼を受け取り、ウインクの椅子を用意した。
ミストはスープを持ってきてくれた。グイルはラジオの修理で塔の魔女たちにたくさん食べさせてもらうと言っていたので、気にせず食べていていいだろう。
「野外研修は職能を見つけるって話だったのよね?」
「そう。で、基本的にはバングルーガー先生が閉じ込められていた幻惑魔術師の塔の謎を解くというのが、表の目的だろ? でも、すでにその周辺でいろんな職能が見つかって、さらに起業するって言い始める人まで出てきた」
「裏の目的と言うか、人生の目的まで見つけてしまったら、塔の謎なんて個人にとってはどうでもいいよね?」
「本当にそうなるよね。意外と表の目的ってどうでもいいのかもな」
「なにかに向かって、自分を見つめ直して行動できるかどうか。このプロセスが大事ってことでしょ? ちょっと待って。これ、美味しすぎない?」
ミストが肉野菜丼を食べて、頬を押さえていた。ほっぺた落ちそうなのか。
「エリザベスさんたちが、普段高くて使えない調味料をたくさん使っているらしい。貴族連合が用意してくれたんだって」
「味が複雑なのに、美味しいって本物よ」
本当に昼飯は美味かった。いつも食堂の料理は美味しいけど、実力を抑えて調理していたのだろう。
「普段は全力を出せなかったってことなのかな? それも本人たちはどう思ってるんだろうね」
「そりゃ、毎日じゃなくても全力を出したいんじゃない? 今ある材料で服を作ってって言われたら、全力で作るけどね。やっぱり、お金や期間が決まっているから、なかなか妥協点を探すけど、ないならずっとやり続けていくのかもしれないわ」
「そういうもんか」
「コウジの場合は、蓄魔器はできるなって思ったから、作ったんでしょ? そこにこだわりはない?」
「そうだね。蓄魔器はこだわりというか魔力を溜められる機能のほうが重要だったからさ」
「ローブルームは知ってたってこと?」
「うん。知ってただけ。なんかマジコさんたちが騒いでいるけどね」
テーブルから離れた場所でマジコが「こんなもの騒ぐってば!」と文句を言っていた。
「こだわれるものが向いているってことなのかな?」
「そうかもよ。コウジの場合は……」
「ラジオだね」
即答だった。
「確かに、そうだけどラジオのどの部分が好きなの?」
「単純に人の話を聞くのが好きなんだよ。自分とは違う価値観に触れているっていうかさ。俺はちょっと特殊なところにいたみたいだから、価値観がズレていて、どんな人の話でも面白いって思えるんだよな」
「それがコウジの才能なのかもね」
「これだけなんでもできるのに、コウジの才能って、そこだったんだ!」
ウインクは驚いていた。
「なんでもはできてないだろ。でも、そうか。聞けばいいのか。ミスト、塔を作った幻惑魔術師の霊と話せる?」
「いや、もうとっくに昇天しているから聞けないよ。でも、塔の周りには、いると思う」
「それって、クイーニィみたいにぬいぐるみとか人形とかに喋らせることってできないかな?」
「できると思うよ」
人型に切った紙でも喋りたい霊魂は取り憑いて喋ることもあるらしい。
「それって、ゴーレムがめちゃくちゃできるんじゃないか?」
「ゴーレムに取り憑いて動けるようになった途端に昇天することもあると思うよ。でも……、ドーゴエさんに聞いてみる?」
「うん」
俺達は昼飯を食べて、食器を洗って返してから、ドーゴエがいる岩場まで向かった。
「おう、なんだよ。どうした?」
ドーゴエはゴーレムの武器を新調していた。魔力消費が少ない武器にするらしい。魔道具の武器に頼るのではなく、ゴーレム自体の性能を上げることにしたのだろう。
「幻惑魔術師の塔に付いてなんですけど……」
「なにかわかったのか?」
「いや、たぶん魔力溜まりになっていたら周辺に霊魂が多いと思うんですよ」
「それでゴーレムを用意すれば取り憑いてくるんじゃないかと思って」
「うちのゴーレムは全員専用だから、取り憑くのは無理だと思うぞ。ちゃんと弾く防御壁もあるし」
「いや、そうじゃなくて、木製の人形でもあれば、誰が作ったのか話を聞けるんじゃないかと」
「ああ、監修しろってことか」
「そうです」
ドーゴエはゴーレムたちを見て、軽く笑った。
「鍛冶屋連合に聞いてみてくれ。奴らがやると言うなら協力する」
「わかりました」
鍛冶屋連合のもとへいくと、普通に皆働いていた。割れた食器をくっつけ、馬車の車輪、曲がった剣、潰れた鎧までなんでも直している。
「なんか壊れたか?」
ゲンローは俺達を見て、そう言った。
「壊れてはいないんですけど、木製のゴーレムを作ってもらえませんか」
「そらぁ、お前、ドーゴエ先輩に聞いてみな」
「いや、ドーゴエ先輩に聞いたら、鍛冶屋連合が協力するなら監修してやるって」
「あ……、そういうことか。だったら絶対にやる。こんなチャンスはめったにないからな」
「どういうことですか?」
「ドーゴエ先輩はほとんど人に教えないからな。ドーゴエさんのゴーレムも作り手だっただろ? 失われてしまう技術もあるかもしれないから、なにか理由が欲しかったんだ」
ドーゴエさんはゲンローに鍛冶仕事について聞かれても、「俺より上手いお前たちに教えることなんてないよ」と言われていたらしい。
「ちなみに、何をするつもりだ?」
「幻惑魔術師の塔近くの霊魂と話をしようと思って」
「ついでに魔物化させようってことか?」
「いや、そこまでは」
「たぶん、そんな適合する霊魂はいませんよ。話しやすくするためです」
ミストが補足してくれた。
「なるほどな。わかった。ちょっと待ってろ」
ゲンローがそう言うと、鍛冶屋連合の学生たちに説明を始めた。
「材料調達はどうする?」
「コウジから請けた仕事だぞ?」
「あ、そうか」
「何体?」
「失敗作も含めて、結構な量になると思うが……」
「何体でも構いませんよ。死霊術で制御できますから」
ミストも鍛冶師たちの会議に参加している。
「資金は気にしなくていいのね?」
「でも一応、野外研修中と期間は決まっているのだろ?」
「そうですね」
「今やっている仕事だけ片付けて、ドーゴエさんから全力で技術継承に向かってくれ」
「「「了解」」」
数十分後には、ドーゴエさんのところにゲンローが打ち合わせに行っていた。
「これ、調達リストね。加工は全部うちでやるから、揃えられるものだけ揃えちゃって」
「……はい」
鍛冶師の女学生に言われて、俺は受け取るしかなかった。
「なんか、急に忙しくなってない?」
「だって、もう塔は見えているからね。急がないと。誰かが無闇に入ってバングルーガー先生みたいに出てこれなくなっても困るからさ。ゴーレムは必要なんだよ」
「そうか……」
ようやく、総合学院の野外研修が始まったのかもしれない。