『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』9話「幻の塔に思いを馳せる」
朝日が昇り、夜中魔物の対処をしていた人たちは馬車の荷台に乗って休憩。キャラバンのように集まった学生たちはゆっくり北を目指した。
「この荒れ地に、あんなに不死者の魔物がいるっておかしいよね?」
ミストはあくびをしている俺に話しかけてきた。魔道具の荷台は道がない場所でも揺れも少ない。
「バングルーガー先生が塔から帰ってくるときには見ていないって言うから、ほとんど隠れていたってことだろ?」
「そうなのよ。だから、これほど大量の人が押し寄せてきたことがなかったってことじゃない?」
「エルフたちは?」
「ああ、そうか……」
去年、繁殖期と言われていたエルフたちは荒れ地を移動したかもしれない。
「でも、なんらかのきっかけで不死者が集まったというのは考えられるよな」
「特定の魔物が集中している事自体、変だわ。世界経済会議が関係していると思う?」
「いや、そんなこと魔物は気にしないだろ? それより、特定のボスみたいな魔物が何体かいたよな?」
「確かに組織化されていたね」
「魔物使いが動かせる魔物の量じゃないよな? ということは、知恵のある魔物が求める何かがあるってことだろ?」
「学生たちに?」
「この土地かもしれないけど。塔かな?」
「ああっ! そうかも知れない」
ミストは気が済んだのか、すぐに寝息を立てていた。
俺が寝ようかと思ったら、荷台にぬいぐるみが飛び乗ってきた。
「はぁ、おい、助けてくれ」
ぬいぐるみが喋った。人型のぬいぐるみのようだが、呪われているようだ。
「助けろと言っても、綿が飛び出したりしていないようだが……」
「そうじゃねぇ。俺は、魔物使いに使役されて、奴の身体を乗っ取ったと思ったんだよ。そしたら、これだ。お前、魔力多いだろ? どうにか身体を貸してくれないか?」
「嫌だよ。そのぬいぐるみ、マジコってやつが作ったぬいぐるみじゃないか?」
「知らん。それより、どうなってんだ? どうして骸骨でもないし、人間でもないのに、俺は動いているんだ?」
「お前にわからないのに、俺がわかるわけないだろ?」
「そりゃそうか。どうしてこんな事になっちまったんだ……」
木箱に背中を預けて、ぬいぐるみは座り込んでいた。
「名前は?」
「覚えてない。確か、種族はメイジスケルトンだったはずなんだけど……。魔法は使えるか?」
「少しだけな」
「だったら、俺が教えてやれるかもしれない。それでどうにか、飯を……。俺って食事できるのか?」
「できないんじゃないか?」
「動力源は魔力か?」
「たぶんな。魔法を教えてくれたら、魔力を少しわけてやるよ。一度死んだ魔法使いに教わることなんて滅多にないからさ」
「お、そうか。悪いな。なんにする眠り魔法とかにするか?」
「おっ、そんな魔法できるの? 補助魔法みたいなもの?」
「鎮静魔法の上位互換だ。知られてないのか?」
「知識としては知らなくはないけど……」
もしかして、このぬいぐるみ、生前はすごい魔法使いだったんじゃないか。
「脳から出ている波と同期させるんだ。そうすると……」
「そんな事はできないよ!」
「ええ? そうか?」
やっぱり異常な魔法使いなのだろう。
「じゃあ、瞑想からやってみるか」
「うん」
なぜか俺は北へ向かう荷台で、瞑想を始めた。
「何してんだ?」
ポチに水を飲ませていたアグリッパが声をかけてきた。荷台で眠ろうとしているのだろう。
「あ、どうぞ。なんか、使役し損ねた魔物がぬいぐるみに取り憑いて、俺に魔法を教えてくれているんです」
「はあ!? ちょっと待て。じゃあ、そのぬいぐるみは魔物じゃないか!?」
「瞑想中だ。集中させてくれぃ!」
人形がアグリッパを叱った。
「いやいや、どうやったらお前たち死霊系の魔物は使役されるんだ?」
「そんなもの簡単だ。体を乗っ取らせてくれればいい」
「それをやると身体が壊れるだろ? むしろ、お前たちも壊れるぞ。全然、生前の自分と違うんだからな」
「そんな……!」
ぬいぐるみが立ち上がったので、俺は座るように引っ張った。
「瞑想中ですよ」
「むぅ……」
そう言って、ぬいぐるみは黙って座っていたが、どんどん学生たちが集まってきてしまう。当たり前だ。動くぬいぐるみが喋っているのだから、魔族かどうかの判断もしないといけない。
「魔物が魔族になった?」
「いや、マジコの魔道具だろ?」
「え? 私、ぬいぐるみなんて持ってきてないよ……?」
「え!? どういうこと? 誰の?」
なんだか面倒な会話が聞こえてきたが、瞑想ついでに寝てしまおうと、俺は座ったまま意識を手放した。
音が聞こえたが、気にしたら野外研修では眠れない。
次に起きたときには、俺の顔を誰かが踏んでいた。
「いてぇ」
「ああ、ごめん」
謝ったのはミストだった。座って寝ていた俺はいつの間にか大の字で寝ていて、起きてきたミストに踏まれたのだろう。
「なんか大変な事が起こっているみたいなんだけど……」
幌を開けて、外を見ると、真っ昼間にぬいぐるみと攻撃魔法学のソフィー先生が戦っていた。
バッキューン!
高速の水玉が人形に放たれていた。
「どういうことですか!? 確かに魔法を避ける呪いはかけていましたが、だとしたらどうやって私のぬいぐるみに入ったというのです!? それがないと眠れないんです! とっととそのぬいぐるみから出ていってください!」
普段知的な攻撃魔法の教師であるソフィー先生が、ぬいぐるみがないと眠れないというのはギャップがある。
パシィ!
ぬいぐるみは門のような防御魔法で攻撃魔法を防いでいた。周囲の学生たちや職員たちも様子を見ているだけで、魔法の戦いには参加できないでいるようだ。
ソフィー先生も徐々に攻撃力の高い魔法を使っている。
「いや、どういうことと言われてもなぁ……」
ぬいぐるみは足のクッションを上手く活かして、飛び上がったり防御魔法で防いだり、飛び跳ねながら戦っている。ただ、実力差があるのか一向に反撃するつもりはなさそうだ。
「おい! 寝坊助! ようやく起きたか! ちょっとこのお嬢さんを止めてくれんか? これでは説明もできん」
「ぬいぐるみから出ればいいんじゃないですか? それが目的ですから」
「そう言われても、どうやって!?」
俺はミストを見た。
「ん~、ぬいぐるみに浮遊している霊魂が入ったってことでしょ? 引き剥がすならできるけど、代わりはあったほうがいいんじゃない? なんかあの霊、強そうだし、恨まれると面倒だよ」
「ぬいぐるみの代わりに、木の棒でもいいですか!?」
「いいわけなかろう! それに、すでにこの身体が馴染んできてしまっている……。どうしたものか」
そんな会話の最中にもソフィー先生からの攻撃は止まらない。
ぬいぐるみは氷や雷などの属性魔法も難なく防いでいる。
「それ、どういう防御魔法なんですか?」
「ゲートだよ。門ぐらい、今の世にもあるだろ?」
「ありますけど。門を丸ごと再現しているんですか?」
「再現しているというか、このぬいぐるみに組み込まれていたから、懐かしいから使ってるだけだ。本当は、宝箱なんかに仕掛けて、鍵がないと開けられないように作ったものなんだけどな」
「作った? 師匠が作ったんですか?」
「まぁ、小人族に頼まれてな。マスターキーさえ再現できれば簡単に開くが、そっちの魔法は伝わっていないようだな」
ぬいぐるみは口角を上げて笑っていた。いよいよぬいぐるみの身体を自分のものにしているようだ。
「そんな……!」
炎の玉を手のひらから出していたソフィー先生が、炎の玉を握りつぶしていた。
「その話が本当なら、その人はモンサント・クイーニィだ」
野次馬として見ていたバングルーガー先生が難しい顔をしていた。
「ああ、そんな名前だったかもしれん」
ぬいぐるみも思い出したらしい。
「クイーニィさんって極悪人なんですか?」
「いいや」
「ああ」
本人は否定していたが、バングルーガー先生は過去の大犯罪者だと思っているらしい。
「歴史が歪められているんじゃないか?」
「勇者として追放され、毒薬の開発に、本人以外は使えない禁止魔法の開発までして、どうやったら自分が善人だと思えるんです?」
バングルーガー先生はぬいぐるみを睨むように見ていた。
「しかも、古代の塔を改良したのもあなたでは?」
「あ? 研究所のことか? まぁ、あれは魔力の流れがいい場所に丁度いい塔が建っていたからな。そりゃあ危険だから、なるべく封印していたはずなんだけど、優秀な者が見つけてしまったか?」
バングルーガー先生は悪い気はしないと、眉を寄せて口元は笑っていた。
やはり塔に向かって龍脈が流れているらしい。塔の滞在者が二人いることになる。
「ん? クイーニィさんは勇者だったの?」
「ああ……、えーっと、別に精霊に選ばれてはいない。時魔法の使い手が多い国だったので、政変がよく起こっていたんだ。都合のいいように未来を変えようとする為政者は多い。だから、全部国民に暴露して逃げた。だから追放というか、亡命しながら旅をしていたという……」
「そこはクロノスティタネス?」
「まだあるのか? あんな国」
「いや、ない。爺ちゃんの出身国だ。やっぱり師匠は、時の勇者だったんじゃないですか?」
「勇者はトキオリという偉大な勇者ただ一人だ」
「え? そうかな? ばあちゃんも勇者だよ。空間のだけど……」
「ばあちゃん? ちょっと待て、お前、トキオリを知っているのか?」
「うん。この前も一緒に飯を食った」
「ああ、勇者と同じ名前を付けた曽祖父がいたのだな?」
「いや、元だけど時の勇者トキオリだよ。バルニバービ島の戦いって知っている?」
「知っているも何も、それで国が傾いたと言える。まぁ、スカイポートもそうだったろうけど……。まさか、トキオリが勝って出てきたのか? この時代に?」
そうなると時系列としてバルニバービ島の不時着によって時の精霊が復活した説は消えたのか。
「どちらも勝ってない。トキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんは砂漠に不時着して出てきた」
「あん!? なにを……!?」
「連絡してみる?」
俺は普段は使わないが、通信袋を取り出してトキオリ爺ちゃんに連絡を取った。
「ああ、爺ちゃん。なんかクロノスティタネス出身の霊魂がいて、ぬいぐるみに取り憑いていてさ。爺ちゃんと婆ちゃんが現代にいることに納得がいってないみたいなんだ」
『そうか。まぁ、そういうやつもいるのでござる。なんだ? なにか困っているのか?』
「ぬいぐるみから出ていかないんだよ」
『ん~、別に……』
面倒くさそうだ」
「本当に今、トキオリと喋っているのか?」
クイーニィは、目のボタンを飛び出させて驚いていた。
「うん。クイーニィさんって知ってる?」
『知らん。シャルロッテ、知っているか?』
『敵国のことなんて知らないよ』
「ちょっと待て! 勇者トキオリと勇者シャルロッテの戦いはどうなった!?」
『その目の前にいる少年の父親が、バルニバービ島ごと無くしたのでござる』
『いいかい? 面倒だから言っておくけど、常識にとらわれると現実は意味のわからないことだらけだよ』
ぬいぐるみは、仰向けに倒れてしまった。
「現実に追いつけない……」
「倒れちゃったよ」
『ぬいぐるみだろ? 放っておきな』
「でも、睡眠魔法とか知ってて、ちょっとおもしろかったんだよ。時間が繰り返す塔にも住んでいたみたいだし」
『そう……。仕方ない。コウジ、ちょっと空に向けて魔力を伸ばしな。最大出力で』
俺はいい加減、荷台から下りて思い切り魔力を練り上げた。
周囲に風が吹き始める。拳に魔力が溜まったところで、一気に空へと突き上げる。
『ダメだ。見えないね。まぁ、いい。雰囲気で行ってあげるよ』
「悪いね」
数秒後、シャルロッテ婆ちゃんが、トキオリ爺ちゃんを脇に抱えて現れた。
「コウジ、もっと魔力を練らないとダメだ」
「そうか」
シャルロッテ婆ちゃんはトキオリ爺ちゃんを捨てるように放り投げていた。
「で、どれがぬいぐるみだい?」
「そこに落ちているのさ」
「お、これでござるか」
トキオリ爺ちゃんが、拾い上げた。
「その術は、我々には効かんよ。時を旅しているのが自分だけだと思わんことでござるよ」
「幻術か……。ずいぶん古い呪いを知っているね」
「ああ、お主、農家相手の薬問屋の倅でござるな? モンサント家の……」
「ああ! 数奇な運命を辿っているね。実家が嫌になって出てきたのかい?」
爺ちゃんと婆ちゃんが言うには、呪いも薬学もなんでも使って農作物を育てる薬屋があったらしい。
「当然、幻術も使うか。魔法は得意だったんじゃないか?」
「それで政府の闇を暴いて国から飛び出して旅に出たんだって」
「なるほどね。で、彷徨った挙げ句にこの時代まで? せいぜい普通の霊魂がこの世にしがみついていられるのも500年くらいだろう? よくも気持ちが続いたものだ」
「古代の塔を発掘していたら、いつの間にか死んでしまった。自分の死体も見ていないのに、死を受け入れるわけにはいかん。そう思っただけだ」
ぬいぐるみはあぐらをかいて座り始めた。酒でも渡したら飲み始めそうだ。
「古代の塔ね……」
「爺ちゃんなにか知ってる? 龍脈の上にあるみたいなんだけど……」
「知らん。幻の塔か……」
「龍脈の上にあるなら、最近起動し始めたのかもしれないね」
シャルロッテ婆ちゃんが言った。そもそも北半球と南半球が分かれていた頃は、龍脈も流れが違ったらしい。
「とりあえず、このぬいぐるみから古い呪いでも教えてもらうといいのでござる」
「皆、ご飯は食べたのかい? まだだね。よし。邪魔したついでに、なにか御馳走をしよう」
本物の元勇者たちは自由に学生たちと絡んでいる。前に授業をしたこともあるので、知っている学生もいるようだ。
バングルーガー先生は「なにがなんだか……。本物なのか?」と爺ちゃんと婆ちゃんを疑っていたが、料理の実力を見て頷いている。ソフィー先生も「仕方ない。暫くの間だけですよ」とぬいぐるみを貸すことにしていた。
ぬいぐるみことクイーニィは古いまじないで水源を探し当て、どうにかこの世に残っている。
「結局、塔はいつできて、どうなったのかわからないってこと?」
ウインクがおにぎりをラジオ局員たちに持ってきて聞いてきた。
「いや、たぶん、龍脈が変わって現れたってことじゃない? だから、本当に古代の幻惑魔術師が隠していたんでしょ? で、二年前にバングルーガー先生が入ってしまった。クイーニィって人も過去には探していたみたいだけどね」
ミストが情報をまとめていた。
「1000年以上前の塔ってことか?」
「バングルーガー先生の話だと魔石やなんかは残っているんだろ? 古代のものということか……」
「考古学的には重要な遺物なのかもね」
「あぁ、そうなると素敵な家族が来るかもしれない」
「どういうこと?」
「知り合いに考古学者の家系がいるんだ」
「ああ、そう言えばそうね」
「これ野外研修になっているかな?」
「なっているはず……。なんだか、全然サバイバルって感じはしないけどね」
岩場の水源を中心に、屋台ができ始めていた。野外研修というか、キャラバンの移動という趣がある。魔物など出てきたら、すぐに対処されてしまうし、学生たちは自分のやるべき仕事を見つけ始めていた。
特待十生を中心に自然とグループもでき始めている。
その間に、王都では、魔道具や薬の取引について決まっていったという。