『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』8話「闇夜の荒れ地で、魔物の気持ちを知る」
未知の者に対する反応には、二通りあると親父は言っていた。
受け入れて崇拝するか、理解不能にして拒絶するか。
「だけど、もう一つ道がある。じっと観察して見定めることだ」
夜が更けてきた頃、アグリッパが起き出して、なぜか特待十生たちもつられるように起き出してきた。
「起きた?」
死霊術師のミストは、寝起きの俺にお茶を淹れてくれた。
「おはよ。なんかいるね」
「雨上がりだから、土が削れて、埋められていた骨が起きてきたんだと思う。規模が大きくなると、魔法使いたちでも対処できないんじゃないかな」
今は塔の魔女たちが魔法で追い払っているが、月が高くなればもっと強いゴースト系の魔物が出てくるかもしれない。
「俺とドーゴエで山脈の方まで追い込むから、コウジはそこで殲滅してくれないか?」
アグリッパが頭の回っていない俺に無茶振りしてきた。
「どうやってそんなことできるんですか?」
「大丈夫だ。今は属性魔法も使えるんだろ?」
ドーゴエも剣を担いで、言ってきた。この二人は自由なのに、連携するところでは息が合うから断りにくい。
「ん~……、マフシュさんの回復薬を試してみませんか?」
「なに? 回復薬の沼なんて作れないよ」
マフシュは面倒くさそうに言った。
「そうじゃなくて、毒のナイフみたいに回復薬のナイフで骨を再生してしまえば、骨同士がくっつくんじゃないかって」
「お前はエグいことを考えるなぁ」
「ミスト、ゴースト系というよりも骨がある魔物が多いんだろ?」
「たぶんね。でも、魔石を狙うのが定石だよ。骨同士をくっつけて倒すなんて聞いたことないけど」
「野外研修なんで、試しにやりますか?」
「新しい魔物の討伐法?」
「毒牙のナイフならあるぞ」
ゲンローが普通にナイフを取り出した。こういうこともあろうかと用意していたという。
「シェムさんとダイトキさんは……」
「私たちは学生たちを守るよ」
「時間を止めれば問題はない」
特待十生のナンバー2とナンバー3だ。戦闘力で言えば、世界でも屈指だろう。
「なんだ? もう骸骨たちの倒し方は決まったの? なんかうちからも出す?」
マジコは制限付きのアイテム袋をあさりながら、空飛ぶ箒を出してくれた。
「移動が面倒でしょ? あと、これ改良版の魔石灯ね。目眩ましにはなると思うわ」
「骸骨って目があるのかな? まぁ、持っていってもいいか」
「あのぅ……、僕もついて行っていいかい?」
声をかけてきたのは幻惑魔法のバングルーガー先生だ。
「構いませんよ。危なかったら逃げてくださいね」
「もちろんだ。それにしても皆強いね。野外研修というから、もっと教師が中心となっているのかとおもったが、学生中心なんだなぁ。変われば変わるものだ」
バングルーガー先生は鉄の杖を軽く振って、俺に付いてくるという。
「緊急生放送を始めます。野外研修初日に骸骨の群れが現れました。学生たちがどう対処するのか楽しみですね」
アンテナ付きバルーンを上げたグイルがウインクとともに放送を始めてしまった。学生の親からすれば、安全だと放送した方がいいだろう。
先行していた魔女たちは交代するかと思ったが、レビィとヒライが正面から追い込むと聞いて、魔法での支援を継続するという。初日から限界に挑戦しているらしい。大丈夫か。
俺はナイフと回復薬をポケットに入れて、空飛ぶ箒で北部へと飛ぶ。
「光りますから、そこをめがけて追い込んでください」
「了解」
「適当だな!」
アグリッパもドーゴエもこれで打ち合わせが終わるから楽だ。
空から下を見れば、確かに骸骨たちが蠢いている。魔物の骨が多いらしく、人型の骸骨が逃げ回っていた。
魔物の骨が噛みつこうとした直前に、落とし穴に嵌まっていた。形勢は逆転し、魔法をかけられ鎖で繋がれていた。賢い者が弱い者を従えるという社会ではどこにでもあるような構図が、夜の荒れ地でも繰り広げられている。
「賢さの方向性も考えないとな」
新しい職能を考えていると、見えていなかったものが見えてくることがある。
骸骨たちは荒れ地でないと保存されないのではないか。植物が生えていては、根や枝に骨を破壊され、形を保てない。で、あれば、この先も荒れ地を持続させようとするだろう。生者を襲うのは、復活の可能性を残そうとしている行動なのかもしれない。
「彼らなりの知恵があるのか」
ただ、生き返るためには身体という器を変えないといけないだろう。骨はあくまでも荒れ地での器と考えているのかな。
「動けるのなら、動いて獲りに行けばいいのに……。あ、そうか、俺たちの身体を新しい器にしようとしているのか?」
手には回復薬とナイフ。できることは属性魔法。いくつか実験できそうだ。
俺は荒れ地に下りて、空飛ぶ箒を地面に突き刺し、魔石灯を先に引っ掛けた。それだけで周囲は明るくなる。闇夜に目立つ光が広がった。
骸骨たちは羽虫と同じように集まってくる。
ガウガウッ!
オルトロスのポチが吠えている。
俺は荒れ地の砂を握り、滑り止めのため手のひらになじませた。
「よし! やるか!」
ナイフを回復薬に浸して、全速力で駆けてくる骸骨の群れの中に飛び込んだ。
パキンッ。
先頭にいた骸骨の胸骨を肘で砕き、心臓ら辺に浮かぶ魔石を宙に飛ばす。二体目の骸骨が伸ばした手をナイフで切った。
切ったはずの上腕骨が修復を始め、剥がれ落ちていた腱まで再生していた。
「なんちゅうナイフだ!?」
腱が修復した骸骨は、突然再生した腕に戸惑い立ち尽くしている。その間に肋骨を下り、隙間に手を突っ込み、魔石を取り出した。魔石は、どうせ持ちきれないのでそのへんに捨てていく。
3体目と4体目の腕を砕いて、ナイフで接続してみる。
アガッ……。
腕同士がくっついた骸骨は転んで立てなくなっていた。
「こりゃ問題だ。いや、回復薬か」
四方八方から襲いかかってくる骸骨に向けて、上昇気流の風魔法を放つ。骸骨は軽い。空高く舞い上がる骸骨を尻目に、驚いて足が止まっている骸骨たちに大気中の水分を集めて水魔法を放つ。
人間の体は70%が水分だ。その水魔法に、回復薬を加えると……。
ミチミチミチミチ……。
血液と血管が再生したような死体の群れが現れた。ゴブリンやフィンリルのような魔物もいる。つかの間の再生に、戸惑い混乱しているので、火炎魔法で水分を飛ばしてやった。
ボフッ!
カラカラに乾いた骨が崩れ去り、魔石だけが落ちていた。
「おいおい、少しは残しておいてくれよ。死霊系の魔物も使役したいから」
アグリッパが骸骨の群れを追いかけてきた。
「あんまり追い込めなかったか?」
ドーゴエとゴーレムたちも骸骨の群れを凍らせて砕いていた。
「この回復薬がヤバいです。骸骨の血流まで再生しちまう」
「マフシュか。あいつが作るものはだいたい効果が高すぎて使いづらいんだ」
「薄めて使っても大して変わらないだろ?」
「そうですね」
「薬学スキルじゃなくて毒薬スキルを使ってるんだろう。たぶんな」
「なんでです?」
「スキルは補正もしてくれるが、その補正が制限にもなるんだ。新薬の開発には毒も必要になるんだろ?」
「それにしてもやりすぎなんだ。俺たちがいなくなったらコウジが止めるんだぞ」
「え? 俺!?」
「他にいないだろ? 他の特待十生は好き勝手やるんだから」
「コウジは一気に好きなことしたから、少しは学生を見てやれよ」
「お二人共、気を遣い過ぎなんじゃないですか? 俺としては自分のやりたいことをしているお二人を見ておきたいですけどね」
「うまくいかねぇんだよ! お前ら天才と違って、こっちは3倍くらいやってちょうどいいんだから」
「本当だよ。トライアンドエラーの繰り返しだ。たぶん、視点とか角度が違うんだ。コウジ、コツを教えてくれよ」
「なんのですか?」
「「魔物と仲良くなる方法」」
二人の声が被った。
この二人は同じ職業だった。魔物使いなのに、タイプがぜんぜん違う。
「自然から考えてみろよ。強さが正義だ。強い者がその土地を支配する。だけど、気づけば荒れ地になっている。繰り返していれば、魂が記憶する。荒れ地じゃ繁栄しない」
「確かに砂漠でも魔物はいるし、生態系もあるだろう? でも、圧倒的に森のほうが種類は多いんじゃないか? 多様性ってやつだ」
「確かにそうですね」
「繁栄するためには、分配構造が必要で、その知恵があるのは人間だけだろ?」
「観察して分析して、分散していく。自然の中での人間の役割はそこにある。違うか?」
「ああ、なるほど……。確かに世界樹ではそうだったかもしれませんね」
骸骨たちが飛びかかってくる中、3人共、会話をしながら普通に倒している。大きい小さい速い遅い、魔法や剣術を使う骸骨も関係なく、組手でもするように俺達はふっとばしていった。
「おっ、どうなんだ? 世界樹は。面白いか?」
「結構、キツいですよ。アルバイトするなら、口利きますけど、冬は行っても面白くないんで、秋口、南半球が春になってから行くといいです」
「どうキツい」
「それまで出会った魔物の常識が通じないっていうんですかね? こう、今倒している骸骨たちは骨の可動域を超えないじゃないですか? 別に毒の霧を急に吐いてくるようなこともない。叫び声を上げて鼓膜を破ってくるようなこともない。常識的な魔物だ」
「非常識が通常運転ってことか?」
「そうです。まぁ、俺も子どもの頃ですが、びっくりしました。それなりに魔物は倒していたと思っていましたから」
「なんで子どもなのに、それなりに魔物を倒しているんだよ。そこがコウジのぶっ飛んでいるところだよな」
「竜たちとの生活になるんだろ?」
「そうですね。寝返りを打たれると潰されるので、慣れないうちは大変でしたけど、二、三日もすれば慣れますよ」
「「慣れねぇよ」」
リュージと一緒の部屋で寝ようとしたことがあるらしいが、鼾がうるさすぎて二人とも眠れなかったとか。
「魔族とも話しているんだけど、結局、好みが違うだろ?」
「だいたい、ゴーレムだってそれぞれ違うんだから当たり前なんだけどな」
「いや、魔物と仲良くなりたいんですよね?」
「そうだ」
「だったら、さっきの話を説明すればいいじゃないですか」
「なんの話だ?」
「だから分配しないと発展はしないって。彼らも勝てないとわかっていながら襲ってきているわけじゃないですか?」
「そうだな。知恵がないんじゃないか?」
「そんなことないと思うんですよ。一度死んでいるんだから、器を変えようとしているんじゃないかって思うんですよね。じゃないと、わざわざ荒れ地にいる必要もないのでは?」
「荒れ地なら、骨を保存できると考えているのか?」
「自分を現世に繋ぎ止めて、別の身体を乗っ取ろうとしているってことか?」
「そうです。だからそれなりに知恵があると思うんですけど……」
「ただの骸骨だぞ?」
「でも、元人間じゃないですか」
「脳みそないのに考えられるのか?」
「そんなこと言ったら、ゴーレムたちはどうするんです?」
「ああ、それもそうだな」
「別に全員と仲良くなれとはいいませんから、言葉が通じそうな魔物を見極めて、伝わるように話してみたら反応も変わってくるかもしれませんよ」
「……」
「あんまり図星を付いてくるなよ。くそっ、なんとなく気づいていたことを言語化されると、やらない理由がなくなるぜ。アグリッパ、どうせ、あと一年もないんだからやるぞ」
「……全魔物と仲良くなるなんて無理だな。わかった。そうだよな。人間だって仲良くなれないやつはいるんだから、合わない者と関わると人生何周もしないといけないよな」
なぜだか吹っ切れたような先輩たちは、再び骸骨たちを追いかけ回していた。
「で、この回復薬はどうしたらいいんですかぁ!?」
「マフシュに聞け!」
「文句言うと黙って半年くらい口を利いてくれないから、気をつけろよ!」
それだけ言って、そのまま遠くまで走っていってしまった。
「め……、めんどくせー」
俺はナイフに魔力を流して、周辺に穴を掘った。魔石灯に近づけば穴に落ちる。俺は穴に水魔法で水を満たして、回復薬を垂らしておく。
ガアッ!
次々と落ちていく骸骨の群れが、どんどん組み合わさり奇形の魔物に変わっていく。
手足の付いた大蛇のようで、すぐに血まみれになるという気持ちの悪いことになってしまっている。
「何をしているんだね?」
バングルーガー先生が、穴の中の常軌を逸した光景にドン引きしていた。
「ちょっと回復薬の実験で、どんな感じになるか見ていたんですけど……」
「まず、落ち着いてくれ」
俺は落ち着いているが、バングルーガー先生は塔でも見たことがないといいながら、魔物の群れに鎮静魔法を放っていた。
「こうなってしまっては、どうしようもないから殺してあげたほうがいい」
「そうですね」
俺は水魔法を火炎魔法に変えて、穴の中を焼き払った。魔石と骨粉だけが残る。
「君の魔力はどうなっているんだ!?」
「別にどうにもなってませんよ。土地に魔力が多いので、そこからいただいてます」
「幻惑魔法を使えそうなタイミングだったのだがな……」
「あ、すみません」
「いや、いい。君には幻惑魔法は要らないのだろう?」
「そんなことはないです。魔法は、威力よりも別の使い方を考える時代ですから」
「そうなのか? じゃあ、とりあえず、周辺の魔物を挑発魔法で引き付けていくから、倒していってくれ」
「わかりました」
目が赤く興奮した骸骨の群れが飛びかかってくるので、それに対処すればいいだけだ。魔物相手だとこれ以上ないくらい便利な先生かもしれない。
「先生、魔物学者に雇われたりしませんか?」
「いや。でも、そういう指名依頼は来たことがある。自ら危険な依頼は受けるつもりはないけどな。それよりも、目の前を見ろ! 大物だぞ。サイクロプスの骸骨だ」
「ああ……」
大きい骨だからといって、対処が変わるわけではない。くるぶし付近を蹴って、ころばして胸骨を割り、魔石を取り出すだけ。
「要ります?」
「ああ、くれるのか?」
「報酬です」
「冒険者の先輩と話しているようだよ」
バングルーガー先生は雑巾で魔石を拭いて革鞄にしまっていた。
その後も、リッチだとか、ジェネラル骸骨だの名前付きの魔物が出てきたが、対処法は変わらない。
「もしかしたら、この荒れ地には魔物の組織ができていたのかもしれませんね」
「いやいやいや……、なんで君は学生をやっているんだい?」
「人間の生活を知りたくて。ずっと竜と暮らしていたら、常識がわからなくなってしまったんですよ」
「なるほど、そうか。もっと人間の生活を勉強したほうが良さそうだ」
「そうですか……。ご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」
「うむ……。とりあえず寝よう。レベルが上ったと思う。塔で散々レベルは上げたつもりだったんだけど」
バングルーガー先生は「人生はわからないものだ」と呟いてテントへと戻っていった。