『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』7話「野外研修初日は試し合い」
王都の宿は、まだ世界経済会議が始まっていないというのに、すでに満杯だという。ラジオショップもコムロカンパニーに貸し出している。
「ここは、便利だなぁ。風呂は学校のを使えばいいんだろ?」
親父は2階と3階を勝手に改装して、居心地を良くしている。
「帰って来るまでに元に戻してよ」
「大丈夫だ。悪くなることはない」
窓ガラスが鉄板よりも固くなっていたり、壁から温度が変わる風が出てきたりと機能を追加していた。屋根から音がしたと思ったら、窓からセスさんたちが入ってくる。
「いやぁ、便利ですね。ここに拠点があると」
「野外研修をするって? これを持っていきなよ」
メルモさんが外套をくれた。
「暑くないですか?」
「着ればわかるわ」
羽織ってみると、肌触りがものすごく気持ちがいい。通気性もいいのに、砂や水も弾くという。荒れ地を行くにはもってこいだ。
「いいんですか?」
「食料と水だけは持っていったほうがいいよ。学生を殺さないようにな」
セスさんが水袋と保存食を大量にくれた。
「さすがに死にはしないと思うんですけどね」
食事はその土地で狩ればいいと思っていたが、そうはいかない学生たちもいるか。
いろいろと持たされて、俺は野外研修へと向かう。
「ついでに店番もお願いしますね」
「え? ラジオをやるのか?」
親父は驚いていた。
「もちろん、ロケ用の発信機でやるよ」
「そうか。シフト組まないと」
「私たちもやるんですか?」
メルモさんが混乱していた。
「うちの従業員を呼ぼうかな」
セスさんは通信袋を握っていた。
「あんまり売り上げをあげるとその後大変なので、ほどほどでお願いします」
「難しいこと言うなよ」
俺はそこでラジオショップを出て、学校へと向かった。
途中、道を挟んだ花屋でジルたちと合流。すでにジルたちもしっかり野外研修の準備をしているようだ。
「行ける?」
「大丈夫。準備はしてきたから」
「私も!」
花屋の娘さんもすっかり探検家のような格好をしている。野宿さえできればいいだけなんだけど、学生同士でなにかイベントをやるのかもしれない。主催者のラジオ局でも知らないことは多い。
一度、学校に張り巡らされている防御結界を解くために、アイルさんとベルサさんも来てくれていた。
「穴を開ければいいんだろ?」
「だったら、シェムのテープを使えばいいんだ」
「ああ、そうか」
「いや、野外研修だからな。参加の仕方はそれぞれでいいのかもしれないぞ。とりあえず、各国の代表者たちが使うから、部屋はきれいにしておくように。盗まれるようなことはないと思うが……」
「ただ、塔の魔女たちに言っておいてくれ。汚すぎて使えないって」
「ああ、まぁ、ええ、そうでしょうね」
塔の魔女こと、魔導結社の上級生たちは、すでに北上しているらしい。
「私たちが参加してもいいんですよね!?」
事務局の職員たちが聞いてきた。
「ええ、一応、あくまでも学生たちがメインですからね」
「わかってます」
なぜだか知らないけど、調理場の料理人や庭師たちまで参加するらしい。一度断ってはいるが、学生たちの邪魔はしないということで許可することになった。王都から出ない生活を続けてしまう人も多いらしく、こういう機会があるなら参加させてほしいとのこと。
世界の経済学者たちも来るはずだが、彼らには王都の屋台やレストランを使ってもらうという。
ラジオ局では、放送が始まっている。
「皆様、悔いのないように野外研修へ行きましょう。この数日間は世界経済会議で、学校はまったく授業になりません。どうせ自主学習となるなら、野外研修へ行きませんか。北方の幻惑魔術師の塔が目的地ですが、たまには外に出て、自分と向き合う時間も必要でしょう」
「サバイバル研修にするもよし! 卒業後の進路を考えるもよし! 魔法を開発したり、移動手段を考えたり、薬学研究をするもよし! ほとんど人がいない地域を通りますので、現地調達が基本です。絶対に部外者に迷惑をかけないように。また、襲われている学生がいたら積極的に助けていきましょう。すでに校長が衛兵からの許可は貰っているとのことです」
ウインクとミストが野外研修の概要を語っていた。
「死なないようにだけ気をつけて。では現地でお会いしましょう!」
ウインクもミストもすでに準備は済ませてある。グイルは録音放送に切り替えて、ロケ用の発信機を準備している。録音機材を持っていけば、切替もできるだろう。
「重いぞ?」
「このくらいなら大丈夫だよ」
俺は樽サイズのリュックを担いで、細い縄で縛っておいた。最悪、竜のリュージに持たせればいい。
特に始まりが決まっているわけでもないので、準備ができた学生たちからスタートしている。ここら辺も自主性に任せてあるが、職員たちだけは最後と決まっている。経済会議中の学校利用について、役所の人たちに引き継がないといけないからだ。
俺たちがラジオ局に鍵をかけて裏庭に出ていくと、なぜか学生たちが集まっていた。
「あれ? どうしたの?」
「とりあえず、ラジオ局が本体だろ?」
ゴーレムたちを連れているドーゴエが聞いてきた。
「いや、そんなこともないですよ。全員が本体です」
「食にありつけるのは、ラジオ局の近くだと思ってるんだよ」
エルフの留学生・ガルポが言った。
「なるほど、大丈夫ですよ。リュージがたぶん獲ってくるので」
「え? 俺?」
リュージは、普通に教科書などの荷物を持って驚いていた。
「竜だろ?」
「いや、コウジの方が狩りは上手いだろ?」
「まぁ、でも、森があるなら肉はありますけど、小麦粉や野菜はないので、野草の採取は頼みます。1週間ほどなので、それほど必要はないと思います。後から料理人の方々も来るので」
「金が必要になるのか?」
「いや、信用でいいんじゃないですか。料理できる人は料理する。狩りに行ける人は狩りに行く。そんな感じで行きましょう」
一応、説明はしてあるのだが、皆、いざとなったら不安なのだろう。
「攻撃魔法の授業を取っている人たちは野生の魔物に試すチャンスなので、パーティーを組んでやってみるのもいいと思います。武道や剣術の授業を取っている戦士科の皆さんもお願いします。家庭科や薬学の授業を受けている学生たちと交渉をしてみてください」
すでに出発している学生たちは、交渉がうまくいった学生たちなのだろう。残っている学生たちは、出遅れただけだ。
「とりあえず出発しましょう。世界中の経済学者や首脳陣が来ますから」
俺たちは防御結界の前にいるアイルさんたちに挨拶をしてから、学校の敷地を出た。
森が広がっているが、野草を採取する学生たちはここでも採取しておかないと、この先は荒れ地が多いので、すぐに飛び出していっていた。
「こうしている間にも、信用できるかどうか他の学生たちに判断されていますからね」
俺は声をかけながら、ロケ用のアンテナを取り付けるバルーンを浮かばせた。
「さらば、王都アリスポート! 私たちは、つかの間の野外研修へ向かう!」
ウインクが早速マイクを握っていた。
「なにか困りごとの情報があれば、ラジオで放送するから来てね。あと早速、落とし物が来ているわ。先行組の中で寝袋を落としていった人がいるみたいだから取りに来て。夕方までに来なければ、困っている人に渡します。けが人もすでに出ているみたいなので薬草は通貨になりえるから採取しておいたほうがいいよ」
俺たちの役割は、臨時の学生ギルドだ。
「荷物が重いという方は、俺に預けてください! 荷運びはできますから!」
下級生の特待十生、ヒライが荷運び業を始めている。
森を出て、荒れ地に出ると、幌馬車がいくつも並んでいた。先行していた鍛冶屋連合と魔道具学を受講している学生たちが、荷運びのために作っていたらしい。
幌馬車の荷台脇には布の屋根がついていて、日陰になっている。日射病対策だ。
「ここから先は、あんまり大きい樹木が少ないから日差しには気をつけて。魔法使いたちはわかっていると思うけど、帽子は必要だから!」
塔の魔女たちが声をかけていた。空飛ぶ箒に乗った彼女たちが先行してくれるお陰で、進路もわかりやすい。
「肉を捌ける者は来てくれ! オックスロードとグリーンディアが罠にかかっている!」
鍛冶屋連合のゲンローが報告しに来た。森で肉が獲れたらしい。
「保存するならダンジョンで!」
ダイトキとシェムもやってきて、空間魔法のテープを測って学生たちに手渡していた。
「冷えた果実ジュースは要らない? 魔道具で冷やしているから、いくらでもあるよー!」
魔道具学の学生、マジコが幌馬車に積んだジュース樽を見せていた。
学校にいるよりも生き生きしている学生たちもいる。
逆に何していいのかわからないけど、とりあえずラジオ局に付いてきている学生たちもいる。それぞれの反応をしているが、やはり学内でもリーダーシップを取るような人たちは我が道を行っている。
「ああいうのは、職能のひとつよね?」
「そうだよな。仕事を見つけてくるというのも職能だよな」
「営業とはまた別か。仕事自体を作り出しているようなことだもんな」
ミストとグイルが話しかけてきた。
「テストとかとは違う評価をされたほうがいいよね」
「あ、ほら、解体したら、内臓とか食べない部位は埋めないといけないだろ? 荒らされちゃうし、他の魔物も来るからね。そういうことを自然とやっているかどうかで、質も変わってくるよな」
「あの骨を貰ってどうするんだろう?」
「死霊術でなら、使えるよ。死んだばかりだから、呼び出すのは楽。ちょっと行ってくる」
ミストが、骨を貰いに行っていた。
頭蓋骨は腐らせるのは時間がかかるから保存樽に入れて、腿肉を剥いだ大腿骨を貰ってきていた。
「骨は死霊術にとっては大事で、魔力の通り道だから霊も行き交うのよ。ゴースト系の魔物が出るときなんかは、反応すると思う」
ミストはそう言って、骨を腰にぶら下げていた。
「この荒れ地はすごいね。本当にほとんど誰も使っていなかったんだ」
ミストが言うには、魔物の骨がそこかしこに埋まっているという。
「学生たちの匂いに混じって嫌な臭いがする……」
リュージは、そう言って空に向けて大きく吠えていた。
魔族たちが一斉に警戒を始める。鶴の一声ではなく、竜の一鳴きだ。
「なにか異変か?」
グイルが聞いてきた時には、荒れ地にいくつもの吸魔草が生えていた。学生魔族たちが周辺の調査を始めている。
「魔力量が他の地域より若干高いんだ。なのに、荒れている。通常なら、植物も魔物もたくさんいていいのに、嫌な空気が流れているってことさ」
「禁忌の土地ってことか?」
「たぶんね。悪魔がいたか、邪神の足跡でもあるのか、わからないけど」
「面白くなってきました! 我々の野外研修は早くも一波乱ありそうです!」
ウインクが実況をしている。
先行組に合流して、昼の日差しを避けるように、組み立て式の小屋やテントを立て始めた。
「骨系の魔物が多い」
合流してすぐにアグリッパが報告してきた。オルトロスのポチは汲み上げた地下水をごくごくと喉を鳴らしながら飲んでいた。
「ゴースト系ではなく、骨系ですか?」
ミストが、ノートにメモを取りながら聞き取りを始めた。
「ああ、死体のまま放置されていたんだろうな。歴史学を取っている学生たちはいないか? 一応、俺もアリスフェイ出身だけど、ここまで死体が埋まっているような戦いを知らない」
「建国期まで遡らないとそんなに死体は埋まってないんじゃないかしら」
塔の魔女は物識りだ。
「私たちが踏み入れたことで、何かを呼び出してしまったのかもしれないわ」
「そもそも幻惑魔術師の塔に向かっているのだとしたら……」
「傭兵の死体かもしれん」
傭兵の国出身のドーゴエが、昼飯の鹿肉スープを食べながら言った。
ラジオ局が空に上げているバルーンが目印になっているのか、周辺には広くタープが張られていた。
「古い傭兵の訓練地だったってことですか?」
ミストが聞いていた。
「そうだ。アリスポートの北側はそもそも誰の領地か不明の土地だったんじゃなかったか? 高い山脈が続いているし、厳寒期には人も入ることはない。魔体術の訓練にはもってこいだ」
「でも、冒険者は行くだろ?」
学生兼冒険者のアグリッパは何度か北側には訪れているという。
「依頼書を確認したか? ほとんど『凶悪な魔物が出現しているから、討伐せよ』だったんじゃないか? 依頼人が冒険者ギルドだったんじゃないか」
「ああ、そうだったかも。学生として忙しい俺に気を使っていたわけじゃないのか……。まぁ、いい。俺は仮眠する」
「見ろ。これが最高学年の自惚れだ。置いていこうぜ」
ドーゴエがそう言って、ポチに骨を2つ上げていた。気が利く。
「構わないぞ。ミスト、後で追いつくから、夜中に死霊術をちょっと教えてくれ。死霊系の魔物使いってあんまり聞かないからさ」
「……わかりました」
「今年の最高学年は自由奔放だ」
グイルはそう言って笑っていた。
不意に生ぬるい風が吹いてきた。
西の空を見上げれば、黒い雨雲が迫ってくる。
「ウインク、雨が来そうだって呼びかけてくれ」
「わかった」
雨予想を放送した直後に、学校の職員たちも合流してきた。引き継ぎが終わったらしい。
「すげぇ、本当に草木がまばらにしか生えていないんだな」
「見ろ! 痩せた魔物しかいないよ!」
「コールドボックスの魔力消費が遅いね。荷物を整理しておきな! 勝手に魔道具が起動しちゃうかもしれないよ!」
大人たちがいると情報量も全然違う。
バラバラバラバラ……。
大粒の雨が音を立てて荒れ地に降り注ぐ。
「テントは補強しなくてもいいのか!?」
「大丈夫。強化魔法の魔法陣を仕込んであるから!」
マジコが水たまりを見ながら答えていた。
「それよりもどこに川ができるかわからないから、それは気をつけて」
「水の幽霊が出るかもしれないから、対処できる魔法使いたちは集まって!」
魔導連合が呼びかけていた。すぐに雷が得意な学生たちが集まり、周辺を交代で見回ることになった。
テントの中から出られないと気づいたものから動き始めた。
「皆、気を付けて。人間も水たまりにいたら雷を食らうから」
雷魔法使いのエリックが新入生に対処法を含めて講義を始めている。
マジコは魔道具学の学生たちと一緒に船を作っているし、鍛冶屋連合は魔物を捌いたナイフを研いでいる。
「私たちの学年って、誰かがリーダーシップを取ろうとするような人はいないのよ」
最高学年の魔女が話しかけてきた。
「だから皆、自由奔放に学んできた」
「でも、仲が悪いわけではないんですよね? 気が利く人が多いというか」
「そうね。でも、あんまり良い手本にはなっていないかもしれないわ」
「いや、そんなこともないと思いますよ。見ている人は見てますから」
鍛冶師のゲンローは、ずっとドーゴエがゴーレムをメンテナンスしているのを見ていた。ドーゴエも気づいていながら、どうしてこの工程が必要なのか、ボソリと呟いている。天才同士の気の遣いあいなのだろう。
「あの人たち器用すぎない?」
その様子をチラ見したマジコは、魔道具学の学生たちに聞いている。
「せっかくの野外研修なのに、サボろうという学生がいないもんだね」
食堂の料理長、エリザベスさんは家庭科の授業を取っている学生たちと喋っていた。保存食を作っているらしい。
「逆に学校じゃない分、言い訳が効かないから、動かないといけないのかもしれない」
レビィは、野外でもお菓子を作ろうとしている。蜂蜜の壺とサトウキビは常備しているのだとか。
「だったら、普段動き回っている俺たちラジオ局はサボっていいってことかな?」
「そうだな。天気の予報だけしておこう」
「すでに私は授業に遅れ始めているんだけど、ちょっと教えてくれる?」
ウインクはラジオの放送をしているのに、平気で学生たちに聞いて回っていた。
「すまない。先輩、雨の中の戦闘について学びたく、手合わせ願えないか?」
年上らしき新入生の剣士が声をかけてきた。
「いいよ。なんの勝負をする? 普通に魔体術か? それとも木剣で戦う?」
「木剣で」
「新入生は怖いものなしだな……」
「体育祭前に実力を見せてくれるのか!?」
「いい度胸だ」
「自分もいいですか!?」
「だったら、私も!」
なぜか俺に挑みたい学生たちが続々と現れてしまった。雨だから暇なのだろう。
「グイル、悪いんだけど風呂を作っておいてもらえない? リュージに頼めば温めてくれるはずだから」
「不憫な奴め。リュージィ!」
グイルがリュージと一緒に風呂を作っている間に、俺は新入生や戦士科の学生たちと手合わせをした。
意外と皆、雨で滑ったりしていたので、簡単に魔力の使い方を教えておいた。
そのうち、人数も増えてきて教える側もシェムやダイトキも加わって、いつの間にか雨がやんでいた。
夕暮れ時に学生たちと一緒に風呂に入り、僧侶科の学生たちがマフシュに回復薬の作り方を教わるのを見ていた。
「夜は長いみたいね」
ミストは、裸の俺に割れた骨を見せてきた。
「ここから野外研修の本番か」




