『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』5話「馬鹿と天才は紙一重!?」
ゲンローの予測通り、投書箱が半日でいっぱいになった。学外の王都中の人たちからの投書も多く、ラジオショップの箱からはみ出すくらい投書があった。
今でも職業を選択できない人たちはいるが、王都にいる街の人達は職業選択の自由がある。ただ、自由に仕事ができると言ってもスキルがなければ、そもそも雇ってもらえないということもある。だからこそ、職業訓練の場として学校が発展した。
だが、人類の技術や文化が発達し、人々が欲しいものも変わり、サービスも時代を追うごとに変貌と遂げていく。職業はさらに増えたが、今度は自分にどの職業が向いているのかわからない人たちが増えていった。とりあえず生計を成り立たせるために働いているが、果たしてこの職業で自分は良かったのか。それとももっと他の才能はあったんじゃないのか。
そんなモラトリアムを抱えた者たちが冒険者になっていく。冒険者の依頼は多種多様で、自分で請けるかどうかも決められる。それを、何でも屋と呼ぶか、自由業と呼ぶかは人それぞれだろう。
「そりゃ、そうよね。冒険者たちの投書が多いかと思ったけど、全然、そんなことなかったわ」
ミストは予想を覆されたらしい。
「自分の仕事に誇りを持っている人もいるけど、明らかに自分の仕事が変わっているって教えてくれる靴屋さんもいるわ」
「季節ごとに食材を変えていかないと商売は成り立たないって屋台の人達もいるな。これは商売が上手い人だ」
グイルは、その投書の人物がどれくらい稼いできたかもちょっとわかるらしい。
「先読みする力ってことだろ?」
「こっちは、仕事自体は嫌いなんだけど、なんでか儲けられるルートがわかるから続けているっておじいちゃんもいるみたいよ」
「とにかく識字率が高いな」
「いや、同じ字だから代筆屋さんに書いてもらってるんでしょ?」
「じゃあ、お金をかけて投書してきてくれたの? これ、すごいことだよ。無料でやっているラジオの一企画だよ?」
「それだけ、皆、違和感や疑問を持ちながら働いているってことじゃない?」
「だって、学生以外はほとんどの人が一日中、働いているわけだから、人生の時間でもかなり長く働いているんだからね」
「そうか。そうだよな。この研究、もっとしたほうがいいんじゃないの?」
「職業の研究ってこと?」
「そう、なんでなかったのかな?」
「そう言われるとそうだな。算学・数学とかの分野ではあると思うよ」
「政治でもあるだろ?」
「霊魂たちは経済だって言っているわ」
「「「あ」」」
死んだ人に言われると、納得してしまう。
ガチャ。
「お前ら、また面白い話をしているな。どうしてラジオのスイッチを入れないんだ?」
授業終わりのゲンローがラジオ局に入ってきた。
「こんなに投書が来ると思ってなくて」
「ラジオショップにも大量に来ていて、仕分けするだけでも大変です」
「人を雇ったほうがいいんじゃないか」
「すでに、いますよ」
花屋の仕事終わりにジルがラジオショップの投書を持ってきて仕分けを手伝ってくれている。
「ジル、あんまりコイツらに影響を受けないほうがいい。この4人はおかしいだろ?」
「おかしいんです。でも、よく聞いてみると確かにそうだと思えることが多くて……。少なくともエルフの国にいるよりは断然に頭を使っていると思います」
「それは俺も田舎にいるより使ってるわ」
ゲンローは笑って、ラジオのスイッチを押していた。そもそもゲンローにはプロデューサーの才能があるのだろう。
「またしても4人だけで盛り上がっているようだから。勝手にラジオを始める。何の話だったんだ?」
「なんで職業の学問ってないんだろうって話です。これだけ多くの投書が来るのに、まったく調べられていないとか、分類もされていないって変じゃないですか」
「その通りだが、分類はされていなくはないだろ? 小売業とか運送業とか税金を徴収する時に、分けられているはずだぞ」
「それってつまりは自由に商売をしてもいいけど、続けていくうちに固定化されてしまうってことでもあるんじゃないの?」
「いや、普通そうだろ? 大体、鍛冶屋ならずっと鍛冶屋をやっている。他の職業に鞍替えする奴らもいるけど、特殊だろ?」
「そこら辺に、不満が溜まっているから、こんなに投書が来ているんじゃない?」
「ああ、そういうことなのかもしれないな……」
「それって不満なの? 自分のやっている仕事と報酬との差に納得していないってこと?」
「そうだと思うよ。そもそも納得していたら、職能なんて考えなくていいもんな」
この時、俺はその納得にならお金を使っていいんじゃないかと思い始めていた。そんな事ができるのかどうかはわからないけれど。
「でも自分の価値って、市場が決める。でしょ? だから、全然、職業を変えるのはいいと思うんですよ。それまでは保証があったけど、職業を変えられなかった。きっと先人たちは、保証よりも自由を選んだんですよね?」
グイルはゲンローに聞いていた。
「ああ、そういうことでもあるのか。自由を選び、その時の市場に自分の価値を委ねたってことか。あ、この投書自体が自分の価値を上げることに繋がっているかもしれないんじゃないか。だから、皆、投書するんだよ!」
「確かに。でも、私たちはまだほとんど市場で価値をつけられていない。学生だから?」
「そう考えると、学生って期間はすごい時期かもな。市場価値でもなく、自分の価値観をどんどん変えていける時間でもあるってことだろ? やっぱり俺たちが『野外研修』をやろう! しかも世界経済会議をやっている最中に。世界の経済界の重鎮たちが市場価値について話しているのに、全く別軸の価値について考えるなんて学生しかできないんじゃないか?」
「コウジ……、いつもとんでもないことを言うけど、今回はその中でもとびきりね! 最高よ! ウインク、各代表を集めた会議の連絡!」
ミストが興奮していた。
「あ、はい! 学内の各グループ代表者は『野外研修』会議を行いますので、来週の頭、授業終わりにラジオ局にお集まりください!」
ここから一気に、計画は準備段階に突入し、大人たちからの注目を集めることになる。
翌朝、なぜか朝風呂終わりにドーゴエに連行された。
「な、なんすか?」
「ちょっと、魔石の補充をしてくれ。ダンジョンに溜め込んでるんだろ?」
「倒せばいいじゃないですか」
「面倒なんだよ。どうやったって野外研修では必要なんだから、主催者として用意しておけよ」
「やっぱり必要ですかね。というか、ドーゴエさん出ます?」
「出るよ。どうせ経済会議中は仕事だってないんだから。しかもいろいろ試せるんだろ?」
「なに試すんですか?」
「これから魔道具の時代だろ? 需要がどれだけあるのか、実際、魔道具のある生活がどれだけ便利なのか、その魔道具の市場価値は? 全部先取りできるじゃねぇか」
「ドーゴエさん、頭いいですね」
「コウジ、お前、俺を何だと思ってたんだ?」
「ゴーレム使いの傭兵と思ってましたよ」
「間違っちゃいないけど、人間ってそんな表層で生きてないからな。お前には結構見せているつもりだったが……。職能、ちゃんと考えておけよ」
「はい」
その後、ダンジョンでモンスターを倒して魔石を適当に回収。籠いっぱいに集めて、ドーゴエに渡した。
「手品か? 動いているのを見ていなければ、壁から出したんじゃないかと思われるぞ」
「そうですかぁ。世界樹のアルバイトの実力です」
「先輩をしっかり諦めさせてくれる」
「なにも諦める必要はないですよ。今年の勇者選抜大会、期待してます」
「勘弁してくれ。柄じゃねぇよ。お、アグリッパも朝から動いているな」
アグリッパとオルトロスのポチがダンジョンに向かってきた。
「おう。おはよう。なんだ? 朝から魔石の回収か?」
「ああ、コウジは本当になんでも出してくれるぞ」
「なんでもは無理ですよ」
「そうか。ちょっと悪いんだけど、中級のダンジョンに、魔物を出してもらえないかな」
「何をするんです?」
「本だけ見てたって仕方ない。動いているのを見ないとさ」
「わかりました。これでもダンジョン学の助手ですからね。見たい魔物がいるんですか?」
「獣系はだいたい予測はつくんだけど、植物系の魔物、特に浮遊しているのをあんまり見たことがないから出せるか?」
「もちろんですよ」
「お、じゃあ、コウジ、ありがとなー」
ドーゴエは俺達と分かれ、新築の自分の工房へと向かった。
「じゃあ、頼む」
「はい。そういえば、アグリッパさん、野外研修って……?」
「おう、もちろん行くぞ。俺はドーゴエと違って魔物使いの復権を狙ってるんだ」
「え?」
「ドーゴエはおそらく魔道具の時代が来るから魔石を集めて、実験しようとしているんだろ? 俺は市場がそっちに行くなら、魔道具でできないことを魔物でできないか探る。魔物使いがいれば、共存できるはずなのに、魔族の登場以降、すっかり魔物使いは落ち目だ。冒険者も魔物使いになりたいなんてやつは、ほとんどいない。だからこそ、市場価値は上がっていく。だろ?」
「そうですけど……」
「人間と魔物の関係はもっとグラデーションがあっていいと思っている。そして、そのグラデーションの中に魔族だけじゃなく、魔物使いという橋渡し役も必要だろう」
「やっぱり、すげぇ……」
俺は価値観を変えると言っても、美味しいものを食べる優先順位が上がるとか、スキルを習得したら見え方が変わるくらいしか考えてなかった。ドーゴエもアグリッパも自分の軸でジャンルごと引き上げようとしている。
「なにが……?」
「いや、価値観って人それぞれだと思って」
「そりゃそうだろ」
アグリッパは何を当たり前のことを、と俺を見てきた。
「いや、野外研修楽しみにしています」
「おう。俺も楽しみだよ。あ、塔を作った幻惑魔術師に関しては魔導結社の魔女たちに任せるといいかもしれない。あいつら、座学は教師よりも研究しているからな」
「へぇ。わかりました。聞いてみます」
俺は、ダンジョンマスターの部屋に行き、浮遊植物をアグリッパがいる部屋に出現させたり、植物系の魔物と獣系の魔物の合成獣なんかも出してあげた。ポチもいるので負けるということもないだろう。
「大丈夫ですか」
「おう。大丈夫だぞ。ありがとな」
俺は、アグリッパに声をかけてから、ダンジョンを出て魔女たちのいる塔へと向かった。
毎年、ほとんど授業のない魔女たちが自分の研究をするために籠もる塔がある。昨年は光魔法を得意とするラックスさんもいたが、今年は知り合いがいないようだ。とりあえず、売店でクッキーを土産に買い、返事もないのにノックをしてから塔の中に入る。
「こんにちは~」
「え? 特待一生ってこんなところに来ていいわけ?」
「コウジ・コムロだぁ。本物?」
「テーブル、移動したいから持ち上げてくれない?」
「構いませんよ」
大きなテーブルが塔の隅にあったので、真ん中に移動してあげると魔女たちはそれぞれの丸椅子を持ち寄って座っていた。
「あぁ、これでお茶が飲めるわ」
「それで、なんの用なの? 野外研修は全員参加するわ。この研究所も騒がしいって聞いたから」
「違うでしょ? 幻惑魔術師でしょ?」
「ああ、そうだった」
「聞いた? 幻惑魔術師の塔が野外研修のゴールだって」
「ラジオ局が主催なんで」
「ああ、そうだった」
その学年のマイペースな魔女たちが、この塔に住むのだろうか。
「その幻惑魔術師なんですけど、誰だか見当はついているんですか?」
クッキーを出しながら聞いてみた。
「お、いい心がけだね」
「うん。たぶん、勇者トキオリの前任者だ」
「え? 爺ちゃんの!?」
「あ、爺ちゃんなのか!」
「ああ、コムロ家ではそういう扱いなんだぁ。すんげぇ一族だね!」
「塔に今でも続く時魔法がかけられていることを考えると、たぶん精霊の力だと思うんだよね」
いつの間にかポットのお湯が沸き、どこかから茶葉の入った茶筒が出てきた。ローブの下にでも隠しているのだろうか。皆、黒いローブに、派手な寝癖をつけた魔女たちだ。男っ気はほとんどないのに、研究者としての自信が顔に出ている気がする。
「時の精霊ということですか?」
「そうとしか考えられないってだけ。もちろん、勇者トキオリが1000年前から15、いや17年前までバルニバービ島で奥さんのシャルロッテと戦っていたことは知っているわ。つまり、その間は、時の精霊も力を失っていたのかもしれない」
「爺ちゃんたちが島から出てきてから、塔が再起動してバングルーガー先生が嵌まったと?」
「そうなんだと思う」
「というか、塔自体、見つけようとでもしない限り見つからない魔法がかかっている可能性もあるわ」
「その前任者ってクロノスティタネスの住人だったんですよね? 赤道近くから、1000年以上前にアリス・フェイまでやってきたってことですか?」
「そうね。そうなるわ」
「理由はわかってるんですか?」
「それはわからない。ただ、彼が生きていた1200年前に傭兵の国ができている……」
「傭兵の国の建国者の一人ということですか?」
「傭兵の国には、どこかで修行した者が短期間でとんでもなく強くなったという逸話がいくつも見られるのよ。バングルーガー先生の話を聞く限り、幻惑魔術の修行というよりも魔法武闘家とか魔法剣士を育てる塔だったのかもしれないというのが私の見立てだけど」
「私も傭兵の国の建国に参加した一人だとは思っているんだけど、スカイポート王国との戦いで負けたから国を出ていかないといけなくなって、北を目指し、強さを求めたんじゃないかと考えている」
「一応、言っておくけど、二人の意見はあくまで仮説ね。傭兵の国なんて、何度も建国期があるような歴史だし、クロノスティタネスもスカイポートも、まだほとんど研究が進んでいないのだから、どうかはわからない。野外研修で検証してみましょう」
「そんなあんたはどう思ってるわけ?」
「幻惑魔法って、原初的な魔法が多いでしょ? 今はほとんど使っている魔法使いはいないんじゃないかしら。さはさりとて、魔法の本質は習得ではなく、その使い方にある。要は魔法を使う人間の資質によるものが大きい。で、あるならば、過去、その幻惑魔法の使用法を最大級に高めようとした魔法使いがいてもおかしくはない。肉体、魔力、原初の魔法によって歴史を変えようとした人間がいてもいいんじゃないかしら?」
「だから塔を作ったんじゃないかってことですか?」
「なにもない土地でわざわざ塔を作ること自体、不思議じゃない? 横に広げても有り余る土地があるのに、なぜ狭いスペースで高さを求めたのか」
「確かに……」
「とにかく、どうであれその小さなスペースに塔を作った本人の何かが詰め込まれているはずだわ」
「俺たちの価値観をぶっ壊すような?」
「ええ、その可能性も十分にあるわ」
俺は素直に面白いと思ったし、なにより魔女たちの知性に対する姿勢に驚いた。
「ありがとうございます。いい知見を得ました」
「そう。ならいいけど」
「せっかくだからコウジも検証を手伝ってね」
「ええ。ラジオ局総出で行きます。4人しかいませんけどね」
「外に出ている魔女たちにも言っておくわ。そろそろ魔導結社が体育祭で優勝してもいい頃合いでしょ?」
「そっちも楽しみにしています」
俺は外に出て、改めてこの学校に来てよかったと思った。世界樹にいたら出会わなかった才能、知識、物事に対する向き合い方がある。人それぞれ見えているものが違うし、価値観だって微妙に違う。社会に合わせてもいいし、合わせなくても良い。
俺も最高学年になる頃には自分の軸が見えていくのだろうか。
「あぁ……、ダメだなぁ……」
わざとらしいアーリム先生の声が聞こえてきた。馬車の荷台の前でマジコと一緒に、なにか実験をしているらしい。邪魔にならないように俺は壁伝いに通り過ぎようと思ったら、「あ! そんなところにコウジがいるじゃないか!」と俺を呼んできた。
「なんです? アーリム先生、皆、忙しいんですよ」
「そうあからさまに教師を邪険にしないでくれる? 馬車が動かないんだけど、どうにかしてくれない?」
「どうにかって……」
知性の真逆を言う天才魔道具師に、若干引きつつももう一人の天才を見た。
「ああ、なんか動かないのよ。動くと思ったんだけどなぁ……」
荷台はマジコが作った魔道具だったらしい。
「魔力はあるの?」
「魔石を積んだんだけど……。魂も入っているはずなんだけどね。だから魔道具として動くはずだからアーリム先生を呼んでみたんだけど……」
「わからない。この魔道具自体が動きたくないから動いていないって感じね」
「魔物使いの能力を上げないと動かないのかもしれないですよ。魂とはいえ魔物の霊魂を呼び出しているなら、魔物の気持ちがわからないと……」
「そっちかぁ……」
そこへちょうど通りかかったゲンローが、こちらを訝しげに見ていた。
「何をやってるんだ?」
俺はゲンローに簡単に説明すると、額に手を当てて考えていた。
「天才というのはわからぬものだな。ちゃんと素材の声を聞いてやれよ。そもそもこの荷台は壊れているから安く譲ってもらったのではないのか?」
「そうだけど……」
「直さないと動かないし、それに合わせて魂を呼び出したのだろう? 動くはずがないさ」
「あ、そうか……」
「曲がっている軸を直して、幌も直したほうがいい。何に使うんだ?」
「野外研修で、皆の荷物を持っていけるかと思って」
「コウジ、手伝ってやれよ」
「わかりました。指示ください」
「俺は通りかかっただけだぞ! なんで……。仕方ないか」
結局、その場にいた全員、ゲンローの言うことを聞いて荷台を直し始めていた。
力もあるし、技術もあるのに、使う頭がなければ、原因すらわからない。俺たち3人は、困った時はゲンローに聞いてみようと心に留めておいた。




