『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』4話「野外研修は職能診断!?」
「……今夜はここまで、また明日のラジオでお会いしましょう」
「寝ろ!」
深夜のラジオが終わり、ウインクがスイッチを切った。
コンコン……。
直後にノックの音が聞こえた。
「はい」
俺がドアを開けると、アグリッパが立っていた。
「あ、終わったか? ミストいるか?」
「はい? なにか?」
ミストはマイクを片付けながら、アグリッパを見た。
「実はゴースト系の魔物について教えてほしいのと、魔物使いの本ってないかな? 魔物の図鑑はあっても、なかなか魔物使いになる本みたいなのはなくて……」
「ああ、それなら魔物の生態学の本がいいと思いますよ。ベルサさんやリッサさんの本はかなり詳細に書いてますし、図書室まだ開いているなら一緒に探しましょうか?」
「頼めるか?」
「コウジたち、片付けておいて」
「おう」
ミストがアグリッパを連れて、隣の図書室へ向かった。
「意外。いつもだったらコウジに用があると思っちゃうけど……」
「ミストは読書家だし、珍しい死霊術師だからな」
「やっぱりアグリッパさんは魔物使いになるつもりなのかな」
俺たちは機材を片付けて、とっとと風呂へ直行して、部屋へと戻った。
風呂上がりに、夜食を受け取って、よく眠れるハーブティーを入れていたら、ようやくミストが戻ってきた。
「随分、本を探してたんだね」
「うん。前の校長の本とかも引っ張り出してきて、借りていったみたい。最終学年だと、気合が違うのかしらね。魔物の種別で、使役のしやすさは変わるから無理する必要はないんじゃないですかって言ったんだけど、それじゃあ自分が偏ってしまうからって、自分の将来も含めてちゃんと考えていたよ」
もしかして、アグリッパのために剣士を探すミッションは破綻しているかもしれない。自分で家系とは踏ん切りをつけられるのだろう。誰より本人が一番、自分について考えるのは当然だ。
「へぇ。ドーゴエさんといい、アグリッパさんといい、なんか最終学年になると焦るのかな」
「やり残したことがないように、じゃない?」
ウインクが尤もなことを言っていた。
「確かにな。こんなに世界中の才能が集まっているんだから、そりゃあ学校にいるうちにいろいろ試しておかないとな」
「私たちも最終学年になって慌てないようにしないとね」
「ただでさえ、イベント事をしているからなぁ。もっと学生らしいことにも挑戦しないと」
「例えば?」
「例えば……、野外研修とか?」
「ああ、いいかもね」
「俺は結構、ロケに行ったりしているからやってるけどね」
「コウジはいろいろ行きすぎよ。休みの度に世界中に行っているでしょ」
「そう言うんじゃなくて、私たちの合宿よ」
「お、皆で行くのはいいな!」
仕事で飛び回るより、学生たちと野外で泊まるのは楽しそうだ。
「どうせ世界経済会議が開催し始めたら、教室も使うだろ? そしたら授業も休講になるから、その間に野外研修を企画すると、学生たちも結構参加するんじゃないか?」
グイルはちゃんとスケジュールを把握している。
「ぴったりじゃない?」
「私、お風呂入ってくるから、ちょっと夜食食べながら、計画詰めてて」
「わかった」
結局、俺たちは、今年は「野外研修」を実施することにした。
場所は近場で、歩いていける森の中にする。移動しすぎても、移動に時間が取られるだけだ。それよりも自己探求にもっと時間を使うことにする。
「要は自分に何が向いているのかを、もっと探ろうというのが趣旨で、勉強できることが多すぎるこの学院でちゃんと自分の成長戦略を考えようってことでいいね」
「確かにその通りなんだけど、こんなこと言われるまで気づかないよ」
「ラジオ局って情報量が多いじゃない? ネタ出しもそうなんだけど、駅伝でも敵チームの選手を覚えないといけなかったりさ。だから自分たちの強みを活かさないと順位が上がっていかなったんだ。それが結構重要で、同じ選手に言われるまで私は知識量が多いとか情報をまとめたり要約する力が他の人よりあると思ってなかったんだよね」
「俺もそうなんだよな。自分がペースメーカーになれるとは思ってなかった。単純に前時代って才能を戦闘力のみしか注目されていなかった気がしないか?」
「どこを前時代にするかにもよるけどね。でも、歴史学を取っていると、確かにコムロカンパニー以前は、戦闘と狩り、駆除の分け方も曖昧だったんじゃない?」
「そうなんだと思う。で、実際、王都に来てとんでもない分業制があって、それぞれの才能があるっていうことだよね。その才能がわからないうちに卒業していく人もいるでしょ?」
「せっかく総合学院に来たのに、もったいないよね」
「ロバートさんは、貴族として卒業後の進路が決まっている中で、学業の自由さを学んでいた人だから、頭が柔軟で駅伝に参加してくれていたよな?」
「あ、駅伝に出ていたアグリッパさんの同期の?」
「そうそう。あの人、統率力とかすごいから領地でもかなり人気だと思うな」
「だとすると、やっぱり過酷な環境が必要なんじゃなくて、いかに自分を客観視して問いを課せられるかというのが、『野外研修』の目的よね?」
「うん。だいたい決まったな」
お金を貯め込みすぎてしまったラジオ局は、問いそのものを探していた。いや、そもそも自分たちは貯まってしまっている資金をどうやって使うのか、という問いから逃げるために別の問いを探しているだけかもしれない。
あとから考えれば、王都には欲望が多く、俺たちは欲望を分散しながら、一つ一つ見極めていく時間稼ぎがしたかったとも考えられる。
とにかく、「野外研修」について翌日には、事務局に相談していた。
「世界経済会議の最中に、ってことですか?」
メガネを掛けた事務員の中年女性は、企画書を読みながら聞いてきた。
「そうです」
「これってラジオ局だけでなく募集もするんですか?」
「そのつもりですよ。授業がなくなるなら学院にいても仕方がないですよね?」
「確かに……。でも、世界の経済人たちと繋がりを持てるチャンスでもあるじゃないですか?」
「学生と話したがる経済人っているんですか?」
「そりゃあ、いるんじゃないですか? 蓄魔器を開発して駅伝をやるくらいですから」
「ああ、そういう経済人や学生もいると思いますけど、俺たちラジオ局は繋がりよりも、自分たちの才能を確認する作業をしようかと思ってるんですよね」
「才能の確認ですか?」
「はい。才能でなければ個人の性質でも言い方はなんでもいいんですけど、俺たちラジオ局員は別に魔道具師としての才能があるわけではないんです。ラジオの機能として多くの人に届けるという能力があったから駅伝で広めただけで、別に魔道具の開発に才能があったわけでもなく、単純に実験していたら出来たから会社を作って売っただけで、社会にこのまま放り出されても魔道具師として生きていくわけじゃないじゃないですか」
「はぁ……、なるほど」
「だから社会に出た時に、使える能力や自分が続けられるような持続性のある仕事を探求することって、世界の経済人より重要なんじゃないかっていう話です。せっかく学校という場所もあり、学生という期間もあるなら、ここでできることなんじゃないかということです」
「ええっと、それは私もやりたいんですけど」
「それはやったらいいと思いますけど、仕事をしちゃってるんで、俺からはなんとも……。少なくとも学生たちへの提案はしてみていいですか?」
「そうですね。上司にも言ってみます」
大人も結構悩んでいるんだな。そりゃそうか。就職してから、自分に向いていないと気づくこともあるだろう。ただ、どうすればいいのかわからないのかもしれない。
「これ……、すでにあるグループに、まず聞いてみるのはどうです?」
事務員から唐突に提案された。
「あ、魔導結社とか貴族連合とかですか?」
「そうです。方向性自体は決まっている学生もいると思うので……」
「それはいいかもしれませんね。ちょっと聞いてみます。グループのリストと代表者の名前ってすぐ教えてもらえますか?」
「はい。ありますよ」
俺はグループリストを見て、自分が特待十生の代表者であることを知った。
「俺って、特待十生の代表なんですね?」
「特待一位ですよね? 体育祭で優勝してますし、誰からも文句は出ませんよ」
「あ……、そうだったんだ」
俺は、そのまま今年教師が帰ってきた幻惑魔法の授業へと向かった。
バングルーガーと言う名の幻惑魔術師で、ローブも杖もぼろぼろなのに、身体が武術家のようだった。
「古代の幻惑魔術師の塔を発見したら、閉じ込められてしまいましてね。出てくるのに、二年かかりました。その間に、随分研究はしていたんで、教えられることも多いかと思いますが、二年の間になにかありました?」
「いろいろとありましたが、それより先生の二年間を教えて下さい」
ミストが本筋に戻していた。
「あ、そうですね。実践的幻惑魔法の使い方を教えます。私がいた塔には魔物の幻術が大量に出てくる場所で、デバフをかけ続ければどうにかなるというわけではなく、いかに気をそらしている間に、仕留めるかが大事でした」
「それって塔型のダンジョンだったのでは?」
俺も聞いてみた。
「あ! そうかもしれません! だから出られなかったんですね」
「バングルーガー先生、それ歴史上でも珍しいから、論文書いたほうがいいと思いますよ。ちなみに近いんですか?」
「北部の山脈の麓から、クーベニアに向かう途中の山の中腹だね。やっぱり論文書くか。一応、冒険者ギルドには伝えてあるんだけど……」
「どうやって出てきたんですか?」
「ああ、魔力を使い切ると出てこられる。要は、時空魔法の罠が仕掛けられているんだなぁ。それを起動させなければいい。もちろん、設計者の幻惑魔術師は塔の中にあるアイテムが必要だっていうんだけど、そもそも塔の中にはアイテム自体がない。もしかしたら罠の範囲内にはあるのかもしれないけどね。塔の中には魔石とかもあるから、ちゃんと全部使い切らないと出られない設計になっている」
「それ、コウジがいたら出てこられないんじゃない?」
ミストがそう言って俺を見た。
「いや、消費すればいいんですよね?」
「その通り。魔力の多い魔法使いにとっては意外と難しいよ。俺も幻惑魔法を知らなかったら出来なかったかもしれない。教えておく。消音と千里眼の魔法は確実に使える。あと、狂乱とか調和の魔法も連続で使っていくことによって、かなり消費できるからオススメだな」
バングルーガー先生は黒板に魔法の種類を書いていってくれた。
「あ、もっとも重要なのは、幻惑魔法が効かないはずの魔物に、効くようにするために調査するスキルがあるんだけど、それが今思えばかなり魔力消費には使えるんじゃないかな」
魔法とは言わずにスキルと言った。確かに、調査、識別、鑑定と言ったスキルがあれば、魔法がどこに効くのかがわかるかもしれない。つまり魔物全体に魔法を利かすのではなく、部位によって効く箇所があるということだ。精度を上げるスキルか。
「千里眼と顕微スキルを鍛えまくると出るよ」
「もしかしたら俺は人生で初めてスキルポイントでスキルを取るかもしれない」
「そうなの……? 君はその年までスキルを取得せずに総合学院に来たのかい?」
「しかも、彼が体育祭の優勝者ですよ。二年連続ね」
「え!? どうなってるんだ!?」
バングルーガー先生は目をかっぴらいて驚いていたが、とにかく千里眼の魔法と顕微スキルを教えてくれた。顕微スキルは、実はベルサさんとメルモさんの特訓でいつのまにか持っていて、千里眼の魔法は「風を読む」とか「匂いを辿る」「時間を感じる」などの訓練によって取得できるらしい。
すでにスキルツリーには発生していたが、スキルポイントを使っていないので取得していなかった。
「スキルポイントを使ってみようかな!」
「いや、もったいないから普通に森の中で鍛えたほうがいいと思うよ」
「あ、そうですか」
普通に先生から止められて、森で修業をすることに。魔法自体は詠唱もあるらしいが、めちゃくちゃ長くて覚えられそうにない。
午後からずっと千里眼の魔法の訓練をし続けた。魔法で範囲を決めて、魔力の紐で追跡するような独自の訓練もしてみると、あっさり千里眼の魔法を取得できた。
「え? 簡単だったよ。攻撃魔法みたいに、訓練すればできるもんなのかな」
「本来、人間には備わっているのかもよ。古代の人はその技術で地下水を発見できたって言うし」
「ああ、そういう魔法かぁ……。ああ、でも、魔力をたくさん込めると、母親の位置も探せそうだ。魔力の消費量がすごい!」
この星を半周しないと届かない人には、魔力の半分くらい持っていかれた。
「コウジ、古代の幻惑魔術師の塔に行くの?」
「うん。え? 行こうよ。『野外研修』でさ」
「ああ、そういうこと」
「一応、塔に入るかどうかは置いといても、目的地があるといいだろう? ついでに、その古代の幻惑魔術師についても周辺を調べてみない?」
「あ、それ、面白そう」
ミストは本当に知的好奇心があると、ちゃんと乗ってくれるところがいい。提案しがいがある。
カラーン。
授業後、ラジオ局に行き、放送の準備をしていると、グイルが天井を見上げながら、「なんかおかしいんだよなぁ」と言い始めた。
「何がおかしいんだ?」
「いや、職業の適性を自分で考えるために『野外研修』をするんだよな?」
「そうだよ」
「でも、適性があるかどうかなんてやってみないとわからないっていうか……。普通の商店でも辞めていく人がいれば、なぜかずっと働いている人もいる。だからいくら考えても自分じゃわからないんじゃないか?」
「確かにね。性格診断じゃ、向いてそうなことがわかるだけで、わからないのかもね。裁縫島でも、裁縫やっていたけど、突然船乗りになった人もいる。逆に船乗りだったはずなのに、裁縫を始めたら、辞められなくなったお爺さんもいるよ」
「続けるのも才能ってことか」
「ん~、そうなんだけど、なんて言えばいいかな」
「たぶん、その評価軸に名前がついていないのよ」
ミストがミキサーを用意しながら、俺にネタ帳を渡してきた。
「昔の職業訓練とかの本を読むとわかるけど、そもそも職能を知ることはかなり難しいんだって。職業別で分類できそうだけど、現代とは商売自体が違うこともあるでしょ? 昔は大したことがないことでも、今の制度だとすごい価値があって、役所で管理している人もいるだろうし、時代的な適性もあるのよね」
「そうか。蓄魔器が広がって、今までなかった職業が生まれる可能性もあるもんな」
「そうそう。しかも、それが商売として続くというわけでもないでしょ?」
「しかも職業的には、商店とか裁縫屋とかやっているけど、取引が上手い人もいれば、淡々と仕事をして仕事自体が速くなっていく人もいるんだよね」
「そうなんだよ! その立場で求められるものが違うんだよな! 俺なんか去年の夏に北極大陸へのルートを開拓しちゃったから、完全にGG商会の営業として動かないといけなくて、しかも駅伝にまで出たから、宣伝までしないといけなくなってるんだ。俺は、普通に商品を売りたいだけなのに」
「確かにね。商売で見るのではなく、職能そのもので分けたほうがいいのか」
ガチャ。
ゲンローがノックもせずにラジオ局に入ってきた。
「お前たち、相変わらず面白そうな話をしているな。今日はその話をやろうぜ。結構、学生たちも迷っているはずだから。この授業を取って、将来役に立つのかどうかとか、ちょうど授業を決める時期でもあるだろ?」
「ああ、いいですね!」
「あ、ちょっと待って。だったら、こっちのネタ帳にしよう」
ミストがネタ帳を変えてきた。いくつも用意してあるのがすごい。
「ミストは変なことを考えてるんだな」
「そう? でも、パイオニアがいれば、プロデューサーもいるし、職人もいるわけだから、職能で言えば、こうなっていかない?」
「そうか。俯瞰して制度自体を作っちゃう人もいるのか」
「そうそう。それは制度設計者になるのかな。グイルなんかは、商売自体じゃなくて、商売の設計を考えるほうがいいんじゃないの?」
「ああ、そうだ。セイウチさんにも言われた。誰もがちょっとずつ頑張れば商売になる方がいいとは思ってるよ。会社だと社長が、すごい頑張らないといけないみたいな風潮もあるけど、コムロカンパニーはそれぞれすごいだろ?」
「あそこは全員が能力高いのよ!」
「ミスト、とっととスイッチを入れよう!」
ゲンローが指示を出して、ラジオが始まる。
「今日は、すでに議論がヒートアップしているんだけど、職業と職能は似ているようで違うから、考えていこうっていう提案と、もうひとつ、今年は世界経済会議がアリスポートで開催されるから、学校も授業がなくなる期間があるでしょ? そこで我々ラジオ局は、『野外研修』をやろうとしているって話よね?」
「そうそう。幻惑魔法のバングルーガー先生が帰ってきて、閉じ込められていた塔が北部にあるらしくて、そこを目指しながら、その塔を作った幻惑魔術師の足跡を辿れないかと思ってさ。まったく授業には関係ないんだけど、歴史はどうやって辿ればいいのかとか、幻惑魔法ってそもそもどういう魔法なんだろうとか、学べることが多そうなんだよね」
「それも面白いな」
「ちゃんと、グループの代表には声をかけるつもりなので、一応、グループに所属している学生たちは覚えておいてください」
「で、職業と職能について、だよな? 俺は、学生をやりながら商売もしていたし、今はラジオショップの経営にも口出しをしているから、知っていることがあるんだけど。一つの仕事でも、やっている仕事が違うことって当然あるわけよ……」
グイルが職能について、説明を始める。もちろん、学生の中にもすでに商売を始めている者もいれば、冒険者として仕事をしている者たちもいるし、学生じゃなくても掃除をしている人、庭師、調理人なども聞いているはずだ。
「仕事には役割があって、役職で決まっている仕事もあるんだよ。でも、管理職になると途端に仕事ができなくなる人もいてさ」
「職能ってそういうことよね。組織の中で、どういう仕事をするのか、どういう仕事が向いているのかを考えないと、結構苦しむことになるのよね。それは多くの死者たちから私は聞いている」
「ちょっと話しただけでも、これだけ違う職能があるわけだから、たぶん皆の中にはまったく違う職能を知っている人もいると思うのよ。だからラジオ局にぜひ投書して教えてほしいのよ」
「そこから分類してみた方がいいかもしれないな」
「お前ら、結構すごいことをやってるんだぜ。しかも、それを『野外研修』で実践しようっていうんだろ?」
「「「そう」」」
「まぁ、学生たちや学校職員の方にはお馴染みだけど、いつものようにラジオ局が変な企画をやろうとしている。たぶん、また変なことが起こりそうだから、悪いんだけど協力してくれると助かります。全然、学生たちだけじゃなくて構わないので……」
ゲンローがそう言って、ラジオ局の企画「野外研修」計画が始まってしまった。