正月明けから仕事をしているコムロカンパニー2話
俺はひとり竜の学校に来ていた。社員たちは、セーラがダンジョンマスターを務める砂漠のダンジョンで、実験を繰り返しているところ。
「ゼットさん、うちの社員おかしいんだけど」
そう言うと、老人姿のゼットさんは体を揺らして笑っていた。
「コムロカンパニーの社員たちは皆、社長はおかしいと思ってるぞ」
「そうか? なら、お互い様でいいか。じゃあ、この前、通信袋で話していた村の件なんだけど」
「おう。設計図があれば、すぐにできるがやるのか?」
「うん。というか、ベルサとメルモが微生物と微魔物を使ってセメントを作り始めてるんだ。まだ、ダンジョンで実験中だけど」
「なるほど。あの二人なら、やるだろうな」
「ただ、修復しやすいように作ったほうが、未来への広がりはあると思うんだ」
「そうだろうな。だとしたら、接着剤や溝の方が大事になってくるんじゃないか。木材も交換しやすくするとか……」
「そうなんだよな。だから、今はどんな木材でもいいけど、世界樹の植林場で、早世の樹木を育ててみてほしいんだよね」
「わかった。エルフの難民が来ているから、少し手伝わせようか」
「あと、ダンジョンの管理を竜に任せるのもいいんじゃないかと思ってるんだ」
「そこまで頭の良い竜はそんなにいないぞ」
「別に頭はよくなくても良い。ただ、面倒くさがらずにやってくれる方が良いんだよな」
竜の就職先を見つけるのはけっこう大変だ。上手く人間の社会に馴染めればいいが、崇められたり恐れられたりするから、結局は馴染めない。
「リュージという若い竜が、コウジと一緒に学校に通い始めたところだぞ。まだ、それほど人間との共存は難しいかもしれん」
「だからダンジョンマスターなら、いい距離感を保ちながら、人間観察もできるんじゃないかと思うんだ。黒竜さんところにいた緑竜さんたちは、人間の心理や行動を見ていただろうし」
「適任もいるかもしれないか……。ん。わかった。聞いてみよう」
「よかった」
これで交渉は終わりだ。竜たちは金で動くわけではないから、安心な部分もあるが、仕事自体がつまらないと何もしてくれないし、すぐに竜神などの神を作ってしまうから面倒事になることもある。
「社長が言っていた村ユニットというのは、いくつ作るのかすでに決めているのか?」
「各国首脳人には伝えている。邪神が現れたことを皆、知っているから話は通じやすかったけど、誘致する場所についてはかなり揉めているところもあるみたいだ」
「人気なのか?」
「どっちもある。村人は現地の人たちに住んでもらいたい。だから少なくとも商人、鍛冶屋、宿屋に冒険者ギルドの職員が必要になってくる。各国それぞれに利権があるからさ」
「なるほどな。成功モデルを作れれば、導入も早いのだろうけど、そこまでが大変か。ラジオでも宣伝するのだろう?」
「いやぁ、本当にコウジが面白いものを作ってくれてよかったよ」
「親バカだな」
「邪神を呼び出しても、俺だけは褒めてやらないと」
そう言うと、ゼットは肩を揺らして笑っていた。
「じゃあ、諸々頼みます」
「うむ。相変わらず、コムロカンパニーに頼りきりだな」
「仕方ないですよ。一応、それが使命ってことになってるんで」
俺はアイテム袋から空飛ぶ箒を取り出して、開けっ放しの窓から飛んだ。竜の学校は竜に合わせて作られていて、とにかく広い。今から作る村は、もっと小さくて地域に密着しているような場所になるだろう。
「酒か、温泉があるといいよなぁ」
俺は空を飛びながら、砂漠の実験場へと向かった。
ゼットにはダンジョンで実験をしていると言っていたが、すでにベルサたちはどこででも建物を建てられるのか試していた。
木材の切り出しから蝶番、ガラス窓まで、すでに揃えられていて、建物も土台は出来上がり、壁と屋根を組み立てているところだった。
「おおっ、もう出来ているのか?」
「そりゃあ、できるよね。ここに微魔物を使って隙間を埋めていけば、強度は増すよ」
砂漠のど真ん中に村が出来上がるのに、それほど時間はかからないとベルサは胸を張っていた。
「水はどうする?」
「それこそ、ダンジョンに貯めておけばいい。水源から転移させても問題はないだろ?」
アイルは、すでに運用自体を考えているらしい。各国に提案しているダンジョン村だが、人を出したくないというところもある。アイルからすれば、「だったら駆け込み寺にいる女たちを住まわせてくれ」と思っているのだろう。
「瓶ならここで作れるから、難民の中には工房を作ってくれるなら、住むと言っている者もいる」
「ダンジョンはどうだ?」
「ひたすら作り続けている最中です。ダンジョンの出入口自体はシェムちゃんからテープを買い取っているので、補充しなくても大丈夫です。ダンジョンコアもアーリムさんの指導を受けて、北極大陸で生産ラインに乗りました。あとはセキュリティだけです」
セスの仕事は相変わらず早い。
光の精霊には、勇者の交代により大きく貸しを作っているので、失敗はしないだろう。ダンジョンの魔物についても、前光の勇者・ヨハンも協力してくれているし、初代水の勇者であるマルケスさんも関わっているので、問題が出るようなことはない。
そもそも、マルケスさんは総合学院でダンジョン学の先生をやっているくらいだ。
「あとは本当に場所と人ですよ」
メルモが組み立て終わった鍛冶場を見ながら言った。
「ダンジョンマスターは竜の姐さんたちに頼む。他に適任がいれば、いいけど。本当にあとは現地の人だよな」
「シャングリラがなにか言ってきたら、うちの倉庫の敷地に作るので言ってくださいね」
「裁縫島も、あって困るようなものでもないので作れますよ」
「ヴァージニア大陸の西にある群島にそれぞれ作ってもいいし、勇者たちの国はどこに誘致するのかで揉めているぞ」
「はぁ……、場所はあるけど、人だ。また傭兵に頼むか?」
「傭兵の国からも要請があったぞ。ゴーレム工房の廃村を使いたいってさ」
「ああ、そうか。あそこの生き残りの子も学生だろ?」
「駅伝にいたのを見なかったか」
「見た。そうか……」
「あの村は早すぎたんですかね?」
セスは、運送会社の社長だから思うところがあるらしい。
「そんなことはないさ。資本や技術、文明が発展するときに、全体のために少数が犠牲になるという考え方がある。だけど、あれは嘘だ。何度も言うけど、俺たちが犠牲になる必要ないし、止めたかったら止めていい。少なくとも俺たちは、どんな奴隷や弱者、王族にも自分の人生を選択する自由があると信じて動こう。現に俺たちはそうやって会社を大きくしてきただろ?」
「まぁ、だからうちの会社は両手で足りるほどしか人数はいないんだけどね。でも、少数だから、意思決定権もあるし、考え方も共有しやすいって強みもある」
「私たちが動くと影響力も大きいし、環境の整備だけしたら現地に任せよう」
「でも、収益化できたら、コムロカンパニーにも収益が入ってくるんですよね?」
「もちろんだ。それはやっているよな?」
ベルサを見ると「もちろん」と計画表を見せてきた。三年目まではすべて施設運用費として使い、それ以降は10パーセントが入ってくる予定だという。
今までコムロカンパニーはほとんど儲けてこなかったが、ずっとそれをやっていると無料で事業を行っていると思われる。それをやり続けていると、現地の政治体制にまで影響を及ぼしてしまうことがわかった。要するに、国の政治家よりも信用を得てしまって、制度自体が回らなくなることもある。そこまでするつもりはない。
「あんまり国にかかわらないようにしようというのが、変わらずコムロカンパニーの社訓だ。あくまで俺たちの仕事は邪神石の駆除だから、そこだけは外さないようにな」
「「了解」」
「じゃあ、現地に行ってきます。皆も宣伝頼むな」
「「了解です」」
砂漠の村はそのままの状態で、俺たちはそれぞれの方向へと飛んだ。自分で作っておきながら、変な会社だとは思う。ただ、誰もやらないのだから仕方がない。