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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
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『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』62話「最も奇想天外な駅伝の優勝決定!」


 ルージニア連合国第三班は傭兵の国の選手たちと戦っていた。


「おい、おっさんたち。そろそろその位置、どいてくれないか?」

 ドーゴエがフリューデンさんを煽っている。

「それはできない相談だ。傭兵に負けたなんてわかったら、俺たちは中央の軍から追い出される」

「プライドだけで、俺たちに勝てるとでも思っているのか?」

「プライドがあれば十分さ」

事実、フリューデンさんたちは、ドーゴエのゴーレムたちの攻撃を捌き切っていた。

 水柱が空高く上がり、傭兵たちに襲いかかる。


 パキンッ、パキパキ……。


 ドーゴエの近くにいたゴーレムたちが氷魔法を付与されたナタで水柱を凍らせて叩き切っていく。


「いい腕だな。どうだ? 一緒にコロシアムを巡業しないか? 金取れるぜ」

「馬鹿言うな! きれいな戦い方だけじゃ、俺には勝てないぜ! 軍人さんよぉ!」

 ドーゴエが叫びながら、ナタを振って氷の刃をフリューデンにぶつけていた。

「でも、お前、俺に捕らえられているぜ?」

 ドーゴエの足に、植物の根が絡みついていた。

「お前たちの世代は知らないかもしれないが、コムロカンパニーを捕獲するってのは伊達でできることじゃないんだぜ!」

「歴史の授業は嫌いだね!」


 ドーゴエも一歩も退かないが、押され気味だ。

 その横を通り過ぎればいいと思うのだが、戦いの魔法も飛んでくるし選手たちは通行止めになっている。

 

「ドーゴエ!」

 遅れていたアリスフェイ王国の選手たちがようやく追いついてきた。すでに死者の国と魔族領の選手たちははるか先へ行っている。


「アグリッパ!? お前……」

「隣の大陸の大戦力に勝てるわけねぇだろ! ドーゴエ、目がおかしくなったのか?」

 アグリッパは足を怪我しているのか、魔力の消費が激しいようだ。


「駅伝はどちらが強いかの勝負じゃなくてどちらが速いかの勝負だぞ。忘れるなよ」


 アグリッパは剣に火炎魔法を付与して、水柱を蒸発させながらフリューデンさんに一気に迫った。


「ほう、魔法剣士か。アグニスタ家はいい教育を受けているな」

「俺に家系のことは禁句だ。歴史のおっさん!」


 剣の炎が狼の頭に形を変えて、フリューデンさんを襲いかかる。


「今のうちに行けぇえっ!」

 アグリッパの声で、待機していた選手たちが街道を走った。


「簡単に行かせると思うなよ! 小僧ども!」


 フリューデンさんが放った水魔法の水球が空に次々と打ち上がり、選手たちに向かう。雷魔法を使うアリスフェイのエリックが応戦していたが、飲み込まれてしまっている。

 水球に選手たちが飲み込まれると思った次の瞬間だった。

 

 ボゥッ!


 炎の壁が辺り一帯を包み、水球が蒸発していった。魔力を使いすぎているのか、アグリッパの顔から血の気がなくなり始めていた。


「俺が止めておく。振り返らずに行けぇええっ!」

「傭兵なのに借りを作っちまったぞ! 全速力で駆け抜けろぉおっ!」


 ドーゴエが傭兵の選手たちだけでなくアリスフェイの選手たちまで率いて街道を突っ走る。


「魔法剣士の学生一人に止められたんじゃ、こっちは立つ瀬がないぞ。ほら、お前たちも協力してくれ!」

 フリューデンさんが仲間の選手たちと一緒に水魔法で、アグリッパに襲いかかった。水の槍が降り注ぐ中、アグリッパは体の周囲に炎の壁を展開しながら、剣で槍を受け流していった。


「軍人一家で受け流すのは得意か?」

「全然、俺は出来が悪くてね。何事も受け流すのに時間がかかる方なんだ。一つ訂正させてくれ」

「なんだ? 呪われた家系とでも言うのか?」

「それは別にどうでもいい。俺は、魔法剣士じゃない……。魔物使いだ」


 アグリッパがそう言った瞬間、街道脇から双頭のオルトロス・ポチが現れた。

 ガルルルル……!

 ポチはルージニア連合国第三班に押し倒し、噛みついた。

「ひぃいい!」

「焼かれるぅ!」

「立て直せ! ただの使役された魔物だ!」

 ルージニア連合国第三班は一瞬の隙を突かれ、壊滅。


「悪いな。勝負はお預けだ! ポチ、行くぞ!」

アグリッパは、ポチの体にしがみついて街道を走るアリスフェイ王国の選手たちの元へと向かっていった。


「さあ! 勝負がわからなくなってきました! アグリッパ選手、ルージニア連合国を置き去りにして一気に加速していきます! アリスポートの総合学院では珍しいんですが、アグリッパ先輩もドーゴエ先輩も魔物使いなんですよね」

 空から見ていたウインクも興奮して、実況できないでいた。

「二人とも、魔物に頼ることなく自分たち自身も鍛えているから、混乱するのはわかります。基礎体力も向上心もレベルが違いますから、学生と思ってると痛い目を見ることになりますね」

「私は、あの先輩たちは学生と思ったことはありません。普通に外で仕事してますし、授業で見かけることもほとんどありませんけど、時々、中庭の掃除をしていたりするんですよね」

「言われてみると確かにそうですね。駅伝で見ていても、他の冒険者の選手とは別格な気がしています」

「さぁ、このまま勢いに乗れるのでしょうか! アリスフェイ王国の巻き返しに期待してしまいます!」


 実況をしているが、選手たちに追いついたアグリッパはグイルから回復薬を受け取って、飲み干していた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、足が千切れてもゴールに向かうぞ」

「おい、冗談になってねぇぞ」

 ドーゴエがアグリッパにツッコミを入れていた。


「お、いつになく気を遣ってくれるじゃないか。じゃあ、ちょっと休ませてくれよ」

「バカ言うな。それより商人」

「俺っすか?」

 グイルが返事をした。

「空飛ぶ箒は持ってないか? 足が速くなる薬でもいい!」

「あったら使ってますよ、と言いたいところですが、あります。短い箒ですけど使います? 結局、俺たちには使いこなせませんでした」

 短い空飛ぶ箒をドーゴエに渡していた。


「何だこりゃ。ないよりマシか。借りを作ったまま優勝したくないからな。ちょっと行ってくる」

 ドーゴエが空飛ぶ箒に乗り、蛇行しながら飛んでいった。


「あいつ、行動だけ見れば優しいんだ。俺はちょっと休む」

 アグリッパはそう言って、ポチの背中で寝ていた。ゴール直前だと言うのに、肝が座っている。


「さて、先頭では死者の国に魔族領が追いついています!」

 ウインクが再び実況を始めた。


 死霊術師たちが、空を飛ぶ魔族領の選手たちを止めていた。死霊たちが地面から出てきて、足や腕を掴んでいる。


 そんな中、ミストが先頭に立ち、大声を上げていた。


「こんな無用な争いをしている場合じゃないわ! 往路での失敗から学んで!」

「悪いけど、抜かせてもらうわ!」

「死霊とともに生きる私たちを止められると思っているの!?」

 マジコとステンノ選手が空飛ぶ箒に魔力を込めていたが、まるでスピードが出ていない。

「勝手にどうぞ!」

「そう言いながら、どうして止めるのよ!」

「止めてない。勝手に止まってるだけでしょ。地霊が私たち死霊術師に恐れをなしているだけ。そんなことより走って!」

 ミストがブチギレている。


「私たちは箒に乗って……」

「止めましょう! 走るよ!」

 ゲンズブールさんの奥さんが箒から手を離して走り始めた。


「もう竜の駅の塔は見えている! 無駄な足の引っ張り合いは止めましょう。ラジオを聞いていたでしょう。今、アリスフェイ王国が勢いに乗ると往路の二の舞いよ! だから、全速力で走って!」

「なぜ、そんな事がわかるの? 私たちが見たときは、アリスフェイは最後尾の方だったわ。そんなに追い上げることある?」

「ある!」

「随分、自信があるのね?」

「グイルが『ゴール前で追いつく』と言ったからには、必ず追いついてくるわ」

「そんな言葉だけで、どうにかなる差じゃないわ!」

 マジコが反論している。


「わかってない。グイルが私たちのラジオのタイムキーパーで、往路でも復路でもペースメーカーだったじゃない? 気づいてないの!?」

「え?」

「笑いを取る時以外は、可能性のないことを口にしない。どんな細い可能性でも手繰り寄せてくるの。強さは精度で、スピードはタイミングで凌駕するのよ。私たちはそれを嫌と言うほど見てきているわ。グイルは少なくとも、タイミングを狙っている! 争っている暇があるなら、そこら辺に罠を仕掛けておいて! 私たちは追われているのよ!」

 ミストがそう叫んだときには、街道に黒い影が迫っていた。

「おっ! まだ、期待しているやつがいるとはな。じゃあ、その前に俺の足止めに付き合ってくれよ」

 ドーゴエは、空飛ぶ箒から飛び降りて、死霊術師たちの前に立ちふさがった。


「人数が足りなければすぐに呼ぶから、ちょっと待ってな」

「待たない! 死霊術師は特に待っちゃいけない! 絶対に、ドーゴエさんと戦わないで! マジコさん、あなたもよ!」

「なぜだ!?」

「どうして!?」

「意味がないから!」

 ミストの言葉に、ドーゴエは笑っていた。


「なんだ? ラジオ局のお嬢ちゃんにはバレてたか」

「これでも私は死霊術師の端くれです! わからないはずないじゃないですか……。頼むから走ってよ」


 ミストだけが走っているが、死者の国の選手たちも魔族領の選手たちもナタを構えたドーゴエの前で立ち尽くしていた。


「ちょっと無理な相談だわね。ドーゴエ、あんた、またレベルを上げたね」

 ゲンズブールさんの奥さんが剣を構えた。


「先輩。あの学校は面白い。卒業しないほうが良かったんじゃないですか?」


 ガキンッ!


 剣とナイフがぶつかり火花が散った。


「今のうちに!」

 ステンノ選手が戦っている脇を通ろうとしたら、ドーゴエのゴーレムが阻んだ。


「無駄な魔力を使わないで!」

 ミストが注意を促している間に、ゴーレムたちが到着。死霊術師たちが死霊を呼び出し始め、マジコが呼応するようにシンメモリーズを地中から湧き上がらせていた。


「ゴーレムなんて、使役スキルを奪ってしまえばいいのよ!」

 マジコがシンメモリーズをゴーレムの中へと誘導していた。


「どうして……」

 ミストの悔しそうな声がラジオにも響いた。


 パパパンッ!


 ゴーレムたちのナタと片手斧が、死霊もシンメモリーズも蹴散らして選手たちに襲いかかる。周囲一帯が凍りつく。


「死霊術師も魔道具師の天才も、自分たちだけが魂を操れると思っていないか?」

 白い息を吐き出しながら、ドーゴエが凄んだ。


「ゴーレムに死霊が効かない……?」

「命を与えられないっていうの!?」

 死霊術師たちもマジコも戸惑いを隠さずに、うろたえていた。


「このゴーレムたちにはすでに霊が入っているのよ! 無用な戦いはやめて戦術を切り替えて!」

 ゲンズブールさんの奥さんが叫んだ。

 ステンノ選手がドーゴエに切りかかったが、あっさり躱され蹴っ飛ばされていた。


「素人相手は楽でいいや。さっきまでゴリゴリの衛兵と戦ってたから、誘いも絡め手も乗ってこなくてリズムが掴めなかった。これでこそ傭兵だ」

「ダメよ! 乗せられないで! ドーゴエさんの挑発に乗らずに罠を仕掛けていって!」

「逃げて!」

 マジコが魔族領の選手たちを先導しようとしてゴーレムたちに止められていた。


「もう、逃げ切るのは無理だから、罠だけ仕掛けていって!」

 ミストが悔しそうに地面に魔法陣を描いていった。


「なんだ? 戦わないなら先行くぜ!」

 ドーゴエが走ろうとしたところで、背後から火球が飛んできた。

「おい! 直撃したらどうすんだ!?」

 傭兵たちが振り返ると、オルトロスが睨みを効かせていた。


「まぁ、大丈夫だろう。よし、回復したぞ!」

 アグリッパたちアリスフェイ王国の選手たちが追いついた。限界を超えているように見えるが、樽のように大きな荷物だけはグイルが背負っている。


「そんなボロボロで勝てると思うなよ!」

「何度も言わせるな、ドーゴエ! これは強ければ勝てるレースじゃない。ここで、全員、止めればいいんだろ!?」


 オルトロスが走り出して選手たちを囲むように炎が燃え、壁になった。

 罠が起動して、死霊が出てくるも上昇気流で飛ばされていく。


「地霊だの、死霊だのと冥府から連れて出しやがって……。誰の許可を得た?」

 アグリッパはポチから降りて、剣を引き抜いた。

「双頭のオルトロスに、もう一つ頭が加わればケルベロス。地獄の番人がここから一歩も通さんぞ!」

「大見えきったな……」

 アリスフェイ王国の選手たちが走り出した。追いかける死者の国の選手も、魔族領の選手も、傭兵たちもアグリッパとポチに止められていた。

 先へ行ったグイルだけは、立ち止まって様子をうかがっている。興奮剤の効果時間でもあるのか。


「魔物使い一人に止められたんじゃ、傭兵の沽券に関わるぞ! 殺すんじゃねぇ! 止めるんだ! 死霊術師たちは力を貸せ!」

「言われなくてもやるさ……」

 死者の国の選手たちが、一斉に死霊術を使い始めた。ミストも仕方ないと言った表情だが、死霊術を使い始めた。


 グルルル……。


 オルトロスのポチが、周囲を警戒始めた次の瞬間、街道脇にある森の中から魔物の死体や人間の死体が集まってきた。

 傭兵たちは、武器を手に炎の壁を消していく。


「おい、鬼の娘! 死体を強化しろ!」

「簡単に言わないでよ! なんなのこの人たちは……、戦争の形態を変えてしまうわ!」

 マジコは戸惑いつつも、笛を吹いて死体のスピードを上げていた。そんなことまでできるのか。


 グルルルル……ガウガウッ!


 双頭のオルトロスは口から炎を吐きながら死体を焼き、ゴーレムや傭兵の攻撃をアグリッパが受け流していた。


「いつまで受け流せるか」

「アグニスタ家の剣術も落ちぶれたな」

「これは俺の剣術だ!」


 死霊術師たちの挑発にアグリッパはしっかり乗っていた。ただ、ちゃんと火炎をまとった剣で押し返している。


 グアッ!?


 突然、オルトロスの足が地面から出てきた土の腕に捕まる。


「これで戦力半減だ」

「削るぞぉお!」


 ドーゴエの声に呼応するように魔族領の選手たちも剣を抜いた。

 

「開眼……!」

 ステンノ選手の目が怪しく光る。

 アグリッパのつま先から石へと変わっていった。ゴルゴン族に伝わる石化の術だ。


「足止めしてくれているところ、すまんな。勢いを失うわけにはいかない……。ポチぃいい!」

 

 オルトロスが大きく息を吸って、アグリッパが魔力を急速に練り上げた。


「退けぇ!」

「逃げろ!」


 死霊術師と傭兵が叫ぶ声が聞こえた。


 ボッ!


 街道の真ん中から天高く火柱が立ち上る。


「アグリッパ選手、火炎柱の中から出てきた……!」

 ウインクの実況が聞こえてきたが、集中して俺は目が離せなかった。

 アグリッパは自分の右足を切り離して、ポチに乗って火柱の向こうへ飛び出した。


「待て! くそっ!」


 ポチの背中にしがみついて駆け抜ける。その前には拳に魔力を込めているグイルが立っていた。


「行くぞぉお! この勢いのまま、ゴールまで突っ走るぞぉおお!! グイル、掴め!」


 パコンッ!


 駆け抜けていくアグリッパの頭をグイルがぶん殴った。

 オルトロスのポチは体勢を崩して転がり、アグリッパが街道に落ちた。


「バカやろう! 自分で足切る奴がいるか!?」

 グイルはこちらに向けて手を振った。


「アリスフェイ王国はここで棄権する! 頼む! アグリッパさんの足をくっつけてくれ!!」

「バカ! そんなことしていたら優勝が……!」

「優勝よりも、あんたの足のほうが大事だ。悪いけど、出血が止まらない! 急いでくれ!」

 俺が降りていこうとしたら、ウタさんが空から降ってきて、アグリッパの足を止血した。


「ウタ先輩……?」

「私のこと知ってんの? バカね。駅伝は楽しまないと優勝できないようにできてるんだよ」

 ウタさんはアグリッパにそう言うと、肩に担いだ。

「ポチは走れるね?」

 ガウッ。

 大きなオルトロスのポチは座って返事をしていた。

 ウタさんはそのまま空飛ぶ箒に乗って、ゴールの竜の駅まで転移魔法みたいに飛んでいった。


「グイル、あんた……!?」

 走ってきたミストが声をかけていた。


「走れ! まだ、どこの国が優勝かわからないぞ!」

 グイルはそう言って、体を揺らしたかと思ったら、その場に倒れていた。

 死者の国と魔族領の選手たちがグイルの側を駆け抜けていく。傭兵たちは、死霊術師たちが仕掛けた罠にハマり、足を取られている。


「おおっと、グイル選手が倒れたー! 限界を超えていましたからね」

「たぶん、魔力切れでしょう。先輩を守るために身体を張ったからでしょうね」

 なぜか俺もウインクも笑いが込み上げてきてしまった。


「だから言ったじゃない! 何度も走ってと頼んだわ! でも、走らなかった……」

 走っていたミストが大声を上げた。立ち止まり、がっくりと肩を落とした。


「おい! 坂を駆け上がればゴールだ! 魔族領に置いていかれるぞ」

「何をやっている!? 4人揃わないとゴールを認められないんだぞ」

「でしょうね。だから、走って先にゴールしていればよかったのに……」

 ミストは振り返って、街道を戻り始めた。


「何をするつもりだ?」

「失格になりたいのか?」

「優勝して、死者の国に利益をもたらすんだろ?」

 死霊術師たちが口々にミストを戻そうとしているが、誰も動かない。ミストが決めたことを達成するまで、梃子でも動かない事を知っているのだろう。


「別に棄権した選手に手を貸しても、違反にはならないわね?」

 ミストは俺達を見上げた。

「ならない。一般人に迷惑をかけないとは言っているが、他国の選手同士が協力することは許可している」

「そうね。グイル……」

 ミストは寝ているグイルの脇腹を蹴った。


「いてぇっ。なんだよ。ミストか? 何やってんだ? 俺は身体が動かないんだよ。しばらく放っておけ」

「本当に損な役回りだわ!」

 ミストはグイルを背負い紐で縛り付けた。


「重い!」

「何やってんだ? 当たり前だろ? 置いてけ!」

「いや」

「なんでだよ!?」

「グイルが北極大陸に食料品と雑貨を送るように手配して。どの国にも平等にね」

「なんで俺がそんな面倒なことをしないといけないんだよ!」

「できるでしょ? やりなさいよ」

「別に俺は大使でもないし、特使でもない。金を持っているわけでもないんだ。どうやってやれっていうんだ?」

「大丈夫。アグニスタ家の御曹司をぶん殴って止めたんだから、そのくらいわけないわ」

「待て待て。置いていけって。そんな契約はしないぞ。だいたいアリスフェイ王国は棄権しているんだから」

「だからなに? 私がグイルを置いていくと思う?」

「思うよ! こんな泥だらけで汚いんだぞ。しかも汗臭い。魔力は切れて使い物にならない」

「一番、駅伝を楽しんでいるのは?」

 ミストが聞くと、グイルが笑っていた。


「それは俺だろ」

「いや、私だよね」

「いや、俺だ。それは譲らない」

「私も譲る気はないわ」


 ミストがゆっくりグイルを背負って歩いていくと、死霊術師たちは「何をしているのか」と問い詰めていた。


「国別対抗の駅伝よ。最も利益率が高い方法を選ぶべきだわ」

「じゃあ、その小僧が死者の国に何かをもたらすとでも?」

「ええ。グイルがいれば、冬の間の交易は恙無く済むと思っていいわ」

「勘弁してくれよ。北極大陸の冬は長いだろ?」

「本人はこう言っているが……」

「照れているだけ。グイルがダメでも、空を飛んでいるラジオ局がどうにかするから」

「「え!?」」

 思わず、俺とウインクが声を上げた。


「ほら、もうすぐ優勝が決まるわ! 行って!」


 俺たちは急いでゴールまで飛んだ。すっかり忘れていたが、魔族領の選手たちが走っているところだった。

 

「さあ、この坂を駆け上がれば、ゴールです! 先頭は魔族領! 後方から、迫っていたアリスフェイ王国は棄権となり、傭兵の国が追っていますが……、まだ来ない! 魔族領の選手たちも魔力切れを起こしているのか満身創痍です。魔道具も使わず、一歩一歩踏みしめるように駆け上がっています」


 竜の駅まで続く道にの沿道には多くの人が詰めかけていた。アリスポートの住民たちだけでなく、世界中から竜の駅馬車を使って応援に駆けつけているらしい。


「ついにゴールテープが見えてきました! 魔族領の選手たちは沿道の声援を受け、最後の力を振り絞ります! 往路では邪神の邪魔もありました! 復路では得体のしれない魔物と戦いました! たとえ、国の威信をかけた戦いでも、選手たちは地域の住民たちの声を聞いていました! 駅伝運営委員会は決して忘れません! そして選手たちの中で、最も奇想天外な方法で駆け抜け、圧倒的な実力を示した魔族領の選手たちが、今……」


 4人揃って、ゴールテープを切った。

 すぐに魔族領のサポーターたちが駆け寄る。マジコは腰にぶら下げた蓄魔器を高々と掲げた。

 

「ゴールを切ったぁああ! マジコ選手、煌々と光り輝く蓄魔器を掲げています! 第一回世界駅伝は、魔族領の総合優勝です! 続いて……、大きく離されましたが、グレートプレーンズが二位! 三位には、ルージニア連合国第三班が到着しました! 死者の国と傭兵の国は、最後にだいぶ引き離されましたね!」

「ええ。アリスフェイ王国がかなり順位に影響を与えた形になりました。どうか、ゴールを切った選手たちに大きな拍手を送ってください! 皆、真剣に走ってくれました! どの選手も胸を張ってください!」


 4位にようやく死者の国がグイルを背負ってランクイン。5位に傭兵の国が続いた。その後、続々と棄権した選手たちも含め竜の駅へ集合した。


 アグリッパの足は北極大陸の医療術の専門家によって繋ぎ止められたが、数ヶ月のリハビリを余儀なくされたという。各国サポーターたちが、選手やけが人の治療に当たり、治療術の共有をしている。

「やはり北極大陸の治療術は異常だ」

「いや、エルフの国のポーションは優秀だよ。スキルの恩恵もあるだろうけどね」

「腹が減っているなら、こっちにたくさんあるからね! ワイバーンのステーキに冬野菜のスープ、芽キャベツのアヒージョなんかもあるから、どんどん食べていって!」

 総合学院のエリザベスさんが、料理人たちを連れて宴会の用意までしてくれたらしい。


 選手全員が集合したところで、優勝した魔族領の選手たちに優勝旗を贈呈。今ある蓄魔器の半分を渡すことをラジオでも伝えた。

「まだ、どうして私たちがこの優勝台に立っているのかはわかりません。戦闘面でも、スピードでも全く刃が立たなかった。それでも、私たちは優勝を願い、走ってきたことは事実です。これから多くの反省を噛みしめながら、日常へ帰っていきます。各国選手たちとはもっと話したかったし、もっと関わりたかった。離れるのが惜しいです!」

「また会いましょう! 私たちはもっと……、世界と関わりたいと願っています! どうか、魔族を怖がらずに!」

 ゲンズブールさんの奥さんとマジコの言葉が、ラジオから響く。


「至らぬことは大変多かったと思いますが、これにて第一回世界駅伝を終了いたします。いつの日か、また会える日を願いまして。本日は誠にありがとうございました!」


 俺は選手たちやサポーター、応援に来た観客。それからラジオに語りかけて、駅伝を終了した。


「よし、いいか」


 日が暮れ、宴会が始まろうとしている中、親父が背後に立っていた。


「なに?」

「ちょっとな」

「ん?」

 親父が俺の背中を触った。


 次の瞬間には、俺はどこか遠くの洞窟に飛ばされていた。空間魔法の一種だろう。親父は、よほどのことがない限り魔法を使わない。


「どこ、ここ?」

 かなり暖かい空気が流れている。むしろ暑いと言ってもいいかもしれない。

 アイルさんやベルサさん、セスさん、メルモさんとコムロカンパニーが勢揃いしている。

「邪神が現れた火山の地下だ」

「なんかあったの?」

「ああ。だいたい、3階、いや、4,5階建てくらいかな。目の前の壁だと思っているものをもう少し上まで見てごらん」

「へ?」

 

 そこには大きな建物のような黒いキューブが置かれていた。とんでもない魔力を感じる。


「え? もしかして魔石?」

「ああ、精霊石の巨大版だ。邪神石だな。何をやっても影響力が出てしまう代物だ。ある程度、蓄魔器の量産でどうにかなると思っているんだけれど……。いいか?」

「もちろん、それはいいけど。蓄魔器で消費できるかな?」


 俺は後頭部を掻きながら、親父を見ると、同じように後頭部を掻いていた。


「まいったな……」


 暗い洞窟の中で、俺たち親子は、巨大な魔石を前に、苦笑いをするしかなかった。


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