『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』58話「駅伝往路最終日」
「火山の西、湖畔を走るのは、アリスフェイ王国と北極大陸の選手たちぃ! 死者の国も傭兵の国も邪神降臨の影響が出ているようですが、ゆっくりと雪道を踏みしめながら進み始めたぁ!」
ウインクの声がラジオから響き渡った。
東から日の光が注ぐ雪原を、選手たちが走っていく。天変地異にも邪神にも負けず、懸命に走る姿に、俺はつくづく人間でよかったと思った。
誰とでも競い合うことはできる。レースくらいならいくらでも思いつく。
でも、それを全力で楽しみ、持てる力すべてを注ぐのは選手たちだけ。駅伝を提案したのは俺なのに、今は選手たちが羨ましくて仕方がない。
火山近くの竜の駅が中継地点だ。
そこからさらにマリナポートを抜けて、小島へ向かう。
俺たちは先回りして、東ルートから来る選手たちを追うことにした。
すでに中継地点の竜の駅周辺は控えの選手やサポーターたちが集まっていた。こちらも邪神の影響で到着が遅れ、緑竜姉さんたち総出で移動していた。
「ほら、黒竜さんたちに言われなくたって、選手たちを運ぶんだよ! 崇められて喜んでるだけが竜だと思われたら溜まったもんじゃない! 私たちは精霊でも神でもないんだ! 身を粉にして働きな!」
「緑竜の姉さん! 駅伝へのご協力、ありがとうございます!」
俺が竜の駅に降りていって挨拶をすると、竜たちが集まってきてしまった。ラジオを放送しているから言いたいことがあるのかもしれない。
「昨年、いや、もう一昨年か。アリスフェイ王国の一部地方で、随分竜たちが世話になったみたいだからね。このくらいしないと禊ぎにもならないよ」
「価格が高くてなかなか空飛ぶ乗合馬車に乗れなかった皆さん、今年から大幅に値を下げて運行しますので、一度乗ってみてください」
「急な帰省、新製品の買い付け、コロシアムの闘技会に受けなきゃいけない試験、最速の空の旅で我々が必ずお届けしますよ!」
「どうぞ、竜の駅を御贔屓に!」
決められたような広告を緑竜姉さんたちが叫んだ。アクシデントの後に、商魂たくましい。ラジオとしてもありがたかった。
「さあ、中継地点でも準備が進められています!」
俺たちは空飛ぶ箒に魔力を込めて、東ルートへと飛ぶ。
火山からの暖かい風が吹き、雪が解けて道はぬかるみ、選手たちは泥だらけだった。
トップは魔族領の選手たち。マジコとゲンズブールさんの奥さん含め、全員が女性だ。
「体力温存、ペースを保って! 足元に危険はないよ!」
「スタミナを切らさないようにね!」
マジコたちは一定のペースを崩さずに声を掛け合いながら走っているようだ。声をかけた方が、集団だと最も速いのかと思っていたら靴に秘密があるようだ。
「東ルートでは、皆同じ靴を履いている魔族領がトップです! 凍ったルートを走るかもしれないと滑り止めの対策を取っていたのでしょうか! 速いしぐんぐんペースが上がっているように見えます!」
魔族領の選手たちの後ろをグレートプレーンズのアマゾネスたち、いや女兵士たちが走ってくる。
「南部の冠水期に比べれば、この程度、なんてことはない! 地の利は我らの隊にあるぞ!」
「「おおっ!」」
グレートプレーンズの女兵士たちは、雨期の避難時にはとんでもなく活躍する部隊だ。地元のグレートプレーンズでは、大平原が冠水する時期にもかかわらず、南部開発機構とともに20年近く死者もケガ人も出していない。部隊の練度は、女性兵士の部隊が飛びぬけていると聞いたこともある。
「グレートプレーンズの南部開発機構って、コムロカンパニーが作ったんじゃなかった?」
「そうみたいだね。歴史の授業で習ったけど」
「お父さんから何も聞いてないの?」
「何も聞いてない。昔の話でしょ?」
「「「今も冠水は起こってるよ!」」」
選手たちからツッコみが入った。
さらに後方から、エルフの国、ダークエルフの国・ウェイストランド、小人族の国・シャングリラ、魔法国・エディバラと続いている。ルージニア連合国3チームと宗教国・アペニールはかなり遅れている。装備が重いようだ。
「鎧は捨てよう! 全然戦わないじゃないか!」
「どうして連合国同士で足の引っ張り合いをしているんだ!?」
「速度を上げる魔法はまだか!?」
「魔法使いが魔力切れを起こしました! ブヘッ」
ルージニア連合国の選手たちが続々と影から現れた手に足を掴まれて転んでいた。
「すまない。闇の加護を」
転んだ選手の横を、アペニールの選手たちが通り過ぎていく。足の引っ張り合いなら、アペニールに分がある。
「どうしたことか!? せっかく3チームに分かれたのに、ルージニア連合国は大幅に遅れております! すかさず火の国の選手たちが薬草を売ろうとしてますね! 火の国の行商人たちは荷物を運ぶのには慣れていますから、これくらいの遅れではどうってことないのでしょうか」
昼前に、東ルートのトップ集団が中継地点の竜の駅に到着。すでに西ルートの選手たちは休憩して選手交代も済ませていた。やはりルート選びが往路の勝敗を分けそうだという空気が流れている。
「最後に自分たちの力だけではどうにもならないものを用意したのね?」
ウタさんが声をかけてきた。
「一応、蓄魔器の出荷量を決める大会なので……」
「交渉術を見るってこと?」
「そうなんですけど、あそこには造船所がありますから」
「ああ……!」
「どういうこと?」
ウインクが聞いてきた。ラジオにも声が乗っているので、これ以上は言えない。
「小島に行くには、ある程度道具が必要だろ? 魔道具を使うのもいいし、交渉して船に乗せてもらうのもいい。駅伝では交渉を禁止にはしていないから、この先の進め方は協力し合うか、それとも足を引っ張り合うかで変わってくるんじゃないかな」
普通は足を引っ張るよりも共に発展したいと思う。ただ、ここから先は死者の国もアペニールも選手が代わる。傭兵の国に至っては全選手が代わった。
「なるほど、そうね。あれ? ちょっと待って! アリスフェイの選手が二人代わりました! あれはアグリッパ先輩とあの冒険者はどこかで見たことが……」
俺はウインクが指さす方を見て、思わず息をのんだ。
「ロバートさんだ。あの人もアリスポート総合学院の出身だよ。貴族連合にいたはず……。冒険者として選手になったんだ……。アグリッパさんとは同学年だ!」
銀貨一枚。後期授業料を払えない学生がいるということや貴族に生まれた学生たちの重圧について考えるきっかけになった人だ。
「アグリッパ! お前が出ていいのかよ!」
「おい、ロバート! 田舎の騎士が田舎の貴族と結婚したと聞いたけど、まさか駅伝の選手として出るなんて聞いてないぞ! 走れるんだろうな?」
「バカ言え、俺は冒険者としての実力を買われたんだぞ」
お互いに、選手として出るとは思っていなかったらしい。
二人に挟まれて、グイルとヒライは何も言えないでいる。
「おい。疲れているところ、こんな疲れる貴族の御守じゃ大変だろう? 大丈夫だ。俺は田舎とはいえ、討伐依頼もこなしている立派な冒険者だから」
「ヒライ、面倒な貴族連合の先輩に目を付けられないうちに先を急ぐぞ。こいつは在学中から細かいことばっかり気にしてるんだ」
「ロバートさんは、うちの隣の領地出身でして、地元では出世頭として有名なんです。自分もロバートさんに憧れて、総合学院に……」
ヒライの実家とロバートさんの実家は近かったらしい。
「そうなのか! アグリッパは何も教えてくれないだろ? いい加減、貴族連合に入ったらどうだ?」
「お前、学校を辞めたのに誘ってくるなよ!」
息はぴったりだ。オルトロスのポチは、舌を出して笑っている。
「積もる話はあると思いますが、今は駅伝往路最終日です。俺たちは休めましたから、十分に優勝を狙える位置にいると思います!」
グイルが締めた。
「おうとも、気合入れていくぞ!」
「なぁに行く手を阻む者がいれば蹴散らしていけばいいのだろう? ヒライくん、行けるかな?」
「準備はできました!」
「悪いがグイル、引き続きペースメーカーになってくれ」
「わかりました」
アリスフェイの選手たちが中継地点から飛び出していった。
北極大陸の選手たちは、まだ休憩中。魔族領とグレートプレーンズはほとんど休憩なしで、アリスフェイを追いかける展開になった。
険しい山道を越えて坂道を下れば、マリナポートの市街地。かつてベルベ校長の領地で、貴族の称号を売った場所でもある。ベルサさんは、未だにバカな親だと思わないかと言っている。
「見えてきました! アリスフェイ南部で最も港がきれいな町、マリナポート!」
ポン! ポン! ポン!
選手たちを祝福するように打ち上げ花火が上がった。
町の入り口には『ようこそ駅伝!』の横断幕まで掲げられている。港には、船が並び、造船上の煙突からは白い煙が上っている。
今日ばかりはコロシアムも営業停止で、花火の打ち上げ場になっているらしい。
港までの坂道には町の人たちが選手を一目見ようと集まっていた。
選手たちが町に入ってくると、自然と町の人たちは沿道に避け、道を開けてくれた。
「ここから先は、どの船に乗るかで決まります! 駅伝管理委員長、先ほども管理委員と話していましたが、実力ではないということですか?」
「……あ、俺か。いや、そんなことなくて結局、船を調達するのは交渉力が必要ですし、何より海という自然相手ですから、波を読む、風を見る、操舵技術、または操舵スキルのある人を雇う、海に現れる魔物と戦うなど冒険者としての総合的な要素もありますし、何よりゴールが桟橋もない岩島ですから、運も必要です。もちろん、復路のスタートは先ほどの竜の駅ですから、危険と判断すれば、そこで止まっても構わないんです。ただ、どれだけ時間がかかっても島に辿り着いた選手たちよりは順位が下になるというだけです」
「なるほど、往路の優勝は本当に意志のある者たちが掴み取れということでしょうか! 続々と選手たちがマリナポートに到着してきました!」
竜の駅で休まずに、一気に順位を上げる選手たちもいる。シャングリラや火の国の商人たちは、すぐに大きな船をレンタルし船乗りたちを雇い始めた。
「せっかく一位だったのに、どうするんだ!? アグリッパ!」
「どうもしねぇよ。うちのネゴシエーターを信じろ!」
アリスフェイの選手たちは、船の交渉でトップ選手で貴族の学生たちということで足元を見られ、高値を吹っ掛けられたらしい。
「グイルさん!」
「考えろ! 絶対に何かある……。この駅伝を作った奴はとびきり変な奴だけど、突破口だけは考えている。なんだ? 一旦海から離れよう!」
アリスフェイの選手たちは町中に消えていった。
一際大きな船を用意していたルージニア連合国、第3班は交渉中の選手たちを尻目に、そそくさと船に乗り込んでいた。
「あれじゃ、岩島に着く前に転覆するぞ……」
マイクが誰かの声を拾った。
「あの、どういう……?」
ウインクがその人に話しかけようとしたので、俺は高度を上げて、ゴールの岩島が見えるところまで飛んだ。
「いったい、どういうことでしょうか! 町はこれほど凪いでいるというのに、海は大荒れ。波が家ほどの高さまでうねっています! コウジ、これじゃ船じゃ行けない! 風だって……!」
昨日の火山で、マリナポート周辺の海域は大時化となっている。
「だから運も必要だって言ったろ? 諦めるのも勇気。復路にかける選手たちにも大きな拍手を送ってください!」
「四人全員が飛べる能力、もしくは魔道具をお持ちでないなら、危険かもしれません。こんなところにも邪神出現の影響が出ています!」
エディバラの選手たちが、商店街を駆け回り、空飛ぶ魔道具の部品を集め始めていた。
船乗りを集めていたシャングリラの選手たちは、どうにか大金を払って船乗りの独占しようと画策を始めている。火の国の選手たちは、グレートプレーンズの女兵士たちに「水魔法でどうにかならないか」と交渉している。
しっかり休んで遅れてきた魔族領の選手たちも、大きな魔道具が必要だと思ったらしく商店街へと向かった。北極大陸の選手たちも昼過ぎにはやってきて、気球を作れないかと知恵を振り絞っているようだ。
エルフの国、ウェイストランドの選手たちは風が読めるからか、夕方になっても出港できなければ諦めると宣言していた。
「まさに、知恵、勇気、交渉が試されているようですね!」
傭兵の国とアペニールの選手だけは、造船所の大きな扉を叩いていた。
「いるんだろ!? 海蛇殺しの船大工が!」
「港にある船は漁船ばかりだ! 魔物討伐のための船があるはずだ! どうして港に出ていない!?」
「どうか、この造船所の船を出してください! 港にある船では木っ端みじんです!」
「ここに海賊封じの船乗りがいると聞いています! 出てきてくださいよ!」
ドンドンと扉を叩くので、親方が出てきた。熊のように大きく、腕は丸太のように太い。日に焼けた褐色の肌に白髪の短髪がよく似合う。
「うるせぇな! こっちは仕事して腹が減ってんだ! 船が欲しければ、そこにヨットが出てるだろ! 勝手に乗ってけ! 船乗りが欲しければ、夕方にまた来い! 就業中なんだよ。それともお前ら、こいつらの日給を出してくれるのか!?」
「親方、こんな大時化に誰も出れませんよ! 命あっての物種です」
「ああ、本当だな。こりゃダメだ。海の神でも呼び出さなきゃ、どうにもならん! 駅伝の選手たちだな。今回は運がなかったと思って諦めろ」
港にもビョウビョウと風が吹き始めた。
「おいおい、そんなんで諦めると思うか? 傭兵の情報収集力を舐め過ぎだ。ここにいるんだろ? 周辺海域の海賊を蹴散らして、大型の魔物を駆除している船大工がよ」
「我々の国にも名は轟いている。この海域には人の姿をした鬼がいると聞きました。海賊からお宝を奪い、クレーンの先に海賊たちを吊るして遊ぶ子どもがいるんでしょう!? どうです? 銀貨五枚でいかがです? いや、金貨2枚までなら構いませんよ!」
「あのな。金で動く奴を雇いたいなら、港の漁業組合に行ってくれ。いくらでもいるから。俺たちは傭兵と宗教家の誘いじゃ、動けないな」
俺は一連の話し声を聞いていて、どんどん顔が赤くなっていった。
「コウジ、どうして顔が赤いのよ! はっ、まさか海賊を吊るして遊んでいた鬼って、コウジのことじゃないでしょうね!?」
「俺じゃないよ! 見ろ! 角なんて生えてないだろ!? 大丈夫。鬼は他にいるから! だいたい、俺だってやりたくてやったわけじゃなくて……、なんでもない! 聞かなかったことにしてくれ!」
「やっぱり、なんかやったんでしょ!?」
「ウインク、過去の話を蒸し返して誘導尋問はズルいぞ! 駅伝中だ! 子どもの頃は、皆何かしらやらかしているもんだ! 人が集まってきちゃうから! ああ、もう……」
町の人たちはなにが起こるのかわかっているのか、造船所からちょっと離れたところに陣取り、茣蓙を敷いて酒を飲み始めてしまった。ヒントになるようなことをラジオで言い過ぎた。
選手たちも気づき始めたが、全員門前払いを喰らっている。
死者の国の選手たちが浜辺で儀式を始めた頃、アリスフェイの選手たちが肉と野菜を大量に持って造船所の扉を叩いた。
「どうもこんにちは。煙突から出ている煙が一向に止まらないみたいなんで、もしかして料理の献立に迷ってるんじゃないかと思いまして。これ、昨日獲れたワイバーンの肉と冬野菜です。よかったら使ってください」
グイルは親方に食材を渡していた。
「お、気が利くな。ありがたく受け取っておくよ。でも、あの煙は風を見ているだけだ。日が暮れ始めると流れが変わるだろ? 山からの風と海からの風がある。岩島に行けるのは、一日のうちに二回だけだ。岩島がゴールなんだろ? 風を読める奴じゃなくて、風を掴める奴を探した方がいい」
「ありがとうございます!」
アリスフェイの選手たちは空振りだったかと渋い顔で頭を下げていた。
「おーい! テルー、こんなに食材を貰ったぞー!」
「無料で貰っておいて、何をやっているんです……?」
俺はよくこの人に怒られたことを思い出していた。
「いててて……。悪かった。悪かったよ!」
親方が転がり出てきた。
「別に気に入らなければ、悪口を言うくらい構いませんよ。でもね、せっかく食材をくれた人に意地悪するというのはどういう良識ですか? トーマス! どこにいるんです!?」
「……はい! ここです!」
トーマスさんはボロボロのヨットの中で魚を焼いているところだった。子どもの頃に使っていた七輪を未だに使っているらしい。
「アリスフェイの選手の方たちを、岩島までお連れしなさい」
「で、でもオルトロスが乗るかどうかわかりませんよ」
「お連れしなさい」
「はい」
トーマスさんは焼き立ての魚をパクリと食べて、尻尾と骨だけ海に捨てていた。
「ああ、内臓が苦い。それじゃあ、乗って。海の上では船長の言うことを聞くようにね。落ちても助けられないかもしれないから。それから、魔物が出たら、適当に殴っておいてくれると助かる。海面を走れる人はいる?」
「あ、はい」
グイルだけが手を上げていた。
「よし、最初は押していかないといけないから、ちょっと手伝って」
「わかりました」
「あれ? なんか聞いたことがある声だな。もしかして、深夜放送のコウジの相方?」
「そうです!」
「おおっ! ファンです! グイルだっけか?」
「はい。聞いてくれてるんですか?」
「海の上は何もないからラジオが聞きやすいんだよ。よし、出航だ。ほら、港からも船が出始めただろ? ここから日が沈むまでが勝負どころだ。よく岩島なんてゴールにするよね?」
そう言いながら、トーマスさんとグイルはヨットを押して沖まで出ていった。
ザブンッ!
死者の国の選手たちが、鯨の幽霊を海に召喚して飛び乗っていた。
「あれ、いいの……?」
「この駅伝は何でもあり」
魔族領の選手たちは魔道具が出来上がったみたいで、大きな鳥の形をした魔道具に乗って、町の上空を旋回していた。風が強いようだ。
各国の選手たちが遠くの沖へ向かう中、ボロボロのヨットは帆も張っていない。
「大丈夫なんですか?」
グイルの声が聞こえてくる。ウインクは思わずマイクで声を拾っていた。
「大丈夫。この風に乗っちゃうと結局遅くなるから、次の次で行くから。それより、コウジって変だろ?」
「変です」
「あいつさ。子どもの頃、今日みたいな大時化の夜に沖合まで出て、遭難した海賊船を見つけたんだよ。そしたら海賊船の甲板に飛び乗って、船にしがみついている海賊をちぎってはこのヨットに投げてよこすんだ。うねりまくっている波の中でだぜ。変だよな。結局、15人の海賊を捕まえたんだけど……。それがこのヨットの積載量の限界だ。よかった。あんまりオルトロスって重くないんだな」
トーマスさんは微妙な話をしていた。
「何の話?」
ウインクが思わずツッコんでいた。
「俺の恥ずかしい話」
「トーマスさんって知り合いなの?」
「知り合い。ラジオで言えないようなことばっかりしていたから、あんまり聞かないでくれ。たぶん、勝負は一瞬で決まるから、岩島の方まで飛んでおこう」
「わかった」
岩島には、コムロカンパニーやウタさん、黒竜さんが待っていた。
「おつかれ。どうだ? どこの選手が来そうだ?」
「死者の国が海の神を呼んだ。魔族領は魔道具で飛んでくる。風が強いから煽られるかもしれない」
「トーマスを引いたのは?」
ベルサさんが聞いてきた。
「アリスフェイ」
「「「運がいいな」」」
ドッ!
海岸近くの海面が爆ぜた。
一気にボロボロのヨットがこちらに向かってくる。
半透明の白い鯨も迫っているが、まるで追い付けていない。魔族領の選手たちが乗った大型の魔道具は、突風にあおられて岩島から遠ざかった。
「ヨットが! このままじゃ大破します!」
ウインクの絶叫が響く。
ぼよーん!
ヨットは岩島にぶつかって、宙を舞った。おそらく船首に衝撃吸収の魔法陣が描かれている。そこに思い切り魔力を込めたのだろう。アグリッパとロバートさんが白目をむいていた。
ひっくり返ったヨットから、アリスフェイの選手たちが落ちてくる。
「お待ち!」
舵を握ったトーマスさんが通り抜けながら喋った声をラジオのマイクが拾った。
アグリッパとロバートは、船首の魔法陣に魔力を込めすぎて、魔力切れを起こしている。
「はぁ、死ぬかと思った……」
グイルが、気絶しているヒライを脇に抱えて喋った。
「ゴォオオオオル!! 駅伝、往路優勝はアリスフェイ王国です! 続いて、死者の国。3位に魔族領がゴールしました!」
ウインクの実況が、日が沈む岩島にこだまする。