『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』54話「ラジオ局の年越し」
親父は駅伝のために前乗りしていたらしく、宿から学校へ宿泊地を移していた。どうせ部屋は一杯になるだろうと意味があるのかわからない気を遣い、森の中にテントを張っていた。
「この方が楽だろ? 風呂とトイレはダンジョンのを借りるよ。この学校は便利だなぁ。本当に」
母さんはいつの間にか来ていて、普通に親父と一緒にテントで寝ていた。
「私たちの一家は冬にしか会わないのかしらね?」
夏休みの時は南半球にいたから冬だった。もっと暖かい時にあった方がいいと思うが、今回は駅伝の都合に合わせてくれたのだろう。
「でも、コウジのお陰でちゃんと正月を家族で過ごせるんだからいいんじゃないか」
「確かに。何かとスケジュールが合っていくね」
竜の学校にいた頃はあまりイベントごとがなかったからか、唐突に休日になっていたが、人間の学校に通い始めたら、ちゃんと長い休暇の度に両親と会っている気がする。
「向こうにアイルとベルサがテントを張っているし、セーラ達も今日中には来るだろ? 今頃、竜の皆は全員駆り出されているかな」
「また、家は空くんだけどね」
「俺は、こっちに来る前に掃除をしてきた」
親父は溜まっていた仕事に区切りをつけていたらしい。
「俺も夏に行ったよ」
「じゃあ、私だけ行ってないの?」
「去年は行ったでしょ?」
「行ったけど、あの家はどうするの? コウジが卒業したら住む?」
「え? なに? くれるの?」
「いずれ俺たちが死んだら、あの家はコウジの物にはなるぞ」
「欲しいの?」
「もし、会社を作るならあそこがいいんじゃないかと思ってるんだよ」
「ああ、いいと思うぞ。税金はかからないし。ただ、窃盗があっても誰も助けてくれないから、自分で対処するしかない……。と言っても、あそこには誰も来ないか」
「会社って蓄魔器の会社?」
「いや、それはだいたいの目途が立っている。そうじゃなくて俺は学校を卒業したら、社会に放り出されるんだよね。しかも冒険者にもなれない。仕事を自分で作るしかないんだよ」
「いやいや、就職すればいいじゃない?」
「どこに? 雇ってくれる会社なんてある?」
「そもそもコウジが卒業するときには、金が結構あるだろ? 雇われなくてもいいんだよ。しかもラジオ局を世界各地に作っているから、それを運用していけば、普通の生活はできるんじゃないか?」
「あ、そうか。でも、別に俺はお金がなくても生活はできるよ」
「それをラジオの局員たちにも強制するのか?」
「ああ、それはできないか……」
「この学校で学んだ方がいいのはそういうことだろ?」
「そうだった」
忘れていたが、俺は人間の社会を学ぶためにこの学校に来ている。ラジオ局を運営していくにしても、社員たちの生活を守らないといけない。ミストやグイル、ウインクにだって夢があるから、それは応援するが、生活を支えることができるのか。
「会社を作るって大変だね」
「そうだろ? 運営していくのはもっと大変だ」
生活の維持は大変だろう。しかもアイルさんやベルサさんもいる。あの二人の生活を支えるって、想像しただけで疲労感が襲ってきた。
「親父ってすげぇんだな」
「なにが?」
親父はすごいと言われても嬉しそうにしていなかった。
「いや、アイルさんとベルサさんを雇った時ってどんな気分なんだろうと思ってさ」
「お、ちょっとわかるようになってきたな。いろいろあるんだよ」
大晦日。
学生は里帰りしているが、駅伝の選手やサポートの家族たちで人は多い。エリザベスさんたち厨房の料理人たちや職員も休日返上で、働いていた。さらにコムロカンパニーが勢揃いしたことで、風呂場から屋根裏、ゴミ捨て場まできれいに掃除されていく。
「普段、何をしていてもいいけど、本業だけは忘れるなよ」
親父が発破をかけていた。
アイルさんもベルサさんも青いツナギを着て、モップで廊下を掃除している。メルモさんやセスさんも壁をブラシでこすり上げていた。野次馬だらけだが、誰一人笑う者はいない。
「学生の家でもある校舎を汚すなよ」
「きれいにして戻すんだ。いいな?」
アイルさんとベルサさんが静かに駅伝の選手たちとサポーターに言っていた。怒鳴られるより怖い。
どうやら文化の違いで新年に酒を浴びるほど飲むという一団がいたらしく、清掃をしていた職員さんに酒樽を買ってこさせようとした輩がいたのだとか。
当然だが、国の代表なので振る舞いも見られている。ちょうどセーラさんたち勇者一行が来たので、すぐに話し合いがあり、その一団はポイントを減点されていた。
「別に駅伝中に選手同士で足の引っ張り合いをしたり、進行の邪魔をしたりするのは構わない。それが戦術だ。だが、駅伝外で一般庶民に迷惑を掛けたら、我々、駅伝管理委員会がただでは済まさん。心得ていてくれ」
アイルさんがラジオで全員に伝達していた。
「アリスフェイ王国、並びにアリスポートで暮らしている皆さんは、選手に協力することもあるかもしれませんが、なるべく公平に協力してあげてください。もちろん、無理に協力しなくて結構です。また商人の方で、もし商品を売らなかったら駅伝の後に取引しないなどと言われた場合は、運営委員会にご報告ください。減点の対象とします」
俺も、駅伝の運営をしている委員長なので注意事項を言っておいた。
「ただ、世界各地から、次世代の優秀な冒険者や熟練の行商人たちがたくさん集まっています。敬意を持って応援の方をよろしくお願いします!」
アリスフェイの社会性が試されている。そんな企画を作ったのは他ならぬ自分だ。
駅伝が終わっても頭を下げて町を回らないといけないだろうな。
ウタさんたち一家の到着と共に、駅伝の会議を始めた。
場所は図書室で暖房もしっかり効いている。グイルとミストはすでにそれぞれの国の選手たちと共に過ごしていた。ラジオ局員は俺とウインクだけ。マルケスさんとソニアさん、それから黒竜さんも来ていた。
「お疲れ様です。年末にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます。来る正月二日目から国家対抗駅伝を始めます。皆さんは駅伝管理委員会として公平にポイントを付けていただくこと、それから選手に死んでほしくはないので、選手同士の争いごと以外での事件、事故を防ぐ役割を担ってもらいます。一律、金貨三枚の報酬は用意しておりますが、蓄魔器の売り上げ次第では上がるかと思います。よろしくお願いいたします」
「一応、表は作ってきましたので、それぞれ持って行ってください」
ウタさんが管理委員に票の紙を配っていた。ペンで書いていくらしい。
「多分足りると思うんですけど、ルージニア連合国に関しては3チーム出るので、リーダーにマントを着てもらい、色で分けました。あとはほとんどわかるんじゃないかと思います。選手名と簡単な略歴も調べてきたんで、実況の方は……」
「私です!」
ウインクが選手調査報告書を受け取っていた。
「ルートに関してはどうですか?」
セーラさんが聞いてきた。
「中間地点の竜の駅については皆さんが知っている通りですが、中間地点の竜を崇拝していた村、それからマリナポート近くの竹林の村にそれぞれ革製のお守りを作っておきました。魔力を込めるとじんわり温かくなる魔法陣を描いています」
地図を机に広げて、説明を始める。盗み聞き対策はコムロカンパニーが勝手にしてくれているので、問題なく喋れる。
「迂回して安全な道を通るか、それともリスクを取ってでも先を行くのかは選手たちに委ねています。大きな障害としては半人半獣の強い魔物がいる森は、通過せざるを得ないところでしょうか。空を飛べても、村に行くのにはどうしても森の上を通過しないといけないので、厳しいのではないかと思いますが……」
「それに関してはたぶん大丈夫だよ」
ウタさんが止めた。
「わざわざ魔族領には言ってないけど、死者の国も火の国も、それからエルフたちもかなり対策を打ってきているから、空は飛べないと思う」
「そうなんですか?」
「世界樹のドワーフたちと魔体術の傭兵たちにはあまり関係ないけどな」
アイルさんも選手たちの動向を見ていたらしい。
「とにかく選手たちは村でお守りを買えばいいんだな?」
「そうです。ですので、どなたかがお守りを売る係にならないといけないんですが……」
「私がやるよ。本業だし」
「じゃあ、後半の村は俺がやるよ」
グーシュさんとセスさんが名乗り出てくれた。
「ありがとうございます!」
「ラジオの機材について教えてくれる?」
「運営委員長は実況の子と一緒にいた方がいいんじゃないか?」
パメラさんとヘイズさんはラジオにも協力してくれるという。
「あ、やってくれますか? スイッチを切り替えるだけなんですが……」
「それくらいならやるよ。後で打ち合わせをさせてくれ」
「お願いします。じゃあ、俺も現場に行けるのか」
「助かります! 空飛ぶ箒にちゃんと乗れるか心配だったので!」
ウインクは喜んでいた。
「じゃあ、俺が風船アンテナと機材を運んで、ウインクは実況に集中してくれ」
「わかった」
「他に注意点等はありますかね」
「往路のゴールはマリナポートの南にある島ってことでいいのか?」
「はい。一応、この名もない島を想定しています。竜の駅もないし、ここまで確認しに来る選手はいないかもしれませんが、駅伝を作った者としてはここまで確認してくれると嬉しいというだけです。当然、復路のスタートは、マリナポートの火山近くにある竜の駅からです」
「その島に何か置いてあるのか?」
「回復薬と蓄魔器用の銅板を置いてあります」
「銅板に何か魔法陣を描いてあるのか?」
「スピーカーになる銅板です。小型のラジオを繋げると情報を聞けるっていうだけです」
「ああ、なるほどな」
「だから、本当に記念品って感じです。一応、冬の星の形と同じにしてあるので、ここに何もないと変かなと思って」
「そういうことか。いいんじゃないか」
「意外と面白いから、それはやろう。そのくらいの謎解きがないと面白くないだろ」
未だツナギ姿のアイルさんとベルサさんが言うので、案が通ってしまった。
「ちなみにアリスフェイ南部は正月三日目は猛吹雪だと予知が出ている。運営委員も十分に注意してくれ。それから邪神の活動も活発だ。わけのわからないものを見たら、はっきり見るように。そのままにしておくと乗っ取られるからな」
親父が注意を促した。
「それじゃあ、皆さま、諸々よろしくお願いいたします。あくまでもレースは公平に。誰も死なないようにお願いします」
「「「「了解」」」」
会議終了で、今年最後の夕食会へと向かう。コムロカンパニーも勇者一行も肉も魚も差し入れしたらしく、大量の料理が食堂に並んでいた。
「冬に夏野菜を持ってこられても、出来るのはこんなものしかないよ」
エリザベスさんは肉野菜炒めやチョクロのスープを作ってくれていた。
夏野菜は世界樹のドワーフたちからの御裾分けだ。駅伝ではレベルの低いドワーフたちを集めたらしいが、ちゃんと駅伝の前にチェックが必要だろう。
「会議は終わった?」
ミストとグイルがやってきた。選手たちの親睦会も終わったらしい。
「じゃあ、今年ラストの放送を始めるか」
「よし、やろう」
酒を飲み始めた大人たちを他所に俺たちはラジオ局へと向かった。
「今年最後の放送は、ラジオ局4人でお送りします!」
マイクも古いのを取り出して4本揃えて、喋り出す。
「実際、今年はいろいろとあり過ぎたよ。だいたい去年の騒動で卒業式もずれ込んでたし」
「そうだ。ウッドエルフの遺跡を掘ってたな」
「エルフの『月下霊蘭』騒動があり、食事会もしてパレードもあって夏休みに突入して言った感があったわ」
「いや、その前に体育祭もあったでしょ? ラックス先輩が尋ねてきたもんね」
「そうだよ。コウジは朝の訓練あったから、俺たちもずっと動いていたよな。一日が長くなった気がするよ」
「そう! 私は図書室にいる時間も伸びたもの。本棚一つくらいは読んだかもしれないわ。だいたいネタ出しが大変なんだからね」
「ミストはちょっと異常なくらい頑張ってたんじゃないか?」
「異常そのもののコウジに言われても、別に嬉しくはないけれど、限界値は何度か超えたような気がするよね?」
「夏休み中だって南半球いって働いて、北極大陸に行っているわけでしょ? 移動距離がおかしいんだよね」
「竜の駅馬車を使えば、皆も長距離でも移動できるだろ?」
「北極大陸のダンジョンは俺の中ではかなり衝撃的だったんだよなぁ。だからあそこに行くまではコウジの実力ってぶっ飛んでるよなってくらいだったんだけど、魔物を倒すという一点だけで言えば、コウジに勝てないのなんて当たり前だよ。今まで倒してきた魔物の量が違う。来年の体育祭は出ない方がいいと思うぞ」
「いや、世界樹で生活してたら、そうなるんだよ。だから本当に強くなりたかったら、世界樹に行って、世界各地のダンジョンに潜るといいですよ」
「そんなことは皆、わかってるし、竜の乗合馬車に乗れば物理的に行けるのは知ってるの。普通にいけば死ぬことがわかってるから、行けないだけでね。ただ、ハードルは二年目にしてようやく見えたなって感じがするよね?」
「レベルも違うんだけど、判断のスピードとか魔力の使い方、スキルの取り方もちょっと考えた方がいいよね。だって、防御魔法を鋏で切ってなかった?」
「あ、そうだ! 後期が始まってすぐに防御魔法の常識をあっさり壊してたよね!」
「で、そこからすぐ蓄魔器の実験を始めてたよね?」
「ああ、本当だ。結構早めに作ってたんだな」
「俺は正直、長期計画で蓄魔器を作るって言ったのかと思ってたよ」
「それを言うなら私だって、そうだよ。ふらっといなくなったと思ったら、急にできたって言って帰ってきてさ」
「いや、今までも何個もあったんだよ。それが広がっていなかったというだけで。俺たちが作ったのは簡単だし、馴染みやすい魔石灯型だろ? だから、上手くいくんじゃないかなと思ったのと、作ってすぐに売り方を考えないとって思えたのがよかった。いろいろと協力してくれる人が増えるし」
「確かにな」
「そこからよく駅伝なんて考えるよね? 発想がそもそもないよ」
「親父の話を聞いてたからかな。あんまり親父の前世の話って聞いてもあんまり意味ないなって思ってるし、親父もほとんど話さないんだけど、正月の過ごし方については子どもの頃に聞いていて、山に向かって交代で走るっていうレースがあるというのは知ってたんだ」
「この世界にもあるにはあるのよ。実際に、配達人もいるし、そういうレースは各地で行われていたからね。でも、販売促進に結び付けるなんて思わなかったわ」
「しかも、駅伝は選手もちゃんと得があるし、サポーターにも得があるし、国側だって、冒険者ギルド側だって評判も上がるだろ? 基本的にいいことしかない。まぁ、もちろん興味のない人たちにはほとんど関係はないんだけど」
「そうそう。でも、そういう興味のない人たちも選手だけは応援できるでしょ?」
「結構、すごいよ。私は死者の国の駅伝選手になったんだけど、人数が少ない分、期待のされ方とかもそうだし、蓄魔器修理のエンジニアとしても売り込んだ方がいいんじゃないかって言われてるからね」
「死霊術は魔力の補充にかなり役に立つからなぁ」
「マイナーな魔術だけれど日の目を見た気がするわ。エディバラの魔道具師たちからは、すでにメンテナンスの発注が来ているみたい。言っておきますけど、総合学院の学生たちもできますからね!」
「お国自慢にはしないのね。あ、そろそろ鐘の鳴る時間じゃない?」
ドアを開け、窓から教会を見ると、周辺が明るくなり大勢人が集まっているのがわかった。
「3、2、1……」
カラァーン!
日が明けた瞬間、鐘の音が王都中に響き渡った。
「「「「本年もアリスポート総合学院ラジオ局をよろしくお願いいたします!」」」」
4人揃って挨拶をした。去年は最後まで喋り続けた。
今年も同じように、最後までラジオで話していたい。
たったそれだけのことなのに、世界樹でバイトをしながら一人ラジオを聞いていた俺にも教えてあげたくなった。
「大丈夫だ。仲間はきっといる……」
「どうした? 大丈夫か?」
俺は涙が溜まった目頭を拭って、すぐに喋り始めた。
「今年も元気にやっていきましょう! 二人は駅伝選手だろ!? いいのか? こんな夜更かしして」
「いいだろ? 俺は後半だから、たぶん出番はまだ先だ」
「私は往路も復路もほとんど出るから、とっとと寝ます! あなたたちも実況があるんでしょ!?」
「そうでした! 寝不足はパフォーマンスの敵! お酒もほどほどにして寝ましょう!」
俺たちはそこでラジオの放送を切り、音楽をかけて部屋に戻った。起きたら、それぞれ準備に入る。
正月なのに、選手たちは訓練の最終調整。俺たちは念入りに現地を確認する。
巻き込み過ぎてしまっただろうか。俺は鼾をかくグイルと月明りを浴びているミストを見てから眠った。
夜が明けると王都は静かだった。
俺も森のテントで家族と過ごし、親父と一緒に駅伝ルートの現地を確認した。凶悪な魔物がいるが、選手が倒してくれるだろう。地滑りが起きそうな箇所も確認し、魔法の杖で補強しておいた。
「これだけ条件はそろっているのに、予知スキルでも誰が優勝するのかわからないってよ」
親父が通信袋を見て言った。オタリーさんと通信袋の表面で短文メッセージを送り合えるようにしたらしい。
「その方がいいよ。わかったら意味がない」
「楽しみだな」
その後、家族で教会に行き、駅伝の成功を祈る。親父は神様の像と「勘弁してくれよ。ふざけんな! ちゃんと仕事してくださいよ!」などと会話をしていた。どうやら神様が邪神を見失ったらしい。
楽しみ半分、不安半分のまま、駅伝の朝を迎えた。